DISC 2

9章 『平原』 Next Level

 道無き道を行き、見た事もない場所に向かう。道程も、収穫も、終着点も、何一つ知る事はないままに。


 古来から、人はそうやって旅を繰り返し、世界を広げていった。一歩でも多く歩き、一つでも知らない風景を見る。それが知識、経験、見解へと繋がった。


 理由なんて無い。ただ、誰だって好奇心は持っているだろうし、見慣れた風景とは違うものを見たいと、常日頃思うだろう。それを持つだけで、人は冒険者となれるのだ。


 故に、人は道無き道を行き、見た事もない場所に向かう。道程も、収穫も、終着点も、何一つ知る事はないままに。


■■■■■□□□□□


 魔法ギルドを脱出し、バハラを飛び立った私たちは、都市から離れた平原に降り立った。一瞬にも思えた大騒動だったが、暗闇に差し込む微かな朝日が、過ぎた時間を示していた。


「さすがに追手も来ない様だな、色々巻き込んで悪かったな」

「おーよ。迷惑ばかり被せやがって」


 頭を下げるメラに、ヤックは目を合わせようとしない。それを見てキオが首を突っ込んだ。


「ねえ、お兄ちゃんは敵なの? あの時はぼくらを襲って、今は助けてくれた。どうして?」

「それは……」


 キオに顔を近付けられ、ヤックは目を逸らしながら言った。


「その……困ってるヤツを見たら、放っておけなくてな」


 ぎこちなく出た言葉、おそらく本心なのだろう。それを聞くなりメラは声を上げて笑い、キオは一層首を傾げた。受けた印象こそ異なるが、二人にはとうにヤックへの敵対心が薄れていた様だった。


「……国王様は今後もお前らを追うだろう。お前らの事は嫌いじゃないが、敵には変わりない。次に会ったら容赦しねえからな」

「ああ」


 ヤックは軽く別れを告げると、両肩の間に剣を挟み、かかしの様な姿で気だるそうに歩き始めた。


「さて、よく分からんが俺も帰るか」


 そう言って立ち去ろうとするシバを見て、私は慌てて話を切り出した。


「待ってくれ。ワシのワガママで巻き込んでしまったが、戻って大丈夫なのか?」

「心配すんな。何も悪い事はしてねえ、それに俺は感謝してるんだぜ?」


 シバが私の方に振り返った。


「ゴウト、お前は武器が強くなれない、そんな事を言ったよな」

「ああ」

「まったくもってその通りだよ。こんな簡単な事でさえ、すっかり忘れていた」


 シバは私に手を差し出した。


「お前はもっと強くなれ。そん時は俺も、もっと強い剣を作ってやる。いいな?」

「……承知した」


 私は差し出された手を、強く握り返した。


「また会えて良かったぜ。あばよ」


 そしてシバは、バハラに向かって一人歩きだした。


■■■■■□□□□□


「さて、次の目的地だが、またコイツに頼るかね」


 二人を見送った後、私は水晶玉を取り出して言った。キオは興味津々に首を伸ばすが、メラの表情が曇る。


「……悪い、オレは止めておく」


 メラは手に取った水晶玉を睨む。見ればその手が微かに震えていた。


「怖いもの知らずのお前さんが……どうした?」

「あの城に入った時、どういうわけかメラとしての知識や記憶が、一気に頭に流れ込んできたんだ。この世界に初めて来た時の様な、ボンヤリとした説明じゃなかった」

「そういえば、セラを母と呼んでたな」

「そういう設定らしい。だけどあの時、オレは本当にメラになった様だった。あんな思いは初めてだ」


 メラの震えは止まらない。


「怖いんだよ……見ず知らずの人間に親近感があるのも、自分がまったく違う名前で呼ばれるのも。本当の自分をじょじょに見失って、この絵空事の世界に溶け込んでいくのが」


 弱気なメラを見て、キオは困惑した顔でこちらを伺う。私はため息を吐くと、言葉を捻りだした。


「どうやら丹念に作られたお芝居や物語というのは、見てる人間を錯覚させてしまうらしい」

「……それで?」

「見ている人間は、自ずとその世界に入り込んでしまうんだと。悪い事じゃない、作品がそれだけよくできてる証拠じゃよ」


 私は背中の剣を持ち上げてみせた。未だに身長以上あるこの巨大な剣を、私はどうやって使えば良いのか分からない。これなら昔、剣道を真面目にやっておくべきだった、なんて思い返してしまう。


「ワシはまだまだ頭が硬くてな、どうしても本来の姿であるはずの、老人の自分を引きずってしまう。もっと役になりきれば、この旅も苦にはならんじゃろうな」

「役になりきる……」

「誰だって気取ったり、猫を被ったりするものじゃろ。だけど自分そのものは消えたりせんよ。目と耳と頭がある限り、人間はそう簡単に自分を見失ったりはせん」


 私はメラを指差した。


「お前さんは鈴木純子。今はワケあってメラ。今までそれでやってきたんだ。これからもそれでいいじゃないか」


 その時、乾いた拍手が聞こえてきた。


「自分を演じる……か。面白い考えだな」


 声に振り返ると、巨大な竜に乗った男がいた。夜明けとはいえ辺りはまだ薄暗く、顔まではよく見えない。声でかろうじて男だと判断できた。


「それに、まるで自分たちがよそ者だと言っているみたいだ。そんな事、ここじゃ誰も思い付かないだろうな」


 その男を見るなり、キオが緊張したように身構える。最初は大袈裟にも思えたが、どうにも様子がおかしい。


「じいちゃん、ぼく知ってるよ。あいつは……」


 男が竜から降りてこちらへ歩いてくる。薄っすらと照らし出されたその男は、軽装の鎧にマントを羽織った、一見して普通の剣士のように見えた。顔立ちは非常に整った美男子であり、穏やかな表情はどちらかといえば善玉のような印象を受ける。


 だからこそ、それに敵意を隠せないキオの様子に強い違和感を持った。


「久しぶりだな……と言っても、あの時は名乗らなかったな。俺は魔王テラワロス。よろしくな」

「魔王……じゃと?」


 私とメラはそれを聞くなり、すぐに武器を取り出した。


「おいおい、俺は敵じゃないぜ」

「気の抜ける名前といい、色々説得力ないな。この世界で魔王という肩書きが、どう思われるのかぐらい分かるだろ? そうやってケンカを売って回ってるのか」

「そいつは偏見だな。魔族だって善人と悪党が……っと、話が逸れるから止めよう」


 魔王は咳払いをすると、改めて口を開く。


「お前たち、元の世界に帰りたくはないか?」


 思いがけない一言だった。


「……何を言っている?」

「その方法を、知りたくはないか?」

「話が通じねえな。まず、『元の世界』と言ったな。じゃあアンタは、この世界が何なのか知っているのか?」

「……さあな」

「答えろ!」


 堪え切れず、メラが剣を構えて飛び出した。


「おいおい。魔王だって言っただろ。別に好きで名乗ってるわけじゃないんだぜ」


 魔王は向けられた刄をあっさり指でつまむと、僅かな動作でいとも簡単に剣を奪い取り、そのままメラに剣を向ける。力と器用さが生み出す妙技に、メラは何が起きたのか理解出来なかった。


「……何だそりゃ、手品かよ」


 負け惜しみにも近い、どうでもいい言葉をメラは捻りだした。


「第一、この場は俺が主導権を握ってるんだ。人の話は最後まで聞けって」


 一瞬にして攻守が入れ替わる。かすり傷を与える事さえ許さない圧倒的な力の差に、メラは息を呑んだ。


「キオ、一緒に戦うんじゃ!」

「来るな! こいつには勝てねえ!」


 剣を突き付けられたメラは、ゆっくりと両腕を上げる。


「何だ、無防備な構えだな。何かの魔法か?」

「これは降伏の表明だ、万国共通だと信じている。お前が化け物じみた力を持つのはよーく分かった」


 魔王はあらためてメラの全身を見回している様だった。しかしこちらから見ても、武器を隠す素振りや、魔法を準備する様子も見られない。清々しいまでに無防備である。


「嘘は吐いてないようだな。お前が物分かりが良いのはよく分かった。賢明だ」


 魔王はメラから奪った剣を、何のためらいもなく手放してしまった。私とキオがすぐさまメラの下へ駆け寄る。


「どうする、仕切り直しか?」

「ダメだ。今手合わせしてよく分かった、どう足掻いたって勝ち目は無い、黙って話を聞こう」

「しかし……」

「幸いにもオレたちに敵意は無いらしい。その気ならとっくに皆殺しだ」


 メラの話から痛感させられる。あの紳士的な態度は実力差による精神的な余裕であり、私たちを格下と見なしている証拠だ。戦うにせよ同じ土俵に立てていない。


 魔王にとって、今の私たちは「敵」ですらないのだろう。それが結論だった。


「……話はまとまったか? まずは答えろ。元の世界に帰りたいか?」


 痺れを切らした様に魔王が問い掛ける。キオは呆然としており、メラは緊張と恐怖からか立っているので精一杯に見える。消去法で私が前に出た。


「お前の言うとおり、ワシらはここではない、違う世界から来た。戻れる方法があるなら知りたい」

「正直だな、良い心掛けだ。長生きできるぜ爺様」


 魔王は少し笑うと、静かに語りだした。


「『転移術てんいじゅつ』だ。空間を超越し、万物を一瞬にして運び出す禁断の魔法。おそらく、お前たちはそれで連れてこられた」

「おそらく? 勿体付けた割にあやふやな情報じゃな」

「一番当てはまる推測だ。そちらの世界に侵入し、一時的に空間を捻曲げたヤツがいるかもしれない。魔法ってのは大概無茶苦茶できるが、『転移術』ってのは一層無茶苦茶な代物なんだよ。おそらく、お前らは元の世界で術者に会っている」


 脳裏にあの不思議なゲーム屋にいた老婆が浮かんだ。


「その顔、心当たりがあるようだな。だったらそいつを追ってみる事だ。敵も多いだろうが頑張れよ」

「待て!」


 竜がはばたき、立ち去ろうとする魔王に、メラは叫んだ。


「お前は何が目的だ! 何故オレたちを付け回す? 誰かから命令されれいるのか!?」

「単なるお節介さ。俺は俺の都合で動いてる、俺の好意は甘んじて受け入れておくがいいさ」


 魔王はそう言い放つと、そのまま竜に乗って飛び去っていった。


■■■■■□□□□□


「……どう思う?」

「ふざけた野郎だ。いつか殴る」


 メラが歯を食い縛り、呟く。知り合って僅かな間だが、有能で常に自信に満ちあふれる彼女が、この時本気で悔しがっている様に見えた。


「いや、魔王じゃない。奴が言っていた『転移術』についてじゃ」

「可能性はあると思う。どんな魔法かは洞窟で戦った大臣を見て思い知ってるし、今にしてみれば、あの婆さんと水晶玉が明らかにくさい。オレたちがこうなっちまった引き金だからな」


 メラは水晶玉を取り出した。


「一度死んだ時、復活にこいつを使った。原理なんてまず理解出来ないだろう

が、現実の水晶玉と繋がってるのかもな」

「じゃあさ、パーティが全滅すれば、戻れるんじゃない?」


 ずっと黙っていたキオが割って入る。私は意外な解決法に「なるほど」と思った。しかしメラが間髪入れず反論する。


「ダメだ。じいさん、死んでからの事を覚えているか?」

「あの時は確か、洞窟で死んで、家で目覚めて……」

「家で目覚めた時だよ。そっちはいつ頃ゲームを始めた? オレは起きたら丸一日は経っていたぞ」

「ゲームを始めた時は夕方で、起きたらもう深夜……やはり現実の時間が過ぎているって事か?」

「それだけじゃない。この世界で蘇生されるまでは、オレたちは意識不明だった事になる。そっちも家族に泣きつかれたと思うが?」


 メラの言葉に私は愕然とした。唯一、この世界での死の経験がないキオだけが、不思議そうに私たちの顔を見比べる。


「つまり……ごめん、よく分からないや」

「要するに、ここで死んでも生き返る事は出来るが、その間は眠ったまま。まるで本当に死ぬって事じゃよ」

「本当に死ぬ……その時じいちゃんはどうだったの? やっぱり苦しかったり、痛かった?」

「痛みも苦しみも、何も感じなかった。何せ死んだ事さえ気付かなかったぐらいじゃ」


 キオはそれを聞くと、すっかり黙ってしまった。


「オレたちプレイヤーは、確かに死んでも生き返る事ができる。でも生き返らなければ、結局は死んだままだ。ゲームオーバーになったからって、現実に生きて帰れる保証がどこにある? ゲームはタイトル画面に戻るかもしれないが、下手したらオレたち全員が植物人間だぞ?」

「言われれば、全滅を試すのはあまりにも危険か……」

「だろ。他にも何かあるかもしれないけど、あのババアをとっ捕まえて『転移術』とやらを使わせる。確証のある手段の一つだろうよ」

「でも、ちょっと待ってよ! 今思ったんだけど、ここから脱出できたとして、残された人はどうなるの?」


 キオの一言に、私とメラは固まった。


「説明書を読んで、ちょっと忘れた所もあるけど、ゴウトはキオを元に戻すために冒険してるんだよ」

「それは……ゲームの目的であって、ワシらがやるべき事ではない」

「ちがうよ! この世界にはまだ、ぼくらを必要としている人や、行かなきゃいけない場所があるはずだよ!」


 思わぬ剣幕に、私はつい逃れる様にメラを見た。


「……一理ある。オレも爺さんたちが来なきゃ、城から出られなかった」


 そこでメラは、何かに気付いた様に口元を手で押さえた。


「雑誌に載ったゲーム画面には、何人かキャラクターが公開されていた。もしかしたら、オレと同じような連中が他にいるかもな……」


 目から鱗が落ちる様だった。自分の事だけで精一杯で、周りの状況に目を向けようとしなかった。私とて、もし学がいなければ嬉々として現実に帰っていただろう。


(情けは人の為ならずか……)


 こんな老いぼれが、保身だけでなりふり構わず逃げる。あんまりだ。半世紀以上も生きてきて、それは一人の男としてあんまりだ。


 何だ。つまり、答えは一つしかないじゃないか。


「……止まっていても仕方ない。ゲームを進めない事には、何一つ進展しないという事じゃな」

「そうだよ、そうなんだよ!」

「やれやれ……年寄りは若者より元気だな。こっちが恥ずかしくなってくるよ」


 メラは溜め息を吐くと、道具袋から水晶玉を取り出した。


「じいさんも出してくれ。二つあれば、もっとハッキリするかもよ」

「しかし……記憶はその、大丈夫なのか?」

「大丈夫。オレは鈴木純子、ゆえあって今はメラだ。もう見失いやしない」

「……その切り替えの良さ、ようやく調子が戻ってきたようじゃな」


 メラと目を合わせる。彼女が無言で頷くと、私は持っていた水晶玉をメラの物に近付けた。


 二つの水晶玉が近づくと、間に軽い火花が散り、周囲に風が吹き始めた。思わぬ反応に、私は水晶玉を手から落としそうになる。慌ててメラが口走った。


「ちょっと、玉落とすなよ! 落として割るなよ! 玉の扱いは慎重にな!」

「分かっとる! あと言い方!」


 力を込めて握りなおし、水晶玉を更に近付ける。


「あっ! 何か出た!」


 キオが声を上げる。薄明かりの空には薄着を身に纏い、弓を構えた女性らしき全身像が、おぼろげに映し出されていた。


【人とも魔族とも違う。エルフと呼ばれる種族が存在します】


 突然頭の中に声が響く。水晶玉を使ったときの、あの女性の声だ。そしてその口調もやはり唐突なものだった。


【いつまでも若々しく、長寿と魔力を持つ神秘の種族。それゆえに、魔王にその力を狙われているのです】


「魔王!」


【彼女は待っています、里を救う救世主を、共に戦う戦士を】


 その言葉を最後に、空の女性は消えて、辺りは再び静けさを取り戻していた。再び水晶玉を近付けてみるが、もはや何の反応も示さなくなっていた。


「相変わらず抽象的なお告げじゃな。大層な演説の割には場所も分からん」

「どうも流れからして、あのシルエットクイズに出てきた女エルフが次の仲間みたいだな。あんだけハッキリ言ったんだ、まず間違いないだろ」

「じゃあ助けに行くんだね!」

「そういう事になるな……」


 私たちの冒険が無事続くなら、やがて彼女とも出会うだろう。まだ見ぬ仲間を想い、私は勇気を奮い立たせた。


 改めて空を見上げる。まだ夜明けとはいえ視界はあまり良いとは言えない。とはいえ電灯一つない大自然にしてはすみずみまで見渡せるし、視界は良好である。肉体ばかりに気がいっていたが、現実世界より視力が回復しているのかもしれない。


「どうする? 夜明けにはまだ長そうじゃが」

「歩こう。どうせ眠くないし、腹も減らねえんだ」

「だったらぼくが飛ぶよ。その方が早いよ!」


 そう言ってキオは翼をはばたくが、すぐに疲れた様に動きを止めてしまった。


「あれ……体が……」

「最初から自由に飛び回られたら、ゲームにならないって」

「でも、町に向かったり洞窟から出る時は……」

「多分イベントや、戦闘中なら飛べるんだろ」

「チェッ。ゲームなのに」

「何でも出来る様でいて、その実何も出来ない。ゲームってそういうもんだ」


 私たちは、草原の中に切り開かれた土の道を歩き始めた。行き先は分からないが、人の作った道ならどこかへ辿り着くだろう。やがてメラが口笛を吹き始めた。


「お姉ちゃん、その曲は?」

「ちょっと前に流行ったCMソング。好きなんだ」

「あっ、聞いた事あるよ! もうちょっとで思い出せそうな……」


 思えばずっと歩き戦い続けているのに、疲れも痛みも感じない。まるで夢の中にいるようだが夢にしてはあまりにもハッキリとした、都合の良い世界に私たちはいる。


 主人公ゆえに並はずれた力を持ち、死んでも復活できる特権を持つ。奇しくもこの老体が主役に選ばれてしまった以上、私に出来る事と言えば与えられた役を演じ、物語を紡いでいく事だろう。


「そうだ、ロールプレイングゲーム♪ 思い出した!」


 口笛に合わせて楽しそうに歌うキオを見て、私は思わず口元が緩む。ほんの少しだけ、元の世界に戻れた気がするが、すぐに現実……ではなく夢へと引き戻される。


「巨剣のゴウト」。この男について私は何一つ知らない。純子はメラになる自分を恐れるが、私はゴウトになれない自分を恐れた。


■■■■■□□□□□


(「白の鎧」は身の潔白、国王の前で偽らないための鎧っと……ああ、めんどくせえ)


 ファスト王国は古来より「色」に規律を重んじる。通常は塗装のない鉄の鎧だが、処刑や制裁には血の色である「赤」を、規律を犯した者には、堕落した精神を侮蔑する「黒」と、用途は限られてはいるが、着色された鎧を着ける風習があった。


 ファスト城に戻ったヤックは、渋々白い鎧を身に纏うと、王の間へ向かう。


「ヤック・エボルタ、ただ今戻りました。偽りのない真実を述べます」

「今は二人、堅苦しい挨拶は抜きだ、馬鹿息子よ」

「……はいはい、分かりましたよオヤジさん。ったくせっかく着替えたのに……」


 ヤックは緊張を解くと、国王の前であぐらをかく。そしてバハラでゴウトたちに会い、セラと戦った事など、全てを話した。


「魔王に襲撃されたのは聞いたが、結局全員生きていたとはな」

「魔王がどうにか蘇生させ、足止めも失敗っと。今後はどうする気だ? 第一そこまであの連中に固執する必要があるのか?」

「ゴウトはな、この世界を動かす男だ。放っておくだけでどんどん事を進展させてしまう。いち早く適応する為にも、監視役が必要だ」

「世界を動かす……まさか、そんな事を出来るのは人間じゃない。神様だ」

「ならばゴウトも神の一種だ。神は何も一体とは限らん。超越する何かを持てば、人間だって簡単に神になれる。私だってこの国の神だ」

「はいはい、ご自慢の『王道おうどう』は聞き飽きましたよ」

「話が逸れたな。とにかくだ……」


 国王は、ヤックを指差した。


「お前なら身軽で腕が立つ。監視役、やれるな?」

「へ? お……俺? ドイは!?」

「あいつは不向きだ。それにここを離れるわけにはいかん。待ってろ」


 国王が席を立ち、部屋を去ってしばらくすると、三日月の形をした、奇妙な道具を二つ手に戻ってきた。


「これは『飛声とびごえの月』といってな、中央の突起を押しながら喋ると、もう片方へ音を届ける魔具まぐだ。旧世界の人々はこれで連絡を取り合っていたらしい。便利なものよな」

「へえ、俺なら恋人と語り合いますがね、話し相手はオヤジさんかい……」

「私で悪かったな。恋人は暇な時に作れ」


 そう言って国王は、二つある飛声の月の片方を放り投げた。ヤックが慌てて掴み取る。


「仕度が済んだらすぐに後を追え。報告を随時忘れるな!」

「は、はい!」


 ヤックは慌てて立ち上がると、鎧をガチャガチャと鳴らしながら走っていった。扉を閉める音を最後に、玉座は再び静寂につつまれる。


(……そうだ。神を操れば、私もまた神に一歩近付ける。現実的な話だ)


 国王は玉座へ座ると、グラスに入った水を飲み干した。

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