8章 『脱出』 Big Escape
私たちは正体がばれない様に、体を覆うローブを着せられギルドへ連行されていた。周囲ではならず者たちによる捜索が続いている。
「最初から連中は当てにせず、賞金も払う気は無かったな。ケチめ」
「当てにはしてたさ、お陰で行動範囲が絞れたからな。あと少し実力さえ伴えば賞金も手に入れられただろう」
「だーかーら、払う気が無かったんだろ? 第一上から目線だしな」
食い下がるメラに、リーダー格の男はそれ以上応えようとはしなかった。
迷路の様に入り組んだ家屋の間を潜り抜け、階段を登っては下らせられる。途中、同じ所を数回通った事もあってか、ヤックは道を覚える事を諦めた。
「着いたぞ」
やがて私たちは巨大な廃墟の前に立った。城らしき建物の残骸が目に飛び込むものの、辺りの廃れた町並みに溶け込んだ、一見して何の変哲もない場所である。
「おいおい、冗談は……」
言いかけてヤックは驚いた。男が廃墟に足を踏み入れた途端、半身が消えてしまったのである。少し前に進んだかと思うと、男の全身はすっかり消えてしまった。
それに続く様に、他のギルドメンバーも次々と建物の中へ、文字通り「消えて」いく。
「ほら、さっさと入れ」
男に背中を押され、ヤックも廃墟の中へ消える。メラがやや重い足取りでそれに続く。
(ええい、ゲームの世界で何を怖じ気付く!)
私は覚悟を決めて廃墟に足を踏み入れた。
「なん……じゃあ……こりゃ」
目の前に出てきたのは、派手な装飾が施された巨大な城であった。辺りを見回すと手入れの行き届いた庭園や、噴水まで見える。見れば先に入ったヤックとメラも戸惑っている。
「バカな!? あの廃墟はどこへ行った? 薄汚い小屋の群れは?」
「これは、幻か?」
メラの呟きに、男は答えた。
「幻ではない。幻影の都市に、たった一つだけ残された真実の城……ここが魔法ギルドだ」
「真実の城だと、こんなもので町一つ支配したつもりか?」
「つもりではない、支配しているのだ」
男たちに誘導されるままに城に足を踏み入れる。豪華な装飾で彩られた内部は、見た目こそ華々しいものの置物や配置に統一感が感じられず、あまり趣味が良いとは言えなかった。
「資源の無駄だな。誰も見に来ない城を、こんなに飾り立てる必要があるのか? 全て幻か?」
「……かもな」
メラの挑発的な言葉に、男は力なく答える。しばらく歩いた後、また別の集団が姿を現す。
「さて、私はここまでだ。後は彼らが案内する」
そう言って男は、有無を言わさず足早に去っていった。気付けば私たちを包囲していた他の連中も、いつの間にかいなくなっている。堪らず私はメラに小声で話し掛けた。
「メラ……」
「分かってる。こいつら人間じゃない」
新たに現われた集団……見た目こそ人間に見えるが、動きがどうにもぎこちない。異様なまでに統率された動きは、よく見るとまったく一致する人間が何人もいる。ゲームだからこそ許された『不自然な現実』が、嫌というほど突き付けられていた。
(気持ち悪い……でもオレは、前から知っていたような……)
メラはふと見ると、腰に付けた道具袋から水晶玉が微かに光を発しているのに気付いた。ふと手を下ろして袋越しに水晶玉を掴むと、突然電流が体を走り抜けた様に体が少し硬直する。
「!?」
「どうした?」
「……いや、何でもない」
メラが硬直から立ち直り一歩を踏み出すと、途端に周囲の景色が、見覚えのある懐かしいものへと変わっていた。
(変わってない。あの時からずっと……)
とめどなく流れる水も、カビ一つ生えない大理石の柱も、全てあの時見たものと、何一つ変わってない。
次から次へ、連鎖するように記憶が植え付けられる。そして純子は、メラがこの城に関係があった事を確信した。
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人間の姿をした何者かに誘導され、私たちは豪華な一室にいた。玉座を彷彿とさせる椅子には、少し年齢を感じさせるものの清楚な印象のある美女が座っている。彼女はメラを見るなり笑みを浮かべた。
「やはりあなたね、メラ」
彼女の一言目は意外なものであった。ヤックと私は思わず同時に振り向いた。
「知り合いか?」
「……母親だよ」
「母親ぁ!?」
「ただし『メラ』のな」
「あら、まるで他人事ね。せっかくの親子の再会だというのに」
そう言って、彼女は静かに笑った。おっとりとした口調や佇まいが妖艶な色気を感じさせる。
「で、結局何者なんだよ」
「セラ・ランドール。かつて魔法国家『パステル』にいたが、狂気に駆られ国を追われた女……」
「そしてメラ・ランドール。そんな母親の後を追い、父を見捨てた女……」
オウム返しをされて、メラは舌打ちした。
「勘違いするなよ。アンタを放っておいたら、何しでかすか分かんないからな」
見兼ねたヤックがメラの肩を叩く。
「話が見えないんだが……」
「パーな母親と、愛想を尽かした家出娘。OK?」
「ん? ああ、おーけー?」
言葉の意味も分からず、ヤックが曖昧な返事をする。
「愛想を尽かして家出したなら、母が恋しくなって帰ってきたと見ていいのね? 嬉しいわ」
「天然なのか本気なのか、まだ自分が悪くないって顔して……」
普段冷静なメラが、明らかにイライラしている。今に鉄仮面の向こうから、歯軋りでも聞こえてくるようだった。
「聞けばあなた、聖騎士を辞めたって言うじゃない。こうして戻ってきたし、やっと家業を継ぐ気になったんじゃないの?」
「白々しいぞ! 知ってんだろ? てめえのカジノでてめえの手下に絡まれたんだよ!」
我慢の限界か、メラは剣を引き抜いた。
「何も変わっちゃいない。その身勝手な性格と、自身がやっている事への無自覚さ、タチが悪いったらありゃしない……」
「またそうやって苛々して、折角会えたのに。笑いましょ?」
「会えた? 部下を使って炙り出して、無理矢理引きずり出したんだろ? 世間じゃそれを『拉致』って言うんだぜ」
怒りを露にするメラに対し、セラはまったく動じることなく、むしろ困惑さえ見せる。まるで水と炎、少しも噛み合ってない。両者の温度差は対話での解決を遠ざける一方である。
「あら、親は子供の為なら手段を選ばないわよ。自分に繋がった血脈を、力付くでも手繰り寄せるの。私を追って来たあなたなら分かるわよね」
周囲の男たちが一斉に身構える。メラは躊躇せず、ホームラン予告の様に剣をセラの方へと向ける。
「分からねえよ。その狂った血が自分にも流れているかと思うと、無性に腹が立つ。分かるか? 分かるわけないよな? オレがアンタを分かんないんだからな!」
私は息を飲んだ。目の前にいる黒騎士はゲームの役を演じる鈴木純子か、憎悪に駆られたメラなのか。まるで映画のワンシーンを見ているようだった。
「いやね。人間ってのはすぐに熱くなって、見苦しいったらありゃしない」
セラは相変わらず微笑を浮かべている。傍目で見ても分かる。メラの怒りも叫びも、彼女の心へ一向に届く気配が無い。天然ゆえに何を考えているか分からず、現実では非常に付き合いにくいタイプの性格に思えた。
「……人形に囲まれて知らないだろうが、アンタは今も昔も、相当な嫌われ者だよ」
その時、メラの近くにいた男の一人が、胴体を真っ二つにして倒れた。出血はなく、男の上半身は天井を見上げながら両手をジタバタさせている。見ればメラは剣の構えを変えていた。
「人望が無いから、自分に忠実な人形を作る。人間の友達は一人もいない。アンタが追放された理由だよ!」
「失礼ね、人望はあったわよ。だってパステルにいた頃……」
セラが指を鳴らすと、天井から数十体のマネキン人形が降ってきた。セラが何かを呟くと、人形は見る見る内に人間へと姿を変える。
「人は私を『人形王』と呼んだわ」
セラはニッコリと微笑んだ。
「何だよこいつら……」
「いわゆるゴーレム(魔法人形)だ。素材までは分からないが、人形に魔力を吹き込んで動かしている」
先程真っ二つになった男の上半身が、腕の力だけで這い出し、ひょこひょこと歩きだす。おぞましい光景にヤックは嫌悪感を覚えた。
「おいおい、カンベンしてくれよ……」
「気にすんな、術者を叩けばそれで終わる!」
メラが何かを呟くと、途端に彼女の動きが速くなる。ビデオを早送りにした様な動きで、周囲の戦士の間をくぐり抜け、玉座へ一直線に走る。
「確かに、私の人形は動きも単純。そんなに強くないわ。でもね……」
セラが指を鳴らすと、玉座の後ろから女が飛び出した。彼女はそのままメラに飛び蹴りを当てると、くるくると回って後方に着地した。
「この子は別」
メラが構え直すが、防御した腕が痺れて動かない。見れば女性は、中国拳法を連想させる胴着を着ていた。
「名前はメイフェイ。私の最高傑作よ」
メイフェイと呼ばれた女性は、片足だけで立ち、微動だにしない。しかしメラが少しでも動く気配を見せると、彼女は一瞬にして違う構えを取ってみせた。
(速くて強くて武器に頼らない、何て分かりやすい強さだ。あいつがガードする以上、本体まで辿り着けない……)
メラが見せた少々の思考、その僅かな静止時間を『手詰まり』と判断したセラは、迷う事なく反撃に転じた。
「攻撃が来ないわね、私の番かしら」
セラが指を鳴らすと、先程の上半身だけの男が突然爆発する。爆風に巻き込まれ、私とヤックは壁に叩きつけられた。
「人形が爆発しやがった……じいさん無事か?」
「腰が……と思ったが問題ないぞ」
「老体なのに鍛えてあんのな。しかし建物の中だから火薬を減らしてあるのか……でも直撃はまずいぞ!」
メラが辺りを見回す。何体ものの人形がじっくり近寄ってくる。
(人間爆弾にボス格が2人……セラは動かなくてもこちらを圧倒している。どう攻略する? つうか勝てるのか?)
よくやる戦略シミュレーションゲームの構図がメラの頭を過る。地形をマス目で考え、互いの戦力と位置を認識する。いくらこちらが手練れのメンバーでも、明らかに分が悪い。大抵のゲームであれば敵を全滅させるか首領格を倒すのがクリア条件だが、そのどちらも果たせそうにない。
(まさか負けイベントか? だとしても何かある。どこかに突破口が……!)
メラは不安を振り払う様に、思い出したばかりのたどたどしい魔法を呟き始めた。
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(今日は一回も来てないな)
日も暮れて、薄明かりに照らされたテントの中、キオは入り口をぼんやりと見ていた。周りを見ると、飼い主たちが各々の動物に餌をやりに来ている。
(じいちゃん、メラ姉ちゃん、どうしたんだろ……)
「キオさん、良かったら食べます?」
デオが生肉をくわえながら聞くが、キオは首を振って断った。
「キオってのはいるか!?」
突然、大声がテント内に響き渡る。見れば包帯でぐるぐる巻きの巨大な何かを抱えた、背の低い髭まみれの男がいた。周囲の人間が動揺する中、男は血走った目で辺りを見回す。
「キオはぼくだけど……」
キオが恐る恐る答えるが、男は気付かない。
「あ、あのっ! キオはぼくですけどっ!」
慌てて大声で言い直すと、小人は大股を開き、足音を立ててながらこちらへ歩いて来た。
「俺はシバ。ゴウトに頼まれて武器を作ったが、ヤツは島に置き去りになっちまった。助けがいる」
「島……? まさか『
「そうだよ、あの得体の知れないギルドの支配地だ。急に橋が上がって孤立しちまった!」
突然の事で、キオは一瞬何を言われたのか分からなかったが、シバとデオのやり取りから、ゴウトが何らかの危機に陥った事を把握した。
「とにかく、じいちゃんがピンチって事? でも勝手にここから出ちゃ……」
シバは鉄格子を握り、力を入れると、見る見る内に鉄格子が曲がっていく。
「時間がねえんだ。急ぐぞ!」
「そこのドワーフ! 何をしている!?」
異変に気付いた係員が駆け寄る。それを見たキオは、嫌でも決心するしかなかった。
「もう! どうなっても知らないよ!」
キオが力一杯叫び、両手を開く。窮屈な檻は瞬く間にひしゃげ、解放された巨体を目前に、周囲の動物と人間が一斉に騒ぎだす。
「キオさん! ご武運をお祈りしてます!」
「……ありがとう! デオ、またね!」
『武運』の意味はよく分からないが、キオはデオに精一杯元気に応える。
「別れの挨拶は済んだな? 出るぞ!」
シバが何かを担ぎ上げたまま、キオに飛び乗ると、キオは急に背中が沈むのを感じた。それはこの世界に来てから久しい感覚、「重さ」であった。
「何これ……何なの!?」
「新兵器だ、落とすんじゃねえぞ!」
「分かった……よおっと!」
キオは入り口を突っ切ると、よろめきながら懸命に翼を開き、上空目がけて飛翔した。
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「あらやだ、逃げるのかしら?」
「うるせえ! 月の無い夜は背中に気を付けろよ!」
軽口を叩きつつも、メラとヤックはいたって冷静だった。己の力量ではこの戦力差を埋める事は出来ない。二人の結論の下、セラを倒すのを諦めた私たちは出口を目指し、しゃにむに走り回る。
迫り来る人形は足だけを潰し、爆発をひたすら遠ざける。爆風が目くらましとなり、私たちは少しずつセラから離れていった。
「おい、道が変わってるぞ!」
消えたり現われたりする部屋を前に、私は立ち止まった。
「そんな事はない、これもセラの幻覚だ。見てくれだけ変えたって、中身は変わらない」
そう言って、メラは大理石の床に剣を突き刺すと、小汚い木片が現われた。
「ほらな。貧乏のクセに見栄っぱりなんだよ」
「なるほど。そういやギルドメンバーがここに来るとき、次々いなくなっていたな。案外道そのものは単純かもしれねえ」
躊躇している間にも、澄み切った偽の青空から人形が次々と降ってくる。
「メラ! お前確か魔法使えただろ?」
ヤックが人形を追い払いながら叫ぶ。
「魔法ったって……何をどうすりゃ……」
「何でもいいから使え! 魔法の力は悪魔の力! お前一人でも突破出来るだろ!」
メラは戸惑った。確かに先程記憶と共に僅かな魔法も習得した。あの母親の子だ、色んな魔法が使えるのかもしれない。
だが、今使えるのは身体能力を補強する魔法ぐらいで、しかも自分だけにしか使えない。メラは今出来る事を考えた。
(幻覚って事は……それを見抜く魔法とかありそうだよな)
頭で考えるより先に、口で呪文を詠唱していた。すると辺りの景色が変わり、本来の姿であるボロボロの廃墟を映し出す。
(やっぱりな、見覚えある場所だ。なら脱出出来る!)
メラは二人に向かって叫んだ。
「お二方! 悪いが少しだけ耐えてくれ」
「おい! そっちは……」
返事を聞くよりも先に、メラは自分の足を速くする魔法をかけると、来た道を急いで戻り始めた。
■■■■■□□□□□
「うーむ、もう夜だってのに下はまだ騒がしいな」
キオの背に乗ったシバが、空から地上を見下ろしていた。
メラ一行が捕まったことも知らず、ならず者たちの散策は続く。中には混乱に乗じ、見境無く暴れる者もいた。
「おじちゃん、ここ何なの?」
「見ての通り、バカどもが集まる場所さ」
しばらく辺りを飛び回るが、ゴウトの姿は見えない。
「こうして見ると結構広いな……キオも何か、変なのを見つけたら知らせてくれ」
「変なのって……あっ!」
キオは目を疑った。何もない廃墟、その上空にメラが両手を振り、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「いたよ! メラ姉ちゃん!」
「ん? おい、ちょっと!」
慌てて急降下するキオに対し、シバは振り落とされない様に、全力でしがみ付く。こんな時にこそ、ドワーフの怪力がありがたいとシバは思った。
「お姉ちゃん!」
「てめえ! 殺す気か!」
「キオ! 一緒に下りてくれ」
三人が一斉に喋り、互いの言い分がよく分かってないまま、メラは眼下の廃墟にすっぽりと消えた。何が起きたのか分からなかったが、キオは一度静止し、恐る恐る廃墟に侵入した。
「何だこりゃ……夢でも見てるのか?」
先程まで見えていた廃墟は消えて、そこには豪華な城がそびえ立っていた。振り返ると、見慣れたはずの街並みは姿を消し、広大な草原が地平線の彼方まで広がっている。そして夜のはずだった空には太陽が昇っていた。
周囲を見渡すと、メラはすっかり離れた場所にいた。城の屋根に立ち、自分の足元を指差してはしきりに「突っ込め」と叫んでいる。
「わかった! おじちゃん! しっかり掴まってて!」
「おい……落ち着けって、おい、おいって!」
メラに言われた通り、全力でキオが城に突っ込む。
「うわああああああ!」
突き抜ける破壊と衝撃の中で、シバは恐怖と共に、奇妙な爽快感に満たされていた。
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空から竜が降ってくる。見た事もないし見たくもないが、もし隕石を眼前で目撃したらきっと同じような反応が起きるのだろう。
偽の青空が破れ、漆黒の闇夜が顔を出す。粗末な木片の雨が降る。何体もの人形が衝撃でバラバラに吹っ飛ばされる。壮絶な光景はその場の全員を凍らせた。
そして勢いは削がれる事無く、キオの身体は巨大な砲弾と化し、天井と床を次々と突き破り一階まで落下する。ゴウトたちは戦闘中にも関わらず、目の前の巨大な穴を愕然と見下ろした。
「おっと、頭上注意だ」
メラが悠々と飛び降りてきたかと思うと、立て続けに第二の衝撃波が来る。肉眼では捉えきれない、その巨大な何かはもう一度地面をえぐり取ると、床を更に粉砕し、ゴウトたちを下の階へ落とした。
「うわああああ!」
「私の城が……ああ……殺す! 今すぐ殺す! 全員殺す!」
頭上からセラの金切り声が聞こえる。落下の衝撃にふらつき、奇声に耳を塞ぎながら、ゴウトはその巨大な何かに近づいた。粉塵にまみれて、影でぼんやりとしか見えない。
「そいつを上に振り上げろ!」
「上? 上じゃな!」
いつの間にか現れたシバに言われるがまま、私はそれを両手で握り、がむしゃらに頭上へと振り上げる。そこに何体か人形が落下し、その内の一体に突き刺さった瞬間、とてつもない爆発が起こった。
「じいちゃん!」
人形が人形を巻き込み、爆発の連鎖が続く。気が遠くなる様な圧力と爆音が止み、煙が晴れると、私は体に傷一つ無いことに気付いた。
「こいつは……!」
そして頭上を見上げると、持ち上げたそれが、巨大な剣である事にようやく気付いた。
「どうだ。注文通りの強度だ、爆弾なんて論外だろ」
私は剣を見る。分厚い刄はまるで分厚い壁の様で、剣と言うよりは巨大な鉄板にも見えた。
「長さは前のままだが、厚さと重さを倍以上にした。攻撃力も防御力も最高。神々の剣にだって負けちゃいないぜ」
「確か『へびいめたる』だったか、同じ剣がこうも変わるのか」
「いや、そいつはもう違う。名前は……そういや決めてなかったな」
シバは考え込むと、そのまま黙ってしまった。思考が止まり、思わず舌打ちが出てしまう。
「……チッ」
「ち? 超?」
メラが口を挟むと、シバはカッと目を見開いた。
「超……重装……装甲……
シバは鼻息も荒く、剣を指差すと「超重甲」と連呼する。その無骨で雄々しい響きに、私は年甲斐もなく興奮を覚えた。
「超重甲……良い、気に入った」
「じいさん、いいから早く……」
「超重甲!」
私は名前を叫び、無意味に剣を天にかざしてみると、メラが乾いた拍手を送った。
「満足したなら早く出るぞ!」
気が付けば、ヤックやシバがキオの背中に乗っている。私とメラも慌てて飛び乗った。
「みんな乗った? 一気に脱出するよ!」
キオがはばたき始める。それを見てか、セラは一層声を張り上げた。
「殺す! 粉微塵にして殺す!」
「またヒステリーか? そんなんだから人間の友達が出来ないんだよ! ギルドも解散だな!」
「黙れ! 死んでその口を閉じろ!」
穴から次々降ってくる人形を、ゴウトたちは片っ端から剣で叩き落とす。巻き起こる爆風に乗せられ、キオの体がどんどん上昇する。やがて眼下に小さく映るセラを見て、メラは思わず呟いた。
「母さん、お元気で」
独り言にも近い、一回では聞き取れないメラの微かな声は、爆音でもみ消される。
「ん? メラ、お前何か言ったか?」
「何が?」
自身も気付いてないのか、ヤックの問いかけに、メラは首を傾げた。
「殺す! 殺す! 殺す……」
セラが我に帰ると、辺りの人間が一斉に元の粗末な人形に戻る。穴の開いた屋敷と散乱した人形を見て、セラは深いため息を吐いた。
「あーあ。せっかくあの子が帰って来てくれたのに……また一人ぼっちね」
施設の損壊はもとより、標的をおびき寄せておきながら逃がした。この事はギルドメンバーの魔法使いたちに知られた事だろう。魔区で暗躍する闇の住人達も、元はと言えばセラが資金で集めたならず者の集まり、彼らにとって組織の失態は見切りを付ける良い機会だろう。人形はいくらでも用意できるが、人間の人材はまた集め直しだ。
涙ぐむセラに、メイフェイがそっとハンカチを取り出した。セラは「ありがとう」と呟き、ハンカチを受け取る。
「昔から口も態度も悪いけど、あの子はいつも心配してくれたわ。『パステル』を追放されたあの時だって……ごめんね、この話もう聞き飽きた?」
無言のメイフェイに、セラは続ける。
「あの子はちっとも悪くない。それは分かってるの……でも、どうしてこんな事に……私はただ、あの子にそばにいてほしいだけなのに……」
メイフェイがセラの肩に手を置くと、彼女は目に貯まった涙を堪え切れなくなった。
「いっつも……いっつも! どうして私だけが! 何で皆私から離れていくの!? あああああ!」
日が暮れて、街は静けさを取り戻す。そのどこかの誰も知らない幻影の城、おびただしい数の人形に囲まれ、セラはただただ泣き続けた。
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