17章 『決着』 Battle Finish

 一回戦が終わり、二回戦まで進めたのは私とズパーだけだった。キオもヤックも中々の手練だが、世の中はまだまだ広いという事らしい。だが……。


「爺さん、運命って信じるか? 俺は今日初めて信じたぜ」

「はあ」

「何つうの……見えない磁石でビタっと来るような? 一目見て直感しちゃったワケよ。分っかるかな~? 分っかんないだろうな~」

(この男……清々しいまでの馬鹿だな……)


 負けたにも関わらず、ヤックはえらく上機嫌であった。本当は相談に乗ってもらおうと思っていたのだが、出会うなり一方的に「運命」だの「出会い」だのと言い放ち、挙句「用がある」と言って足早に去ってしまった。


(ズパーも自分の控え室に戻ってしまったし……)


 そう考えていると、キオが声をかけてきた。


「じいちゃん、そろそろ……」

「ああ」


 次の対戦相手は『首切りイゾウ』。巨人と竜の首を簡単に切り落とした謎の忍者だ。キオとの戦闘でもほとんど手の内を見せず、強さはまだまだ未知数である。


 ここはやはり、実際に手合せしたキオに話を聞きたい所だが、一度殺されかけた相手だけに、話題にするのに気が引ける所があった。しかし……。


「あいつの必殺技に気をつけて。一度出したら、絶対に防げない」


 意外な言葉に、私は目を丸くした。


「必殺技? やっぱりそういうのがあるのか?」

「うまく言えないけど、あいつが首切りを使う前に倒せれば。いつ首切りが来るか分かればだけど……ああ全然アドバイスになってないや……」


 私はキオの頭をなでると、精一杯笑ってみせた。


「ありがとう。おかげで対策も立てられた」

「ええっ? ぼく大した事は……」

「簡単な事だったよ」


 作戦なんていらない。相手が正体不明だからこそ、持てる力を惜しみなく使う……それこそ自慢の馬鹿力で何とかするしかない。


(まあ、いつもの空元気だな)


 だが、孫を想うだけで、幾らでも力が湧いてくる気がした。


■■■■■□□□□□


【おおっとゴウト選手、いきなりの突撃だ!】


 試合開始と同時に、私は剣を構えて突っ込んだ。予想外の行動だったのか、場内から驚きにも似た歓声が湧いた。


(キオは慎重になるあまり、相手に飲まれ戦場を支配された。ならば寸断なく攻め続ければ!)


『攻撃されたら避けるしかない』私の大振りの剣は簡単には当たらないが、代わりにイゾウから主だった攻撃も見受けられない。代わりにイゾウが避けながら投げる手裏剣は、私の鎧や継ぎ目の皮膚に突き刺さるが、構う事無く私は剣を振り続ける。


(この程度の傷なら、一撃で取り戻せる!)


 懸命に、ただただ愚直にイゾウを追い回し、ズパーの教えの通り丁寧に剣を振り続けると、やがて微かな感触を感じた。見れば剣の先に赤い布切れが付いている。私は剣を切り返すと、音を立てて赤装束が破れた。


「あっ!」


 場内は静まり返っていた。破れた赤装束の下には、機械の体が見えていた。まるでからくり人形の様に全身の歯車がしきりに動き、唸りを上げている。


「その体、まさかロボット……か?」

「ソノ首、モラッタ」


 噛み合わない会話、そして銀行などで耳にする無機質な合成音声の様な、少しざらついた声が聞こえたかと思うと、突如イゾウの首から巨大な刄がせり出て、私の首に迫ってきた。


「ぬおっ!?」


 とっさに剣で防ぐが、止められた刄から更に小さな刄が出ると、剣を迂回しながら私の首めがけて、執拗に伸びてきた。堪らず私は剣を押し返して、イゾウとの距離を離す。


「ソノ首、次ハモラウ」


 イゾウの首から出た一本の刄は、枝分かれした木の様に、無数の丸鋸を突き出していた。一本一本が音をたて、鋭く回転しているのが見える。


(これが「首切り」の正体か!)


 全身刃物の精密なロボット。無数に伸びる刃をこの大剣で防ぎきれるのか……私は身体中に刺さった手裏剣を引き抜き、改めて剣を構えた。


「何だありゃあ、人間か?」


 他の観客と同じ様に騒ぐヤックに、隣の席にいたチェイミーは呆れながら言った。


「……機人きじん。操縦者がいるのか自立機動型か分からないけど、そこそこ高性能のやつね」

「きじん? よく分からんが、魔法であやつられる様なゴーレムとは違うのか?」

「後は自分で調べなさいよ。それとどっか行って」

「いやいや、そんな寂しい事を……」


 言葉を遮る様にして、チェイミーは試合を見ながら、無言で銃口だけをヤックに突き出した。


「……つれないねえ」


 一方で、正体を知られたからかイゾウは体中から刄を出し、着ていた赤装束をバラバラにしてしまった。全身の刃が耳障りな金属音を奏で、赤く光るランプらしき両目が私を睨み付ける。そこにいたのは正体不明の忍者ではなく、殺意をむき出しにした歪な殺人人形だった。


「ソノ首、モラウ」

「や、やってみろ!」


 イゾウの猛攻の前に、私の戦法は変わらなかった。無数の刃を防ぎ切れるわけがない、やられる前に徹底的に叩くしかないのだ。


「うおおおっ!」


 私は力任せに剣を振るが、幾ら刄を砕いても、無数の刄が私を執拗に追う。致命傷はないが、秒刻みで体力が減らされる。まるで木の棒一本で、蜂の巣をつついているみたいだ。


「この化物め!」


 血まみれになりながらも、私は懸命にただただ剣を振り下ろす。その度にイゾウの刄は砕け散り、どんどん貧相な体になっていく。やがて動きも鈍くなっていった。


「ソノ首……」

「くどい!」


 私はすっかり細くなったイゾウの首を目がけて、剣を振った。切断され、胴から離れた首は空へ舞い上がる。その時イゾウの両目が強く光った。


 直感で体をずらす。次の瞬間、私の肩は光線で貫かれていた。肩当てを貫通してぽっかりと穴が開き、腕の感覚が無くなると手から剣を落としてしまう。


(狙いは首、この破壊力……これが本当の『首切り』か)


 イゾウの首が地面に落ち、目の光が完全に消えると、ようやく試合終了が告げられる。大歓声の下、係員が素早く駆け付けると、彼らに支えられる様にして私はステージを後にした。


■■■■■□□□□□


「ズパーの相手は『金王きんおう』……そこらの客の噂じゃ、名の知れた商人らしい」


 私は治りたての腕をぐるぐると回しながら言った。どういう原理か全く知らないが、魔法とは欠損した肉片まで瞬時に再生させてしまうらしい。イゾウに空けられた肩の穴は、まるで最初から無かった様に痕跡も残さず綺麗に塞がっていた。


「商人……何かあんまり強そうに聞こえないな。ズパーさんなら負けないね」

「キオ、見た目や肩書きで判断するんじゃない。ここには猛者が集うんじゃから」


(そうだ、外見で判断するんじゃない。この男は只者ではないのだ)


 傷だらけのズパーは、剣を構え慎重に距離をとる。相手の金王は、長い銃を構えたまま不適な笑みを浮かべていた。


「そう脅えるな。俺は見ての通りただの商人、アンタの方が格上……それは確かだ」

「じゃあ、その商人が何故ここにいる? どうして俺を追い詰めている?」

「単なる商売さ。そしてお前が追い詰められているのも簡単な話、剣では銃に勝てない。それだけの事よ」


 金王が不意に銃を撃つ。ズパーは難なく避けるが、直後にあらぬ方向から攻撃を受ける。すぐ振り向くが、そこには何もない。


(武器は銃。それはわかるが変則的な攻撃の説明にはならない。おそらくは伏兵だろうが……それなら一対一を破る規約違反。観客が見逃さないはずだ)

「油断大敵……」


 金王が地面に銃を突き立てると、ズパーの足元が噴水の如く盛り上がった。土砂はそのままズパーの体を飲み込み、魔法使いの作る防御壁へ叩きつける。押し寄せる土が口や鼻を覆い、観客を守る防御壁が体を捕らえて離さない。


(魔法だと!? それも強力な……)


 土砂から解き放たれた瞬間、周囲を覆う防御壁で唯一、僅かに高さが揃ってない箇所にズパーは気付いた。


(防壁を担う魔法使い……魔力の消耗……まさか!)


 ズパーはそのまま倒れた。その後、治療自体は速やかに終わったものの、彼は深い睡眠へと陥る。


「……はっ!?」


 次に意識を取り戻した時には、ズパーは近隣の宿屋にいた。時刻は夜、大会はとうに終わっていた。


■■■■■□□□□□


「じいちゃん、もしかして今の……」

「結果が全て。もし不正があっても見抜けなかったのなら、やはりズパーの負けじゃ」


 試合を見ていて違和感はあった。金王の身振りがまるで合図のように、ズパーへの魔法攻撃へと繋がる。しかし根拠はないため、金王の銃と魔法による波状攻撃とも解釈出来る。


 何より、試合は終わってしまった。結果がどうあれその事実を覆す事は出来ない。この戦いをビデオカメラで録画していたわけでもなく、公正な審判が試合を預かるわけでもない、目に見えた出来事が全てなのだ。


(金王か……厄介な相手だ……)


 私は試合表を見た、次の対戦相手は『流星りゅうせいのベル』と書かれている。しかし知人の試合以外はあまり見てなかったので、まったくもって正体不明の相手であった。


(さて、どんな奴か……)


 一方、別の控え室でか細く震える影があった。肌は鮮やかな褐色で健康的、更に露出の多い服が神秘さを漂わせる、女性の色気を助長するデザインが目を引く。


 ただ、残念ながら運動不足によるお腹の出っ張りと、明らかに中年男性と分かる顔と眼鏡が、それら全てを台無しにしていた。


(『巨剣のゴウト』って……主人公だよな、絶対俺を仲間にするよな)


 限りなく人間に近い姿を持つ、神秘の種族エルフ。人呼んで『流星のベル』こと斉藤陽介さいとうようすけは恐れていた。今まで自由に堪能していたこの世界に、とうとう終わりがやってくるのだと。


(こんな姿だ。会えばプレイヤーだと一発でバレちまう……来るって分かってりゃ、わざわざ出場しなかったのによ!)


 こんな事なら水晶玉の予知を信じ、森に閉じ籠っていれば良かった。などと考えている内にゴウトとの準決勝は近づいていた。


「随分怯えているな。乗り気じゃないなら代わろうか?」

「誰だ!?」


 突如男の声が聞こえる。ベルは咄嗟に吹き矢を構え、空いた手で腰の短剣を握るが、周囲に人影はいない。


「エルフにしてはえらく醜いが、まあ我慢しよう」

「うるせえっ!」


 気配を察知し、ベルは吹き矢を撃つ。物陰から呻き声が聞こえると、貴族らしき男が倒れてきた。


(こいつか? エラソーな口振りにしてはあっけないな……)

「能力は十分みたいだな、安心したよ。次はお前だ」


 声が聞こえた瞬間、振り返るベルの目の前には、仮面が宙を浮いていた。


■■■■■□□□□□


「そろそろ試合を始めます。ゴウト選手は場内へ」


 結局、相手について何一つ知らないまま、準決勝を迎えようとしていた。私の攻め手と言えば、大剣を除けばせいぜい投げ縄ぐらいしかない。


(ここまで来た相手だ。小細工は……通用せんだろうな)


 もはや細かい事は考えるだけ無駄だろう。私は自分の持てる力を信じ、戦場に向かって一歩を踏み出した。


 不思議と廊下が長く感じる。最初は緊張や威圧感からの錯覚かと思ったが、やがて異変に気付いた。


(歓声が聞こえない、それ所か物音一つ……)


 やけに長い廊下を抜けても、何一つ耳に入ってこない。砂利を踏みしめる自分の足音だけが、ザクリザクリと響き渡る。


 見渡せば観客の姿がない。場内には魔法使いも防御壁もなく、ただ中央に小太りの男だけが立っていた。


(あれがベルか? しかし、あの奇妙な仮面は……)

「久しぶりだね」


 おそらく小太りの本人らしき低い声。しかし、その親しげな口調と仮面で、私はその正体を結び付けた。


「お前……まさかタイドか? 幽霊屋敷で死んだはずじゃ!?」

「人を勝手に殺すなんて失礼だね。そりゃ、元々死んでるけどさ」


 突然、男は吹き矢を取出して撃った。慌てて避けるが矢が頬をかすめる。小さな傷口だが、そこから力が漏れていく様な感覚があった。


「毒か!?」

「こう見えても負けず嫌いでね、やられっ放しは好きじゃないんだ。やっと再会できたんだし、気が済むまでやらせてもらうよ」


 タイドが背中から弓と矢を取り出すと、姿勢を思い切り低くして、ゆっくりと摺り足を始めた。


「逃げたんじゃないのか?」

「いや、二人とも控え室から出る所は目撃されている」

「じゃあどこへ消えた? もう試合時間は過ぎてるぞ!」


 一方で闘技場では係員の捜索も空しく、準決勝一回戦目はゴウト、ベル、両選手の不在により無効試合にされた。


■■■■■□□□□□


(他人の体とはいえ……やらなきゃやられる。仕方がない!)


 私は駆け寄って剣を振り下ろすが、タイドはあっさりと避ける。しかし攻撃が失敗した事に、私は少しだけ安堵した。


「おやおや、他人の体でも平気で斬るんだ。冷酷だね」

「何をぬかす、一方的に閉じ込めておいて。多分、お前を倒さなきゃ元の世界に戻れないんじゃろ?」

「なるほど、割り切ってはいるんだ。その割に気が抜けた様な攻撃だったけど」


 タイドは急にバック転を繰り返すと、弓矢を構えた。大きく宙返りをしながら矢を連射してくる。シャカシャカと高速で弓を引く手と、それに連動して次々と放たれる矢の雨は、どう見ても人間技じゃない。


(前に戦った時と戦法すら違う、ベル自身の強さが反映されているのか?)


 慌てて剣を盾にするが、嵐の様に吹き付ける矢を前に、身動きすら取れない。


(この様子じゃ弾切れは期待できんな)


 先程受けた頬の傷がじんわりとする。痛みこそないが、見れば体力をどんどん奪っている。このままでは自滅するのは分かっていた。


(単なる幽霊のはずだが……乗り移るだけでここまで化けるものなのか?)


 館での戦いを思い出す。あの時も確かに苦戦した、それにメラが首を斬る事で勝てたが、そこに持ち込むまでの苦労があったはずだ。それに……。


(首をはねる? 操られているだけの見ず知らずの人間を……やっぱり殺すしかないのか?)


 その時、私の肩を矢がかすめる。見ればタイドは地上を離れ、宙を自在に舞っていた。


(しまった! あいつは飛べるんだった)

「どうだい、こうなったら自慢の大剣でも届かないよ。いっそ投げてみるかい?」

「馬鹿言うな! そう言われて投げる奴なんぞいるか!」


 私は後ろ手で、道具袋にある縄を確認した。長さは申し分ない、何とか届く距離だ。


(小細工に頼るしかない、それもたった一度きりの)


 迷っている時間さえ惜しい。それに思い付きは、実際やり切ってこそ実を結ぶもの。相手に考えさせる時間さえも与えない、電撃的な行動力が必須であった。


(博打は好かんが、思い立ったが吉日!)


 私は大剣を構えると、タイド目がけてぶん投げた。ゆっくりと回転しながら、唸る鈍い風切り音に度胆を抜いたのか、タイドは慌てて避ける。


(本当に投げた! 相変わらず行動が読めない奴だ)


 タイドが直ぐに地上へ目を戻すが、ゴウトの姿が見えない。その時左腕に激痛が走り、思わず弓を落としてしまう。見れば十字型の刃物が刺さっていた。


(これは、確かイゾウが使っていた『手裏剣』……いつの間に?)


 考える間もなく、タイドは急に右足が引きずられていくのを感じた。地面が物凄い速度で迫ってくる。見れば縄が右足に絡み付いていた。


「そらっ!」


 私は両腕で縄を持ち、タイドを地面に叩きつけた。相手が怯んだ隙に、私は残りの縄を体に巻き付ける。


 投げつけた大剣で目をそらさせ、ダメ押しの手裏剣で注意を引き延ばす。人間、僅かな時間で連続した事が起きると頭が追い付かないもので、私の力技はどうにか成功した様子だった。


(縄による捕縛……本命はこいつだったか!)

「ワシは怪力だけが自慢でな、もう離さんぞ!」


 タイドは腰から短剣を引き抜き、どうにか縄を斬ろうとするが、私が縄を強く引くと、タイドは豪快に転倒した。私はそのまま綱を手繰り寄せる。


(まずいぞ! 何か手は残ってないか、こいつの能力は……)


 慌ててタイドはベルの体を検索する。彼の脳内には莫大な量の文章と、ベルにまつわる動画が次々と検出され、視界内に一斉に表示される。


 対象となる生物の記憶、経験を全て閲覧し、そのまま自身の行動力へと繋げる。文字通り対象となる者の肉体を「乗っ取る」のが、タイドの力であった。


 今回乗り移った太っちょエルフのベル、見た目とは裏腹に常任離れした運動能力を持ち、弓や吹き矢といった飛び道具も駆使する。これ程の芸達者な男ならまだ戦力を残しているはずだ。タイドは必死にベルの情報を検索する。


(……精霊を操る能力?)


 その一文を見つけると、タイドの右手から軽い火花が走った。


「火の精霊よ!」


 タイドが叫ぶと、右手から豪快に炎が吹き出し、瞬く間に縄を焼き切ってしまった。私に向かって燃え移る炎を消す間に、タイドはすっかり離れていた。


(そうだ、エルフは自然を味方に出来るんだった。武器が無くても勝てる!)


 タイドが両腕を構える。さっき使ったのが魔法であれば、もはやどんな攻撃が来るのか想像も付かない。おまけに頼りの大剣はさっき投げてしまい、イゾウ戦で持ち逃げた手裏剣も全て使ってしまった。もはや手立てがない。


「土の精霊よ!」


 タイドが叫んだ瞬間、目の前の土砂が盛り上がり、まるで大蛇の様にうねりながら迫ってきた。金王が戦いで見せた、あの大魔法だった。


(この術、ズパーをやったのはこいつか!)


 その時、先程上空に放り投げた大剣が落ちてきた。私は逃げる様に、剣の陰へと隠れるが、土砂は瞬く間に回り込んで、私の体を侵食していく。


(息が出来ん! 万策尽きたか……)

「あははは! あの時の借りはこれで……」


 言いかけて、タイドは急にめまいを感じた。


(何だ? 力が弱まっていく……?)

「精霊の力ってのは強大で……日にそう何度も使えるものじゃねえんだ……」


 ベルが淡々と語りだす。その口調からしてタイドの意思ではない、ベル本人の声の様だった。砂の勢いが弱まり私は何とか剣から首を出すと、彼はふらふらと、自分の顔にかかった仮面に手を付けていた。


「お前、意識が……」


 声は同じだが口調でわかった。タイドが慌てて止めようとする。


「大自然に祈りを捧げ、その力を分けてもらう……対価だって半端ねえ、下手に使おうものなら意識ももたなくなる。無闇に使うもんじゃないんだよ……!」

「まさか……止めろ! 仮面から手を離せ!」

「うるせえっ! 今すぐ俺から出ていきやがれ!」


 ベルは叫びながら仮面を外すと、力任せに地面に叩きつける。仮面に小さなヒビが入ると、それに合わせるように空に亀裂が走った。


「ぷぇっ」


 私は口に入った砂を吐いた。攻撃は完全に止み、見ればベルが倒れ、傍には仮面が落ちている。私はベルに近づいた。


(よく見れば日本人の顔だ……まさか仲間だったとは)


 そして、おそらくはタイドの本体であろう、ヒビの入った仮面を見下ろした。


「タイド……じゃな。理由は分からないが、そんな姿になってまで、お前さんはどうして生きる?」

「生きる? 逆だよ。僕はとっくに死んでいる。仮面に残された記憶だけが、いつまでも在り続けただけさ」

「それって……死ねなかったのか?」

「そうだね……僕は早くに死んだ。その死が認められないくらい、短い人生だったよ」


 頭に声が響く。それは先程戦ったベルではなく、正真正銘タイド本人の、まだあどけなさの残る若い声だった。


「仮面を付けている時だけは……病弱とか寂しいとか、そういう気にはならなかった。だから、これも僕の体なのさ……」


 ふと、あの日屋敷で戦った事を思い出す。素朴な疑問が残っていた。


「教えてくれ、あの屋敷で何があったんじゃ?」

「……二人の結婚式の前日に、僕は死んだ。あの日の楽しい思い出と、幸せそうな二人の笑顔だけが忘れられなかった。だからあの日がいつまでも続けばいいと、本気でそう思った」

「二人を恨んでいたのか?」

「恨んじゃいないよ。ただ二人が結婚して、遠くに行ってしまうのが恐かった。近くにさえいてくれれば……でも、もういいや」


 仮面がゆっくりと浮かび上がると、私の前へと動いた。慌てて身構えるものの、仮面はそのまま微動だにしない。


「本物の二人は幸せなまま一生を終えた。そしてお爺さんが僕の一生を終わらせてくれる。それで僕たちのいた時間は並ぶ、やっと二人に会えるんだ」

「……そうか」


 私は大剣を構えた。


「お前さんを殺す。もう二度と迷わない様に、それでいいんじゃな?」

「そうだ。もう死んでいるのは飽きたからね」

「……二人に会えるといいな」

「会えるさ。『ニューゲーム』を迎えたら、今度こそ三人で幸せになってみせる」


 剣を振り降ろすと、仮面が粉々に砕け散る。それと同じく空に一斉に亀裂が入り、壊れた窓ガラスの様に景色が何十にも映し出される。


 それが一斉に砕け散り、眩しい光に包まれたかと思うと、辺りが急に暗くなる。時刻は夜、私とベルは無人の闘技場にいた。


(早死にして長生きした幽霊、不老不死の末路か……)


 死後、彼の意識は仮面とともに悠久の時を過ごした。同じ時間を生きた友人も、自分の遺産を託す子孫もいない、孤独な幽霊は一体何を思い生きてきたのだろう。一介のゲームキャラクターとはいえ、彼の過ごしてきた虚無の青春を思うと、私は胸を強く締め付けられる気がした。


 風が吹くと、粉々になった仮面の欠片が、砂塵と共に夜空へと消えていった。

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