DISC 1→2
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◆序章『幻想』
今思えば、どうして私は意固地になっていたのだろう。普段真面目な、可愛い我が子のちょっとしたおねだり。「あの時ちゃんと買ってあげていれば」と、私は後悔をひたすら繰り返す。
話題の新作RPG「ファンタスティック・ファンタジー」を求め、父は学を連れて外出した。父は杖を突いているとはいえ、まだまだ聡明で意思もしっかりしている。私は特に問題ないと判断した。
外出中、どういう経緯があったのかは知らない。ただ、品薄の人気ゲームをどうにか手に入れ、学がひどく興奮していたのは覚えている。そして夕飯を前に、学は父と一緒に「ちょっとだけ」ゲームを始めた。
あれから何時間経っただろう。ベッドに寝かせた学の体は硬直しており、肉体は一切の生命反応を止めて、まるで無機物のようになってしまった。傍にいる父は一度だけ意識を取り戻したが、またすぐに気絶してしまった。慌てて呼んだ救急隊員さんにも症状がまったく分からなかったが、入院の申し出は丁重に断った。
「香、本当にそれでいいのか?」
「あなたも見たでしょ、父さんが一度だけ帰ってきた所。あれしか方法が無いんじゃないかしら」
私は枕元に添えられた水晶玉を拾い上げた。直感だが、これが二人の病気の原因であり、同時に復活するための道具だと思った。
父は気絶する前に「学が待っているから」と言った。もしかしたら父と学は、あのゲームの中にいるのかもしれない。自分でも信じられないが、その考えが頭から離れようとしない。
どこか父の面影を感じる戦士と、何だか少し頼りない巨大な竜。テレビの中で戦い続けるCGで描かれた二人を見て、私は彼らの冒険を記録する事と、旅の無事を祈る事しか出来なかった。
おそらくは世界を救う事が、自身を救う事だと信じて。
【自宅にて、今井香】
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◆1章『戦士』
私は疲れていた。度重なる人間との攻防にも、手に入れた住みかを手放し、新たな旅へ繰り出すのにも、一族の長として疲れ切っていた。
ただの魔物ならそこら中にいる。しかし我々の場合なまじ人間に姿が似て、体が大きい事が災いしたようだ。最初に我々を目にした人間が、錯乱して攻撃してきた事をよく覚えている。それが、人間と我々一族の戦いの始まりだった。
剣を振るう人間に、我々は交渉する術を持たない。黙っていては殺されるのを待つのみだ。だが仮に人の言葉を使えたら、彼らは聞く耳を持っただろうか? 我々が人間と肩を並べて暮らせる日が来たのだろうか?
そんなある日の事、魔王を名乗る人間が現れ軍門に下るよう申し出たが、私はそれを断り、戦い続ける道を選んだ。長年住んだ故郷を捨てる事が、私にはどうしても出来なかったからだ。
知恵を持ち、武器も豊かな人間に対し、勝ち目が無いのは分かっていた。度重なる戦いに仲間は次々倒れ、とうとう指で数えられる程度になった。私一人が奮闘した所で、もはや戦況はどうにもならないだろう。
そんなある日、私は並はずれた大剣を持つ戦士を見た。今まで戦ったどの人間とも違う怪物だ。それが最後に戦う相手であり、一族の滅亡を決定付ける者だろうと直感した。
(神様も粋な事をするものだ)
不思議な事に、一族の存亡よりも自身の戦いへの高揚感を感じる。どうせ最後なら持てる力を全て出し尽くしたい。冷たい雨に打ち付けられながら、私は棍棒を力強く握りしめた。
【青の森林にて、巨人族の長】
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◆2章『王国』
聖騎士団一の問題児。闇夜に溶け込むような漆黒の鎧を身に纏い、鉄仮面で素顔を隠す。最初に与えられた情報はそれだけだった。
ゲームに関してはまったく予備知識がなかったわけではない。ゲームファンの一人として人気メーカーが大きく告知を打ち出す新作ソフト、いわゆる「大作」は比較的触る方だし、新作なら発売日を待つ間、情報を小出しする雑誌を何度も読み返すのが楽しみだったりする。少なくとも、このゲームを「いつ頃」「どのように」遊ぶかぐらいは、社会人なりにある程度は想定をしていた。
だから、プレイヤーキャラとして召喚された私は、自分が鈴木純子である事を忘れ、メラという騎士を演じようとした。僅かな情報をかき集め、自分の立場を知り、相応に振る舞う。体を張ってのロール・プレイング・ゲーム。誰もプレイできない極上のゲームに、私は優越感を覚えていた。
しかし、それが現実へ帰れない事への、諦めをすり替えた考えだと気付いたのは、同じくこの世界に閉じ込められたプレイヤーと出会ってからだった。
「巨剣のゴウト」。そして彼の息子で竜のキオ。この世界に選ばれた主役と接触する事で、私はようやく城を抜け出し、現実世界への帰還を目指す冒険者となった。
私は鈴木純子。今はゆえあってメラ。だから本名は胸にしまい込み、ゲームをクリアして、私は私を取り戻してみせる。
【ファスト城にて、メラ・ランドール】
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◆3章『洞窟』
人は何かを成すために生まれてくる。しかし残念ながら生涯においてそれを見つけられない、あるいは見つけられても成せない人間も多いが、私は幸運にもその「何か」を見つけられ、そして成す事ができた。
私はかつて魔法都市パステルにいたが、事故とはいえ、そこから離れなければその「何か」が分からないまま、その生涯を無駄にしただろう。さ迷う中でこの国にたどり着き、頭脳を生かして大臣へと上り詰め、そして禁忌である魔法の研究を王に知られた。
ファスト国は長年栄えた歴史ある国家らしく、古い風土やしきたりに縛られ、魔法を「悪魔の力」として忌み嫌っていた。だからそんなものに入れ込んでいたら殺されても文句は言えない。極刑を覚悟した私だったが、国王様は意外な言葉をかけてくださった。
「お前の魔法には価値がある。この国を護る、剣にも盾にもなるだろう」
あの言葉で私は悟った。どうしてあの日パステルで事故に遭ったのか、なぜこの国に来たのか、ここで自分が何を果たすべきか、何を出来る存在なのか。やっと動きだした私の人生だが、残念ながらそんな幸せも長くは続かなかった。
ある日、国王様から侵入者の知らせを受けた。どうやら研究は完成出来そうにないが、引き継ぎの手筈はとうに出来ている。全ては国王様の思い通りになるだろう。
私は改めて研究室を見渡した。岩壁の奥に張り巡らせた結界は、侵入者を閉じ込め、確実な死を与えられる。失敗はまず無い、そう思うと気持ちが安らいだ。
(死か、若い時は最も恐れていたものなのにな……価値観は変わるものだ)
最後の呪文、それで私の人生は終わる。短い生涯だが、決して空虚な人生では無かったはずだ。この充実感を抱いて死ねる人間が、世にどれだけいるだろうか?
そうだ、私は人生を成し遂げたのだ。私は幸せだったのだ。
【洞窟最深部にて、元大臣】
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◆4章『再起』
体が消えていく。痛みや感覚はない。ただ、最初から何も無かった様に、私の体が消えていく。
結果論になってしまうが、こうして洞窟に来なければ、私は死ぬことは無かっただろう。あの時、竜を逃したからといって、おそらくは軽い刑罰を受けて、後は何もない永遠の平穏な日常が待っているはずだった。
だけども、あの子が全てを変えてくれた。
重要人物でもない私に話し掛け、更には名前まで付けてくれた。一秒でも長く一緒にいる事。一言でも多く言葉を交わす事で、私は生まれ変わる喜びを全身で感じていた。
出来るなら、あの子と一緒に旅をしてもっと世界を知りたかった。もっと自分を変えたかった。でも、そんな事はもうじき考えられなくなるだろう。
「何も出来ず、すまない……」
かろうじて喋った後、私の体はあっという間に消滅した。凡人らしく、余韻も重みもない、実にちっぽけな死だった。
でも、それで良かったのかもしれない。元々は関わるべきではない運命に、取るに足らない自分が介入した。それで何かが少しでも変わったのであれば、この死も無駄ではないはずだ。
私はナインダ。たとえこの身が滅びようと、この名前とあの子の事は忘れない。決して……。
【洞窟内にて、名も無き一般兵】
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◆5章『山奥』
時々考える事がある。「もしも、あの戦いに勝っていたら」。過ぎていった事を、何となく振り向いて見てしまう。
これは負け犬の遠吠えではなく、違う未来を少しでも覗いてみたいという、よくある単純で、ありえない話である。きっと誰にでもある事だろうし、残された未来が少ない年寄りなら尚更だ。
まだ私が若かりし頃、隣国ファスト国から宣戦布告を受けた。父であったドーラ1世が死去し、私が王になりたてのあからさまな時期だった。
向こうの思惑は領地の拡大、交渉の余地はない全面対決に、我が国は防戦せざるを得なかった。幾たびの戦いを経て、最後は国を挙げての籠城戦へと追い込まれる。
「負けて良かった」とは間違っても思ってはいない。犠牲者を数多く出し、国民を翻弄させた。それはどれだけ反省をし、功徳を積んだ所で、一生許される事は無い罪だろう。あの日の事が昨日のように、何度でも頭の中で繰り返される。
「女王様、私たちも最後まで戦います! どうかこの国に残ってください!」
前線から退いてきた兵士が涙ながらに懇願する。敵国はとうに城を包囲しており、場内には避難した多くの国民と、僅かな兵士と食料のみ。突破されるのも時間の問題であった。最後まで徹底抗戦すればそれなりに粘れる自信もあったが、その結果は惨たらしい事となるだろう。
悔しいが、一国の主は誰よりも冷静でいて、常に最善の選択をしなければならない。私にはその決断が心苦しかった。
「国民というのは大切な労働力。蛮族のような連中ならさておき、相手は教養もあるちゃんとした国家だ。きっと今までよりも豊かに暮らしていける」
「女王様! そんな事を言わないでください……民も最後まで共に戦うと言っています!」
「最後に命令を二つ言い渡す。一つ、国民は武器を捨てて速やかに投降する事。二つ、ドーラ二世への忠義を捨てる事。すぐに全員に伝えろ。守れるな?」
「嫌です! 女王様!」
私は答えを聞くこともなく、馬を走らせていた。
より大きな国との戦争、戦力の差を見せ付けられ負けを悟った私は、なるべく被害を抑える為に、国を放棄して山奥へ逃げた。どうしても離れようとしなかった、数名の頑固者達と共に。
本来であれば敵に捕まり、処刑を受ければ万事が収まった事だろう。しかし素直に負けを認めなかったのは、私がまだ若く生に執着心があったのと、一国の主としてのささやかな自尊心が邪魔をしたのだろう。後で使者に様子を見に行かせると、残された国民の大半が、きちんと元の生活を提供されている事を知り、私は一息付ける事が出来た。
そして周囲に残ったのは、固い忠誠心で結ばれた家臣たちだった。これからは身分を捨てて、ここを第二の安住の地にしようと誓った。ファスト国から送られる残党狩りや、土地を荒らす魔物との戦いもあったが、長い年月を経て、私たちは平穏を取り戻していた。
そんな平和な日々の中だからこそ、昔を思い返し、時々考える事がある。「もしも、あの戦いに勝っていたら」。
少なくとも国に未練を残し、復讐に身を投じる者など、出てこなかっただろう……。
【山奥の村にて、村長ドーラ】
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◆6章『武器』
強い武器なんて、俺の中じゃとっくに答えは出ている。とにかく大きく、頑丈で、重いものだ。
得物が大きい分、敵より先に攻撃を当てられるし、より多くの敵を巻き込める。重ければ攻撃力も増すし、打ち負ける事もない。頑丈なら手入れも少なく、戦場でも不自由せずに済む。実に簡単な話だ。
巷じゃ魔力の込められた剣なんてものも流行ってるらしいが、そんなものよりも遥かに現実的で、もっと簡単に手に入る剛剣がある。だから俺は自信をもって、長年の夢であった店を開いた。
ところが、現実ってのは大層つまらんもので、そんな剣を扱える人間はそうそういないらしい。凡人曰く、自分の体力に見合った武器を使うのが常識だそうだが、俺から言わせればそんなものは妥協に過ぎない。
だから店に来た客は、俺の作った剣を「実用的じゃない」等と嘲笑った。恥じるのは剣ではなく、剣を持つに到らない自分だと気付かずに。
それでも俺は、この剛剣を作り続けた。自分に見合う武器を必要とする、まだ見ぬ強者の為に。もはや商売ではない、俺の単なる意地だった。
(止せよ。誰も使えない剣なんて、作る意味がねえよ)
うるせえ。俺が俺の為に作ってるんだ。
(この前の貴族の話、勿体なかったなあ。せっかく剣を買ってくれるって言ってたのによ)
俺の剣は飾り物じゃねえ。思い出させんな、今でも腹が立つ。
やがて噂話も飽きられ、誰も来なくなった俺の店だったが、ある日そいつは現われた。その男はいとも簡単に、俺の最高傑作「ヘビーメタル」を軽々と持ち上げ、力強く振り払ってみせた。それを見て俺は、久しく忘れていた涙を流していた。
(良かったな。夢が叶ったぞ)
【商業都市バハラ、中央区の鍛冶屋にて、シバ】
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◆7章『領域』
薄々気付いてはいたが、俺はどうもツイてないらしい。
神は人間を創造する際、均衡が取れるように設計するなんて話があるそうだが、もしかしたら端正な顔立ちと引き替えに、俺には不運が植え付けられたのかもしれない。それはそれで光栄な話だが、不幸にも程があるってもんだ。
愛して止まないカジノでは、服を売り払ってまで勝負をするが、それでも勝った事がないし、無一文で城まで帰ることも度々ある。ついでにこんな恰好だから女にもよくフラれる。今まで聖騎士で得た給料を全て費やしているが、一度も勝てないと言う事は、それだけ運が無いという事だろう。まさに神がかり的な不幸ってやつだ。確率云々じゃなく、どうやっても勝てないのだ。
だが、まさか偶然出会ったメラが大勝ちして、そのいざこざに巻き込まれるなんて、ツイてないにも程がある。何で非番の日まで、何より俺は一切儲けていないのに、剣を振るわなきゃならんのだ。ああバカバカしい!
何とか知人の家に逃げ込んだはいいが、それが失敗だった。魔法ギルドやらの監視で位置は丸見え、追っ手はもう目の前。さぁてどうする、ヤック・エボルタ!
胸を張って断言しよう。今この瞬間、世界で最もツイてない、薄幸の美男子とは、この俺の事だ!
「……なあメラ、あの兄ちゃんニヤニヤ笑っているぞ」
「ああ、あいつは典型的ナルシストでな『世界で一番不幸な俺様ステキ』とか考えてるんだよ。そーいうのたまにいるだろ?」
「ほほう。初めて見たが、結構な幸せ者じゃな」
「ああ、世界で一番おめでたい野郎だよ」
陰で囁くメラとゴウトに気付かず、ヤックは気取ったポーズで窓の外を眺めている。そこにあるのは危機感ではなく、いかに困難を切り抜けるか、成功する自分の未来しかなかった。
【商業都市バハラ魔区にて、ヤック・エボルタ】
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◆8章『脱出』
可愛い可愛い私のメラ。どうしてあなたは私を拒むの? どうしてあなたは人形を嫌うの? 私には理解出来ない。
メラだけではない。魔法都市パステルの連中も、私の研究を理解しようとせず、卑怯にも数の暴力を用いて私を一方的に追放した(もっとも、私は無傷で何人かは再起不能にしてやったが)。そして魔法ギルドに集まったはぐれ者の魔法使いでさえ、気付けば一人また一人と、私の下を離れていった。これだから人間は信用ならない。
だからこそ、人形は素晴らしい。人と同じ姿をしていながら、人に従順で何でもやってくれる。彼らが新しい労働力、強いては兵力となるのは明らかであり、それを操る人間こそが世界を支配する権利を持つ。それを人々は「危険思想」と決め付け、最も理解すべき夫でさえ私を敵視した。
「お前の増長は目に余る。魔力を持ったからといって、人が人の上に立てるわけがない。人形一つで神にでもなったつもりか?」
別れる前の夫の言葉、一度は愛し合い、生涯を共にする事を誓ったはずだったのに、私は彼が何も理解出来てない事を知り、ただただ悲しかった。
夫だけではない、連中の考える「魔法は人間の力に非ず、魔族の力なり。人間として生きるにはいずれ魔法を捨てなければならない」と言う思想こそ、私には理解できない。何故魔力を持ちつつ、それを自制する生き方を選ぶのか。魔力を持って生まれたのは人とは違うという事。人に合わせる必要など無いのだ。
だから私は持てる魔力を使って、人形と魔法ギルドを作った。人形とそれを使役する魔法使いを集め、いずれやって来るであろう、人が人形を使う時代の礎となる為に。
だけど、一人では限界がある。この力だって、いつまで維持出来るか分からない。もっと若くて強大な魔力を持つ、多くの未来が残された後継者が必要なのだ。
そう、私と夫の血を引くメラが……。
【商業都市バハラ魔区、魔法ギルド本部にて、セラ・ランドール】
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