22章 『目標』 Step Up

 目標を立てよう。何かを成し遂げる為に、些細なものでも形にし、それを目指そう。


 何かをしたいのなら、計画を立てよう。具体的な案と、それを実行に移す気運を保とう。


 近道は止めよう。失敗すると大変な目に逢ってしまう。地道でも確実な方法を選ぼう。


 目標を達成したら、次の目標を立てよう。それを繰り返せば、あんなに遠く見えた『夢』が、少しは近付いて見えてくるはずだ。


■■■■■□□□□□


「女神? そいつが俺たちを呼んだってのか?」

「国王は確かにそう言った。話から推測するに、ワシらがこの世界に介入した事で、かなり異変が起きてるらしい」

「そりゃあ……オープニングでちょっとしか顔を出さない王様が、あんだけ出しゃばればなぁ」


 城から全力で離脱した後、私たちはいつもの様に平原をさ迷っていた。女神という重要な単語や、転移術てんいじゅつの不便さは分かったものの、次に何をすべきかまでは分からなかった。


「とにかく、その女神が呼んだっつうなら、直訴してでも現実に帰してもらうしかないだろ」

「じゃあ、その神様に会えばいいんじゃん。ぼくたちを呼んだのも理由があっての事でしょ?」


 どうにか会話に参加したキオに、ベルはため息を吐いて答えた。


「あのなあ坊主、神様ってのは簡単に会えないから神様なんだろ」

「えー、でも声は聞いた事あるよ。困った時に水晶玉を使ってさ」


 それを聞いて、私とベルは目を合わせた。


「盲点じゃったな、すっかり忘れていたわい」

「なら話は早い、とっとと女神様に電話するか」


 私たちはそれぞれ水晶玉を取り出すと……。


「……どうすりゃいいんだ?」

「とりあえず掲げてみるか」


 何となく、空に向かって掲げてみた。


【ゴウトよ、私を呼びましたか?】

「ほんとに出たよ!」


 頭の中にあの女性の声が聞こえる。今一度聞いてみると、その声は透き通る様に美しく、かといってか細さを感じない、芯の通った不思議な声だった。


「女神さんや、あんたがワシらを呼んだというのを聞いたんだが、本当かね?」


【……その通りです】


 しばらく沈黙を挟んだ後、女神は静かに言った。


「なら話は早え! 俺たちを元の世界に戻してくれ!」


【それは出来ません】


「なしてよ!?」

「ベル、少しは落ち着かんか」


 興奮したベルをどうにかなだめると、女神は見計らった様に話を続けた。


【私があなた方を呼んだのは、この世界を……『ファンタスティック・ファンタジー』を救ってほしいからです】


「救ってほしいって……でも、この世界には勇者がいるんでしょ? どうしてわざわざぼくたちを呼んだの?」


【知っての通り、本来この世界にいるべきはずの、あなた方が演じている戦士たちは行方不明となっています】


「入れ替わったとも取れるな、逆に現実世界にでも行ったんじゃねえの?」


【真相は違います。この世界に異変が起きた時、暴走した邪神が自分が倒される前に先手を打ったのです】


「それってまさか……」


【そうです。ゴウト、キオ、メラ、ベル。彼ら四人は合流し、成長する前に殺されました】


「主役が殺される」それがどういう意味であって、どれだけ深刻な事なのか、主役を演じてきたゴウトたちは自ずと理解していた。


【四人の戦士が集い、封印された邪神を倒し、この星の監視者である女神……すなわち私を解放する。これが本来決められていた、この世界の『結末』です】


「やったな坊主。これでエンディングもラスボスも丸分かりだ」


 そう言ってキオを冷やかすベルを尻目に、女神は話を続ける。


【邪神はその中で最後に現れ、野望を叶えられず、どう足掻いてもゴウトたちに殺される運命にあります。今こうしている時でさえ、平行世界では何千何万もの邪神が悲鳴を挙げています】


「平行世界?」

「他のゲームソフトの事だろ。今頃はエンディングを拝んで、とっとと売りに行く奴もいるだろうな」


【その通りです。無数に作られた私たちの世界は、あなた方が住む『神の世界』に送り込まれ、娯楽として消費されていきます。私たちの葛藤、闘争、青春、悲哀、幸福、生死……要するに人生の全てを、ありのままにさらけ出す事が私たちの生きる目的なのです】


「物語として、プレイヤーを楽しませる……それに逆らったのが邪神ってワケか」


【邪神だけではありません。ファスト国王や魔王といった、物語内において重要な役目を持った者までも暴走を始めました。魔王は邪神の命令でゴウトたちを殺し、国王はあなた方を分断し、物語の進行を故意に止めようとしました】


 今までの疑問が氷解していく。ゴウトたちの軌跡は、まさに「仕組まれていた」としか言い様の無い、陰謀の渦巻く旅路であった。


「要するにだ、主人公が殺されたこの世界がメチャクチャになる前に、俺らが軌道修正しろって事か」


【その通りです。何の関係も無い皆様を巻き込んでしまって、申し訳ありません】


「ここまで来たんだ、今となっちゃ文句もねえけどよ……何で俺たちなんだ? 運動不足の失業者、世間知らずの子供、ゲームもろくにやってない爺さんとか、適任者は他にもいたんじゃないのか?」


【私はあなた方を召喚するので精一杯でした。人選も何も偶然です。あの日のあの時、『神の世界』であなた方は渡し船となるゲームを手に取った。それだけの事です】


「それだけ……それだけだって?」


 ベルは一瞬にして、頭に血が昇った。そして怒りを露にした。


「何も知らない俺たちを勝手に呼びつけ、いきなり怪物やら何やらと戦わせて、せっかく知り合った仲間たちと別れさせて、何度も命を落としかけているのに『それだけ』!? てめえ、黙って聞いてりゃ……」

「ベル! よさんか!」


 ゴウトが必死でベルをなだめる。そして女神は何事も無かった様に、淡々と続けた。


【今となっては私の体は邪神に拘束され、あなた方と話す事は出来ても、元の世界へ送り返す事は出来ません】


「ちょっと待って。邪神は封印されてるんじゃなかったの?」


【邪神は私を拘束した後、力を蓄えるべく自ら眠りにつきました。勇者を葬り去り、もう自分の邪魔をする者はいないと判断したのでしょう】


「で、代わりにぼくたちを呼んだんだね」

「つまりは、邪神とやらを叩き起こして倒して、あんたを解放しない限りは元の世界に帰れないという事じゃな」


【その通り。そして私に出来るのは、あなた方の行く先を案内する事です】


 その時、ゴウトたちの頭上にある風景が浮かんだ。それは大きな城だが長い年月を経たのか、外装からしてひどくボロボロで廃墟にも見える建物だった。


【ここは『クラウド城』。かつて邪神が復活した時、徹底抗戦の末に滅ぼされた国の城です。ここには邪神と戦う為に作られた武器が眠ると言われています】


「ふん、いよいよもってRPGらしくなってきたな。全部集めるとラスボス登場ってワケかい」


【魔王も邪神復活を目指して奔走しています。あなた方は魔王より先に、武器を集めねばなりません。急いでください】


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 女神との会話が終わり、私たちはしばらく呆然としていた。


「ベル、気持ちは分からなくないが、いきなり怒鳴ったって仕方ないじゃろ」

「ふん、女神だか何だか知らないが、顔を見せない奴は信用ならん。でも、今はそんな奴の指示に従うしかないってのがな……」


 ベルは煮え切らない様子で、その場にあぐらをかいた。


「しかし、ゲームの世界を救う、か……今更だがアニメやマンガみたいだな」

「じゃが、呼ばれた理由と脱出方法はやっと分かった。今までみたいに、がむしゃらに進む必要は無くなったわけじゃ」

「そう言うなら爺さん、あのくたびれた城を知ってそうな奴、誰か心当たりでもあんのか?」

「多分……じゃが、長寿でしかも戦争を経験し、かつて一国の主だった。そんな人間なら心当たりがあるぞ」

「ほう、そんな都合の良い奴は、一体どこのどいつだい?」


 ベルは半ば挑発的に、軽口を叩く様に尋ねた。


「女王ドーラ。かつてツアル国を統治し、ファスト国と激戦を繰り広げた猛者だ」


 魔王がそう言うと、突如黒竜の叫び声が洞窟内を響き渡った。部下の魔物は驚きのあまり腰を抜かす。


「こいつの知人でもあったな。なに、単語に反応しているだけだ」

「……で魔王様、そのドーラとやらが、邪神を倒す武器の在処を知ってるんですか?」

「確証は無いが、長い時代を生き抜いた古参の戦士だ。過去の邪神復活の際も、先代国王が封印に協力したと言われている。その子孫なら何かしら知ってはいるはずだ」

「すると、そいつを締めあげて、その武器を回収するんですね」

「ああ。恐らくゴウトたちも動いている頃だ、我々も急がなければな」


 魔王は洞窟内に佇む魔物たちを見渡した。


(エルフの里の敗北、あれが大きすぎた。もはや軍勢を立て直すには……止むを得まい)


 これから自分がやろうとしている事は、あまりにも無謀で確実性の欠けるものである。しかし魔王は歯を食い縛り、目標達成の為にと、必死に自分を納得させようとしていた。


■■■■■□□□□□


「その……邪神を倒す武器? そんな都合の良いものがあるのか?」


 空中に位置する魔法都市パステル。晴れ渡る青空をどの国よりも近くに受けつつ、メラはネロが繰り出す魔法を必死に受け止め、どうにか平静を装いながら雑談を続けた。


「ええ。邪神といえども、太古の昔に人によって作られた存在ですから。制御する手段は用意されています」

「そういや、大昔に地球から逃げ出した人類が、ここに住み着いたんだっけ? 何の目的で作ったのやら」

「具体的な原理は不明ですが、大まかには惑星環境の改善や、開拓用の機械だったと文献には記されています。もっとも、長らく人の手を離れてからは自我に目覚め暴走し、『邪神』などと呼ばれる様になったわけですが……」


 メラも『神』と呼ばれる存在について、自分が持っている見解を捨てて、図書館で調べた事がある。


 現在より遥かに高度な文明を持ちつつ、自滅の道を辿った『旧世界』の覇者……つまり地球に住んでいた人々は、地球を見捨てて新天地を目指して旅立ち、その一部が幸運にもこの惑星へ辿り着いた。


 彼らは自らの過ちを認めつつも、自分たちが培ってきた『技術』と『文明』を完全に捨てる事が出来なかった。第二の地球を夢見てか、原始的な生活を始めつつも、強大な力を持つ道具だけはいずれ使う機会があると信じて、この地に封印したのだ。


 それがいつ頃なのかは分からないが、そうして目覚めた道具のうち、思考能力や意思を持ち人や生物を凌駕するものを、いつしか人は『神』と呼んだ。


「機械の神様ね……まぁ剣と魔法の世界じゃ、相当なシロモノなんだろうけど」

「もちろん、古代文明に精通した方なら『神』と呼ばれる存在の正体も知っているでしょうが、それでも自分の常識を越える存在には違いないでしょうね」

「そうか……いっ!」


 暴風雨の様に撃ちだされる、ビー玉の様に具現化された魔力の前に、メラはとうとう集中力を切らした。するとダムが崩壊したかの如く押し寄せる魔力の渦に、メラは一瞬の内に致命傷を負った。


「どうです? 魔法の初歩でもある『魔弾まだん』でさえ、連射を重ねれば大魔法にも匹敵する威力を得られるのですよ」

「相変わらず勝てる気がしねえな……バケモンが……」


 メラはそのまま意識を失った。


■■■■■□□□□□


「高山に位置する小さな村ねえ……高山ったらやっぱりそりゃ『バルボア山脈』じゃねぇのか」

「知ってるのか?」

「『神の国』……要は成層圏に最も近いとされる、一番標高の高い場所だよ。確かに逃げ込んで住み着いたなら、敵さんも諦めるわな」


 森に閉じこもっていたはずなのに、エルフという種族は何かと博識だ。同じ現実世界から来たはずなのに、私たちとベルでは情報量に圧倒的な差があった。


「その、ベルはどうしてそんなに詳しいんじゃ?」

「爺さん『はなす』『しらべる』は、RPGの常識だぜ」

「話す、調べる? 当たり前の事じゃないか」

「その当たり前が肝心なのさ。知らない人に『はなす』。気になった場所があれば『しらべる』。自分で動かなきゃ、分かるもんだって分かりゃしないぜ」


 見ず知らずの人間に話し掛ける。現実じゃ客引きや勧誘の所業だが、ゲームでは……いや太古の昔であれば、人は自らの足で各地を転々とし、目と耳で情報を収集してきたのであろう。


(ここは現代じゃない、ましてや現実でもない。それは分かっているのに……)


 たまにここが、ゲームの世界であるという事を忘れそうになる。もうろくしたとかではなく、自分は始めからこの世界の住人で、現実世界こそ自分にとって違う空間だったのではないか、そんな錯覚さえ覚えそうになる。


 メラやベルを見ていると、時折そこまで現実に帰りたいと思わない自分がいる事に気付く。家族には心配をかけているだろうが、孫と一緒に旅するこの世界も悪くはない。いつまでもこの旅が続いたら……これは現実逃避だろうか?


「地図を見ても、ファスト国からはそう離れていない。ちょっと山登りすりゃ着くな」

「おお、そうか」


 まだ先ではあるが、旅の終点は見えつつある。いつかこの世界に別れを告げる時、私は一体何を思うのだろうか。


 今はこの世界に湧きつつある思い入れを悟られない様に、私はいつものぼんやりとした顔で歩き始めた。


■■■■■□□□□□


「おばあちゃん、今日もお話し聞かせて!」


 村の子供たちが老婆の元へ群がる。高山に位置するこの『二の村』では、成人になるまで山を降りる事は許されない。外の世界を知らない子供たちにとって、長老であるドーラの話は、数少ない楽しみの一つであった。


「そうだね……今日は大地を作り出した『母樹ぼじゅ』の話なんてどうだい?」

「えー、前にも聞いたよ」

「同じ話だって、何度も聞き返す楽しみってのがあるんだよ」

「俺、それより婆ちゃんが昔見た『邪神じゃしん』の話が聞きたいな」


 その言葉を聞いた途端、ドーラは固まった。ただならぬ雰囲気に子供たちも気圧され、押し黙った。


「……お前、誰からその話を聞いた?」

「えっと、その……」


 質問をした男の子に、先程の威勢の良さは消え失せていた。老婆の鋭い眼光と言葉の前に、今にも泣きだしそうな顔になっていた。


「まあいい……ただ、その単語は二度と口にしてはいけないよ。いいね?」

「……はい」

「なら良し」


 ドーラの表情と口調が柔らかくなり、子供たちは緊張の糸が切れた様に、急に脱力感に襲われた。


「やれやれ……仕方ない、今日は竜の話をしてあげよう」

「ほんと!?」


『竜』という単語を耳にした途端、子供たちは歓喜に包まれた。子供というのは物騒な話が好きだ。この世で最も強い生物とされる竜を、彼らは目を輝かせながら知ろうとする。


「竜って大きくて、空を飛べるんだよね」

「灼熱の炎は、どんな物でも焼き尽くすんだって!」

「かっこ良いよなー、前に来た竜はちょっとちっちゃかったもんなー」


 強さとは憧れだ。剣や魔法は力の証明だ。それを扱う者の素性を問わず、人間は強さに純粋な興味を抱く。


 だが、それはあくまで人知に及ぶものだけに留まっている。予想以上の力を見た時、そして自分さえも巻き込む災厄にまで発達した時、それは羨望を飛び越え避けるべき恐怖へと変わる。


 まだ幼く、そして次世代を担うべき子らは、幸運にもまだそれを知らない。そして受け止められる度量がまだ無い以上、知られるわけにはいかなかった。


■■■■■□□□□□


 子供たちは『竜』の話に満足した。それぞれ家に帰って寝具に身を委ねた時でも、頭の中に各々の竜を思い描きながら、平和な夜を迎えようとしていた。


(竜か……最強の生物と言えど、『邪神』に比べれば可愛いものだ)


 ドーラは家に戻ると、入口に鍵をかけ、床板を外すと梯子を降りていった。かつてアインに作らせたこの秘密の地下室も、今となっては自分以外に知る者はいない。


(……いかんな。いなくなった人間を思い出した所で、帰ってくるわけでも無いだろうに)


 梯子を降りるのはあっという間だった。地下室といっても便宜上そう呼んでいるだけで、そこは地下をくりぬいて作られた、物置の様な空間であった。


 数人も入れば満たされるであろう僅かな空間には、大きな刃が地面に突き刺してあった。刀身を一周するように縄が巻き付けてある以外は、柄や鞘などは一切ない。大剣の一部の様に見えるが大した手入れも施されてないのに、刃からはまるで新品の様な純銀の輝きが放たれていた。


(聖剣はまるで朽ちていないが、邪神か……どのくらい前だろう……)


 ドーラは昔を思い返していた。かつて戦乱の時を迎えていた頃、『邪神』という災厄が現れた時を。冗談抜きに、誰もが人類滅亡を予感したあの頃を。


 どこからともなく現れた『それ』は、人間でも魔族でも、ましてや竜でもなかった。形容し難い姿に、人知を超えた戦闘能力、そして尽きる事のない破壊活動への意欲。無差別に世界を攻撃して回るそれは、到底人間が理解出来る存在ではなかった。


 ゆえに、人々はその強大な存在を『神』と認識し、更に理由なく害を為そうとする、単なる悪を越えた混沌の意思を『よこしまなるもの』と畏怖し『邪神』と呼んだ。


 そして人間が神に抗う壮絶な戦いを、幼かったドーラは父の隣で見届けた。あの戦いをドーラは生涯忘れる事はないだろう。


(封印するのがやっとだった……魔族と停戦協定を組み、各国が力を合わせ、何千何万ものの犠牲者を出して、それでも倒せなかった……)


 邪神の力は悪夢そのものであった。そしてその途方も無い強さを前に、この世界に住む全ての生物は団結するしかなかったのだ。


■■■■■□□□□□


 魔王は黒竜の背に揺られながら、部下を率いて夜空を進行していた。


「魔王様、そろそろ着きますよ」

「ああ……」


 力の無い返事をしながら魔王は自分の部下を眺める。エルフの森に攻め入る前に比べ、あまりにも人数が減ってしまった。その事を今更ながら痛感していた。


 魔王は焦っていた。エルフの森での敗走、それを見たファスト国王による『勇者』招集。部下を大勢失った上、昼夜問わず命を狙われる身となっていた今、安息の地は減っていく一方であった。


(キリがない……)


 迎撃が手一杯で、とてもじゃないが部下を集める余裕がない。かといって、襲撃に来た勇者を引き入れるつもりもなかった。魔族とはどうあっても折り合いが付かないだろうし、隙あらば寝首をかこうとする連中だ。面倒だが一人ずつ確実に始末しなければならない。


 勢力拡大には、やはり邪神の力を借りるのが手っ取り早い。復活させれば瞬く間に人間を蹴散らし、勢力図をすぐにでも書き替えてしまうだろう。


(どうなるかは分かっている。最初はいい、だが……)


 その後は、魔族が駆逐される番になる。全力で逃げたとしても、邪神は全生物を抹殺すべく、不眠不休でこの世界を練り歩くだろう。


 だから『邪神を確実に止められる』制御装置が必要だったし、言う事を聞かないのであれば倒すしかない。そういう結論に至ってしまった自分を、魔王は心底悔やんだ。


(邪神は人間の敵に非ず、万物の敵である……だったっけ、うろ覚えだな)


 黒龍の背に揺られながら、魔王はふと、魔法都市パステルにあった図書館の事を思い出す。彼は『邪神』を文献で知る事はあっても、実物を見知る機会は無かった。


 そして、出来る事なら一生の間で知りたくもなかった。

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