25章 『草原』 Load Runner

「ここがオゼ大草原……だよな?」


 ベルは地図を広げて今一度確認した。世界広しと言えども、何もない草原がずっと、それこそ地平線の彼方まで続く場所は他にない。


 迷える者なら一度、足を踏み入れ心行くまで歩き続ける。無限に続くかの様に見える景色の中で、人はそれぞれの思いを馳せる。


 いつからかここは瞑想の地『遥かなオゼ』と呼ばれ、修業する者にとって聖地として扱われる様になった。


「本当に何も無い場所じゃな……何も無いから道に迷うのか」

「坊主、何か道しるべは? ノーヒントはしんどいぞ」

「それが……城の出し方は書いてあっても、霧の場所まではその……」


 キオは言葉を詰まらせた。現実世界に戻りインターネットで攻略情報を見たのは良いが、城の大まかな場所と出現方法を確認しただけで、細かい座標を調べ忘れていたのだ。


「仕方ねえ、とにかく歩き回ってみるか」

「待って」


 女性の声と機械の駆動する音が聞こえ、三人は振り返った。


「あなたたち、目的地の下調べもしないの? 呆れた」


 まるでバイクの様な機械に乗り、長身の銃とマントに身を包んだ女性、『極限闘技きょくげんとうぎ』にてヤックを破った『鉄騎てっきチェイミー』がそこにいた。


「お前さんは確か……」

「チェイミーよ。はじめまして、あるいはお久しぶり」


 パッと明るい表情に、まるで舞台女優のように高く芯の通った声、長い髪は片側にリボンでまとめられた、メラとは異なる明るいタイプの女性だった。


「どうしてここに? ひょっとして目的地は……」

「もちろんクラウド城よ。『浄化じょうかの剣』って宝が眠ってるらしいの」


 ゴウトとベルは顔を合わせた。案内役を頼みたい所だが、目的の品が同じでは困る。


「お姉さん、ぼくたちも『浄化の剣』を探しているんだ」


 声に振り向くと、キオがいつの間にか『浄化の剣』の破片を抱え込んでいた。


「それは?」

「剣の一部分。三つに分かれちゃってて、全部揃わないと邪神に勝てないんだ」

「邪神? まさかあなたたち、世界を滅ぼす古代兵器と戦う気?」


 ゴウトがかばう様に前へ出た。


「ワシらは邪神を倒す為に旅をしている。あんたにとっては宝かもしれんが、ワシらにはどうしても必要なものなんじゃ」

「それに剣は魔王も狙っている。あんたが持ってると、四六時中狙われ続けるぞ」


 畳み掛ける様にベルが付け足す。チェイミーはしばらく考え込むと、ゆっくりと口を開いた。


「……そうね、なら剣を諦める代わりに、他の宝は全部もらう。ってのは?」

「構わんが、もし宝が無かったら?」

「それならそれで」


 そう言うと彼女はニコリと笑う。あっさりとした受け答えに私たちは少々呆気に取られた。


 そして彼女に言い包められる形で、私たちは組む事になった。一見すると何も変わらない草原を、彼女はバイクを手押ししながら不規則に進んでいく。


「冒険家か、そのバイクも遺跡から見つけたのかい?」

「バイク? もしかしてこれの事?」


 彼女は自分のまたがっている、バイクの様な機械を見下ろす。


「まぁね。名前は分からないから『鉄輪てつりん』って呼んでるよ」

「てつりん……まぁ鉄の輪じゃな」

「遺跡で発見して、どうにか動かせる様になって……まあそんな感じ」


 そして彼女は再び進みだした。別段話す事もなく、しばらく沈黙が続く。それを破ったのはキオだった。


「お姉ちゃん、宝探しする人なの?」

「そっ」

「楽しい?」

「楽しい事もあるし、辛い事だってあるよ」

「じゃあ楽しかった事を教えて」

「いいよ」


 こういう時にキオの子供らしい、相手を選ばない態度がありがたいと思う。メラは性格もあってか、特に気構える事無く話せたものだが、彼女は何というかもう少し若い、さながら大学生ぐらいの印象を受けた。


(二十歳前ぐらいか?)

「どうした爺さん、色気づいたか?」


 不意に、ヘラヘラと笑いながらベルが話し掛けてくる。こういう話題を仕掛けてくるのもまた、彼が年相応の、まだまだ精神的な若さを残している事の様にも思える。


「そういうお前さんはどうなんだ、斉藤陽介さいとうようすけ

「俺? 嫁さんいるし。見た目こんなんだから死んでも浮気しねえよ」


 自信たっぷりに応えるベルに、私はにやりと笑う。


「……ワシもだよ。浮気なんてしたら、死んだ婆さんにひっぱたかれる」

「おやおや、男は歳を経て性欲が増す一方だと、テレビで見たんだがな」

「言われればそうじゃな。今だって婆さんが恋しくて仕方ない。いなくなって何年も経つのにな」


 そう言って笑う私を、ベルは一転して真剣な眼差しで見ていた。


「……俺も、爺さんみたいになれるかな。脇目も触れず、ただ真っ直ぐに進む様な、そんな生き方が出来る人間に」

「出来るさ。なに、別に難しい事じゃない。自分にさえ嘘を吐かなければ、道は真っ直ぐに見えるものじゃよ」


 私はそう言ってベルの肩を叩くと、彼は言葉を止めて沈黙した。


「冒険家はね、まだ誰も行った事のない、未開の土地に向かうの。もちろん宝が目当てなんだけど、他にも楽しみがあるんだよ」

「楽しみ?」


 語るチェイミーに、キオは興味津々だ。犬の様に無意識に尻尾を振り、彼女の一言一句に耳を傾ける。


「何というか……誰も行った事のない場所って、何があるか分からないの。当たり前の話だけど」

「景色が綺麗とかじゃなくて?」

「それもあるけど、一言では簡単に言えないよ。本当に何があるのか分からない、もしかしたらそれってとんでもない事で、それを最初に目にする自分が特別な存在なんじゃないかって……そんな優越感もあるわね」


 そう言うとチェイミーは、自身が手押しする『鉄輪』を軽く叩いてみせた。


「これを見つけた遺跡もね、とても不思議な場所だった。周りに同じ様な機械がいっぱいあって、壁も土とかレンガじゃなくて……とにかく、あたしには想像も説明もできない光景だったの」

「その場所はまだあるの?」

「多分ね。そうそう簡単に行ける場所じゃなかったから」


 今でも思い出す。この『鉄輪』を見つけた遺跡へ辿り着いた時の事を。


 数々の魔物を退け、遺跡の守護者であろう『機人きじん』と呼ばれる鉄の肉体を持つ者の抵抗に遭い、装備も体もとうにボロボロ。「もうおしまいだ」と思った時に、あたしはその景色を見た。


「……すごい」


 車輪の付いた鉄の物体。座席がむき出しになっていて何とか人が乗れそうなものから、外観が大きな棺桶のようで、座席が中に密封されて入れないもの。今まで見たもので例えるなら「馬車」に似てなくもないと思ったが、おそらくはそんな物よりも別格の、現代技術の枠を超えた「遺産」がそこら中に陳列していた。


(もし、これを全部持ち帰る事が出来たら、あたしも大富豪の仲間入りね)


 その「遺産」を飾り立てるべく、きらびやかに配置された柱や壁。見たこともない道具、造形、材質。それらを的確に言い表わす言葉も、正体を暴く知識もあたしには無く、一つだけ分かったのは、これが今の人たちには絶対に作れないという事だけだった。ただ……。


(これを作った人たちは?)


 誰が何のために作ったのか、どうしてここに埋もれているのか、何より、これ程の物が何故現代に一切受け継がれなかったのか、謎は尽きる事が無かった。


■■■■■□□□□□


「しかし……」


 私はチェイミーの傍らの、巨大な『鉄輪』を見た。遺跡から発掘した古代文明の遺産と言うが……。


「あれって、どう見てもバイクじゃないか?」

「どうもこうも見たまんま大型二輪だろ。しかも俺たちが知るより、ちょっとマンガっぽいデザインだがな」

「奇妙なもんじゃの。ワシらの見知ったものが古代文明とは」

「そういう設定だからだろ。確かアレだ、崩壊した地球を見捨てて、新たに開拓した惑星が舞台じゃなかったっけ?」


 おそらくはこの世界の最大の秘密を、ベルは惜しみなく話しだす。


「それはそうじゃが……ワシらが魔法の国でようやく知った歴史を、よく知ってるな」

「エルフの情報収集能力はズバ抜けててよ、自然に見立てた情報端末が、ありとあらゆる所から情報を掻き集めてたぜ」


 ベルのいた『エルフの里』は一見大自然に見えるが、その実は全てがコンピュータで管理された、血の通っていない巨大要塞であった。


「まあ……『森の囁き』が得体の知れないファンタジーじゃなくて、精密機械によるバリバリのSFだったのにはビックリしたけどよ」

「機械? あんな鬱蒼としたジャングルが!?」

「機械さ。誰も気に留めなかったが、エルフの里は木の皮を被った鉄の要塞だった。その心臓部が『母樹ぼじゅ』と呼ばれる巨大コンピュータで、あの一帯の環境を作り出していたんだよ」

「人工に作られた自然……そんな馬鹿な」

「合成怪人だのモンスターだの作りまくって、地球をメチャクチャにするぐらいの科学と技術をもった未来人のやる事だ。何をしでかそうが不思議じゃねえよ」

「ふむ。しかし……」


 私は自分の身なりを見た。


「そんな人たちが、どうしてわざわざこんな格好しとるのかね」

「……さあな。ゲームなんだし、細かい事は分かんねえよ」


 私たちの想像も付かない未来人が、私たちが想像出来るような陳腐なファンタジー世界を作り上げた? そこに何の意味が?


(分からない。これはゲームなのか?)


 このいびつな世界に、私は飽くなき興味と好奇心が次々と湧くのを感じていた。


■■■■■□□□□□


 やがて私たちの行く先に霧が漂い始め、進むにつれて段々と濃くなっていく。


「さすがにヤバイんじゃないか!?」


 ベルの声が四方から聞こえてくる。さっきまで隣にいたはずなのに、そこには誰もいなかった。ベルだけではない、チェイミーもキオも見当たらない。


「落ち着いて、ここがクラウド城の入口よ。この霧を晴らせば城が出てくるわ」


 しばらくしてチェイミーの声が聞こえてきた。どうやら目的地には着いたらしい。


「ベル、お前さんの魔法で霧を晴らせないか?」

「さっきから試してはいるが……ただ風を起こす程度じゃダメみたいだ」

「あなたたち本当に無計画ね。こういうのは勢いが大事よ、伏せて」

「無計画って……うおっ!」


 ベルが口答えをするより先に、突如目の前で爆発が起きた。爆風が霧を裂き、うっすらと景色が戻ってくる。


「ベル!」

「お、おう!」


 風が巻き起こり、衝撃波が辺りを駆け巡る。突風が過ぎ去った後、私たちの前には巨大な影が映し出されていた。


「これがクラウド城……」


 あんな何もない草原の、一体どこにあったのか。霧の中から現れた巨大な城は私たちを見下ろしていた。


「……早速入るかね?」

「待ってよ。準備ってのがあるんだから」


 そう言うとチェイミーは、何やら弾丸を取り出すと、銃に装填を始めた。


「それは?」

「教会で仕入れた塩を入れた弾丸。遺跡はたまに幽霊も出るけど、そいつらの弱点なの」

「清めの塩って事か……どうする? 爺さんも剣に振り掛けとくか?」

「剣が錆びるじゃろうが!」

「お姉ちゃん、幽霊ってどういうの? 戦った事があるの?」

「そうね、肉体は滅んだ状態で、精神だけが残されているの。物理攻撃は効かなくて、特別な塩か魔法じゃないと倒せないの」

「じゃあ……火とか効かないの?」

「まったく効かない事はないよ。相手も意思があるし、威嚇や足止めにはなると思う」

「そっか」


 するとキオは瞬く間に竜に変身した。


「これならどう?」

「いいんじゃない? 良い弾除けになりそう」

「ん? ありがとう」


 言葉の意味は分からないが、キオは誉められた気がして照れた。


「まあ目標は宝探しじゃ、無理に戦う事はない。ちゃっちゃと進んで、剣を見つけるぞ」

「爺さんは完全にお荷物だしな」

「うっさい!」

「もう、いいから先に進むよ」


 キオが扉を頭で押すと、耳障りな甲高い音と共に、扉はゆっくりと開かれた。


■■■■■□□□□□


「……おかしい」


 城内に侵入し、しばらくして異変に気付いたのはチェイミーだった。


「どうした?」

「人が出入りした形跡がある」

「そりゃあ、遺跡ったって他の冒険者が来る事もあんだろ」

「そんなんじゃないよ。誰かが定期的に出入りしている様な……人工的に整備された雰囲気がある」


 チェイミーは天井にぶら下がったシャンデリアを指差した。


「あれなんかそう。誰の手入れもないなら、蜘蛛の巣とかあっても良さそうなもんじゃない?」

「じゃない……って、ただの希望じゃねーか。蜘蛛がいない土地かもしれないだろ」

「そうかもしれないけど……」

「なあに、他の奴が出てきたらワシに任せておけ」

「たしかに、物理攻撃だけならパーティ最強だからな」

(ならいいんだけど……)


 チェイミーは周囲を見渡す。補修もされず崩れかけたままの壁や、手入れもされずに蔓を伸ばし放題の花壇の植物など、一見するとごく普通の廃墟に見える。だが……。


(私の鉄輪やゴウトの巨剣、竜が歩き回っても床が抜けない……)


 床が抜け落ちなくても、普通なら重みで軋むなり、何かしら支障をきたすものだが、何の問題もなく進んでいる。それは古代文明がもたらす建築技術の高さ故か、あるいは……。


「おい!」


 ベルの大声に全員が立ち止まった。


「どうした?」

「あんたも冒険者か? 隠れてないで出て来いよ!」


 ゴウトを無視し、ベルは通路に向かって叫ぶ。明かりも無く薄暗い空間から、突然鎧に身を包んだ男が現れる。


「人……先に来た冒険者か?」

「だったらまずいね。普通、人里離れた遺跡で誰かと出くわすなんて、とんでもない偶然よ」

「とんでもない偶然じゃなかったら?」

「とんでもないワケありの、おっかない何かがあるって事よ」

「おい、止まれ! 人の話聞いてんのか!?」


 弓を構えるベルを前に、男は無表情のまま抜き身の剣を片手にフラフラと歩いてくる。


「聞いてんのかっての!」


 痺れを切らしたベルは鎧のこてを目がけて矢を放つ。矢は見事に命中し、男の腕は衝撃で後方へと仰け反る。しかし男は剣を手放しても歩みを止めようとしない。


「爺さん、もう限界だ! やっちま……」


 言い掛けた所で、突然男の全身が光ったかと思うと……。


「ベル! 伏せろ!」


■■■■■□□□□□


 一方、とある洞窟にて。


「魔王様、ゴウトたちの行方が分かりました。オゼ大草原です」


 ろうそくの光が辺りを照らす。人一人がやっと通れそうな細い道、その行き止まりに魔王はいた。


「なるほど……クラウド城に向かったか。好都合だ」

「追いますか?」

「いや、あそこには強力な味方がいる。そいつに任せておけば問題ない」

「味方……ですか?」

「ああ、つい最近手を組んだ。強さも頭脳も並じゃない、おまけに軍隊まで持っている」

「かなりの勢力ですね……そいつは誰ですか?」

「セラ・ランドール。かつて『人形王にんぎょうおう』と呼ばれた、大魔法使いだ」


 その名を聞いた魔物は眉をしかめる。


「魔法使いという事は……人間ですね。信用出来るのですか?」

「俺だって人間だ。俺が信用出来ないか?」


 言われて、魔物は少し口調を強めた。


「あなたは違う。人間でありながら人間を超越した。並の人間ではない」

「それならセラだって怪物さ。持って生まれた膨大な魔力が、彼女の狂気を駆り立てた。怪物同士だからこそ築ける信頼関係だってある」


 魔王は言いながら立ち上がり、通路を進み、魔物も後に続く。やがて広い空洞へ出ると、そこには巨大な船が鎮座していた。


「『魔導戦艦まどうせんかんガラク』、この巨大な骨董品を復活させたのはセラだ」

「こいつをですか!? 旧世界で使われた戦争兵器じゃないですか!」

「そうだ。もはや起動の魔力を送り込むだけで、いつでも空を飛べる。大した物だよ」


 セラは人の上に立たなければ気が済まない女。自身が見つけたこの旧世代の遺産を、輸送から補修まで全てを可能にしたのは、彼女の桁外れの能力や組織力、そして何物にも勝る意地の為せる業であった。


「昔馴染みという事で、友好の記しと気前良くくれたよ。この船があれば各国の侵略なんて容易いのに、相変わらず人形以外には興味が無いらしい」

「まるで見知った様な言い方ですね」

「俺が両親と死別し、各地を転々としてた時だ。俺は彼女に拾われた。彼女は俺をパステルへ連れていくと、魔力を開花させ魔法を教えた後、大暴れして国を出ていったよ」

「行動的な方ですね……強過ぎたのですか?」

「ああ。彼女の膨大な魔力と思想は危険視された。俺と一緒で、居場所が無かったのさ」

「思想?」

「魔法で人形を作りだし、人間の代わりに働かせようって考えだ。どうだ、相当の変わり者だろう?」


 人とも魔族とも違う、第三の種族を生み出して使役しようとした彼女は、パステルを追われた後も人形の研究に没頭するのであった。


■■■■■□□□□□


 ゴウトが「伏せろ」と叫び、目の前の戦士を大剣で突き飛ばす。致命傷を避けるような殴り飛ばす行為にベルは疑問を覚えたが、それは突然の爆発を前にして解決した。


 今見た事は、不可解ながらも非常に分かりやすい。人が、何の前触れもなく爆発したのだ。あまりの出来事に、全員が言葉を失った。


「何だよありゃ。幽霊って爆発すんのかよ!?」

「機人……にしてはお粗末ね。歩いてきて自爆するだけなんて」

「そうか、ちゃんと戦ったのはこの中でワシだけなのか」


 ゴウトは剣を下ろすと、先程爆発四散し、戦士だった物の破片を拾って見せた。


「何これ……木片?」

「あの男の正体じゃよ。素材は何でもいいらしいが、人形を魔法で人間に見せ掛ける。操られるままに動いて、どうしようもなくなったら自爆する」

「人間爆弾……最悪の発想だな。使う奴がいるんなら、そいつはとんでもねえクズ野郎だ」


 ベルは苛立ちを覚えた。本物の人間でなかったにせよ、人一人が木っ端微塵になる光景は、見ていて不快なものであった。


「で、幽霊じゃなくて人形が出てきたって事は……とんでもないワケありの、おっかない何かがあるって事だよな?」

「そうね、幽霊はいない。幽霊よりもっと危険なのが、ここを制圧している事になるわ」

「ああ……」


 通路の奥から足音が聞こえる。規則正しく、まるで軍隊の行進の様な、統率された音の波が押し寄せる。


「爺さん、敵が誰だか知ってるんだろ? 手短に教えてくれよ」

「『セラ・ランドール』。見ての通り人形を大量に操る魔法使い。もちろん一体一体が自爆機能付きじゃ」

「なるほど。で、その人形はどんくらいいるんだ?」


 足音は更に増え、先程までの静寂が嘘だったかの如く、辺りを振動で震わせていた。


「黙ってないで答えてくれよ!」

「前を見ろ! 聞かなくても分かるじゃろ!」


 ゴウトたちは武器を構え、戦闘態勢に入った。


■■■■■□□□□□


「あら、懐かしい人たちが来たものね」


 城の各所に隠された『目』と呼ばれる魔具が、ゴウトたちの居場所を捉え、鮮明な画像を送り込む。部屋に置かれた幾つもの鏡が、城内の様子をくまなく映し出しており、その中心点にセラがいた。


「あの子の姿が見えないけど、ケンカでもしたのかしら?」


 セラは傍に立った無言の武闘家『メイフェイ』に向かって語り掛ける。彼女の返事はないが、セラは構う事無く喋り続ける。


「まあいいわ。さっきテラワロスから連絡があった、迎撃用意は出来てるけども……何で連中がここに来たのでしょうね」


 そう言うと、セラは沈黙を貫くメイフェイに耳を傾け、やがてクスクスと笑いだした。


「教えてあげる、『浄化の剣』が目当てなのよ。連中だけじゃない、テラワロスも狙っている。私に守らせて最後に奪うつもりよ。都合の良い話よね」


 共同戦線を持ちかけられたのは最近の話だ。魔王は軍の建て直しにと、同盟を提示した。手土産は霧に隠されたクラウド城。中を巣食っていたという亡霊たちは既に除去済みという破格の物件だった。せっかくだからと城に眠っていた『魔導戦艦ガラク』を修理してやると、魔王は喜んで受け取った。


 そして、魔王は城に眠る『浄化の剣』をあえて残した。ここに留めておく事で、ゴウトたちとぶつける魂胆なのだ。そうセラは読み取った。


「好都合だわ。邪魔者がやられに来るってのなら大歓迎よ」


 セラは笑いながら、持っている杖で床を突き始めた。それは初め淡々としたリズムだったが、やがて強さと激しさを増して、床の石を削りはじめていた。


「せっかくあの薄汚い街を出て、本物の城を手に入れたのよ……誰にも邪魔はさせない」


 セラが指をパチンと鳴らすと、城のあちこちに配置された人形が一斉に動き出す。そしてメイフェイも棒立ちではなく、僅かに構えを取った。


「私の王国を踏み荒らす者は許さない。勇者であれ魔王であれ、邪神でさえも容赦しないわ」


■■■■■□□□□□


「はあっ、はあっ……」


 ゴウトは息を乱していた。もちろん、実際に体を動かしているわけではないのだが、連続した激しい運動はゲームとはいえペナルティを引き起こす。


 目の前に広がる人形たちの残骸。彼らの一体一体は大した強さではないが、倒した後の処理に手を焼かされる。キロ単位で離れる必要までは無いが、やはり爆発を防ぐには距離を取るしかなかった。


「ったく……ハリウッド映画なら爆風を背に、余裕こいたりするもんだがよ」


 爆発というのは近い程威力は増すものだが、直撃しなくても衝撃波や破片は立派な凶器になる。突如襲い掛かってきた人形の一団を退けたものの、ゴウトたちは十分な被害を受けていた。


「チキショー、スタート地点で早速回復かよ……」


 ベルが文句を言いながら、薬草を取り出し患部へ塗り付ける。


「あら、あなたエルフなら回復魔法でも使えるんじゃないの?」

「節約だよ。魔法だって無限じゃない、出来れば強敵に温存したい」

「もしかしておじさん、ゲームでも魔法使わないタイプでしょ? 全部攻撃で済ませちゃう様な」

「ああそうだよ!」


 二人のやり取りを尻目に、ゴウトは暗闇に続く廊下を見た。その隣にチェイミーが並ぶ。


「自爆人形……魔力で動くっていうなら、術者がいるって事よね」

「もちろん。そして見た目を鵜呑みにするなら、ここも広くて大きい城に違いない。早くしないとそこら中から人形が来るぞ」

「それって、手分けして術者を探せって事? 確かに一対一なら爆弾も処理しやすいけど、あたし勝手に逃げ出すかもよ?」

「ああ、その心配なら多分大丈夫じゃろ」


 ゴウトは入り口へ戻ると、閉ざされた扉を大剣で力任せに斬り付けた。大きな音に全員が振り返るが、扉は傷一つ付いていない。


「閉じ込められた……こいつも魔法かよ!?」

「セラには少なからず因縁がある。どうやら徹底的にやり合わなければ、帰してくれない様じゃな」


 四人は顔を合わせると、何も言わず廊下へ一歩を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る