10章 『廃墟』 Dead Memories
物は死ぬ。存在を忘れ去られ、その身が腐り始めたとき、物はゆっくりと死んでいく。
しかし、その死を気に留める者はそういない。他人の所有物だから、処理するのに手間がかかるから、何より、物だから。そんな風に考え、人は見てみぬ振りをする。
だけども、物は生きている。かつて所有者が存在し、所有者と時間を共にした記憶がある。所有者が物を使い込む事で、道具に生命と思い出を与えたのだから。
ゆえに物は死ぬ。存在を忘れ去られ、その身が腐り始めたとき、物はゆっくりと死んでいく。
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昔、一組の恋人がいた。特別変わった点も無い、平凡な男子と女子。二人は幼なじみで、幼くして培った友情は壊れる事無く、やがてそれは男女の愛情へと変わった。
障害も格差も無い、何より互いに知り尽くした仲だったので、燃え上がるような激しい恋ではなく、既に家族の様な落ち着きを持った、静かで暖かい恋だった。結ばれるべくして結ばれた、そんな言葉が相応しかった。
そんな二人には共通の友人がいた。彼もまた幼なじみであり、二人とは兄弟の様に育ち、彼は三人の友情が永遠に続くものだと信じていた。
二人の婚約を知らされるまでは。
「ここが噂の幽霊屋敷か」
町外れの巨大な屋敷を前にゴウトたちは立ち尽くした。村人の話によれば何人もの冒険者が屋敷に挑んだものの、誰一人帰って来なかったと言う。
「報酬は10万ジャラ。どうか屋敷に住む幽霊を退治していただけませんか?」
「……なんで即答で引き受けるかね。確かに10万は大きいけどさあ……まったく」
メラが溜め息混じりに洩らす。
「幽霊が出るんだよ! それで困っている人がいるんだよ!」
「あのなあ、幽霊を剣で斬ったり、火で燃やせると思うか? 子供向けの、カーテンの布をヒラヒラさせた様な奴とは限らないんだぞ?」
話を遡ると、草原を歩き続け辿り着いたのがここ、ナムの町だった。
一見、何もない町かと思いきや、町外れには誰も住まない古い屋敷があり、そしていかにもな怪談話に幽霊が出るときた。それを聞いたキオはすっかり興奮してしまい、ゴウトに頼んで依頼を受けてしまったのだ。
「適正レベルも分かんねえのに。もし桁違いの敵でもいて、瞬殺されたらどうするんだ」
「まあまあ、珍しい宝でも見つかるかもしれんぞ」
「嫌だね。別に誓約書を書かされたワケじゃないんだ。今からでも遅くないから投げちまえよ」
「妙に後ろ向きじゃな。まさか、オバケが恐……」
「違うから」
メラは間髪入れずに否定した。
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「ここが入口みたいじゃな……入るぞ」
「慎重に行けよ」
私は改めてメラを見た。兜の上からでも分かる無気力さは「どうぞご勝手に」と言わんばかりに、素っ気ない態度である。
扉に手をかけ、ゆっくりと押し開くと、私は自分の目を疑った。
「人がいっぱい!」
後から覗き見したキオが代弁するかの様に叫んだ。廃墟の様な外見と裏腹に、中は灯りが付いており、ドレスやタキシードに身を包んだ大勢の男女が、ピアノの生演奏を背に舞踊っていた。
「ここ……本当に幽霊屋敷か?」
私はおそるおそる扉をくぐる。近くのテーブルに置いてあったグラスを取ると、中に注がれた酒が微かに揺れた。
「おや、お客様ですね」
不意に声をかけられると、そこには高齢の執事らしき男が立っていた。
「あ、いやワシらは旅の者で……」
「構いませんよ。今日はめでたい日です。宜しければ料理を振る舞っております、さあこちらへ」
誘われるままに、私は広間へ一歩踏み出す。
「キオはさすがに入れないだろ。そこで待ってろ」
「えー、せめてもう少し覗いても……」
「おい、あんま無茶すんなって、おい!」
メラの制止を振り払い、キオが首を伸ばし、屋敷に入れていく。それを見た執事は動揺する事無く、淡々とした口調で言った。
「おや、門が小さ過ぎたようですね。失礼しました」
「え? わわわ!」
執事が指を鳴らすと、キオの体が壁をすり抜け、屋敷の中にすっかり入ってしまった。一同が唖然とする中、何かに気付いたようにメラが扉の下へ走った。
「……脱出不可能。ダンジョン攻略の始まり始まり……」
メラは扉を手で押すと、軽く首を振った。どうやら閉じ込められてしまったらしい。
「ではこちらへ。竜の方は体が大きいので、ここでお待ちください」
「だとよ。どうする?」
「今は従うしかあるまい」
私とメラはキオを置いて、執事に案内されるままに、屋敷の奥へと進んだ。
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「私はタイド・メッセ。客人よ、歓迎します」
執事に案内された部屋に入ると、体つきこそ大人だが童顔にも見える、まだ幼さの残る若者が笑顔で座っていた。
「招かれた覚えは無いが」
「いえいえ、今日は私の大切な友人の結婚式。町人であれ旅人であれ、酒と食物を振る舞っております」
「友人?」
「はい。ライトとレインといって、子供の頃からの友達です。式は翌日なんですが、まあ前夜祭といった所です」
「へぇ、アンタの友達ねえ」
「はい。僕たち三人は幼なじみなんです」
「ああ。あるあるネタね。うんうん分かるよ……でだ」
メラがニヤニヤしながら、タイドを見た。
「お前、本当に二人が結婚して嬉しいかい?」
タイドは一瞬身動きを止めるが、すぐさま笑顔を取り繕って答えた。
「もちろん。さあ、あなた方も楽しんでいってください」
部屋を出ると、私はメラの頭を軽く叩いた。
「イテッ、何だよ」
「何考えてるんじゃ。あんな無神経な質問をして」
「ちょっとイラっときたから。深い意味は無いよ」
「まったく……それにしても、あの男は何が目的じゃ。第一ここは現実か?」
辺りを見渡す。外観とはまるで違う屋内もそうだが、昼に入ったはずのこの屋敷の窓からは、澄んだ星空が見えていた。あのバハラで見た「魔法ギルド」みたいに、そこらに魔法でもかけられているのだろうか?
「現実かって、ここはゲームの中だよ。嫌だねボケちゃって」
「バカにするでない!」
ゴウトたちが去った後、タイドは呆然としていた。
(嬉しい? そんな事は無い。そうだ、僕は嬉しくなかった。ずっと三人でやってきたのに……)
タイドは棚から仮面を取り出すと、顔に装着した。
「僕は悪くない。僕は間違ってない。僕は……」
まるで呪文を唱える様に、タイドは一人呟き続ける。そしてその一言ずつに呼応する様に、屋敷全体が誰にも気付かれない程の、ほんの小さな軋んだ音を立てていた。
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「あ、どうだった?」
広間に戻るなり、キオは大声を上げて手を振った。周囲の客は誰一人気に留める事無く、食事やダンスを続けている。
「よく分からん。お祝いごとがあって、それに巻き込まれたみたいじゃが」
「ふーん。でもご飯が食べられないんじゃ、つまんないね」
そう言ってキオは、テーブルに置いてある骨付き肉をつまんで噛るが、肉は唾液一つ付くこともなく、無傷のままであった。こればかりはゲームの世界なので、仕方がない事だが。
「気味の悪い場所には変わらんな。どうやったら出れる事やら」
「ここに閉じ込められた理由はまだ分からないが、乱暴な話、あの坊っちゃんを倒せば多分出られるよ」
「どういう事じゃ?」
「屋敷に招待したって事は、あいつがイベントキャラで、どうにかしないと話が進まないって事」
「もう一度会いに行くのか? さっきの調子じゃ何も変わらんのでは?」
「そーよ……そこで、RPG恒例『勇者の家探し』だ」
私はキオにもう少し待ってもらうと、メラと二人で屋敷を調べる事にした。
「いいか爺さん、幽霊屋敷と呼ばれた中がこんなんって事は、こいつらは幽霊に違いない。オレたちに飯を食わせて帰らせるだけなんて、まず無いだろうよ」
「なるほど。それで家宅捜索で何が起きる?」
「現実はどうだか知らないが、幽霊が出る話には必ず理由がある。因縁やら遺恨やら、その要となる物が大体あるんだよ」
「それを探すのか……しかし、人の物を漁るって、犯罪じゃあないのか?」
「相手は幽霊だぞ? それに『勇者様が我が物顔で民家を漁る』、これぞ日本のRPGの醍醐味じゃないか」
雑談しつつ、長い廊下をひたすら歩く。白塗り壁は汚れ一つ見当たらず、まるで高級ホテルの様な清潔感がある。また途中で部屋を度々見かけるが、大体鍵がかかって入れなかった。
「どこも通行止めじゃな」
「後で入れるかもよ。往復がてらに忘れずチェックな」
しばらく歩いていると、廊下の突き当たりで私は大きい肖像画に目を止めた。同じく絵を見たメラは、思わず声を上げた。
「なあ、右のこいつ、タイドじゃねえか?」
絵は一人の少女を挟むように、二人の少年が描かれていた。あまり上手な絵に見えないが、言われてみれば片方の少年は先程会った屋敷の主人に似ている。
目線を下げると、額縁にはよく分からない文字が書いてある。しかし今の私には、それを「永遠の三人」と日本語で読む事ができた。
「それは、昔画家に描いてもらった、私と友人の思い出の絵なんです」
振り向くと、いつの間にかタイドがそこに立っていた。仮面を片手に、穏やかな笑みを浮かべている。
「友人同士が結婚するなんて、私は幸せ者です。長い人生の中で、付き合っては離れていく人も多いですが、二人は一緒になる事が出来た」
幼なじみの三人組がいて、うち一組のカップルが誕生する。陳腐な話ではあるが、それにしてはタイドの淡白な反応が気になった。
「その……お前さんも男じゃろ? 失礼かもしれないが、お前さんも彼女を好きだったんじゃないのか?」
「確かに、僕は彼女が好きでした。だけど、同じくらいに彼の事も好きでした。男女として……というよりは兄弟の様な情愛が強かったのでしょう。負け惜しみじゃありませんよ。二人が結び付くのが本当に嬉しいんです」
そう言ってタイドはまた笑う。だが、どこか虚ろな目をしているのが気になった。
「なるほど。お前が度を超したお人好しなのは分かった。そんでずっと気になってんだけどさ……」
メラがまたも前に出る。だが前と違い、鉄仮面越しに怒りが伝わってくる。
「その、大切な友人はどこにいるんだ?」
言われて私もハッとなった。確かに式の主役である二人の姿をまだ見ていない。
「明日の結婚式に備えて、今日はもう部屋で休んでますよ」
「ウソだな。二人の結婚祝いだっけ、お前が強行したんだろ? そんなベタベタしたヤツが、二人を簡単に離すかよ」
「失礼な方ですね。確かに私のわがままで始めた事ですが、それも出来るだけ三人でいられたらと……」
「お前バカか? 何で夫婦の結婚前夜まで邪魔しようとするんだ、無神経にも程があるぞ」
「メラ、さすがに言いすぎじゃ……」
それを聞いたタイドは、動きをピタリと止めた。
「……嫌な人だ」
タイドはそう呟くと、仮面をゆっくりと顔に付けた。
「何か言ったか、ネクラが」
「こんなに楽しい夜だと言うのに……あなたは嫌な人だ!」
タイドは懐からナイフを取出すと、メラへ突進する。それを軽々と避けられ、タイドはそのまま壁に激突すると、衝撃で額縁が外れ、絵が床に倒れ落ちた。
「あれは……」
私は絵の裏側に大きな窪みを見た。そして中に押し込まれた2体の骸骨を。
「二人が結婚したって変わらない! そうさ! 僕たち三人はずっと一緒なんだ!」
タイドの叫びに呼応する様に、屋敷全体が振動し、周囲の家具が一斉に動き始めた。
「やっぱりな!」
まるで全てを見越していたかの様に、メラの行動は早かった。すぐに剣を抜くと、一瞬の迷いも見せずにタイドの体を深々と貫いていた。
「どうだ? 人間なら致命傷だぜ」
「失礼な……まるで僕が人間じゃない風に!」
言葉通り、タイドは体に刺さった剣を力ずくで引き抜くと、メラごと壁へ放り投げた。
「メラ! 大丈夫か?」
慌てて駆け寄ると、メラは剣を杖代わりにして立ち上がる。そして口元に不敵な笑みを浮かべていた。
「ご心配なく……それよか、ようやく正体を見せたな、幽霊さんよ!」
「どうして……どうして皆探ろうとする? 何も言わず、今日という日をずっと楽しめばいいものを!」
タイドが手を挙げると、閉まっていたドアが一斉に開き、中から腐乱した死体や骸骨が飛び出してきた。一部はボロボロになった鎧や剣を装備している。かつての探訪者の成れの果てだろうか。
「爺さんすまない。奇襲しくじっちまった」
「ドンマイ。こうなったら一旦下がってキオと合流じゃな。広間で一緒に迎え撃つ」
「広間か、もっとヤバそうだぞ」
同時刻、広間にはキオの悲鳴に近い絶叫が響いていた。
「あああ! 来ないでよ!」
いきなり襲い掛かってきた男を、反射的に叩き落としたキオは、男の皮膚がただれ落ち、呻きを上げながら再び向かってくるのを見て、完全にパニックを起こしていた。
「ほ……ほら、お腹減ったならお肉があるからさ! ね? ドラゴンの肉なんて硬くて食べられないよ?」
キオは震えた手でテーブルの肉を床に投げるが、男は見向きもしない。そしてキオも薄々、彼らの標的が自分である事を理解していた。
静かで落ち着いたピアノの演奏が一転、不規則で激しい曲調へと代わり、周囲の客も踊りを止めて、キオの方へ歩み始める。キオは底知れぬ恐怖に、このまま気を失ったらどれだけ楽だろうかと思った。
「火だ! ガンガン吹け!」
遠くで誰かの声が聞こえる。声に導かれるままに、キオは所構わず火の息を吹き始める。
辺りに響く呻き声とピアノの不協和音。死者が奏でる狂想曲は灼熱の火炎にあてられて、瞬く間にホールを地獄へと変えた。
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「うわああああ!」
恐怖から逃れるように、絶叫と共にキオは炎を吐き続ける。辺りは猛火に包まれ、灼熱の海で死者達は次々と溺れていく。私はそれを掻い潜り、キオに近付いた。
「来るな!」
錯乱しているのか、私の姿を見るなりキオは手を突き出した。私は辛くもそれをかわすと、腕に飛び乗りそのまま頭までよじ登った。
「キオ! キオ! ……学!」
ありったけの大声で数回呼ぶと、キオはようやく静止した。
「……へっ?」
キオはハッとして、私の顔をじっと見る。
「じいちゃん? あれ、燃えてる?」
どうやら、自分がしていた事を覚えてないらしい。おかげでキオはすっかり元に戻り、改めてぎゃあぎゃあと騒ぎながら近寄る死体を撃退し始めた。
「パニックは治まったみたいだな。ザコはキオに任せて、オレたちはボス戦だ」
メラが振り返ると、タイドは既に追い付いていた。まるで空気イスのように、足を組んだまま宙に浮き、頭上からこちらを見下ろしていた。
「二人は結婚して、家に帰ったんだ。僕たちに残されたのは楽しい一時、それでいいじゃないか」
「違うね、アンタが殺したんだ。悪趣味にも死体を絵の裏に隠して……」
「違う!」
タイドが叫ぶと、ホール内のシャンデリアが次々と落下した。私たちはすぐに避けたが、見れば死体にも命中している。
「僕が殺したんじゃない! 今日来たばかりの客人が、何も知らないくせに!」
「いいや、二人はここで死んだ。他の『お客さん』とやらも、屋敷に迷い込んだ旅人が果てた姿だろ。全部お前が殺したんだ。違うか?」
「違う! 違う違う違う!」
タイドが指揮者の様に腕を振ると、今度は周囲の死体が一斉に浮き始め、次々と飛んできた。逃げる先々に死体が撃ちこまれ、気付けば私たちは壁ぎわに追い込まれていた。
「ああも飛び道具ばっかり撃たれると……オレはお手上げ、爺さんは?」
「ほう、スーパーガールのメラでもお手上げかね」
私がいたずらっぽく尋ねると、メラは大袈裟に両手を上げてみせた。
「はいはい。お願いですから自慢の怪力で、この窮地を救ってください。ゴウト様」
「よろしい!」
私は飛んできた死体の足を掴むと、そのまま一回転して、力任せにタイドへ投げ返した。
予想外の反撃に回避が遅れたタイドは、無防備なまま死体と激突し、体勢を崩して落下し始める。私たちは迷わず走りだした。
タイドが一定まで高度を落とした後、落下を免れようと、どうにか再浮上を試みる。それは丁度、私たちが駆けついた時だった。
「せいっ!」
私は飛び上がり、大剣でタイドの腹部を真横に切り払った。見たくはないが、彼の体が上半身と下半身の真っ二つになるのを確認する。
「ムダだよ」
タイドが静かに呟くと、分離した下半身が動きだし、私を思い切り蹴った。見た目と裏腹に、とてつもない衝撃が何度も襲い掛かるが、何とかその場に食い下がる。
「ズボンはオレが食い止める。そいつを上げるな!」
メラが下半身の前に割って入る。私はその隙に大剣を背中に戻すと、そのまま真正面から上半身に飛び付き、浮き上がろうとするタイドを押さえ付ける。
「離せよ! 離せったら!」
どうにか引き剥がそうと、タイドは両手で私の顔を殴り付けたり、噛み付いてくる。ふと自分の体力を見ると、意外にも残り少ない事に気付いた。
「暴れるん……じゃない!」
私は必死で後ろに回り込むと、タイドを羽交い締めにした。私と、それ以上に大剣の重量で、タイドの体がゆっくり下がっていく。
「爺さん、そのまま押さえ付けてろ!」
眼下でメラの声が聞こえた。剣を天に向け、彼女は下半身を踏み台にすると、上半身目がけて高く跳んだ。
「胴体がダメなら!」
メラの剣は正確にタイドの首を捕えた。水平に振られた刃は、十分な力量と速度を基に皮膚に食い込み、そのまま止まる事無く真横に走り抜けた。
「あっ」
離れてゆくか細い声と共に、浮力が無くなり、タイドと一緒に私は落下した。
「体……僕の体が……」
タイドの首は床に叩きつけられ、仮面に小さなヒビを入れた。
「また……死ぬのか」
一瞬、辺りが閃光に包まれたかと思うと、私たちは廃墟の中に立っていた。
「……夢でも見てたのかな?」
キオが呟き、力が抜けた様にその場に倒れこむ。衝撃で屋敷がまた少し崩れた。
破れた天井から太陽が顔を覗かせる。仮面だけを残し、豪華な食卓も大量の死体も、何もかもが消えていた。
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「ありがとうございます! これで私たちも安心して暮らせます」
報酬を受け取った私たちは、町を背に歩いていた。
(あれは過去の出来事だったのか、それとも……)
館を脱出後、町に戻り話を聞いて回ると、少しだけ分かった事があった。
まず、屋敷の主人であったタイドは子供の頃から病弱で、友人の結婚式を控えた前日に、若くしてこの世を去った。そして夫婦となったライトとレインも、最近寿命で死んだとの事だった。
タイドの死は昔の話であり、今となっては生前、彼がどういった人物だったかを記憶している者は町にはいない。ただ、あの幽霊屋敷に入って生きて帰ってきた私たちだけが、おそらくは当時のままの彼に出会った最後の人間となるだろう。
「屋敷は長らく所有者不在のまま、気付いたら幽霊屋敷になっていた……と」
「残ったのは10万ジャラだけ。つまらん話だ」
メラが突き放す様に言った。
「不機嫌の様じゃな」
「スッキリしないんだ。成仏したとも思えないし、死人にトドメをさしただけじゃないか、ってね」
「町の人には感謝されたぞ」
「目障りな幽霊屋敷を潰してくれたからだろ」
「キオは?」
「おばけ屋敷みたいで楽しかった!」
「そうか……」
振り返ると、廃墟は町人たちの手によって取り壊しが始まっていた。まるで鬱憤を晴らす様に、人々は得物を振り下ろし壁や柱を破壊する。
「まったく、今まで散々ビビらせやがって! おらっ!」
「おい、あんまり手荒に壊すなよ。金目の物だってあるんだからな。ほれ」
男は薄汚れた仮面を取り出して見せた。
「何だそりゃ? ちょっとヒビ入ってるし、ただのゴミじゃねえか」
「ゴミかもしれねーけどよ、骨董品かもしれねーぞ?」
「そうかあ? 見るからに不気味じゃねえか、呪われても知らねえぞ?」
「それならそれで、バハラの物好きが買い取ってくれるだろ」
私はその光景を複雑な思いで見ていた。過去、どれだけ富と名誉を築いた一族であれ、それを受け継ぐ者がいなくなった場所はああも無常に打ち壊されてしまう。敵として戦ったとはいえ、私はタイドに少しだけ同情した。
「爺さん、あんまり見るものじゃねえよ」
「ああ……」
メラに声をかけられ、私は前へ向き直った。
結局タイドが何者で、あの屋敷で何が起きたのか、何一つ分からない。メラの言う通り、彼なりに幸せだった日常を壊してしまったのかもしれない。ただ……。
(今日という日を、ずっと楽しめば良いものを)
結婚式のあの日、彼は本当に幸せだったのだろうか? 仮面の裏側で、私はどこか寂しさを感じた気がした。
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