20章 『追跡』 Lock On
追う事とは知る事。相手がどういう人間で、どういう事を考え、どういう風に動くのか、全てを知る事から始まる。
追う事とは知られない事。こちらの素性、どういう目的を持って、どういう手段を用いるのか、知られたら全ては終わる。
追われるからこそ逃げる。逃げるからこそ追う。そんな追走劇は今この瞬間でさえ、ありとあらゆる場所で始まりと終わりを告げている。
遠からず近からず、不安定に揺れ動く二者を結ぶ一本の線。どんな形であったとしても、それこそ案外どんな線よりも太く強靭な『絆』と呼ばれるものなのかもしれない。
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久方ぶりの『日本人』との出会いは、私たちに新たな指標を与える。ようやくだが自分たちの目的や、重要事項が少し絞られてきた気がしたのだ。
「魔王だ。ワシらが動く度に世界が動くと言うなら、その陰で魔王もまた動いている」
「じゃあ何だ、あいつも俺たちみたいにプレイヤーって事か?」
「それは分からん。だが国王といい魔王といい、ゲームのキャラとは思えない輩がいるのもまた事実だ」
魔王は我々が異世界から来た事を知っており、以前『転移術』という単語を教えてくれた。
ベルに話を聞いてみると、やはり私やメラと同じく怪しい老婆からゲームを買ったという。状況や人物の特徴を聞く限りでは、同一人物と考えても良いのかもしれない。何にせよ、我々を目的を持ってさらったのは間違いないのだから。
「……で、魔王の後を追うわけね。歳の割には気が早いこった」
ベルは短刀を磨ぎながら言う。単なる暇潰しかもしれないが、見た目とは裏腹にマメな性格なのかもしれない。
「単に奴を追えば、色々と事が進展すると思ってな」
「それは違いないだろうよ。ただ、相手に追い付けりゃの話だがな……」
ベルは森の方を振り返った。
「エルフの里は諦めたみたいだが、戦力拡大には意欲的らしい。もっとも、被害も相当出したから、しばらくはおとなしいだろうがよ」
しばらく私たちは腕組みをして立ち止まった。やがて沈黙を破る様にキオが口を開く。
「ねぇ『転移術』で思い出したけど、じいちゃんって前に、洞窟でそういう人と戦わなかったっけ?」
「そういえば、ファスト国王に言われて……罠だったがな」
「魔王はさておき、その王様なら元の世界に戻る方法とか、何か知ってるんじゃないかな。理由があってあんな事したんじゃないの?」
思いもよらない話だった。この世界に来て早々の出来事で記憶から遠のいていたが一理ある。
「……意外に大胆な事を考えるのう」
「おいおい、俺も話に混ぜろよ」
ベルだけが話を理解出来ず、私たちを怪訝な顔で睨んでいた。
「なるほど、経緯は分かった。断固反対だな」
かつての国王とのいざこざを、私から一通り聞いたベルは、強い口調で断言した。
「言い切ったな。当事者でもないのに根拠は?」
「話を聞く限り、その国王とやらはアンタらを一度殺そうと……いや殺したんだろ? だったら城に近付くだけ命の無駄じゃねーのか」
「それはそうじゃが、そもそもワシらを殺そうとした理由が分からんのじゃよ。結果で言うなら、逃げるので手一杯じゃったからな」
「そりゃ、自分の部下をきっちり殺す為でしょ。相当ヤバい魔法を扱ってたんだろ?」
しかし、それなら赤の他人など使わず、自分の手でやった方が確実ではないだろうか。見た限りでは、国王には聖騎士団という優秀な軍隊がある。やろうと思えば私たちを巻き込まなくても、いつでも始末できたはずだ。
それに、あの大臣は自爆を躊躇せず、すぐ実行出来る程の絶対的な忠誠心を持っていた。国王もそれは知っていたはずだ、本当に始末する必要があったのだろうか?
(考え方が違うのか……逆に、大臣を使ってまで私たちを殺そうとした?)
しかし、あの時はキオが捕まっていた。しかも聞いた話では簡単に抜け出して洞窟へ駆け付けている。追撃部隊を送ったとはいえ、全員殺すには手間を掛けすぎではないだろうか。
考えれば考える程答えは見つからない。一人苦悶する私を見かねて、ベルは声をかけた。
「第一、魔王を目の前に、昔話を振り返ってる場合じゃないだろ? 何でここに来てスタート地点に戻ろうとしてんだ」
それを聞いて私はハッとなった。あの時、何故魔王は私たちを助けに来たのだろう。新たな単語が組み合わさると、いよいよもって居ても立ってもいられなくなった。
「……考えてもみれば、ワシらは流されるままに冒険をしてきた。一個ぐらいは真正面に向き合って、背景を確認したい」
「するってえと……やっぱ……」
「決めた、ファスト国王に会いに行く」
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半ば強引に意見を押し通す様にして、私たちは最初に訪れた、あの忌まわしきファスト王国へ向かう事にした。
もちろん、堂々と正面から入るわけにはいかないし、国王もそう簡単に顔を晒すとは思えない。人一人に会うだけだというのに、私たちがやろうとしている事はどんな怪物退治よりも困難に感じる。
「いいか爺さん。王様に堂々と、しかも至近距離で話し掛けられるなんて、所詮ゲームのご都合主義に過ぎない。現実なら総理大臣や大統領に会いに行く様なもんだ。それは分かってるな?」
「ああ。以前会った時は、衛兵を囲んで顔すら見せてくれなかったからな」
当然ながら移動は夜のみにし、近隣の町や宿に寄る際にもなるべく扮装を心掛けた。いつどこで誰が見ているかは分からない。しかもヤックから聞いた話では、まだ私たちへの警戒は解かれていないのだ。
「……なぁ爺さん、真相を追求するのも悪くはねえけどよ、いくら何でも危険過ぎやしないかい?」
思い出した様にベルはその言葉を繰り返す。口調こそ乱暴だが、冷静で慎重な意見はどこかメラを彷彿とさせる。消極的な性格ではあるが、この男は頼りになる仲間だと思った。だから……。
「そう言うお前さんがいてくれるから、危険には人一倍敏感になれる。きっと大丈夫じゃろうよ」
私はそう言って、いつも切り返した。
「まったく……坊主はどうだ? 一度死にかけた場所だぞ」
「なら闘技場で一回死んだよ。ゲームなんだろうけど痛みとか無くてさ、死んだ事にさえ気付かなかったよ」
「呑気もんだな。死ぬのがどういう事なのか、よく分かってねえんじゃねえか?」
「おじちゃんは死ぬのが怖いの?」
キオは恐ろしい事を平気で口にする。子供特有の、純粋さが生み出す剥き出しの言葉に、ベルは一瞬言葉を詰まらせる。
「……怖いね。死ぬ覚悟ができてないし、やり残した事なんて腐る程あるからな」
やっとの事で、ベルは呟くように言った。
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私たちはとうとう町まで辿り着いた。賑やかな城下町と、それを見下ろす様に雄大にそびえ立つ城が見える。町の入口の看板には「ファスト王国へようこそ」と書かれていた。
(あの時は……確か竜のままのキオと一緒に)
思い返せば、いきなり森の中に出てきたと思えば、巨人と戦って
わけも分からないままがむしゃらに進み、今こうして出発地点に戻ってきた。それだけで長旅をしてきた事を思い知らされ、同時に今の今まで、私たちがここにいる明確な理由すら分かってない事を痛感させられる。
やがて町から、顔の一部を残し全身を布で覆った人が歩いてくる。まるで中東の女性を彷彿とさせるその人物は、外出用に身を包んだベルであった。
「別に指名手配とかはやってないみたいだ。例のゴタゴタも大分前の話みたいで、兵士の中にゃ忘れてる奴もいたぜ」
「そんなおおっぴらに聞き回って大丈夫か?」
「どうせ今夜にでも忍び込むつもりだろ? 堂々と構えようや」
「ま、そうじゃな」
「後は爺さん、そのデカい剣をどうにかしてくれ」
「ん? やっぱり目立つか」
言われて仕方なく、私は町の入口にある草むらに剣を置いた。重みで剣がどんどん沈み、雑草が自然と剣を包み込むと、一応は全体像を隠す事に成功した。
「おいおい、直視されたら三秒でバレるぞ」
「どうせ誰も盗めんよ。それよりそっちのローブ姿、逆に目立ってないか?」
「脱げってか? バカ言うなよ、猥褻行為で兵士呼ばれんぞ」
普段着とはキャラ毎に用意された外装だ。限りなく裸体になれても私には下着が、メラには漆黒の鎧が、という風にキャラの特徴である装備を義務付けられており、その上に着込む事は出来ても着脱は許されていない。
ベルの普段着は、薄い布切れを纏った、野性的ながら神秘性を秘めた『女性』の服装である。それは並の女性でもハードルの高い、それこそメラ程の若さや、モデル並みの容姿をもってやっと成立する様な衣装である。
(神様は残酷な事をするもんじゃ)
横目でベルを覗き込む。残念ながら容姿も体型も程遠く、何より性別が決定的に違う。彼には申し訳ないが、もし自分があれを着る姿を想像した時、思わず背筋が凍った。
「じいちゃん!」
大声に目を向けると、キオが両手を振っているのが見えた。彼もまた竜人である事を隠す為、全身をローブで身を包んでいる。背中の翼はおそらく必死で畳んでいるのだろう。
私といえば巨剣を手放し、適当な店で買った安物の兜を被るだけで、どこにでもいる特徴の無い戦士と化していた。
「おい、入り口に捨ててある巨剣を見たか?」
「ああ、まさか『巨剣のゴウト』のものじゃ……」
「まさか! でもよ、持とうとしたら全然持ち上がんねぇの。本物かもな……」
すれ違った人からそんな話が聞こえてくる。よもや当人がすぐ傍にいて、しかも老人だなんて想像も付かないだろう。変装は完璧だ。
「宿は取れたみたいじゃな」
「ギリギリな。最近魔族が増えたとかで、冒険者や傭兵さんがいっぱい来てるんだとよ」
「何やら物騒じゃのう」
「ったく。俺らエルフから見りゃあ、人間は本当に戦好きだな……んがっ!」
不意に突風が吹き、何かがベルの顔に張り付いた。慌ててそれを掴み取り、しばらく眺めて呟いた。
「……どうやら魔王の奴、相当暴れてる様だぜ」
ベルはそう言うと、鷲掴みにした紙を広げて見せた。
【魔王軍迫る! 村や国を襲い、兵力増強と領土を拡張し続ける魔王を倒すべく、我は勇者を募る】
手紙の内容は魔王を討伐せんとする志願兵を募集するもので、決起集会の日時が書かれていた。見れば武装した冒険者らしき人々が、皆食い入る様にして手紙を見ている。
「具体的な報酬も書いてないのに、注目度は高いんじゃな」
「仕事が欲しいのさ。戦争なら最低限の給料は出るし、賞金稼ぎみたいなもんでも、聞いておいて損はない」
「つまり職探しじゃな」
「中には正義感とかって輩もいるだろうけどよ、こういうのは名を上げるチャンスだ。自国の兵隊がいるのに、赤の他人に頼るってのはよっぽどだかんな」
「それでうまくいったら。お姫様と結婚したりするんでしょ?」
キオが鼻高々に口を挟んだ。「王国の危機を救った勇者が姫と結ばれる」、童話でもお決まりの出世話だ。
「そういう王位を渡す真似は簡単にはしないだろうが、相手が相手だからな。それなりのエサで釣らないと勇者は集まらないだろう」
その時、耳に付く笑い声が聞こえてくる。
「ガハハハハ! 魔王なんぞこの『
見ればその山賊風の大男は豪快に笑い斧を振り回すが、町人は怪訝な顔で陰口を叩き、冒険者は誰も目を合わせようとしない。
「すげえ分かりやすいな……」
場が白けた事もあってか、私たちは宿に入る事にした。
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この町には宿が十軒ほどあって、幸いにも私たちの泊まる宿に見知った顔は無かった。また城から比較的距離が短い事もあって、接近も潜入も多少はやり易いだろう。
ふと窓の外を見ると、日が暮れつつあるのに比例して町に兵士の姿が増えていた。いつもと違ってよそ者が多く、治安維持のため警備を強化しているからだろう。それは城内にいる兵士の数を割いている事を意味する。潜入には良い機会とも取れた。
「さて、坊主は飛べるし、俺は一応身軽に出来ている。爺さんは?」
「ワシは怪力と、これがある」
そう言って私は渦巻きにした縄を見せた。
「これまた古風な……でも説得力はあるな」
「気付いたら結構使い込んでてな、壁を登るくらいならやれるぞ」
「なるほど。体力は一番だし、やっぱ適任か……」
ベルは腕組みを始めた。
「さて、王様は城のどこかにいるはずだ。寝室はあるだろうが、もしかしたら影武者でもいるかもしんねえ。護衛も当然いるだろう」
「会うだけでも一苦労じゃな。それに魔王と戦おうって気負いなら、警備も力を入れてると見ていいじゃろ」
「んだな。どうするよ?」
「……気は進まないが、まったく手がないわけじゃない」
私はそう言うと、退屈そうに外を眺めるキオを見た。
「陽動作戦じゃ。外で思い切り暴れてもらって、少しでも注意を逸らす」
「愚策だな。そんなバレバレの陽動、まず国王のガードが固くなるぞ」
「じゃが、外の怪物が強大だったら? 以前キオを制圧するのに、連中は騎士団をまるまる投入したんじゃぞ。仮に陽動と分かっていても、国民の目の前の脅威は無視出来ないわな」
「愚策も力技で押し通すってか。シンプルだが効果はありそうだな」
そして、二人の視線は流れのまにキオに向けられる。
「ん? どうしたの?」
無垢な怪物は、二人の眼差しに首を傾げた。
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日も暮れて城下町の灯りが闇と向き合う頃。ファスト城は多くの光源を露わにし、一つの大きな光となって国を照らしていた。
「ドイ、勇者はどれくらい集まっている?」
国王は椅子に深く座り、頬杖を突きながら言った。
「少なくとも五十人程は来ています。単なる旅人もいるでしょうが、広告はそれなりに見られているかと」
「ふむ……あとはバハラでも撒かねばな。あそこなら中立地帯で人も多い、もう少し人を集められるだろう」
「了解しました……」
「どうした? 相変わらず不満そうにして、気になる事があれば遠慮なく言え」
ドイはしばらく黙っていたが、やがて恐る恐る口を開いた。
「恐れながら、どうして今、魔王討伐など? 未知の相手に戦力を割くのは……」
ファスト王国は強国として、確固たる地位を築き上げている。近隣国との関係も良好、強いては兵力においても勝っており、得体の知れない敵勢力を気にするなど、ドイには考えられなかった。
「魔王の脅威は、一度手合わせしたお前なら分かるだろう。単体であの強さだ、軍を組織するのもあっという間だろう。他の国も表面上は冷静を装ってはいるが、本当は一日でも早く叩きたいのだ」
「なら、わざわざ我が国が戦わなくても……」
「裏返せば、魔王の脅威は各国に浸透しつつある。倒せば我が国の地位も上がるだろう。すっかり平和になってしまった現代に、名を知らしめる良い機会だ」
世界情勢が落ち着きつつも、国王の戦意は衰える事を知らない。もっとも、ドイはそんな国王の戦う姿勢を、自分にはない覇気を尊敬していた。
「分かりました……しかし、勝算はあるのですか? 申し訳ありませんが、我々聖騎士団は一度破れています」
「単純に数の問題だ。魔王の力が膨大なら、それを消耗させればよいだけの事。欲に目が眩んだ勇者が魔王の力を削ぎ、最後の一撃は我らが刺す」
「それでは、最初から捨て駒に……」
国王はドイの肩を強く握った。
「最後に立っているのは我々だ。我々でなきゃ駄目なんだよ」
「王が動く時、何かが起こる」いつもと変わらぬファスト国王の高圧的な態度に、ドイはまたも嵐を予感した。
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夜になっても、ファスト王国は眠らない。町に溢れだした冒険者たちは、その身を持て余して酒場を行き交う。
「うおおお! この町の酒なぞ、この『山王ドライゼ』様が飲み尽くしてくれるわ!」
一人絶叫を上げつつ、千鳥足で歩く大男に、兵士たちは目を光らせる。
「勇者か……昼からロクなのが見当たらんな」
「そうぼやくな。俺たちは仕事をこなせばいい」
「仕事か、今敵が来たところで、連中はアテにならんだろうからな……」
その時、轟音が響いたかと思うと、暗闇に二つの光りが見えた。足音が近づくにつれ、兵士はその視線を徐々に上げていく。
「……竜? 嘘だろ……」
その巨大な影はニヤリと笑うと、大きく息を吸い、火の塊を吹き出した。
(始まったか)
エルフの驚異的な視力で、ベルは町での騒動を確認した。キオは打ち合わせ通り火を噴き、樽や木箱を壊し、派手に暴れている様に「見せる」。
(さて、次は俺の番だな)
ベルが全身の力を抜き、自然体でうつむくと、周囲に吹く風が少しずつ強くなってきた。
そしてキオたちが動き出してから僅かな時間で、城内は瞬く間に緊急事態に陥っていた。
「突如街中に竜が出現! 一般兵じゃ応戦出来ない、聖騎士団の出動要請を!」
「急に嵐が……住人の避難が出来ない! うかつに弓を使えば彼らにも当たるぞ!」
「国王様は……っ!?」
我先にと駆けずり回る兵士たちの中から、一人が柱の影に引きずり込まれる。その事を混乱する現場において、気に留める人間はいなかった。
(何とか潜入成功だな)
私は孤立した兵士を狙い、ドラマや映画でお馴染み「一撃で気絶するチョップ」で眠らせる。すかさず鎧や兜を奪うとロープで兵士の体を縛り、適当な部屋の机の下に放置した。隠す時間は到底無い。どの道バレるのが分かっているなら、無駄な事に時間を割く余裕は無い。
(顔は見られてない……はず)
とにかく時間がない。外で暴れるキオの体力も、嵐を呼び起こすベルの神通力にも限界がある。私が早く用事を済ませて、三人で脱出しなければならない。
「敵襲! 敵襲!」
鳴り響く怒号の中、兵士の鎧と兜を身に付けた私は、顔を伏せつつ走りだした。
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(あれはいつぞやの竜ではないか。近くには妙な小太りのエルフ……ゴウトが見当たらないな……)
ファスト城は他国の城と比べ、窓が極端に少ない。あっても最小限であり、景観を保つよりも「敵襲に備える」目的が強い。無暗に増やしてもそれだけ敵の侵入口を増やす事になり、当然ながら王座や寝室にも窓はない。
それは魔族との戦いを終え、平和を迎えつつある現代においては異様にも見える光景でもあり、ファスト王国が常に戦いを忘れない、列強国の証でもあった。
そして王国の中枢部、ファスト国王は誰にも知らせていない秘密の個室で、誰よりも早く敵襲を感知していた。
(一見派手に暴れているが……どうも引っ掛かるな。陽動か? 大方侵入済みといったところか)
壁に立て掛けた幾つもの鏡が、町や城内の様子をくまなく映し出す。兵士たちは訓練通り防衛と連絡に尽力し、聖騎士団も動きだしている。有事の際は国王の指示が無くても、統率された行動が取れる様になっていた。
(特に心配は無さそうだな。連中の狙いが俺なら好都合だ、兵士や護衛はかえって邪魔になる)
国王は椅子に腰を掛けると、天井から吊り下げられた兜を装着する。国王が「起動」の魔力を送りこむと、兜は静かに鳴動する。やがて脳内にざらついた男の声が響き渡った。
【
【
(旧世界の遺産、魔力を媒体とした道具『
現ファスト国王は、かつて偶然手に入れた『魔具』に心を奪われた。それは自国で禁じられた『魔法』と同等、あるいはそれ以上の価値を秘めており、それを使いこなす事こそが新たな活路、来るべき新時代における有効な武器だと瞬時に悟り、同時に古い規律を自分の中で捨て去った。
それ以来、国王は配下にも極力悟られないよう、『異国の珍しい道具』と称し、貿易や探索を繰り返し、魔具の収集と研究に明け暮れた。
【魔力回路、無事起動しました。マスター、コマンドは?】
(そうだな、まずは索敵からだ。手始めに俺が出る)
国王が念じると、城内にある一体の飾りの鎧が動き出す。そして国王の視界はその鎧に移っていた。
(ゴウト……剣に頼る時代おくれめ、この城から生きて出られると思うなよ)
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