21章 『魔導』 Magic Power
(おかしい……いくら何でも静か過ぎる)
ファスト王国の城内に侵入した私は、不気味な静けさに息を呑んだ。あれ程いた兵士が一人もいない。もちろん外の竜退治に人を割いているのだろうが、それにしても辺りに兵士の姿は見えない。
(普通、警護に少しは人員を回すのでは……まさか陽動を見抜いているのか?)
幾つもの疑問を拭えないまま歩いていると、壁の向こうから物音が聞こえてきた。通常なら隠れる所だが、この見晴らしの良い廊下ではかえって不自然だ。私は堂々と歩く事にした。
ガシャン、ガシャンと、甲冑が軋む音が、鉄と鉄が擦れあう音が、静かな廊下に響き渡る。そいつは何だか、ぎこちない動きでこちらに向かってくる。
(何だこいつは……鎧着た所で、そんなに動きにくいわけがないだろ)
駆動部が壊れかけたおもちゃの様に、痛々しく歩く鎧甲冑。私はなるべく目を合わせない様に真横を通り過ぎようとした……その時だった。
【お前は誰だ? 何故こんな所にいる?】
まるでアナウンスの様に、城内に声が響き渡る。この物怖じ付かない高圧的な声は、ファスト国王その者であった。
(カマかけているのか? それともワシがゴウトだと見抜いているのか?)
【じれったい奴め……仕方ない!】
心の声を読まれた様に、国王は声を荒げると、鎧甲冑が剣を引き抜き、私に突き出してきた。
「な!?」
不意討ちに対処が遅れる。剣での防御が間に合わない、私は伸びてきた剣を、握りこぶしを作って横から殴り付ける。
折れる刀身。すると鎧甲冑はバランスを崩し、折れた剣を離さないまま前方へと倒れた。
(随分と鈍い奴じゃな……あ!?)
鎧甲冑がフラフラと立ち上がろうとするが、衝撃のせいか兜が勢い良く外れる。しかし本来見えるべきである、生身の頭はそこには無かった。
【剣を殴って折るとはな……相変わらずの力任せ、さすがは勇者ゴウト様といった所か】
再び国王の声が聞こえると、甲冑は剣を捨てて立ち上がる。
【しかし、自慢の大剣が無いんじゃ、持ち味も生かせないよなあ】
首が無くなってもなお立ち向かってくる、実態を持たない鎧。そんな敵を倒す術は知らない。私は知らず知らずの内に、ゆっくり後退りを始めていた。
■■■■■□□□□□
「ありゃあキオだ。暴れ方にしたって遠慮が見える。まず間違いねえ」
このファスト城には、一般兵には知らされない隠された部屋が幾つも用意されている。古来より戦を重ねてきた聖騎士団たちは、過去その部屋を使って侵入者を速やかに始末してきた。
その一室で、ヤックは僅かな隙間から双眼鏡を伸ばし、見覚えのある竜の姿を捉えていた。
「ゴウトの仲間か。いつぞやの復讐を実行する程、愚か者とも思えない。目的は何だと思う?」
「さあな。ただ坊主がいるんなら、爺さんも一緒にいるって事だ。もし潜入が目的なら、もうどっかにいるだろうな」
「だったら、ますます国王様が心配だ……」
ドイは気を紛らわせようと、剣を引き抜いて刃先をじっと見た。
「心配いらねえだろ。この城を知り尽くした唯一の人間だ。今頃は俺らでも知らない場所で、じっくり指示を練っているだろうよ」
「お前は動じてないのか……城が襲われるなんて緊急事態だぞ」
「そりゃあな、だがこんな時でも訓練通り『雑魚はさっさと外に出ろ』が実践されている。こんな窮地でさえ、国王様にかかれば想定の範囲内なんだろ」
その時、部屋の隅に立て掛けられた板が薄く光った。走り書きの様な文字が、次々と板に浮かび上がる。
【ドイは対竜装備、聖騎士団を率いて町の竜を撃破。ヤックは城内の侵入者を撃退せよ】
「ほらな。出るぞ!」
ヤックは双眼鏡を置くと、剣を手に取り部屋を後にした。一人残されたドイは、しばらく座ったまま考えていた。
(ヤックが護衛に回り、自分が指揮をする。適材適所とはいえ……私は力不足なのだろうか?)
不意にそんな事が頭を過ると、ドイは溜め息を吐きながら、壁にかけてあった魔具を手に、語り掛けた。
「……聖騎士団へ。対竜装備を用いて、外部の竜の撃退に向かう。私に続け!」
そう言い放ち、ドイは壁に手をかけると、そのまま壁がスライドして廊下へと繋がる。それからすぐに廊下の壁が反転したかと思うと、あらゆる所から騎士たちが次々と姿を現した。
■■■■■□□□□□
【どうした? 『巨剣のゴウト』とも呼ばれた男が、尻尾を巻いて逃げるのかね?】
ここぞとばかりにファスト国王が挑発してくるが、実際ゴウトには逃げるしか道が思い浮かばなかった。愛剣『
(足が遅いのが救いじゃな)
遥か後方で甲冑の騒音が響き渡る。逃げ道さえ間違わなければ追い付かれる事は無いだろう。
(ふん、倒せないと分かったからには、無闇に相手をしないか……多少は利口だな)
ファスト国王は視界の片隅に写った記号や文字を、次々と指で触り、弾いていく。すると鎧の視界が変わり、今度は城全体の地図が立体的に映し出されていた。
(鎧を自動操作に変えろ、あとは手動で罠を起動させる)
【鎧の行動を設定してください】
(対象物をひたすら追従。接近次第格闘戦に移行する)
【了解しました】
ガントレットが脳内で囁くと、鎧はしばらくして走りだす。それに驚いたゴウトが、距離を離す様に駆け出す姿が見えた。立体地図上の城内に仕掛けられたいくつかの魔具が、あらゆる視点でゴウトの行方を追う。
(いいぞ、その先の廊下には槍を仕掛けてある)
鎧から逃げるゴウトの行く先を確認し、罠を起動させる準備にかかる。ただでさえ鎧を動かしている為、魔力の消費が激しい。その分最低限の罠だけで、確実にゴウトを討つ事に意識を集中させる。
(狭い廊下で、挟み込む様に槍を発射させる……一般兵の鎧なら串刺しだな)
ゴウトが廊下へ差し掛かったのを見計らい、国王は視界に映る地図を指で弾いた。狙い通り、ゴウトを挟む様に廊下の両端から槍が発射される。
(この速度、威力……決まった!)
しかしその槍が発射された瞬間、国王は信じられない光景を目にした。
「うぉっと!」
ゴウトは逃げようとも、何かを使って防ごうともしなかった。
ただ少し体を捻ると、すれ違う様にして飛んできた鉄の槍を両脇で受け止め、そのまま力付くで制止させたのだ。
(人間技じゃない……怪力は元より、まるで見切った様に前後の攻撃に対応した……これが『選ばれし者』の力だと言うのか?)
そしてゴウトは、追ってきた鎧を槍で壁に突き刺すと、もう片方の槍を持ったまま廊下を走り去って行った。
(何だ今の力は!?)
ゴウトは戸惑っていた。危機に立たされたその瞬間、彼の視界には目に映るもの以外に、もう一つの光景を映し出していた。
一般的なRPG《ロールプレイングゲーム》の様に、まるで
(こんなのは人間の力じゃない……怪力とか魔法がどうこうじゃない、まるでゲームじゃないか!)
「ゲーム? 今やっているのがゲームじゃないの?」
「そうだな、ちいと説明しにくいな」
ファスト王国城下町にて、キオが適度に火を噴き、その陰に隠れる様にしてベルが『風の精霊』で向かってくる弓矢や兵士を吹き飛ばす。
「坊主、この『ファンファン』はゲームとしては一応リアルに出来ている。ちゃんと時間が経ったり、武器や防具に重量の概念があるだろ?」
「じいちゃんが大剣を振り回すってリアルかなあ」
「だから『一応は』だよ。仮にどんな力持ち、重量上げのチャンピオンだったとしても、あんな冗談みたいな剣を振り回す事は出来ない。幾ら超能力があるからって、火の玉を飛ばしたり死んだ人間を生き返らせたり出来ない。それは分かるよな?」
「それは……そうだけど」
少し寂しそうにキオが呟く。
「なら本題だ。ファンタジーとはいえ、許される限りのリアル、つまり『常識』や『制限』は存在する。この世界の『竜』は怪獣映画の怪獣みたいなもので、並の軍隊では倒す事すらままならない」
「そこまでは分かるけど……」
「しかしだ、逆に『何で自分たちはこんなに強いんだ?』と考えてみろ。幾らザコキャラでも、訓練を積んだ市民を守る兵士がこんなに脆いと思うか? 本物の弓を見た事はあるか? あんなにノロノロと飛んできたり、それを目で見るなんて絶対出来ないぞ」
キオは言われてハッとなった。
「ゲームってそういう事!?」
「そうだ。『選ばれし者』とはゲームプレイヤーである俺たちの事。ゲームはプレイヤーを遊ばせるのが目的。ハナっからフェアには出来て無いのさ」
そのとき、ベルに向かって一本の矢が飛んでくる。ベルはそれを見もせずに片手で掴んでみせると、そのまま弓を引く。
「見てろよ、ちょっとしたシューティングゲームやるからな」
そう言って、真っ直ぐに放たれた矢は兵士の小手を正確に射ぬき、次々と無力化させていった。
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ヤックは槍で貫かれた騎士を見た。一瞬表情が曇るものの、貫かれた鎧が空洞である事を確認すると安堵を覚える。
(空の鎧……やはりおやじさん『ガントレット』を起動させた様だな)
ヤックには心当たりがあった。掻き集めた『魔具』を駆使し、ファスト国王が総力をもって作り上げた無敵の防衛装置。城への直接攻撃なんてそうそう無いが、以前魔族の襲撃を受けた際にはガントレットを起動し、簡単に退けていた。
(無人の鎧もそうだが、罠も使った形跡がある。間違いなく侵入者は来ている)
国王は絶対の自信を持っている。緊急時にはガントレットで一人迎え撃ち、最悪の場合は護衛を付けずに一人で逃げるとヤックに話していた。手駒を最後まで攻撃に回すのは国王の気性がよく表れているが、言い換えれば聖騎士団をあてにしていない様にも受け取れた。
(俺だけが、かろうじて『侵入者を撃退する』という護衛を許された。期待には応えなきゃあな)
ヤックは走りながら『飛び声の月』を取り出し、湾曲した機械に耳と口を寄せた。
「国王様、ヤックです。侵入者……ゴウトはどこに向かってますか?」
一方で、ゴウトは超人的な能力をもって罠を凌ぐものの、一向に進路を開けない事に不安を覚えていた。
(まずい……相当長居してるぞ。国王は一向に見つからないし、一体どこにいるんだ?)
キオとベルには最悪、自分の事は放って逃げる様に言ってある。陽動作戦は囮が倒されたらそれまでだ。騎士団が全力をもって来るなら、無傷は免れないだろう。経過した時間だけを考えれば、既に逃げ出している可能性もある。
(噂に聞く携帯電話という物でもあれば一発で連絡が取れるんだがな)
時折、剣と魔法のファンタジーより、現実のハイテクノロジーが恋しくなる。あまりにも無計画だったか? そんな弱気さがふとゴウトに水晶玉を握らせる。
藁にもすがりたくなる様な気持ちが、自ずと彼を突き動かしていた。
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(化け物め……どうやったら貴様は倒れる!?)
居場所こそ絶対に知られないものの、依然として罠を突破し続けるゴウトに、ファスト国王は苛立ちを隠せなかった。物事は万事計算通りにならない事は分かっていても、『選ばれし者』の躍進は計算などという概念を軽々と超えていた。それが国王には我慢ならない。
どんな強敵であれ、必ず疲弊もすれば思考能力も判断力も鈍る。しかしゴウトという男はかれこれ城に入って長い事、我が物顔で城内を闊歩する。さすがに休憩がてらに玉座へ座られた時は、国王と言えども舌打ちが自然と出ていた。
「国王様……」
不意にヤックの声がしたので、慌てて『飛び声の月』を国王は手にした。
「国王様、ヤックです。侵入者……ゴウトはどこに向かってますか?」
「待て、今調べる。奴の居場所は……」
国王が立体地図を広げ、不審人物の後を追う。ほとんどの人間が出払っている以上、容疑者は城内に残された理由もなく留まっている人物を指す。
そして、そいつは間違いなくいた。事もあろうに、誰にも知らせてない隠し部屋にいる。二つに光る点の一方は自分であり、当然、見知らぬもう一方の点が……。
「馬鹿な!?」
国王は兜を取り外し、席から立ち上がって後ろを振り向いた。ゴウトだ。ゴウトが目の前にいる。見れば向こうも何が起きているのか理解してない様で、国王と同じかそれ以上の驚愕した表情を浮かべていた。
「何故だ!? どうして貴様が、この『扉も窓もない』部屋にいる。どうやって来た!?」
国王は馬鹿馬鹿しいと思いながらも、喋らずにはいられなかった。黙っていては気が狂う。ゴウトが一瞬にしてここに来れた理由、答えは一つしかない。
「チイッ!」
国王は首飾りを強く握り締めると、城内の一室を思い浮かべた。『ガントレット』の補助が無い以上、座標指定すら自分の頭で行わなければならない。自力で発動する『
(ここは……今いたのは国王か?)
一人残されたゴウトは、何が起きたのか理解出来なかった。しばらくすると、どこからともなく無機質な声が聞こえてきた。
【……ただいま待機中です。マスター、いかがされましたか?】
(もしかしてワシを呼んでいるのか?)
頭に微かながら聞こえてくる声につられ、ゴウトは天井から吊り下げられた兜を装着した。すると目の前にはコンピューターグラフィックスの様に、線と図形で立体化された城内が映し出される。
(これも魔法か? まるでコンピューターじゃないか!)
【マスター、命令を】
驚くゴウトを尻目に、ガントレットは機械的な応対を繰り返す。どうやら国王がいなくなった事を、もとい『マスター』と呼ばれる操縦者の特定には興味を示していない様だった。
(ワシを国王だと思っているのか?)
【さあ、マスター】
しばらくして、ゴウトはゆっくりと口を開いた。
(……『転移の魔法』について教えてくれ)
【かしこまりました。マスター】
目の前にあった地図が消滅すると、代わりにいくつものウインドウが表示される。そこにはおそらく過去のものであろう、人体実験の映像や写真、おびただしい量の文章が流れていた。
【『転移の魔法』および『転移術』『転移の呪文』と呼ばれる高等魔法について】
【古来より陸海空、更には宇宙まで制した『旧世界』の覇者たちは、どんな質量や重量の物でも一瞬で別の場所に移す手段、『ワープ』と呼ばれる技術を研究し始めました】
映像には、巨大な機械を前に科学者たちが群がる光景が映し出されている。随分古い物らしく映像にはノイズが走り、鮮明さに欠けている。
【宇宙にすら辿り着いた人々でも、それはまったく未知の領域であり、どんなに優秀な研究者を集め莫大な資金と時間を費やしても、この実験と研究は困難を極めました】
資料映像には、壁に半身埋まって動かなくなった人間や、消えたと思った瞬間、爆発して肉片を撒き散らす人間の姿が映っていた。壮絶な光景に、ゴウトは目を見開いた。
【しかしその研究は、一人の超能力者の協力によって大幅に躍進する事に成功しました。もはや超能力という範疇では納まらない、『魔法』と呼ばれるまでにいたった超能力者の力と、最新鋭の機械技術の融合。人はそれを『
しばらく茫然と聞いていたゴウトだったが、やがて思い出した様に切り出した。
「……歴史の勉強なら間に合っとる。効果や範囲、使用条件など教えてくれ」
【了解しました。マスター】
■■■■■□□□□□
「国王様!」
城内を駆け回るヤックは、膝を着き呼吸を荒げるファスト国王を発見した。
「どうしてここに!?」
「ヤックか……ゴウトが来た。理解出来ん、直接目の前にだぞ?」
国王はヤックに肩を支えられながら立ち上がり、懐から水筒を取り出し、浴びる様に水を飲み干した。
「水を……よほど取り乱した様ですね。らしくない」
「『転移術』だ。まさかあいつも使えるとは思わなかった。危うく寝首をかかれる所だった」
「あの瞬間移動ですか……ここでは国王様しか使えないはずの?」
【『転移術』は決められた領域内において、専用に作られた媒体を用いて発動を許可されます。このファスト城内では城の全箇所を、自在に行き交いする事が出来ます】
ガントレットの『転移術』の講義は続く。
【今のマスターには、『転移術』を使う為の魔具がありますが、通常では考えられないほどの、強力な力が発せられている様です】
ゴウトはおもむろに水晶玉を取り出した。やはりこれが原因らしい。
「……なあコンピューターさんや、その『転移術』を使って、例えばその……ゲームの世界に入ったりなんて出来ないか?」
【マスター、とても夢のあるお話ですね。残念ながら電脳空間への干渉は、旧世界の覇者でもついに……】
言い掛けた所で、ゴウトは被っていたガントレットを脱ぎ捨てた。目の前に、ファスト国王とヤックが突如姿を現したのだ。
「驚いて逃げ出してはみたが……まさか『ガントレット』に興味を示すとはな」
「『がんとれっと』? このコンピューターの事か?」
「『こんぴゅーたー』? 何を言っているか分からないが、国家機密を見られた以上、死んでもらう!」
国王の気合いを合図に、ヤックが剣を引き抜き前へ出る。国王はその影に隠れる様に下がると、拳銃らしき物を取り出していた。
「こんな狭い部屋で!」
ゴウトはまたも水晶玉を握ると、一瞬の内に姿を消してみせた。
「ふん、逃げたか……んがっ!?」
国王は突然首が引き締まり、全身の力が抜け落ちるのを感じた。まるで万力で締め付けられた様な、人間の力とは思えない異常な力である。
「国王様!」
「おっと、それ以上は近付くなよ。ワシの力なら一瞬じゃぞ!」
ゴウトはそう言い放つと、国王と共に姿を消した。
■■■■■□□□□□
もはや転移術を熟知したゴウトは国王を羽交い締めにしつつ、ファスト城の外、屋根へと瞬間移動していた。眼下の城下町を見ると、キオたちの激しい戦闘が見える。
「どうした? 知りたい事はガントレットから全て聞き出したのでは無かったのか?」
ゴウトはその言葉を無視しつつ、喋れる程度に腕の力を抜いて尋ねた。
「手短にいこうか。まず最初に、どうしてワシらの命を狙った?」
「……何だ、そんな事が知りたいのか?」
「答えろ」
「せっかちな奴だな。いいだろう」
国王は一呼吸入れると、淡々と語りだした。
「全員の命を狙ったわけではない。一人だけ生かして、進行を食い止めるのが目的だった」
「進行?」
「ああ、この世界はお前たちを中心に動いている。町に行けば事件が起こり、戦争に加担すればその国を勝利に導く。お前たちの行く先や言動の一つで、世界はどんどん変わっていく」
「まさか……」
「考えてもみろ、お前は一体どれだけの場所を巡り、誰と戦ってきた? そこに理由はあったのか?」
ゲームの世界に閉じ込められた事は知っている。その中で自分たちは主人公であり、行動によって未来を切り開ける事も。そんなゴウトを国王は強く睨み付けた。
「単純な話だ、お前のせいで死んだ人間が大勢いる。筋書きに沿ってな」
「筋書き?」
「そうだ。自分の職業も、死に様も、人との出会いでさえ、全て決められている」
話を聞くたびに、腕の力が抜けそうになる。彼らも自分たちがゲームに組み込まれた存在で、その運命に逆らう事が出来ないのを知っている。言葉の端々で、自分たちに向けられた憎しみを感じた。
「大多数の者はそれでいいと思い、決められた生涯を繰り返す。どうせ物語が終われば、我々は神によって放置されるか記憶を消される。『ニューゲーム』ではより良い運命になりますようにと願ってな。だがな……」
国王は一層、声に凄みを効かせた。
「私は認めんぞ。一国の主というだけで、城から出られない生涯など。何故見知らぬ冒険者に魔物退治を依頼し、褒賞など与える? ただ座って笑っているだけの人生に何の意味がある!」
その時、ゴウトの体が急に重くなった。腕の力が弱まり、国王が易々と抜け出す。見ればスタンガンの様な、火花を走らせる道具を手に持っていた。
「女神がお前たちを召喚した事には感謝している。お陰で我々は自由を手に入れたのだからな!」
そう言い放つと、国王は目の前から消えた。
(消えた! くそっ、まだ聞きたい事は……)
水晶玉を取り出し、転移術を発動させようとするが、割り込む様にベルの怒声が水晶玉から飛び出してきた。
「いい加減にしろ! こっちはもう限界だぞ!」
言われて我に返る。眼下での戦闘を見ると、いつの間にか聖騎士団が投石機などを持ち込んでおり、キオたちが押されはじめていた。
(潮時じゃな)
ゴウトは国王の追跡を諦めた。しかし大方胸のつかえは取れた様に思えたし、あそこで国王が退いたのは、こちらとしても退却する機会なのだろう。ゴウトは城門の様子を確認すると、城の入口へ意識を集中させた。
「じいちゃんは!?」
キオは既に竜の形態を解き、竜人になって聖騎士団の猛攻を必死に避けていた。ベルも精霊魔法を駆使してサポートするが、次第に疲れが見えはじめ動きに精彩を欠いていた。
「一応呼んだ! もしこれ以上もたないなら、俺たちだけでも逃げるぞ!」
「ワシを置いてくな!」
声の方に振り向くと、騎士団を蹴散らしながら猛進するゴウトが見えた。不意を突かれた為か、騎士団の陣形が乱れる。
「ジジイおせえぞ! 集合時間決めないと来れねーのか!?」
「すまん! このまま出口まで突っ走るぞ!」
ゴウトたちは三人顔を見合わせると、全速力で城下町を後にする。
「おっと! 町を騒がす不届き者め。ここから先はこの『
走っている最中、ゴウトは誰かにぶつかった。走りながら後ろを振り向くと、手斧を持った大男が大の字で倒れていた。
「すまん!」
入口に隠した巨剣を回収すると、ゴウトたちは振り返らず走り続ける。
「これで、立派なお尋ね者じゃな」
「なあに、所詮は最初の町。もう用事なんてねえよ」
僅かな情報収集の為に、ゴウトたちが犯した罪は大きい。しかし、結果として器物は壊しても、彼らは誰一人殺める事は無かった。
「……爺さん、笑っているのか?」
「いやな、あの仏頂面の国王が慌てたんじゃぞ? それを思い出したらおかしくってな……」
「そうかい。国に喧嘩を売っておいて呑気なもんだな。この大悪党め!」
「そういうお前さんもな!」
しばらくして、ゴウトとベルは声を上げて笑いだした。キオはその意味が分からなかったが、何だか楽しそうなのでつられて笑いだしていた。
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