11章 『見栄』 Dummy Star's

「誰かに見られてるんじゃないか」という錯覚。それは人を弱気にさせる足枷にも、奮起させる幻覚にもなる。


 当たり前の話だが、あなたがよほど特別な人でもない限り、誰もあなたを相手にする事はない。あなたが他人に無関心であると同じように、他人もまたあなたに無関心である。


 だが、それでも人は人を意識する。その思いで外見を飾り、心身を鍛えようとする。それは滑稽で、他人からは無意味に映るかもしれないが、それが自身の向上に繋がるのなら、思い上がりも決して悪くはない。


「誰かに見られてるんじゃないか」という錯覚。仮に誰かに見られてるとして、あなたはその人に、どうやって応えるだろうか?


■■■■■□□□□□


 メラ姉ちゃんの剣が風の様に敵を切りつけ、じいちゃんの大剣がハンマーの様に敵を押し潰す。あまりの強さに、残りの敵は逃げようとした。


「逃がさないよ!」


 ぼくは息を大きく吸うと、燃える息を吐き出して、逃げようとする敵を焼き払った。こうして一人残らず敵が倒れると、じいちゃんはこっちを見てVサインをみせた。


「頼もしい! さすがゴウト様とそのお仲間、噂に違わぬ強さだ!」

「いやいや、あれぐらいなら簡単ですよ……」


 戦いが終わると、村のおじさんが手を叩きながら出てきた。じいちゃんと姉ちゃんがおじさんの前に出ると、何やらまた難しい話を始めた。


 ぼくにはよく分からないが、どうやら今回はこの村に留まって、やってくるモンスターをやっつけるのが仕事らしい。仕事とはいえ戦う事はゲームみたいで楽しいし、前みたいにお化けやゾンビじゃなかったら、ぼくは全然平気だ。


(もっと、戦いたいなあ……)


 怒られるだろうから言わないが、この村はあまり面白くなさそうだった。狭いし人も少ないし、お店もあまり無い。ぼくはすぐにあきてしまった。


 じいちゃんたちの会話が退屈なので、辺りをぐるっと見回す。相変わらず皆は、竜の姿をしたぼくをジロジロと見ている。最初はそれが面白かったが、やがて寂しいと思うようになった。旅をしていて慣れてしまったけども。


 そんな時、多分ぼくと同じぐらいの、小さな女の子を見かけた。その子はぼくを見てすぐに逃げてしまったが、僕は思わず固まっていた。


(かわいい!)


 考えてもみれば、ぼくはまだ学校で好きな女子がいない。友達にばれたら絶対からかわれるし、それだけはいやだと思っていた。だから人を好きになるって事が、どういう事なのかがよく分かっていなかった。


(あれ、もしかしてこれって……)


 走ってもいないのに、急に胸がドキンドキンと動き始める。そういえばぼくは保健体育は苦手だ、この病気の理由がきっと分かってない。


 だけど、ぼくにとってこの退屈な村は、その時から退屈じゃなくなった。それだけは間違いないと思った。


■■■■■□□□□□


 きれいな星空の下で、目を閉じると、昼間のあの子の姿が浮かんでくる。クリッとした目に、髪飾りで大きく広がるおでこが、とにかくかわいかった。


 そうだ、かわいかったんだ。もっと近くで、一秒でも長くあの子を見たい。そしてあの子に見られたい。何て話せば良いのかは分からない。だけど、まずはあの子の側に行きたい! でも……。


「何やら嬉しそうじゃな」


 目を開くと、じいちゃんと姉ちゃんが目の前に立っていた。二人には悪いけど、何だかぼくはジャマされた気がして、少しムッとなった。


「昼間の様子じゃ、退屈してると思ったんだがな。かわいい女の子でもいたか?」


 姉ちゃんの一言に、ぼくはドキッとなった。何か言い返そうと思ったが、言葉が詰まって何もしゃべれない


「図星か。ま、相手は二次元だ。程々にな」


 姉ちゃんはそう言うと、ニヤニヤ笑いながら宿屋へ戻っていった。二次元……聞いた事のある言葉だけど、意味はよく分からない。


「そうそう。この村にはしばらく残る事になった。村の人たちと仲良くするんじゃぞ」


 じいちゃんは「おやすみ」を軽く告げて、宿屋に戻っていった。


 いつものように、一人ぼっちで外に立たされる。ここでは目を閉じて「寝よう」と思えば、あっと言う間に夜が明ける。いつもならすぐに寝るのだけど、今夜だけは、もう少しあの子の事を思い出していたかった。ただ……。


(あの子、恐がってたな)


 ぼくは人間ではない、大きな竜なのだ。今まで少しも気にしてなかったのに、急に自分の体が憎らしくなった。


「こんばんは」


 急に声をかけられ、慌てて振り向くと、マントを身にまとい、大きな三角帽子を被った人がいた。


「おじさん、誰?」

「旅の魔法使いさ」

「あはは、見たまんまだね」

「私を疑わないのか。その純粋さは大事にした方がいいね」

「おじさんこそ、ぼくがしゃべっても驚かないね」

「『賢竜』か……あるいは人間だろ? 別に珍しくないよ」

「人間? 何で分かるの?」

「言っただろ。珍しくないって」


 そう言うとおじさんは、ニヤリと笑ってみせた。


「そんな純粋な君に、願い事を一つ叶えてあげよう」


 予感があった。多分この人はぼくの願い事を知っていて、きっとかなえてくれる。そう思わせる様な不思議な感覚を、この人は持っていた。


「心配しないで、魔法使いは大抵の事はやれる。さあ願いを言ってごらん」

「ぼくの願い事……ぼくは……」


■■■■■□□□□□


「じいちゃんおはよう!」

「おはよう……ん!?」


 ぼくを見たじいちゃんは、ビックリして身動きを止めてしまった。


(キオの声がするな、あいつは外じゃ……)


 隣から着替え終ったメラ姉ちゃんが来ると、やはり同じように驚いた。


「人間に戻った……? 昨夜何かあったのか?」

「えへへ。実はね……」


 ぼくは昨日の夜、魔法使いに出会って、人間にしてもらった事を話した。そして驚かせようと思って、こうして外でずっと待っていたのだ。


「お前、知らない人に付いていくなと……」

「そ、そうか! やっと人間に戻れたんじゃな! めでたい!」


 じいちゃんはどこか少し、何だか無理をして笑った。そして何かを言いたそうにする姉ちゃんをさえぎって、ぼくの前に出た。


「さ、せっかく元に戻れたんだ、村で遊んできなさい」


 それを聞くと、ぼくは昨日のあの子を思い出し、いてもたってもいられず飛び出していった。


(ぼくは人間なんだ! 竜じゃない! 人間の子供なんだ!)


 私はキオが外へ出た事を確認すると、メラの方へ向き直した。がっくりと下げた鉄仮面の向こう側から、明らかな失意が感じ取れる。


「……どうするんだ? 本当にガキに戻っちまったぞ」

「やっと元に戻れたんだ。もう戦わせる事もないじゃろ」

「でもな、キオは仲間として数えられてるし、竜だからこそ今までやってこれた。ここでの依頼も、あの規格外の強さあってこそだ」

「分かっておる。しかし、もう後には退けないぞ」

「ああそうだ。だから今だけ、目一杯愚痴をこぼそうじゃないか」


 メラは窓の外に目を向けると、無邪気に走り回るキオを見た。


「悲観したくもなるだろ。これからは二人で戦わなくちゃならないんだぜ……」

「言うな。それとお前さんも大人なら、子供に不安を見せるんじゃないぞ」

「はいはい、分かってますって」


 晴れ渡る青空の下、村人は今日も活発に動き回る。その表情に不安なんてあるわけがない。


 何故なら、無敵の勇者様と巨大な竜が、この村を守ってくれると約束してくれたのだから。


■■■■■□□□□□


 ぼくは走っていた、あの子に会うために。何も考えず、ただ一目会いたいと走っていた。


「あら、見かけない顔ね」


 不意に声をかけられ、ぼくは立ち止まった。見上げれば、村のおばさんが僕を見ていた。


「君はどこから来たの? お父さんかお母さんは?」

「えっと……」


 そういえばぼくが人間に戻った事を誰も知らない。とっさの事で言葉が出なかった。まるで悪い事をした様な気になって、ついうつむいてしまう。


「ワシの連れ子です」


 振り向くと、じいちゃんがいつの間にか立っていた。


「内気な子でして、昨日は宿屋に籠もり切りだったんですよ。だから思い切って遊んでこいと、さっき宿屋から追い出したばかりで……キオ、挨拶しなさい」


 じいちゃんに言われるままに、僕は頭を下げた。


「あら、勇者様のお子さんでしたか。失礼しました」


 ぼくは逃げるようにその場を離れると、再びあの子を探しに行った。


 そして、あの子はすぐに見つかった。バケツを持って、一人きびきびと歩いている。チャンスだ!


 しかし気持ちとは裏腹に、ぼくは見つからない様に建物の陰に隠れてしまう。情けない。ぼくはこんなにも根性なしだったのか。これじゃただのストーカーじゃないか。


(でも、何でこんなに焦っているんだろう)


 今までのぼくは、クラスに気になる子がいても話し掛ける勇気がなかった。友達にバカにされるからとか、嫌われるのが恐いからとか、言い訳を並べては何もしない、「誰かを好きになれない」自分がいる。


 でも、きっとそうしてる内に、その子は他の誰かを好きになってしまうだろう。それを見てぼくは、「やっぱりそうだったんだ」と諦めるのだろう。だけどあの子は……。


(そうだ、完全に好きになっちゃったんだもん! どうしようもないよ!)


 ぼくはまだ、顔がかわいいとか髪型が好きとか、そんな風でしか女子を好きになれない。それでも、ぼくはあの子に面と向かってみたかった。


 しばらくぼくは茂みに身を隠しつつ、あの子を遠目に見続ける。


(どうする? 何を話す? きっかけは? 世間話? ぼくができるの?)


 ここが現実なら、きっとぼくの心臓は外にも聞こえそうなほど、激しく鳴っていただろう。そんなぼくに気付いてか、あの子が近づいてくる。


「さっきから見え見えだけど、何か用?」

「うひゃあ!」


 声をかけられ、ぼくは驚いて飛び出してしまった。固まったぼくを、彼女がジロジロと見る。


「ぼ、ぼくはキオ。じいちゃ……ゴウトと一緒に旅してて、今日は村で遊んで……」

「ああ、昨日来た用心棒の……それで?」


 ハキハキと話す彼女に、ぼくは口をパクパクするだけで声を出す事が出来ない。すると彼女は、持っていたバケツをぼくに放り投げた。


「暇なら手伝って」


 彼女はそう言うと走り去る。しばらくバケツを持ったままボーッと立っていると、彼女は新しいバケツをいくつか持って戻ってきた。そして何事も無かった様に歩き始める。ぼくは慌てて後を追った。


「ねえ、名前を教えてよ!」


 彼女はしばらく黙っていると、静かに答えた。


「……クミ」

「クミ……ちゃん?」

「クミ。呼び捨てでいいわ。キオ」

「じゃあ……クミ、これから何をするの?」

「村の井戸が壊れてて、川まで水を汲みに行くの。何回も往復するわよ、いい?」

「うん!」


 その頃、村長の家では……。


「昨日の竜はどこへ消えた? あなた方の強さを疑うわけではないが……あの竜こそ主戦力じゃなかったのか?」


 昨夜とは打って変わって、急に姿を消した竜について、村長はゴウトを追及していた。


「あれは奥の手です。私たち二人がいれば、大体は事足りるでしょう」

「大体? 相手の戦力や規模、何一つ分かってないんだぞ? なぜそんな勿体つけるような事を……」

「ご心配なく。ここは何があっても守りぬきます。村長」

「……信じていいんだな? いや、信じるしか無いんだな?」


 私は必死に不安を隠す。それを察知してか、村長も顔を自然と強張らせ、額に脂汗を浮かべていた。


■■■■■□□□□□


 村から少し離れた川、そこでバケツいっぱいに水をすくっては、村へ持ちかえる。バケツいっぱいの水は学校の掃除の時間を思い出す。竜じゃないこの体では、両腕でバケツを2つ持つのが精一杯だ。


「助かるわ。一人じゃもっとかかるもの」

「クミは……毎日これを?」

「ええ。今じゃすっかり慣れちゃったけど」


 そう言ってクミは口元を緩めた。あまり笑わないが、別に機嫌が悪いわけじゃないらしい。必要以上に感情を出さない立ち振舞いは、見た目こそぼくと同じぐらいなのに、何だか大人の様に見えた。


「ねえ、ここは何で魔物に襲われるの?」


 ふと聞いてみた。昨日だって村に着いたのは夕方だったが、いきなり現われたモンスターと戦い、そのまま村に残る事になった。ゲームじゃよくあるイベントにも見えるが、何もなさそうなただの村が襲われるのも考えにくい。


「分からない。魔物が出てきたのは最近だけど、大人は何も教えてくれないわ」


 彼女はバケツを置くと、その場に腰を降ろした。


「それに、竜が味方だったり、もう何が何やら」


 竜と聞いてぼくはドキッとする。そして恐る恐る聞いた。


「竜って……どう思う?」

「どうって、怪物でしょ? 狂暴で凶悪、魔物の中でも一番おっかないわ」

「ふうん」

「男の子の中には『強いから好き』って子もいるけど、私には分からないわ。人間の敵には違いないのに」

「でも、中には良い竜もいるんじゃないかな。父ちゃんの連れてる竜だって、村を助けてくれたんだし」


 それを聞くと彼女は少し笑って、ぼくの目を見て言った。


「知ってる? 竜って、人とは絶対打ち解けられないのよ」

「え?」

「いいわ。休憩も兼ねて教えてあげる。おばあちゃんから聞いた、こんな昔話があるのよ」


 ぼくは目の前に座ると、クミは静かに語りだした。


■■■■■□□□□□


 昔、魔族が今以上に生息し、覇権を巡り人間と争っていた頃、とある国のお姫様がさらわれました。


「何かお姫様って、よくさらわれるよね」

「確かに陳腐な筋書だけど、効果は絶大よ。国王とは違って華がある、国の顔だから、人望が厚いほど姫の不在は国民の不安を煽るわ」

「人気者って事?」

「そういう事。世の中には『お姫様の為なら』って、命をかけられる真っ直ぐな人だっているのよ。羨ましい話ね」


 相手は強大な魔族であり、そしてお姫様の拉致を簡単に許してしまう程、国の力はあまりに弱かったのです。誰もが絶望する中、『お姫様の為なら』と、一人の勇敢な男が立ち上がりました。


 男の勇気は意外な形で行動に現れました。彼は人間の非力さを認め、魔族に対抗すべく封じられた禁断の術を使い、竜へと転生したのです。もう二度と人間の姿には戻れない、身分も故郷をも捨てる強い覚悟を持って。


 男は大きな翼ですぐさま後を追い、強大な力で並み居る敵を蹴散らし、ついにはお姫様をさらった、魔族の親玉を倒す事に成功しました。


 しかし、戦いが終わると辺りは瓦礫の山となっていました。我に返った男は、そこで動かなくなったお姫様を見つけました。敵との戦いの最中、非力な彼女は巻き添えを受けてしまったのです。男は魔族を駆逐できる力こそ手に入れましたが、それを誰かを守るための力にはできませんでした。


 男は嘆き悲しみ、自分の強大な力を呪い、そのまま流浪の身となりました。


(もっと強くなろうとして、竜になる。前に山の村で聞いた話みたいだ……)

「で、似た様な話が全国にあるんだって」


 まるで心を見透かした様に、クミがズバリと言った。


「実際その魔法は現存していてて、大昔に作られたものが、各地にまだ残ってるんじゃないかって話もあるのよ」

「クミは物知りなんだね。でもさ、何で人と竜は打ち解けられないの?」

「簡単よ。似た様な話がいくつもあって、そのどれもが悲劇で終わっているの。人に竜の力は使いこなせないし、人と一緒に過ごせなかったって事」


 クミはすくっと立ち上がった。


「第一、自分の力を見限って、竜になろうとする根性が気に入らないのよ。そりゃ誰だって向き不向きはあるだろうけど、自分の特性を磨いて、それを武器にするのが生物じゃないの?」


 クミが勢い良く話しだす。突然の事で、ぼくはどう答えれば良いのか分からない。ぼくよりも深く考え、何だか難しい話を続ける。


「竜にも幾つか種類はあるけど、元人間だった『竜崩れ』は、勢いに身を任せた人間の末路みたいなものよ。そして世の中そんな竜ばかりだから、私は竜を信じないの」


 ぼくは完全に黙り込んでしまった。それを見てか、クミは慌てて話題を切り替える。


「そういえば、何であなたたちは旅をしているの?」

「えっと……」


 元の世界に戻るため、なんて言えるわけがないが、ぼくが人間に戻れた以上、ハッキリした目標が無くなってしまった事には違いない。


「何だろう……困っている人を助けるため、かな?」


 どうにか出した言葉は、あの時ヤックさんが言った事と同じだった。彼女は「お節介ね」と笑う。そんな顔がまた、ぼくよりずっと大人びた、子供には思えない感じがする。


「私を追い掛けたのも、困っている人を助けるために?」

「それは……」


 クミの意地悪な質問を受けながら、ぼくは大切な事を思い出していた。ぼくはクミが好きで、少しでも一緒にいたい。もっといっぱい話してみたい。


 だけど、この前みたいにモンスターが村に入ってきたら、ぼくはクミを守れるだろうか? もはや竜ではない、ただの子供に過ぎない僕に……。


「じゃあさ、また私が困っていたら、やっぱり助けてくれる?」


 ぼくは「もちろん」と言った。「はい」でも「いいえ」でもない、か細い声で。そしてクミはニッコリと笑うと、何事も無かった様にバケツを持って歩き始めた。


「今日は手伝ってくれてありがとう。後は十分だわ」


 ある程度往復した後、クミは急にそう言った。


「あの……やっぱり邪魔だった?」

「ううん、とても助かったわ。また明日もお願いできる?」

「でも、もっと話を……」

「いい? 女性が『もう結構』と言ったら、男は何も言わず、素直に引き下がらないとダメよ」


 そう言われると、僕は急に背筋が寒くなるのと同時に、何だか嬉しい気分になった。怒られたはずなのに、それがとっても大事な事にも思える。


「う……うん!」

「そうそう、それが一番。気をつけて帰ってね」


 手を振って別れた後、一人で村に帰る中、ぼくはクミの話を思い出していた。


 昔から、人は何かを犠牲にして自ら竜となって、強大な力と戦ってきた。人間以上の力を得るために。そして誰かを守るために。


 だったら、僕が今なっているこのキオも、何かを求めて竜になったのだろうか。そうして手に入れた力を、ぼくは何も考えずに捨ててしまったのだろうか。じいちゃんの水晶玉があれば分かるのかもしれないが、何だかそれを知るのは恐い気がした。


■■■■■□□□□□


 日も暮れて、家屋に灯りがつき始める頃、村を高台から見下ろす男がいた。彼は奇妙な道具を取り出すと、独り言を喋り始める。


「国王様、報告申し上げます」

「ご苦労。今日は何かあったか?」

「昨日の戦闘に続いて、連中今日も村にとどまっています。どうやらいつもの人助けの様です」

「相変わらずのお人好しだな。で、お前から見て大丈夫そうか?」


 ヤックはしばらく押し黙り、今朝見た村の状況を思い出した。


「かなり厳しいと思います。何が起きたのか知りませんが、あの竜が見当たらない以上、戦力は激減しているかと」

「異常事態か、勇者が全滅したら話にならない。いざとなったらお前が手を貸してやれ」

「え、隠密行動じゃ……」

「だから隠れてやるんだよ。そういう工作は得意だろ? 手段は任せる」

「国王様? ちょっと、聞こえてます? おやじさーん!?」


 どれだけ話し掛けても、いくら耳を澄ませても、そこから声は聞こえてこない。ヤックは『飛び声の月』を耳から離すと、ため息を吐いた。


(また無茶な注文を……今に始まった事じゃないけどよ)


 村を目の前にして、ヤックはテントを張り始めた。村に入る事は極力避けなければならない。宿はもちろん、食料調達も自前で行なっていた。


(しかし、魔物が一致団結して、村を襲うとはな。まさか土地が目当てか?)


 一昔前ならさておき、近年では人間の勢力は圧倒的であり、それに追いやられる形で魔物はすっかり姿を潜めている。噂ではそれをまとめあげ、何かを企んでいるのがあの「魔王」らしいが、まだまだ分からない事は多い。


(でも、今更土地を構えて何をする気だ? 第一魔族って、そういう仲間とつるむ風習があるのか? 分からねえ)


 ただ分かっているのは、近いうちに大規模な戦闘が始まるという事だ。風が強く吹くと、ヤックは作業の手を早めた。

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