14章 『歴史』 Before Before

 今も時間は過ぎ去っていく。川の様に緩やかに、そよ風の様にさり気なく。そして万物へと平等に。


 その中で人は生まれ育ち、何かを築いて死んでいく。それが例えどんな小さい物でも、人は必ず何かを遺していく。


 自分が出来る事は何か。生涯で出来る範囲で考え、出来ない事は仲間か子孫へ託す。永遠に受け継がれる無数のバトン、人はそれを歴史と呼ぶ。


 今も時間は過ぎ去っていく。時には激流の様に荒々しく、台風の様に全てを巻き込み、そして万物へと平等に。


■■■■■□□□□□


「日本……いや、そんな馬鹿な」


 パステルに案内された私は目を疑った。一瞬、光に包まれたかと思うと、目に飛び込んできたのはアスファルトの道に、天を突く様な高層ビルの数々、見慣れた近代都市の姿がそこにあった。


「爺さん、残念だけど元の世界じゃない様だ」


 私の肩を叩き、メラが指を差す。見れば車の代わりに人と家畜が道路を行き交い、服装も今まで見てきた住人と大差無い、いわゆるよくあるファンタジー世界の衣装だ。ネロが頭をかきながら言った。


「お恥ずかしい話ですが、これらは全て文献等から読み取った、古代文明を真似て作ったものです。ゆえに本来の使い道も勝手も分からないまま、無理に生活に適応させています」

「それって、不便じゃないのか」

「ええ。ですがパステルの大半の人間は、見栄っ張りですから……」


 ネロに言われ、改めて町並みを見る。土もない道を家畜はどこか苦しそうに歩いている。信号も無意味な点滅を繰り返し、それを無視して人々が縦横無尽に歩き回る。


 また、時折日本語らしき文字を発見するが、近付いてよく見ると、微妙に言葉になってない文字が見受けられた。『ぬ』が『ゐ』になっていたり、意味もなくカタカナが羅列してあったりと、外国人が見よう見まねで、無理して書いた様な印象を受ける。


「あっ、ゲーセンだ!」


 派手な看板を掲げた店を見付け、制止するより先にキオが走っていくが、店を前にすると、急に元気を無くした様に歩いて帰ってきた。


「中見たら、ただの宿屋だった……」


 見た目は近代都市なのに、技術や生活水準は今まで見てきた世界と何ら変わり無い。私は安堵する反面、少しがっかりしていた。しかし……。


(古代文明……これがかつてあったもので、今は失われた風景だと言うのか?)


 目の前の風景は、我々にとって明らかに慣れ親しんだ、現代社会そのものであった。


■■■■■□□□□□


「着きました。ここがパステルが誇る図書館です」


 案内された巨大な建物は、何本もの巨大な柱に支えられ、白を基調とした色合いが潔白感を漂わしている。神殿と言われても信じてしまうであろう、気品さと荘厳さを放っていた。


「ここには先代……そして『旧世界』からも受け継がれてきた資料を保管してあります」

「その『旧世界』がまだ何か分からんが、確かにここは……他とは違うみたいですな」

「歴史ある建物ですから、さすがにこれだけは元のまま残そうと、僅かな補修だけに止めています」

「でも、こっちの方がいいよ。周りは何か変だし……」


 キオは言いかけて、ネロにじっと見られている事に気付くと、言葉を詰まらせた。


「あの、悪口のつもりじゃ……」

「いいんだ、誰もが同じ事を思っている。外見を真似たって中身が伴わなければ、それは何の意味も持たない。ひどく滑稽に映るものだ」

「だったら、どうしてこうなった? 地上じゃパステルは『賢者の都市』なんて呼ばれてるのによ」

「メラ、この都市にいて、ましてや母さんを見ていたなら分かるだろう? 先人から受け継いだ知識もそうだが、人より魔法が使える事、そして古代文明の流用……私たちは増長したんだよ」


 ネロは町並みを見渡して、冷たく言い放った。


「本質も掴めないまま、残された絵や文献から古代文明を無理矢理再生させた姿がこれだ。これらの建築物の意味や背景さえ、我々は分かっていない。分かってないのに具現化する事でしか、それを理解出来ないと思っている。そうやって今も、過去に振り回され続けるんだ」

「親父……そんなにこの町が嫌いか?」


 メラが口を挟むと、ネロは咳払いをした。


「……すまない、こんな話をするつもりは無かった。早く中に入ろうか」


 そう言って一人早々と歩くネロを、私たちは慌てて後を追った。


■■■■■□□□□□


 巨大な外見の通り、図書館の中はドーム型球場を彷彿させる程、広大な空間になっていた。そこに天井まで伸びる本棚が、壁という壁をびっしりと埋め尽くしている。


「地震でも起きたら大惨事じゃな……」

「爺さん、ここは町ごと浮いてんだ。地震も津波も無いぜ」

「なるほど、魔法とは便利じゃのう」


 見れば人々が、宙に浮いた板に乗って自在に飛び回っていた。脚立でも届かない様な場所の本を、軽々と取っていくのが見える。


「いいなー、ぼくも乗りたいなー」

「そうですね。では皆さん、私の周りに集まってください」


 ネロは足場を確認すると、何かを呟いた。すると足元の床が外れ、私たちを乗せたまま浮き始める。


「これも魔法ですか?」

「この建物の床全部に『反重石はんじゅうせき』という物が埋めてあります。魔法を扱う人間なら、魔力を送り込む事で物体の重力を操る事が出来ます」

「重力が逆転するって事は……この石だけが天井に向かうって事か?」

「そうです。そしてその重力の向きさえ変えれば、浮くだけではなく自在に飛び回る事も可能なのです」


 喋ってる間にも床が次々と外れ、空中で連結を続けている。周りの人間がそれを驚いて見てる事から、ネロの魔力が尋常でない事が伺えた。


「うまく言えないが、魔女がホウキで飛ぶ様なもんじゃな」

「あれは高等技術です。好きでやる人はいませんが、一番速度が出る事からか軍隊等では使われていますね」


 ネロが空に向かって手をかざすと、どこからともなく一冊の本が飛んでくる。本はネロ手に吸い付くように動きを止めると、一人でにページをめくり始めた。


「これは……戦闘機?」


 ページには一機の戦闘機と、それに付き添って飛ぶ生身の人間が描かれていた。彼らは宇宙服の様な装置を着込み、更に小型のロケットのような推進装置を体に括り付け、頭や背中など身体中に銃火器を纏っていた。


「『旧世界』での戦闘記録の一つです。ここに描かれた兵器や装備の詳細は不明ですが、どうやら人間を宙に浮かべて空中戦を試みた様です」

「これがホウキに乗った魔女に……夢があるのか、単なるバカなのか……」

「ま、雑学ですよ。こういう些細な事も幾らでも調べる事が出来ます」


 ネロが放り投げた本は、まるで意思を持った様に一人でに空へ向かって飛翔する。そしていつの間にか形成された巨大な『魔法の絨毯』もまた、私たちを乗せて空へ飛び上がった。


 遊園地のアトラクションの様に、私たちを乗せた石の絨毯は、緩急を付けた速度で本棚の前を飛び回る。ネロは幾つか分厚い本を取ってはメラへ手渡す。


「さて、こんなもんでしょう」


 数冊本を取ると、私たちは地上に降りてそのまま近くのテーブルに着いた。見れば乗っていた板が地面にパラパラと落ちて、凸凹な床を形成していた。


「キオ君、この本には竜人について書いてある。君の体の秘密も、少しは分かるだろう」

「でも、ぼくに読めるの?」

「大丈夫」


 ネロから本を受け取ったキオは、中を開いて目を通すと、すぐに私の方へ突き出した。


「じいちゃん、読めない漢字が多くて……」

「そうか、マンガばかりじゃなくてたまには本も読まないとな」


 私は少し笑って本を受け取る。本はまるで接着された様に、真ん中のページしか開けない。表紙のよく分からない古代文字とは裏腹に、中身は不思議と日本語で読み取れた。


「竜人とは、人にも竜にもなれる究極の戦闘生物である」


 思わず大きい声を出してしまった。慌てて咳払いして誤魔化すと小さな声で続ける。本の朗読など何年ぶりだろう、私は緊張感を覚えた。


 まず竜という生物自体、本来なら存在しない架空の生物だが、とある富豪たちの余興により、実体化する計画が始まった。


 爬虫類をベースにし、巨体と飛行能力と火炎能力を持たせる。荒唐無稽かつ不可能に思えた研究だったが、無尽蔵に用意された研究資金と、集められた世界トップクラスの科学者たちによる研究の結果、ファンタジー作品の一つの象徴とも呼べる『竜』を人造する事に成功した。


 こうして生み出された竜は、出自こそ好事家の夢物語から誕生した愛玩動物だが、生物単体としては恐ろしい能力を秘めた危険な存在だった。そこで富豪の一人が軍と手を組み、試験的に紛争等で運用した所、予想以上の性能を発揮する事となる。


 合金を織り込まれた特殊な皮膚はミサイルや砲弾の直撃にも耐え、鋼のように鋭い爪や牙は人間はおろか戦闘車両を軽々しく破り、体内で生成される可燃性ガスを一度に噴き出す火炎放射は、一瞬にして施設を融解させた。


 なにより恐れられたのは、竜本体が翼を用いて飛行する事であった。速度こそ戦闘機に劣るもの、機関砲やミサイル程度では竜は止められない。竜はその巨体をもって目標地点に空爆を行い、続けて地上に降り立ち残存戦力を駆逐する。その光景はファンタジー作品で描かれる災厄そのものであり、近代戦闘に生きる軍人たちに恐怖を植え付けた。


 この様に強力な生物兵器である事が立証された竜は、瞬く間に主力兵器として注目を浴び、さらには研究者を買収した某国による量産が始まる。改良を重ねるにあたって竜は次第に高い知能と自我を持つ様になり、性能は向上する一方で兵器としての運用は困難を極めた。


 やがて竜は自身が人間の兵器として利用される事を嫌い、同種で結束し反乱を開始した。人の武器と竜の炎によって世界は業火に包まれ、その光景はまるで地球そのものが燃えていく様であった。


「あれ、これでおしまいか?」


 次のページを開こうにも、最初から固められた様に本の隙間に指が入らない。するとネロが「竜人の書・2」という表題の本を差し出してきた。


「少ない文章を小分けする文献、RPGの悪い癖だな」

「メラ、RPGとは?」

「何つーか、おままごとみたいなもんだよ」


 ネロとメラのやり取りを無視して、私は続きを読んだ。


 数こそ多くはないが、圧倒的な力を持つ竜を相手に人は敗北を繰り返し、どんどん疲弊していった。兵器としての完成度の高さが、自分たちの首を締める結果となったのだ。


 やがて追い詰められた人は、自ら竜に変身する事で竜に対抗しようと考えた。狂気で生まれた兵器が相手なら、同じかそれ以上の狂気で対抗するしかない。人造竜のプロセスを流用し、竜との戦いで辛くも生き残った同胞を研究材料にしてまで、幾度の実験と失敗を繰り返す。


 その過程で完全に竜と化して敵になる者、竜にも人にもなれず怪物と化した者、人の心を失い発狂した者、数多くの犠牲者を生み出し、やがて竜人は誕生した。


 竜の力と人の心を併せ持った竜人は、竜すらも凌駕する怪物と化した。竜の体を自在にコントロールできるのは当然として、予想外だったのは竜の莫大な力がコンパクトな人体に納められ、更なる戦闘能力を身に付ける事に成功したのだ。


 強靭な肉体と竜ならではの破壊力。飛行速度は音速を超え、同じ生物で竜人を捉えられる者はいない。竜人たちは圧倒的な速度で竜を手玉に取り、軍隊の残存戦力と連携して数々の戦いで人を勝利へと導く。やがて一族を率いた竜の首領格を倒す事で、人は竜との戦を終わらせる事に成功した。


 共通の敵が現れ、各国が手を取り合ってそれを撃退する。戦いを終えた人々はより強い絆で結ばれ、理想に基づいた平和を手に入れた。


 そして自ら人間である事を投げ出し、死力を尽くして竜の脅威から人類を守った竜人たちは『英雄』と讃えられ、背中に宿した竜の羽と尾は、名誉ある守護者の証となった。


(共通の敵を倒し、一つになる。まるでマンガか映画じゃないか。それで全世界が仲良くなれるほど、人間は簡単に出来ているのか?)


 これで終わるわけがない。そう思うといつの間にかページが途切れ、顔を起こせばネロが「竜人の書・3」を持っていた。


 だが、愚かにも人は自らの手によって、手に入れたはずの平和を手放した。どれだけ長い年月をかけて、高度な文明や崇高な道徳を築き上げても、人間に植え付けられた原始的な闘争本能が、平和というものを許さなかったのだ。


 竜無き今、人類に残されたのは竜人という人類を凌駕した存在だった。身勝手で猜疑心の強い人々は竜人たちを恐れるあまり、一方的な迫害を始めた。彼らがもっともらしい理由や情報で人々を焚き付け、やがて世相と時の権力者が竜人を『新たな敵』と見なした瞬間、血に餓えた人々は本能に身を任せるように戦いを始めた。


 竜人である者、竜人の子を宿した者、竜人に協力する者。その全てを抹殺すべく、あらゆる手段を用いて世界中で竜人狩りが続く。かつての友、そして同じ種族であった人に刄を向けられた竜人は、反撃さえもためらい、見る見るうちに激減していった。


 もっとも、全ての竜人が無抵抗だったわけではない。中には竜となって反撃をする者や、竜人である事を隠し逃げ延びようとする者、そして力を示し人を配下に置く者も現れる。混乱が混乱を呼び、やがて人が人を疑うようにさえなっていた。


 そして追い詰められた竜人は、半ば狂気に駆られ「ドラゴンコピー」と言う細菌兵器を作り世界中に散布した。かつて自分たちを竜人に仕立てた、人類が勝利を掴んだ希望の証を、急な量産で粗悪な薬品に変えたのだ。


 効果は想像を絶するものだった。感染者は次々と竜や竜以外の何物かに変貌し、地球上は理性を失った怪物たちの巣と化した。そこには守るべき者も倒すべき敵も判別できない、ただ強い者が弱い者を蹂躙するだけの世界になっていた。


 かろうじて生き延びた人々と竜人は目の前の惨状を見てようやく和解し、「人類を存続させる為に地球を見捨てる」事を目的とした『ノア計画』を発動した。彼らは残された宇宙船に出来るだけ多くの動植物を乗せ、可能な限り科学技術や文明の記録を持ち出すと、新天地を目指して旅立った。


 自らの技術で星を滅ぼした「人」、人が生み出した悪魔の兵器である「竜」、人でありながら竜になり、人に裁きを下した「竜人」。全ては人が招いた災いである。


 そして、これらの愚行を二度と引き起こさない為、災厄を過ぎ去りし日々にする為、我々はこれまでの歴史を『旧世界』と名付け、これから歩むべき新しい歴史への一切の干渉を禁じた。


 これから世界がどうなるか分からない。だが地球を一度滅ぼした以上、今度こそ真の平和を手に入れられる事を信じ、私はかつてあった『旧世界』を、ここに少しだけ綴る。


 願わくば、これを読む者が歴史を理解し、物事を冷静に判断し、常に正しい選択を出来る様に。


 全てを読み終えると、キオは欠伸をしながら顔を擦っていた。


「ごめん、長い話はどうも苦手で……とにかく竜でメチャクチャになった……かな?」

「そんな所だ。なあに、覚えた所で学校のテストに出やしない、架空の歴史だ」

「あなた方にとってはね」


 ネロがそっと呟く。するとメラが気に障ったのか、少し口調を強めた。


「そうだ、オレたちには関係ない。あんたたちの祖先がヘマした事も、子孫が遺産をほじくり返して、同じ道を歩もうとするのもな。確かにパステルの住人はバカばかりだよ。『旧世界』さえ忘れる事が出来ないんだから」

「理解が早いじゃないか。お前もそのパステルの一員だったはずなのだがな」


 険悪な雰囲気を察した私は、慌てて口を挟んだ。


「その……今の話で竜人については分かった。だが、どうしてキオは今まで竜のままだったんじゃ?」


 ネロはこちらを見ると、いつの間にか穏やかな笑顔を取り繕っていた。


「昔の話ですから、長い年月で性質が変わった者もいる様です。変身能力を失った者、竜として生活する中で身も心も竜となった者。キオ君の場合は何者かの力で、強制的に竜にされていたみたいですね」

「つまり、背中に羽と尾の生えたこの姿が、本来の姿だと」

「その通り。人の言語を理解し操る竜は『賢竜けんりゅう』と呼ばれますが、竜人である可能性が高いんですよ」

「なるほど。しかし、どうしてあなたはわざわざキオを竜人に戻したのですか?」

「単なるお節介ですよ。困っている人は放っておけない性分なんで」


 あまりに素っ気ない回答だが、ネロの表情を見ると、詮索する気も失せてしまう。裏表の見えない言動が、ネロという人間を覆い隠している風にも見えた。


「……そういえば、ただの人が竜になる事もあるんですか?」

「やろうと思えば。昔竜人を作った様に、荒っぽいやり方になりますが」


 私はふと、魔王によって竜に変えられたアインの話を思い出していた。


■■■■■□□□□□


 それから私たちは、気になる本を幾つか手にとってみたが、結局元の世界に戻る方法は分からなかった。


「確かに転移術てんいじゅつ……すなわち物体をまったくの別の場所へ移す魔法は実在します。しかしそれはあくまでこの世界に限られたこと。宇宙へ出るならまだしもまったくの別次元へ移動するなんて、私たちには理解できない魔法です」


 と、ネロは語った。ゲームの設定とはいえ私たちのいる世界よりも遥かに文明が進み、宇宙にまで旅立っていった未来人だが、さすがにゲームの中に取り込まれ、そこから脱出する術は知らない様だった。


「なあ、あんたたちは自分のいる世界がその……ゲームというのは理解しているのか?」

「あなた方の言う『ゲーム』が何なのかは分かりませんが、この現世うつしよ『FANTASTIC FANTASY』に生きる人々は、全員何かしらの運命を定められている、そんな考え方があります。今までを生き、今から生きて歩む道がすでに決められた道であり、それを未来永劫ずっと繰り返していくのだろうというものです。だから……」


 ネロがメラを指差す。


「あなたが本当のメラで無い事に、私は気付いてしまった。それこそが、あなた方がこの世界の住人でない、まったく別の世界からの来訪者という証なのです」


 ネロの言葉に改めて思い知らされる。自分たちは決して世界を救う勇者などではなく、あくまで異次元に迷い込んだ孤独なゲーム参加者なのだと。


 気を取り直して、ネロには水晶玉も見てもらったが、受信専用の通信機器みたいな物とまでは仮定出来たが、それ以外は材質も精製法も不明、通信相手についても謎のままであった。


「結局、あの魔王とやらを捕まえない事には、どうにもならない様じゃな」

「仮に見つけられたとしても、今のオレたちじゃ勝てないけどな」


 メラが悔しそうに言い放つ。


「オレはまだいい。容易な事じゃないにせよ、魔法使いになれば幾分か強くなれるはず。だけど爺さん、アンタはもうパワーアップ済みだろ?」

「わしか? わしは……」


 私はふと、背中の大剣を取り出した。武器に不足はない。足りないのはきっと私自信の力、武器に振り回されない技量なのだ。


(怪力に甘んじるのは止めて、力任せの戦いを卒業しなければ)


■■■■■□□□□□


 その後、私たちはネロの家に一晩泊めてもらい、私とキオは地上に戻る時を迎えていた。


「それでは、やり残した事が無ければ地上へ送りましょう」

「爺さん、鍛練をサボんなよ」

「言われなくても」

「姉ちゃん、元気でね!」


 精一杯手を振るキオに、メラは少し恥ずかしそうに手を振り返した。


「見送りは済みましたか?」

「ええ」

「それでは……!」


 来た時と同じように、私たちは光の粒子に包まれると、緑広がる草原へと降り立っていた。頭上を見上げると、雲一つ見当たらない青空が広がっている。


「ワシらはパステルにいた……んじゃよな?」

「ええ。普段は外装に幻覚魔法を張り巡らして、外部から発見されない様にしています。自由に出入り出来るのは、私の様にパステルでも限られた人間だけです」

「じゃあ、こっちから会いにはいけないんだね」


 キオが残念そうに肩を落とした。


「……さて、色々とお世話になりましたな。キオしかりメラしかり」

「こちらこそ、娘を今まで守っていただいた事に感謝します」

(一度死んでしまってごめんなさい)


 申し訳ない気持ちで少し目を逸らすと、ネロが衣類を取出し、キオへ手渡した。


「私からの餞別です。特殊な布で作られた服で、耐熱性と収縮性、それに微々たるものですが防御力も秘めています。かつて竜人たちはこれを着て戦いに赴いたそうです」

「えっと、つまり……」

「竜に変身しても、裸にならずに済むよ」

「本当に!?」


 キオはすぐにもらった服へと着替えた。見た目は古代ギリシャ的な、ゆったりとした法衣のようにも見えるが、試しにそのまま竜に変身すると、服を着込んだまま巨大化する事に成功した。


「やった!」

「気に入っていただけたようですね。それじゃ……」

「ネロさん」


 私はつい反射的に声をかけてしまった。


「どうしてこんなに、親切にしてくれるんじゃ?」


 ネロはしばらく言葉を詰まらせたが、笑ってこう切り出した。


「何と言いますか、放っておけなかったんです。今にしてみれば、あなた方の『引力』に引かれたんだと思いますよ」

「引力?」

「大地に万物が吸い寄せられる様に、あなた方には様々な運命が待っている。出会いも、戦いも、別れさえも……うまく言えませんが、あなた方を中心に世界は動いているのかもしれません」


 そう告げると、ネロは軽く会釈した後に消えてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る