15章 『誇示』 Wonderful Me

 私は強い。

 私は賢い。

 私は鋭い。


 この力、この技術、この才能、何と素晴らしいものだろう。何と圧倒的なのだろう。


 慢っていようが増長しようが、私は自分自身を愛して止まない。生まれてから死ぬまで片時も離れず苦楽を共にしてきた、無二の親友であり、最愛の恋人なのだから。


 だから、この世でたった一人、他の誰よりも頼りになる者へ。鏡に映るその姿に、惜しみない愛と尊敬を込めて。


 ありがとう。そして、これからもよろしく。


■■■■■□□□□□


「二人に戻っちゃったね」


 キオが心細そうに洩らした。考えてもみれば、今までは何かとメラが行動を後押ししたり、率先して動いていた気がする。ゲームに精通していただけでなく、女性ならではの活発さ、牽引力があったのかもしれない。


 広大な平原に残された老人と子供は、果たしてどう動くべきなのだろう。水晶玉を手にとってみても、答えは分からなかった。キオは本来の姿を取り戻し、メラは新たな道を選んだ。私にもまだやれる事が残っているはずなのだが。


「じいちゃん、じいちゃんったら!」


 キオが剣を強く引っ張る。見れば前方に、大剣を背にした大柄な戦士が立っていた。細すぎる目はまるでつぶっている様に見えるが、視線は確実に私を捉えている。男は堂々とした口調で切り出した。


「失礼。その背の剣、もしや『巨剣のゴウト』と見受けましたが?」

「合ってるよ。そういうあなたも、随分と大きい剣を持ってますな」

「これは、名工シバに作っていただいたものです」

「これまた奇遇ですな……」


 私が続けようとした言葉は、男が差し出した刄によって遮られた。


「私は剣士ズパー。ここで会ったのも何かの縁。シバが認めた巨剣の使い手、その第一人者であるあなたに挑戦したい」

「敵だ!」


 いきり立つキオを止め、私は片手で背中の剣をゆっくり引き抜いた。路頭に迷っていた矢先、こんな恰好の騒動が飛び込んで来たのだ。断る理由が無い。


「良いじゃろう。ワシと同じような剣士、一度戦ってみたかった」

「受けてくれるのですね……感謝します」


 同じ巨剣使いと巡り合う、これもまたネロの言った『引力』というものだろうか? ゴウトの主役としての力が、運命を手繰り寄せているのだろうか?


 何にせよ、この戦いでなら、自分に足りない『何か』を掴めるかもしれない。私はそう直感した。


(あんな剣を片手で軽々と……私の剣でさえもう少し小さく、それでいて両手で持つのがやっとなのに)


 ズパーは戦慄を覚えた。まず剣を両手で持ち上げ、振り回すだけで一苦労。それこそ長い年月をかけて筋力を鍛えあげ、やっと並の両手剣と同じ感覚にまで落とし込んだのだ。それなのにゴウトは自分の持つ大剣以上の剣を、まるで片手剣のように扱っている。あんな小柄な体、ましてや老人にそんな力が到底あるようには見えなかった。


「うおおおお!」


 ズパーが戸惑う間にも、ゴウトは次々と攻撃を繰り出す。それは剣技と呼ぶにはあまりにも幼稚で、素人目に見てもがむしゃらに剣を振り回しているだけだったが、不規則かつデタラメに飛んでくる巨剣の連撃は、脅威と呼ぶに相応しかった。


(打ち合いはまずい! 仕切り直しを……)


 様子見が仇となり先手を逃し、以降は受ける一方のズパーであったが、剣がぶつかり合った際に一度強く押し返し、僅かだが間合いを空ける事に成功した。怯んだゴウトにすかさず突きを繰り出すと、瞬く間に形勢は逆転した。


 今度はズパーが攻勢に回る。ゴウトと比べて手数は少ないが、剣を打ち込んで防御をされては、すかさず防御されていない箇所に剣を重ねていく、相手の隙を的確に狙う攻撃だ。ゴウトはぎこちない動きで、半ば剣の面積に助けられつつ防御に徹する。


 同じく巨剣を扱うゴウトだからこそ、その破壊力は十分に知っていた。だからこそ直撃を避けようとするあまり攻撃に転じる事が出来ず、同時にズパーの針を縫うような攻撃がそれを許しはしなかった。


(妙だ……)


 攻撃に安定感が出始めたズパーは、考える余裕が出ると同時にゴウトへ強い違和感を覚えていた。攻撃の時もそうだが動きに切れが無い。防御にしても剣を盾にしてじっと耐えている様にしか見えない。つまりは剣の使い方がまるでなってないのだ。


(巨剣とそれを扱う腕力があるのに、どうして?)


 優勢になる一方で、どこか苛立ちの様な感情がズパーに芽生えつつある。それは期待していた強さとは違う事による、失意にも受け取れた。


(これが「巨剣のゴウト」……まさか、この程度なのか?)


 ズパーの繰り出す素早い連撃に、ゴウトは明らかに防戦一方だ。巨剣に隠れ、一向に反撃に出る気配がない。しかしズパーはしばらくして、巨剣に向かってひたすら打ち込んでいる自分に気付いた。


(まったく動いてない?)


 不審に思って剣を止めた瞬間、視界がぐるんと逆さまに映り、背中と後頭部の強い衝撃が走った。定まらない視線で何とか周囲を見渡すと、いつの間にか足元に縄が絡んでいるのが見えた。


(ロープ? 何故こんな物が!?)


 そんな些細な疑問も、込み上げる吐き気と激しい頭痛により、微かな意識に追いやられようとしている。剣を握る力も失いつつあるズパーは、やっとの事で小さな影を捉えた。


 ゴウト、あの巨剣を振り回していたはずの小さな老人が、剣からひょっこりと顔を出している。そしてその両手に握られたロープは、自分の足下へと繋がっていた。


「剣を……手放していた? そんな戦い方が……」

「納得のいかない負け方じゃろうが、許してくれ」


 そして影はゆっくり動いたかと思うと、次の瞬間……。


「……ねえ、死んじゃったの?」

「気絶させた……はずじゃ。グーで殴ったから、多分死んじゃいない」

「それに近くで見てたけど、どうしてじいちゃんは勝てたの? あと急に隠れたりしたし」


 私は『超重甲』を裏返し、小さなくぼみを指差した。


「ここに取っ手があってな、盾にして攻撃を凌いだ後、縄を用意して足をひっかけたんじゃ。投げるというか、叩き付けて巻き付ける感じじゃな」

「それで転んだんだ……でもズルくない?」

「剣じゃ勝ち目が無かったからな、仕方ないじゃろ」


 私は倒れたズパーを担ぎ上げると、近くに宿は無いかと歩き始めた。


■■■■■□□□□□


 ズパーは夢を見た。それは遠い昔の出来事だった。


「何だ、お前もよくいる見かけ倒しか。体つきだけは立派なのにな」


 ドワーフは、巨大な剣を手に顔を真っ赤にする私を見て嘲笑う。それは、今まで感じた事の無い最大の屈辱だった。


(見かけ倒し? 傭兵の間でも怪力で知られる、この私が?)


 名の通り、両手でないと満足に扱えない両手剣を片手で振り回し、装置を使わないと弦も引けない、自動弓ボーガンを自力で発射させた事もある。


 見世物にも等しい無意味な事もやったが、こと『腕力』についてはありとあらゆる挑戦をし続けたつもりだった。噂に聞く「誰にも使えないシバの巨剣」も、自分ならと意気込んできたはずなのに……。


 しかし力を絞り尽くし、両腕に筋肉を張らせていかに太くしても、目の前の巨剣は僅かに浮くだけで微動だにしない。やがて私は息も絶え絶えに、大の字で後ろへ倒れこんだ。


「シバさん……こいつは、本当に人間が扱えるんですか?」


 悔し紛れに、私は自分の未熟さではなく、剣を責めようとした。


「並の人間じゃ無理だな。過去にもお前と同じように、自称『怪力』が何人も挑んだが、持ち上げる事は出来ても、振る事は出来なかった」


 言いながらシバは、ゆっくりと巨剣を持ち上げる。


「俺だって持つ事は出来る。つまりそいつらの怪力なんざ、そこらのドワーフと同程度って事よ」

「じゃあ、その剣を持ち上げ振り回したというゴウトは、一体何者なんですか?」

「そうだな……お前らが『怪力かいりき』なら、あいつは『超力ちょうりき』って所だな。どこからあんな力が湧いてくるのか、俺には検討もつかねえ」

「……ゴウトとは、本当に人なんですか?」

「見た目は人間だったよ」


 そう言って笑うシバは、まるで自分の事の様に喜び、ゴウトという存在を誇らしく語った。それが、私の知る『ゴウト』という人物像だった。


「……起きてるか?」


 夢の終わりを告げる声が聞こえる。微かに目を開くと、扉から僅かな光が差し込んでいるのが見える。手で辺りを探ると、柔らかい毛布の感触があった。


(そうだ、あの時ゴウトと戦い、足払いを食らって……)


 何とか体を起こし、まだ力の入らない手で扉を開くと、まばゆい光と階段下の喧騒が目に飛び込んでくる。


(宿屋……ここまで私を?)


 振り返って部屋を見ると、壁には私の巨剣が立て掛けてある。敵に敗れ、介抱まで受ける。それは完膚なきまでの敗北だった。


■■■■■□□□□□


 剣を手に取り階段を降りる。一階の広間、及び食堂では丁度夕食の真っ最中で、屈強な冒険者たちが我も忘れて、運ばれてくる巨大な肉料理やら樽ごと用意された粗野な酒を、次々と胃の中へと収めていく。その光景は嫌でも食欲をそそらせた。


「おお、体はもう大丈夫か?」


 私の姿を見るなり、ゴウトは席を立ち上がってこちらへ歩いて来る。傍には背中に翼を生やした不思議な少年も一緒だった。


「ええ、と言う事は……」

「悪いがワシの勝ちじゃ。どんな形であれ勝ちは勝ちなんじゃ」


 その言葉に、私は一瞬止まった。


「シバに話を聞いたのかもしれないが、ワシは怪力だけが自慢でな、剣はからっきしなんじゃよ」


 戦いを思い返して疑問が解決した。確かにあれは剣を振るうのではなく、ただ振り回していただけだった。だからこそ動きが単純で無駄も多く、簡単に連撃を止められた。


 剣はある程度練習すれば、誰でもそれなりに扱う事が出来る。むしろ大変なのは剣を自在に扱う為の筋力と、それを長続きさせる持久力を持つ事だ。ゴウトの並み外れた筋力と体力は、間違いなくそれらを凌駕していたはずだった。


(『超力』を持っていながら、剣が使えないなんて……何と勿体ない)


 まさしく「宝の持ち腐れ」、同じ剣士として不意に世話心が芽生えた瞬間だった。


「そこで、まったく身勝手な話じゃが、同じく巨剣を扱う君に頼みがある。ワシに剣を教えてくれないか?」

「え、私が?」

「頼む! この通りじゃ!」


 ゴウトは頭を深く下げ、一層大声を張り出す。すると周囲の客が食事の手を止め、事情も知らずに面白半分で野次を飛ばし始めた。


「やってやれ! 爺さんの折角の頼みごとだ!」

「年寄りは大事にしろって、親に習わなかったか?」


 寝起きもままならぬ頭に、下品な大声が響き渡る。こういう空気はハッキリ言って苦手だ。それにこいつらは、様子から察するにこの老人の正体を知らない。敬意を払うべき戦士に対する礼儀がなってない。それが余計に許せなかった。


「わ、分かりましたから! とりあえず今晩は……」


 一瞬頭に血が上り、怒りに身を委ねて連中を叩きのめそうかとも思ったが、店の人に迷惑をかける事や、何よりゴウトの前でみっともない真似は出来ない。私はどうにかそれだけ言い放つと、逃げるようにその場を離れた。


■■■■■□□□□□


 あれから夜が明け、私は完治した体を起こし愛剣を持って一階に降りる。昨夜の喧騒が嘘の様に、静まり返った広間があった。


 テーブルいっぱいに食べ散らかされた朝食に、空になった杯。客は全員食事を済ませ、新たな冒険へと繰り出していったのだろう。


 そして口笛を吹きながら食器を回収する店主が、私を見て軽く会釈をした。


「お客さん、連れの方ならもう朝食を済ませて、外で待ってるってよ」

「連れ……ですか」


 店の出入口を開けると、外には巨剣を一心に振るゴウトと、一緒になって短剣をがむしゃらに振る翼の生えた子供がいた。ゴウトの剣の振り方は速度こそ驚異的だが、やはり軌道の定まらない、隣の子供と同様「振り回す」程度のものだった。


「おはようさん。準備運動していた所でな……といっても、大昔ちょっとだけ触った剣道のうろ覚えじゃが」


 そう言ってゴウトは、持っていた巨剣を地面に勢い良く突き刺した。改めて見る超力に私は息を呑む。そして「剣道」がいかなる剣技か知らないが、ある程度は剣の心得は持っているようだ。


「さてと、一応勝った立場の人間からして言うが、改めて剣を教えてくれないか?」

「……ゴウトさん、予め言っておきますが、私は一応旅の途中です。負けた身分ですが、あまりじっくりと教える事は出来ません。それでも構いませんか?」

「構わんよ。ただ一言二言、君から見てワシの間違った所を指摘をしてほしいのじゃ。後は自分でどうにかするから」

「なるほど……では最初に、一番大切な事を知ってもらいます」


 私は道具袋から長剣を一本取り出すと、鞘を抜いて剣を構えた。


「よく誤解する輩も多いのですが、武器はただ敵に目がけて振れば当たるというものではありません。相手もただ黙って攻撃を受けるわけもなく、そして得物が長ければ遠くに当たる、大きければ当たる面積が増える、なんて単純なものでもありません。その武器の使い方を覚えないと、満足に使う事さえ出来ないのです」

「なるほど……痛み入る」

「では、今から素振りをします。今言った言葉を踏まえて、よく見ていてください」


 私は一呼吸すると、前方に見える木を睨み付け、剣を握る手に神経を集中させた。


「ふんっ!」


 力を込めて、私は剣を横に払った。最も加速の付いた所で、刃の先から小さな風が生まれると、それは真空の刄となって目の前の木に切り傷を付けた。ゴウトと子供が歓声を上げる。


「今のは何じゃ?」

「これはある迷宮から持ち帰った剣で、空気の様に軽いので『風の剣』と呼んでいます。長剣であるながら短剣の様に振り回せるだけでなく、今見た様に一定の速度で剣を振れば、鋭い風圧を放つ事もできます」


 私は剣をゴウトへ手渡した。あまりの軽さに驚いたのか、ゴウトは手から剣を落としそうになった。


「あの木に向かって、剣を振ってみてください」

「お、おお」


 ゴウトは両手で剣を構えると、怒号と共に乱暴に剣を振った。あまりに力み過ぎたのか、ゴウトは二、三回程その場で回転し、きりもみしながら地面に倒れこんだ。


「うおっ!」


 剣から発したそれは、突風と呼ぶには生温い、言ってみれば小型の竜巻の様なものだった。それは轟音をたてながら、太陽目がけてゆっくりと進んでいく。


「……今見た通り、あなたの剣を振る力は人間離れしたものです。問題は……」


 私はまだ天に向かって昇っている竜巻を指差した。


「そんな力も、振る方向を間違えるだけで、まったく無意味になるという事です。第一、私は『剣を振れ』と言いましたが、『思い切り振れ』とは言ってません」


 私は「風の剣」を拾うと、片手で振り回してみせた。


「それに、『空気の様に軽い剣』を、あなたは何の考えもなしに両手で使おうとしました。結果、空振りはおろか姿勢まで崩してしまいました。もし私が敵なら、倒れた瞬間は逃さず斬ります」

「つまり……何でもかんでも力任せにし過ぎた、と?」

「そういう事です。確かに筋力は重要です。あればあるほど多くの武器を運用可能にしますが、その武器に見合った筋力の使い分けというのが求められます。全力が常に最善の結果を残すとは言えないのです」


 とはいえ、未熟な技術が圧倒的な力によって補助され、ゴウトがそれなりの強さを発揮しているのも事実であり、あの太陽目がけて突き進む竜巻は、誰にも真似しようがないゴウトの力の証であった。


「それで、どうすれば剣をちゃんと振れるんじゃ?」

「まずは簡単に、二種類の打ち方を教えましょう」


 私は風の剣を道具袋に戻すと、背中の愛剣「メガソード」を取り出した。ゴウトほどの質量や重量はないが、これでも並みの剣士には持つ事すらできない、名工シバの生み出した巨剣の一つである。


「相手に重傷を負わせる……もとい致命傷を狙う場合は、最後まで剣を振り切る。振り始めの打点が遠い程威力が増す分、振りが大きくなって命中率は下がります」


 私は思い切り剣を振ってみせた。風を切る音が、静かな平原に響き渡る。


「あなたの剣は常にこれでした。確かに当たれば脅威ですが、振り切った後の隙だけは、どれだけ力を持っていても防ぎ様がありません。そして敵から見れば致命傷を入れる好機でもあります」


 ゴウトが力強くうなずく。


「次に、剣を振り切らずに途中で止める方法。厳密に言えば止めると言うより、一定箇所を狙って打つ要領ですが……」


 私は自分の目の前を指差すと、そこを目がけて剣を振り下ろした。


「始点から終点までの距離が短く、振り切るのと比べ速度が増します。威力は落ちますが打ち損じた時の危険も減り、攻撃後に速やかに防御へ移行出来ます」


 私は剣を下ろした。


「あなたの腕力なら、剣を自在に操れるはず。今言った二種類の振り方を覚えるだけでも、相当強くなれるはずですよ」

「なるほど。ワシが簡単に打たれ始めたのも隙だらけだった、という事じゃな」

「その通りです。ゴウトさん、今剣を構えてもらって大丈夫ですか?」

「ん?」


 ゴウトは言われるがままに巨剣を構えた。私は正面に回りながらそれを見る。両手で剣を真正面に構える、一般的な構えではあるが……。


「ゴウトさん。それだと前が見にくくないですか?」

「え? あ、言われてみれば……」

「私たち大剣使いは、巨大な刀身によって得られる広い攻撃範囲や高い攻撃力と引き替えに、視界を通常の倍に気を付けなければなりません。ですから、出来るだけ視界を確保する必要があります。真似してください」


 私は両手で剣を垂直に持ち、そのまま持ち手を右の胸辺りに寄せた。そして鏡を合わせた様に、ゴウトも同じ構えを取る。


「……これ、右が見にくくないか?」

「右は剣で全部防ぎます。刀身の広さこそ大剣の武器。腕力の見せ所ですよ」


 私はそう言って、ゴウトの剣に向かって打ち込んだ。それなりに力を入れたつもりだったが、ゴウトの姿勢はまったく揺るがない。やや不意打ちではあったが、それでも全く動じないゴウトに私は嫉妬と尊敬の念を覚える。


 悔しいが、世の中には存在するのだ。どう頑張っても乗り越えられない壁が。


「……防御の効果は御覧のとおりです」

「いやいやいや! 危ないじゃろ!」


■■■■■□□□□□


 結局、私はそのまま持てる知識や技術を惜しみなく、そのままゴウトに教え込んだ。半日にも満たない僅かな時間であったがゴウトの剣術は向上し、巨剣を振り回す超力にある程度の技術も備え持った手強い剣士となった。


「これで、基礎は一通り教えましたよ」

「なるほど、大分勝手が分かってきたわい」


 そう言ってゴウトは、慣れた様子で剣を振り回す。それ自体は特筆すべき点は無いが、やはり手に持った巨剣が嫌でも目立つ。きっと、彼には大した重量に感じて無いのだろう。それは現実離れした、何かの演劇を見てる様な違和感さえも感じさせた。


(あれが『超力』人間を超越した、神掛かりな力……人間は、本当にあそこまで力を付けられるのか?)


 それが鳥肌だったのか、気温の低さだったのかは分からない。ふと体の冷えを感じ空を見上げると、日は既に暮れて、宿には冒険者や旅人が戻りつつあった。


「そういえば、旅の途中じゃったな。ここまで付き合わせて悪かったな」

「いいんです。一日潰した所で問題ないです。それに……」

「それに?」

「いや、何でもありません」


 教えなければ、私の気も済まなかったのだから。そう思った私は今、やっと負けを認められたのだと思った。


「こちらも『巨剣のゴウト』と剣を交えて、良い経験になりましたよ」

「何度かその名前を聞くけど、ワシってそんなに有名なのか?」

「自覚が無いようですが、あなたは並の怪力より遥かに上を行く『超力』の持ち主なのですから、もっとそれを生かしてください。それじゃ……」


 私は簡単に別れを告げ、宿屋の扉を開けると食堂の座席に腰を着けた。間もなく店主が水を注いだ杯を持ってくる。


「今日は熱心に稽古してましたね、やはり『極限闘技きょくげんとうぎ』に向かわれるのですか?」

「そのつもりでしたが、ちょっと迷ってまして……」


 その時、誰かに肩を叩かれた。振り返ると、ゴウトの連れの子供が立っていた。


「その『きょくげんとうぎ』って何ですか?」


 そう尋ねる彼の目は異様な輝きに満ちている。その後ろには、同じ様に期待の眼差しを浮かべるゴウトの姿があった。

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