11章 『見栄』 Dummy Star's
「誰かに見られてるんじゃないか」という錯覚。それは人を弱気にさせる足枷にも、奮起させる幻覚にもなる。
当たり前の話だが、あなたがよほど特別な人でもない限り、誰もあなたを相手にする事はない。あなたが他人に無関心であると同じように、他人もまたあなたに無関心である。
だが、それでも人は人を意識する。その思いで外見を飾り、心身を鍛えようとする。それは滑稽で、他人からは無意味に映るかもしれないが、それが自身の向上に繋がるのなら、思い上がりも決して悪くはない。
「誰かに見られてるんじゃないか」という錯覚。仮に誰かに見られてるとして、あなたはその人に、どうやって応えるだろうか?
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メラ姉ちゃんの剣が風の様に敵を切りつけ、じいちゃんの大剣がハンマーの様に敵を押し潰す。あまりの強さに、残りの敵は逃げようとした。
「逃がさないよ!」
ぼくは息を大きく吸うと、燃える息を吐き出して、逃げようとする敵を焼き払った。こうして一人残らず敵が倒れると、じいちゃんはこっちを見てVサインをみせた。
「頼もしい! さすがゴウト様とそのお仲間、噂に違わぬ強さだ!」
「いやいや、あれぐらいなら簡単ですよ……」
戦いが終わると、村のおじさんが手を叩きながら出てきた。じいちゃんと姉ちゃんがおじさんの前に出ると、何やらまた難しい話を始めた。
ぼくにはよく分からないが、どうやら今回はこの村に留まって、やってくるモンスターをやっつけるのが仕事らしい。仕事とはいえ戦う事はゲームみたいで楽しいし、前みたいにお化けやゾンビじゃなかったら、ぼくは全然平気だ。
(もっと、戦いたいなあ……)
怒られるだろうから言わないが、この村はあまり面白くなさそうだった。狭いし人も少ないし、お店もあまり無い。ぼくはすぐにあきてしまった。
じいちゃんたちの会話が退屈なので、辺りをぐるっと見回す。相変わらず皆は、竜の姿をしたぼくをジロジロと見ている。最初はそれが面白かったが、やがて寂しいと思うようになった。旅をしていて慣れてしまったけども。
そんな時、多分ぼくと同じぐらいの、小さな女の子を見かけた。その子はぼくを見てすぐに逃げてしまったが、僕は思わず固まっていた。
(かわいい!)
考えてもみれば、ぼくはまだ学校で好きな女子がいない。友達にばれたら絶対からかわれるし、それだけはいやだと思っていた。だから人を好きになるって事が、どういう事なのかがよく分かっていなかった。
(あれ、もしかしてこれって……)
走ってもいないのに、急に胸がドキンドキンと動き始める。そういえばぼくは保健体育は苦手だ、この病気の理由がきっと分かってない。
だけど、ぼくにとってこの退屈な村は、その時から退屈じゃなくなった。それだけは間違いないと思った。
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きれいな星空の下で、目を閉じると、昼間のあの子の姿が浮かんでくる。クリッとした目に、髪飾りで大きく広がるおでこが、とにかくかわいかった。
そうだ、かわいかったんだ。もっと近くで、一秒でも長くあの子を見たい。そしてあの子に見られたい。何て話せば良いのかは分からない。だけど、まずはあの子の側に行きたい! でも……。
「何やら嬉しそうじゃな」
目を開くと、じいちゃんと姉ちゃんが目の前に立っていた。二人には悪いけど、何だかぼくはジャマされた気がして、少しムッとなった。
「昼間の様子じゃ、退屈してると思ったんだがな。かわいい女の子でもいたか?」
姉ちゃんの一言に、ぼくはドキッとなった。何か言い返そうと思ったが、言葉が詰まって何もしゃべれない
「図星か。ま、相手は二次元だ。程々にな」
姉ちゃんはそう言うと、ニヤニヤ笑いながら宿屋へ戻っていった。二次元……聞いた事のある言葉だけど、意味はよく分からない。
「そうそう。この村にはしばらく残る事になった。村の人たちと仲良くするんじゃぞ」
じいちゃんは「おやすみ」を軽く告げて、宿屋に戻っていった。
いつものように、一人ぼっちで外に立たされる。ここでは目を閉じて「寝よう」と思えば、あっと言う間に夜が明ける。いつもならすぐに寝るのだけど、今夜だけは、もう少しあの子の事を思い出していたかった。ただ……。
(あの子、恐がってたな)
ぼくは人間ではない、大きな竜なのだ。今まで少しも気にしてなかったのに、急に自分の体が憎らしくなった。
「こんばんは」
急に声をかけられ、慌てて振り向くと、マントを身にまとい、大きな三角帽子を被った人がいた。
「おじさん、誰?」
「旅の魔法使いさ」
「あはは、見たまんまだね」
「私を疑わないのか。その純粋さは大事にした方がいいね」
「おじさんこそ、ぼくがしゃべっても驚かないね」
「『賢竜』か……あるいは人間だろ? 別に珍しくないよ」
「人間? 何で分かるの?」
「言っただろ。珍しくないって」
そう言うとおじさんは、ニヤリと笑ってみせた。
「そんな純粋な君に、願い事を一つ叶えてあげよう」
予感があった。多分この人はぼくの願い事を知っていて、きっとかなえてくれる。そう思わせる様な不思議な感覚を、この人は持っていた。
「心配しないで、魔法使いは大抵の事はやれる。さあ願いを言ってごらん」
「ぼくの願い事……ぼくは……」
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「じいちゃんおはよう!」
「おはよう……ん!?」
ぼくを見たじいちゃんは、ビックリして身動きを止めてしまった。
(キオの声がするな、あいつは外じゃ……)
隣から着替え終ったメラ姉ちゃんが来ると、やはり同じように驚いた。
「人間に戻った……? 昨夜何かあったのか?」
「えへへ。実はね……」
ぼくは昨日の夜、魔法使いに出会って、人間にしてもらった事を話した。そして驚かせようと思って、こうして外でずっと待っていたのだ。
「お前、知らない人に付いていくなと……」
「そ、そうか! やっと人間に戻れたんじゃな! めでたい!」
じいちゃんはどこか少し、何だか無理をして笑った。そして何かを言いたそうにする姉ちゃんをさえぎって、ぼくの前に出た。
「さ、せっかく元に戻れたんだ、村で遊んできなさい」
それを聞くと、ぼくは昨日のあの子を思い出し、いてもたってもいられず飛び出していった。
(ぼくは人間なんだ! 竜じゃない! 人間の子供なんだ!)
私はキオが外へ出た事を確認すると、メラの方へ向き直した。がっくりと下げた鉄仮面の向こう側から、明らかな失意が感じ取れる。
「……どうするんだ? 本当にガキに戻っちまったぞ」
「やっと元に戻れたんだ。もう戦わせる事もないじゃろ」
「でもな、キオは仲間として数えられてるし、竜だからこそ今までやってこれた。ここでの依頼も、あの規格外の強さあってこそだ」
「分かっておる。しかし、もう後には退けないぞ」
「ああそうだ。だから今だけ、目一杯愚痴をこぼそうじゃないか」
メラは窓の外に目を向けると、無邪気に走り回るキオを見た。
「悲観したくもなるだろ。これからは二人で戦わなくちゃならないんだぜ……」
「言うな。それとお前さんも大人なら、子供に不安を見せるんじゃないぞ」
「はいはい、分かってますって」
晴れ渡る青空の下、村人は今日も活発に動き回る。その表情に不安なんてあるわけがない。
何故なら、無敵の勇者様と巨大な竜が、この村を守ってくれると約束してくれたのだから。
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ぼくは走っていた、あの子に会うために。何も考えず、ただ一目会いたいと走っていた。
「あら、見かけない顔ね」
不意に声をかけられ、ぼくは立ち止まった。見上げれば、村のおばさんが僕を見ていた。
「君はどこから来たの? お父さんかお母さんは?」
「えっと……」
そういえばぼくが人間に戻った事を誰も知らない。とっさの事で言葉が出なかった。まるで悪い事をした様な気になって、ついうつむいてしまう。
「ワシの連れ子です」
振り向くと、じいちゃんがいつの間にか立っていた。
「内気な子でして、昨日は宿屋に籠もり切りだったんですよ。だから思い切って遊んでこいと、さっき宿屋から追い出したばかりで……キオ、挨拶しなさい」
じいちゃんに言われるままに、僕は頭を下げた。
「あら、勇者様のお子さんでしたか。失礼しました」
ぼくは逃げるようにその場を離れると、再びあの子を探しに行った。
そして、あの子はすぐに見つかった。バケツを持って、一人きびきびと歩いている。チャンスだ!
しかし気持ちとは裏腹に、ぼくは見つからない様に建物の陰に隠れてしまう。情けない。ぼくはこんなにも根性なしだったのか。これじゃただのストーカーじゃないか。
(でも、何でこんなに焦っているんだろう)
今までのぼくは、クラスに気になる子がいても話し掛ける勇気がなかった。友達にバカにされるからとか、嫌われるのが恐いからとか、言い訳を並べては何もしない、「誰かを好きになれない」自分がいる。
でも、きっとそうしてる内に、その子は他の誰かを好きになってしまうだろう。それを見てぼくは、「やっぱりそうだったんだ」と諦めるのだろう。だけどあの子は……。
(そうだ、完全に好きになっちゃったんだもん! どうしようもないよ!)
ぼくはまだ、顔がかわいいとか髪型が好きとか、そんな風でしか女子を好きになれない。それでも、ぼくはあの子に面と向かってみたかった。
しばらくぼくは茂みに身を隠しつつ、あの子を遠目に見続ける。
(どうする? 何を話す? きっかけは? 世間話? ぼくができるの?)
ここが現実なら、きっとぼくの心臓は外にも聞こえそうなほど、激しく鳴っていただろう。そんなぼくに気付いてか、あの子が近づいてくる。
「さっきから見え見えだけど、何か用?」
「うひゃあ!」
声をかけられ、ぼくは驚いて飛び出してしまった。固まったぼくを、彼女がジロジロと見る。
「ぼ、ぼくはキオ。じいちゃ……ゴウトと一緒に旅してて、今日は村で遊んで……」
「ああ、昨日来た用心棒の……それで?」
ハキハキと話す彼女に、ぼくは口をパクパクするだけで声を出す事が出来ない。すると彼女は、持っていたバケツをぼくに放り投げた。
「暇なら手伝って」
彼女はそう言うと走り去る。しばらくバケツを持ったままボーッと立っていると、彼女は新しいバケツをいくつか持って戻ってきた。そして何事も無かった様に歩き始める。ぼくは慌てて後を追った。
「ねえ、名前を教えてよ!」
彼女はしばらく黙っていると、静かに答えた。
「……クミ」
「クミ……ちゃん?」
「クミ。呼び捨てでいいわ。キオ」
「じゃあ……クミ、これから何をするの?」
「村の井戸が壊れてて、川まで水を汲みに行くの。何回も往復するわよ、いい?」
「うん!」
その頃、村長の家では……。
「昨日の竜はどこへ消えた? あなた方の強さを疑うわけではないが……あの竜こそ主戦力じゃなかったのか?」
昨夜とは打って変わって、急に姿を消した竜について、村長はゴウトを追及していた。
「あれは奥の手です。私たち二人がいれば、大体は事足りるでしょう」
「大体? 相手の戦力や規模、何一つ分かってないんだぞ? なぜそんな勿体つけるような事を……」
「ご心配なく。ここは何があっても守りぬきます。村長」
「……信じていいんだな? いや、信じるしか無いんだな?」
私は必死に不安を隠す。それを察知してか、村長も顔を自然と強張らせ、額に脂汗を浮かべていた。
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村から少し離れた川、そこでバケツいっぱいに水をすくっては、村へ持ちかえる。バケツいっぱいの水は学校の掃除の時間を思い出す。竜じゃないこの体では、両腕でバケツを2つ持つのが精一杯だ。
「助かるわ。一人じゃもっとかかるもの」
「クミは……毎日これを?」
「ええ。今じゃすっかり慣れちゃったけど」
そう言ってクミは口元を緩めた。あまり笑わないが、別に機嫌が悪いわけじゃないらしい。必要以上に感情を出さない立ち振舞いは、見た目こそぼくと同じぐらいなのに、何だか大人の様に見えた。
「ねえ、ここは何で魔物に襲われるの?」
ふと聞いてみた。昨日だって村に着いたのは夕方だったが、いきなり現われたモンスターと戦い、そのまま村に残る事になった。ゲームじゃよくあるイベントにも見えるが、何もなさそうなただの村が襲われるのも考えにくい。
「分からない。魔物が出てきたのは最近だけど、大人は何も教えてくれないわ」
彼女はバケツを置くと、その場に腰を降ろした。
「それに、竜が味方だったり、もう何が何やら」
竜と聞いてぼくはドキッとする。そして恐る恐る聞いた。
「竜って……どう思う?」
「どうって、怪物でしょ? 狂暴で凶悪、魔物の中でも一番おっかないわ」
「ふうん」
「男の子の中には『強いから好き』って子もいるけど、私には分からないわ。人間の敵には違いないのに」
「でも、中には良い竜もいるんじゃないかな。父ちゃんの連れてる竜だって、村を助けてくれたんだし」
それを聞くと彼女は少し笑って、ぼくの目を見て言った。
「知ってる? 竜って、人とは絶対打ち解けられないのよ」
「え?」
「いいわ。休憩も兼ねて教えてあげる。おばあちゃんから聞いた、こんな昔話があるのよ」
ぼくは目の前に座ると、クミは静かに語りだした。
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昔、魔族が今以上に生息し、覇権を巡り人間と争っていた頃、とある国のお姫様がさらわれました。
「何かお姫様って、よくさらわれるよね」
「確かに陳腐な筋書だけど、効果は絶大よ。国王とは違って華がある、国の顔だから、人望が厚いほど姫の不在は国民の不安を煽るわ」
「人気者って事?」
「そういう事。世の中には『お姫様の為なら』って、命をかけられる真っ直ぐな人だっているのよ。羨ましい話ね」
相手は強大な魔族であり、そしてお姫様の拉致を簡単に許してしまう程、国の力はあまりに弱かったのです。誰もが絶望する中、『お姫様の為なら』と、一人の勇敢な男が立ち上がりました。
男の勇気は意外な形で行動に現れました。彼は人間の非力さを認め、魔族に対抗すべく封じられた禁断の術を使い、竜へと転生したのです。もう二度と人間の姿には戻れない、身分も故郷をも捨てる強い覚悟を持って。
男は大きな翼ですぐさま後を追い、強大な力で並み居る敵を蹴散らし、ついにはお姫様をさらった、魔族の親玉を倒す事に成功しました。
しかし、戦いが終わると辺りは瓦礫の山となっていました。我に返った男は、そこで動かなくなったお姫様を見つけました。敵との戦いの最中、非力な彼女は巻き添えを受けてしまったのです。男は魔族を駆逐できる力こそ手に入れましたが、それを誰かを守るための力にはできませんでした。
男は嘆き悲しみ、自分の強大な力を呪い、そのまま流浪の身となりました。
(もっと強くなろうとして、竜になる。前に山の村で聞いた話みたいだ……)
「で、似た様な話が全国にあるんだって」
まるで心を見透かした様に、クミがズバリと言った。
「実際その魔法は現存していてて、大昔に作られたものが、各地にまだ残ってるんじゃないかって話もあるのよ」
「クミは物知りなんだね。でもさ、何で人と竜は打ち解けられないの?」
「簡単よ。似た様な話がいくつもあって、そのどれもが悲劇で終わっているの。人に竜の力は使いこなせないし、人と一緒に過ごせなかったって事」
クミはすくっと立ち上がった。
「第一、自分の力を見限って、竜になろうとする根性が気に入らないのよ。そりゃ誰だって向き不向きはあるだろうけど、自分の特性を磨いて、それを武器にするのが生物じゃないの?」
クミが勢い良く話しだす。突然の事で、ぼくはどう答えれば良いのか分からない。ぼくよりも深く考え、何だか難しい話を続ける。
「竜にも幾つか種類はあるけど、元人間だった『竜崩れ』は、勢いに身を任せた人間の末路みたいなものよ。そして世の中そんな竜ばかりだから、私は竜を信じないの」
ぼくは完全に黙り込んでしまった。それを見てか、クミは慌てて話題を切り替える。
「そういえば、何であなたたちは旅をしているの?」
「えっと……」
元の世界に戻るため、なんて言えるわけがないが、ぼくが人間に戻れた以上、ハッキリした目標が無くなってしまった事には違いない。
「何だろう……困っている人を助けるため、かな?」
どうにか出した言葉は、あの時ヤックさんが言った事と同じだった。彼女は「お節介ね」と笑う。そんな顔がまた、ぼくよりずっと大人びた、子供には思えない感じがする。
「私を追い掛けたのも、困っている人を助けるために?」
「それは……」
クミの意地悪な質問を受けながら、ぼくは大切な事を思い出していた。ぼくはクミが好きで、少しでも一緒にいたい。もっといっぱい話してみたい。
だけど、この前みたいにモンスターが村に入ってきたら、ぼくはクミを守れるだろうか? もはや竜ではない、ただの子供に過ぎない僕に……。
「じゃあさ、また私が困っていたら、やっぱり助けてくれる?」
ぼくは「もちろん」と言った。「はい」でも「いいえ」でもない、か細い声で。そしてクミはニッコリと笑うと、何事も無かった様にバケツを持って歩き始めた。
「今日は手伝ってくれてありがとう。後は十分だわ」
ある程度往復した後、クミは急にそう言った。
「あの……やっぱり邪魔だった?」
「ううん、とても助かったわ。また明日もお願いできる?」
「でも、もっと話を……」
「いい? 女性が『もう結構』と言ったら、男は何も言わず、素直に引き下がらないとダメよ」
そう言われると、僕は急に背筋が寒くなるのと同時に、何だか嬉しい気分になった。怒られたはずなのに、それがとっても大事な事にも思える。
「う……うん!」
「そうそう、それが一番。気をつけて帰ってね」
手を振って別れた後、一人で村に帰る中、ぼくはクミの話を思い出していた。
昔から、人は何かを犠牲にして自ら竜となって、強大な力と戦ってきた。人間以上の力を得るために。そして誰かを守るために。
だったら、僕が今なっているこのキオも、何かを求めて竜になったのだろうか。そうして手に入れた力を、ぼくは何も考えずに捨ててしまったのだろうか。じいちゃんの水晶玉があれば分かるのかもしれないが、何だかそれを知るのは恐い気がした。
■■■■■□□□□□
日も暮れて、家屋に灯りがつき始める頃、村を高台から見下ろす男がいた。彼は奇妙な道具を取り出すと、独り言を喋り始める。
「国王様、報告申し上げます」
「ご苦労。今日は何かあったか?」
「昨日の戦闘に続いて、連中今日も村にとどまっています。どうやらいつもの人助けの様です」
「相変わらずのお人好しだな。で、お前から見て大丈夫そうか?」
ヤックはしばらく押し黙り、今朝見た村の状況を思い出した。
「かなり厳しいと思います。何が起きたのか知りませんが、あの竜が見当たらない以上、戦力は激減しているかと」
「異常事態か、勇者が全滅したら話にならない。いざとなったらお前が手を貸してやれ」
「え、隠密行動じゃ……」
「だから隠れてやるんだよ。そういう工作は得意だろ? 手段は任せる」
「国王様? ちょっと、聞こえてます? おやじさーん!?」
どれだけ話し掛けても、いくら耳を澄ませても、そこから声は聞こえてこない。ヤックは『飛び声の月』を耳から離すと、ため息を吐いた。
(また無茶な注文を……今に始まった事じゃないけどよ)
村を目の前にして、ヤックはテントを張り始めた。村に入る事は極力避けなければならない。宿はもちろん、食料調達も自前で行なっていた。
(しかし、魔物が一致団結して、村を襲うとはな。まさか土地が目当てか?)
一昔前ならさておき、近年では人間の勢力は圧倒的であり、それに追いやられる形で魔物はすっかり姿を潜めている。噂ではそれをまとめあげ、何かを企んでいるのがあの「魔王」らしいが、まだまだ分からない事は多い。
(でも、今更土地を構えて何をする気だ? 第一魔族って、そういう仲間とつるむ風習があるのか? 分からねえ)
ただ分かっているのは、近いうちに大規模な戦闘が始まるという事だ。風が強く吹くと、ヤックは作業の手を早めた。
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