7章 『領域』 Violent Storm

「え!?」


 メラが放り投げた剣を、ヤックは反射的に受け取ってしまった。同時にタキシード男がそちらを向く。目が合った瞬間、タキシードは口元に笑みを浮かべた。


「これは失礼、お連れのお客さまでしたか」


 そのままタキシードは拳を鳴らしながら、ヤックに詰め寄る。


「違います! 俺関係ないです!」

「冷たいな~、同じ聖騎士団だろ?」

「今かよ!」


 やがてタキシードは、すっかり二人を包囲した。


「なあ筋肉一号、念の為聞くけど、メダルを全部置いても帰してくれないんだろ?」

「もちろん。メダルよりも素晴らしい、とっておきの褒美がお待ちしております」

「はいはい、分かりましたよ……」


 メラがそれを聞いて、剣を引き抜こうとしたその時、タキシードが一人倒れた。見るとヤックがいつの間にか剣を構えている。先程とは打って変わって、その目付きは鋭い。


「……んの野郎、うまく巻き込みやがって。こうなりゃヤケだ」


 それを合図に、タキシードが一斉に飛び掛かる。メラはその場に屈むと、タキシード達は互いにぶつかりよろめいた。


「メラ! 抜けろ!」


 ヤックの叫び声で、メラはそのままタキシードたちの隙間目がけて走り出し、そのまま筋肉の包囲網を突破する。直後、タキシードを踏み台にし、天井へ飛び上がったヤックがシャンデリアと共に落下すると、タキシードを数人巻き込みつつ軽やかに地上へと舞い戻った。


 適度に暴れようと思っていたメラの思惑と裏腹に、ヤックの電撃的な行動を目の当たりにし、メラは少し頭が追い付かなかった。


「付いてこい!」

「あ……ああ!」


 ヤックの後に続いて、メラが走りだす。すれ違う客を薙ぎ倒し、二人はそのまま出口へ向かった。


「よりにもよって、俺を巻き込みやがって! この恰好を見て少しは哀れに思わないのか!」

「おやおや、事の発端はお前だろ。カジノでスリ過ぎて、従業員を切りつけた……騎士団にあるまじき失態だな」


 ヤックは騎士らしからぬ、野性的な生存本能で窮地を乗り越えたが、後先を考えないのが悪癖らしい。結果、彼はメラにうまく乗せられた形となった。


「てめえ……いい性格してやがるな! この借りは必ず返してもらうからな!」


 一方、静まり返ったカジノの中では、タキシードがよろめきながら立ち上がる。そして男は、こめかみに指を当てて念じた。


(カジノから黒騎士と半裸が逃げた。橋を上げろ)

(了解)

(黒騎士と半裸だな、了解)

(黒騎士と半裸、了解)

(了解)


 機械的な命令が下されると、エリア内の一部の者だけがその思念を受け、更に他の者へと次々に送り始めた。


■■■■■□□□□□


(こちら橋管理部、全ての橋を上げます)


 男はこめかみに指を当てて念じ、近くの仲間に伝令を送ると、レバーを上げた。


 大きな音をたて、橋が突然揺れ始める。橋の上でゴウトから武器を受け取っていたシバは叫んだ。


「橋が上がる! もうカゴごとよこせ!」

「しかし、全然足りてないが……」

「後はこっちで何とかする! いいからカゴを!」


 言われるがままに、私は武器が入ったままのカゴを渡す。途端に橋が動き出しバランスを崩して尻餅をつくと、私とシバはすっかり離れてしまった。


「ゴウト!」

「シバ! キオに助けにくるよう伝えてくれ! キオだ!」


 見る見る内に橋が遮り、シバが見えなくなる。返事が返ってこなくても、私は声を張り上げて続けた。


「ワシが連れてる竜だ! テントの中にいる! キオに助けを呼んでくれ!」


 私はそう叫ぶと、急いで橋を駈け降りる。やがて橋が完全に上がると、どこからか放送が流れてきた。


「ただいまカジノから、黒騎士と半裸の男が逃げ出しました。我々ギルドは、彼らに懸賞金をかけます」

(黒騎士って……メラか?)

「一人10万ジャラ。生かしたまま捕まえて、ギルド本部まで引き渡してください。繰り返します……」


 金銭感覚が未だに分からないが、ジャラが世界の通貨というのは分かる。そして10万ジャラの価値は、周囲を見てすぐに察した。


「10万ジャラって、長剣が何千本買えるよ?」

「本当なら、一年間は遊んで暮らせるぞ!」


 まるで宝くじを当てたかのような、そこら中の人間が巨額を耳に浮き足立つ。そして間もなく、町の方から何やら騒ぎ声が聞こえてきた。


「どけよ! たたっ斬るぞ!」

「はい、そこ通りまーす。ご注意ください」


 殺気立った男の声に、聞き慣れた女の戯れ言が聞こえる。見れば黒騎士に半裸の男、一人10万ジャラの賞金首が剣を振り回し、こちらに向かって猛進していた。


「メラ、お前さん一体何を……」


 気付いてないのか、私を無視して二人は橋へと向かう。慌てて後に付いていった。


「……思ったより距離があるな、船も見当たらん。泳ぐか?」

「その鎧が脱げるんならな! バカ!」


 周囲の喧騒をまるで気にせず、二人は淡々と会話を続ける。追われているはずなのに、どこか余裕がある様にも見える。


「メラ、メラよう!」


 しつこく声をかけ、ようやくメラがこちらを振り向く。


「爺さん、アンタもこっち来てたのか」

「何を呑気に……さっきの放送は何じゃ! どう考えてもお前たち二人の事じゃないか!」


 賞金首の二人を見守る……もとい、隙を伺う観衆たちだが、その中の数人が近くにいた小さな男、ゴウトに注目した。


「おい、あいつ最近橋の上にいる……」

「確か、剣とか奪い取る『刄狩り』だよな。アイツも仲間か?」

「あの野郎、この前俺の斧を取り上げやがった。許せねえ」


 二人に向けられていた視線がゴウトにも移り、ゴウトもその視線に気付く。じりじりと距離を詰める観衆を前に、三人の意思は一致した。


「止まってても仕方ねえ、とりあえず走るか」

「待て待て! ワシも連れてってくれ!」


 メラが走りだした瞬間、周囲の人間が一斉に武器を取出し、怒号を上げて迫ってきた。


「聞きたいことは二つ。何故? そして誰? じゃ!」


 私は走りながらメラに尋ねる。自然と言葉を端折り、少し片言になる。


「カジノで大勝ち、半裸!」

「半裸じゃねぇ! 聖騎士ヤックだ! 高貴だぞ!」


 カジノで揉め事を起こしたのは分かった。そして改めて男を見る。どういう事情か知らないが、ズボン一丁である。靴すら履いていない。これでは何も分からない。


「……で半裸さんや、この辺りに詳しいのか?」

「ヤックだっての! おそらく他の橋も上がっている以上、陸からの脱出は不可能だな」


 立ちはだかる追手をなぎ払いながら、会話を続ける。


「とりあえず一息つけたい。知人の家に寄るわ」

「ここから近いのか?」

「ああ。少し駆け足で行くぞ!」


 そう言うとヤックは、目の前の階段を二段飛ばしで登り始めた。


■■■■■□□□□□


「邪魔すんぞ!」

「またお前かよ、いつも言うけど蹴らなくても開くから……」


 扉を蹴破るヤックに対し、中にいた男は微動だにしない。呆気に取られる私たちをよそに、ヤックは手慣れた様子でドアを素早く戻す。


「また半裸だし、さてはカジノでやらかしたな?」

「『また』とか言うんじゃねえ!」


 メラが扉に耳を当てる。外では騒動が続いていた。


「しかしヤック、隠れるのは良いとして、一斉に家捜しでもされたら終わるぞ」

「心配ねえ。このあたりは密集地帯だし、所詮は金目当ての野次馬だ、連携を取れる程頭は良くない。手柄を独り占めにしたいなら尚更な」

「手柄を独り占め?」


 メラが話を理解したのか、手のひらをぽんと叩いた。


「なるほど……オレたちにかかった賞金はデカいが、皆で仲良く山分けなんて出来っこない」

「そうだ。それに見つかったとしても、ここなら屋根裏から脱出出来る。狭い住宅街に入った時点で、あいつらはほとんど身動き取れないのさ」

「時間稼ぎには十分か、だったら一休みさせていただこう」


 メラが兜を脱ぐと、顔を見るなり男は口笛を吹いた。


「えらい美人じゃねぇか、恋人か?」

「おうよ……いたっ!」


 メラが間髪入れず、ヤックの後頭部にチョップを入れる。


「そっちの覆面野郎は……待てよ、見覚えあるぞ」


 男が私の顔をジロジロと見る。やがて思い出したのか、机を叩いて叫んだ。


「こいつ! この前、橋の上で俺のナイフを……」


 私は慌てて男の口を鷲掴みにした。


「騒ぐと殺す」


 少し力を入れると、男は脂汗をかき、口をもごもごさせた。メラに肩を叩かれて、私は手を離した。


「かはっ……お前、とんでもねえの連れてきやがったな……」

「まあな。その辺の雑魚にゃ負けないよ」


 ニヤニヤと笑うヤックを見て、男は深い溜め息を吐いた。


「……ところで爺さん、そんなキャラじゃないだろ」


 メラが耳元でそっと囁く。言われて、私は自分でも大胆な行為に及んでいた事を遅まきながら気付かされた。


「やれやれ、犯罪者を三人も入れちまうとはな」

「そう嘆くなよチンピラ。酒でも飲んで落ち着け」

「てめえが飲みたいだけじゃねえか……」


 男はぼやきながらも、酒を棚から取り出す。ヤックがグラスを取ると、男は反射的に酒を注いだ。


「あんたらも飲むか?」

「遠慮する」


 味も匂い食感も無い酒など、単なる毒でしかない。以前試しに酒を飲んでみて「千鳥足」「めまい」「嘔吐」と、分かりやすいまでのステータス異常に陥ったメラは即座に断った。


 ヤックはグラスの酒をぐいっと丸呑みにすると、口を開いた。


「あの橋はいつ頃上がる?」

「おそらく、お前らが捕まるまではあのままだ。ギルドは手を緩めないからな」

「港はどうだ? あの時は見なかったが、船は行き来してるだろ」

「唯一の脱出口だ、とうに押えられてるはず。強行突破は無謀過ぎないか?」


 三人が話し合う中、私は思わず呟いた。


「キオが来てくれればな……」

「キオ?」

「仲間の竜じゃ」


 すると、いきなりヤックが飲んでいた酒を噴き出した。


「……すまん、むせた」


 ヤックは雑巾を取ると、こぼした酒を拭き始めた。


(忘れてた、俺が弓で射た竜だっけ。二人は死んでたから知らないだろうが……)


 ヤックはゴウトとメラを見上げた。


(俺ら国王様の命令で、こいつらを捕縛しようとしたんだよな)


 あの時魔王の襲撃を受け、騎士たちが満身創痍で城に戻った時、国王は叱責も動揺もせずにあっさりと作戦中止を命じた。ヤックはおろか、ドイにさえ明確な理由は伝えられていない。


(メラの回収か勇者の捕縛か、一体何が目的だったのか……全く、おやじの考える事は分からん)


 途端に推理や憶測を張り巡らせるが、その思考は生理現象によって遮られた。


「ぶぇっくしょん!」

「いいかげん服着ろよ」


 鼻をすすりながら、ヤックは一先ず考えるのを止めた。


「爺さん、何とかキオと連絡取れないか?」

「一応、知人には伝えたんだが……あまり期待はしないでくれ」

「そうか」


 またも会話が途切れる。やがて沈黙を破る様に、ヤックが口を開いた。


「メラよう、こんな時になんだが」

「何だ?」

「お前、聖騎士団には戻らないのか?」

「……オレを殺した、国王の下にか?」


 メラの一言で、周囲は凍り付いた。口調こそ静かだが、沸々とした怒りがメラから発せられる。ヤックはばつが悪そうに頭を掻いた。


「やっぱ知ってたか」

「キオから大体聞いた。洞窟から出る際、お前らが待ち構えていたらしいな」

「確かに、俺たちは国王様の命令で来た。遺体の回収、後を追った竜の捕獲。ついでに反逆者の始末だ」

「理由は? オレはさておき、何で見ず知らずの冒険者まで巻き込んだ?」

「知らねえよ。国王様が何考えてるかなんて、誰にも分かりゃしねえ。ただな……」


 ヤックはズボンから、丸められたメモを取出すと、メラへ手渡した。


「『神の息吹』、商業都市バハラで目撃談あり……何だ?」

「『神の息吹』ってのは戦死者を蘇らせる、魔法を用いた超高級薬なんだとよ。蘇生魔法なんて、それこそ使える人間は世の中にそういない。どこぞの教会が商売にするぐらいだからな」

「で、その高級品を探しに来たのか?」

「おつかいだよ。ドイの頼みでどうしてもってな」

「ドイが?」

「国王様はどうする気だったか知らんが、あいつは助ける気だったらしい。お前がどこにいて、噂話でしかない『神の息吹』が実売されているのか、値がどれだけ張るのか、何一つ分からないのにな」


 メラは驚いた。あの冷徹な国王の忠実な右腕が、リスクを冒してでも自分を助けようとした。ドイの人となりを知る限りでは、あまりに「らしくない」行為だった。


(明らかに国王の意思には沿わない……まだオレを、仲間だと見てくれているのか?)


「まぁ、渡された金だけじゃ心細いからな、カジノで増やそうとしたんだが……ま、無事で何よりだ」


 そう言って笑うヤックを、メラは反射的に殴り付けた。


■■■■■□□□□□


 一方で、カゴを受け取ったシバは、足早に自分の店へ戻っていた。


(久々に橋が上がるとはな……まいったぜ)


 この町で橋が上がる理由は二つ、一つは船が通る際に通行の邪魔にならない様に、もう一つは陸路を封鎖する為である。そしてゴウトたちのいた地区は全て橋を上げられ、海に囲まれた孤立地帯と化した。


(ギルドの縄張りだ。何が起きるのか分からん)


「橋が上がったあと」のギルドにまつわる不穏な噂はよく耳にする。しかし、今の自分に課せられたのは武器を作り出すことだ。シバはゴウトの安否を考えるのを止め、工場に入ると受け取った刀剣を数え始めた。


(……やっぱり足りてねえ)


 ゴウトが『刄狩り』を始めたのは三日前になり、シバは定期的に材料を回収していた。短期間に無茶をさせたと思うが、集まった材料はあまりに少ない。仕方なくシバは身の回りにある剣や斧も入れるが、予定だった二百本には程遠い。


 ゴウトが危険にさらされている以上、一刻も早く武器を届けなければならないが、約束した以上は中途半端な武器を作れない。何より、自分が納得のいく物を作りたかった。


(仕方ねえ、作品に手をかけるのは主義じゃねえが……)


 シバは折れたヘビーメタルを取り出した。刄の面積が減っているとはいえ、並の大剣と比べてもその巨体は揺るぎ様がない。そして集められた刀剣と合わせれば、明らかに以前よりも質量を上回るだろう。シバはヘビーメタルへと語りかけた。


「負け犬め、お前をもう一度だけ最強にしてやる」


 燃え盛る炉へ、『ヘビーメタル』をゆっくりと差し込む。かつて最強の剣と呼ばれた鉄の塊は、次第にその形を失っていく。


 次に、掻き集めた剣や斧を入れていく。灼熱の炎は鉄を溶かし、つばや柄を燃やし尽くす。刃が刻んだ生物や物体の記憶、使い手の戦闘による経験値が、溶けて流れだす微量の鉄に凝縮されていると、シバは思い込んだ。


(最高の素材だ、これならもう一度最強の剣を作れる。俺は、俺を越える!)


 燃える炎は、シバの闘争心を掻き立てる。それに呼応するように、液状の鉄に込められた何人ものの闘志が膨れ上がり、休みなく融合を続けていた。


■■■■■□□□□□


「で、いつまでアンタら居座るんだ」


 男が痺れを切らして言う。知人とはいえ、犯罪者を匿うのはやはり気を病むのだろう。


「落ち着くまでだな。ほとぼりが冷めりゃ、いい加減出ていくさ」

「落ち着くまでか……なあ、さっきから甘く見てないか?」

「見てるさ。ああいう連中は飽きっぽいからな。明日にでもなれば忘れる奴も出てくるだろう」

「いや、追っ手じゃなくてギルドをよ」

「さっきから度々言ってるな、そんなに危険なのか?」


 ヤックの言葉に、男はやや呆れた様に両手を広げた。


「こんな寂れた景色で、普段は誰も気に留めてないが、ここは魔法区と呼ばれる地域だ。強大な魔法使いと、そいつが作った魔法ギルドという組織がある」

「魔法ギルド? 初耳だな」

「みんなギルドとしか呼ばないからな。と言うかお前……何も知らないんだな。行きつけのカジノも、その辺のうさん臭い店も、全部連中の管理下にあるんだぞ」


 男は私とメラの方を向いた。


「まぁ、アイツに博打の才能はないから、大方どっちかが勝ち過ぎて、目を付けられたんだろう。前も誰かがカジノで勝ちすぎたとき、同じ様な騒動があったのさ」

「お前、やっぱ博打に向いてないんだな」


 メラはヤックを小馬鹿にする様に笑うが、すぐに真剣な表情に戻すと、男に尋ねた。


「それで、ギルドはどこまでやる気なんだ? 組織の規模をあんたは知っているのか?」


 メラの問い掛けに、男はしばらく考えた後、話し始めた。


「……そうだな、上を見てみろ。この部屋の天井だ」


 上を見上げる。一見では分からなかったが、目を凝らすと小さな水晶玉が埋め込められていた。


「あれは?」

「ギルドから送られる水晶玉だ。この区に住む人間の義務でな、生活支援を受ける代わりに、この部屋での会話やら動向は全部筒抜けになるんだよ」


 私たちはそれを聞いて絶句した。


「お前……」

「おっと、勘違いするなよ。そっちが勝手に乗り込んだんだ。別に仲間を売るとかそんなのじゃない。不可抗力ってやつさ」


 男はグラスに残った酒を飲み干すと、気だるそうな足取りでベッドへ倒れこんだ。


「家を出ろと、何度も忠告したんだがな……もうじきギルドの連中が着くぞ。暴れるなら外でやってくれよな」

「話はよーく分かった。とりあえず一発殴らせろ」


 男に詰め寄ろうとするヤックを、メラは止めた。


「落ち着け、向こうの言い分が正しい。勝手に油断したのと、隠れるだけで解決出来ると思ったのが甘かった」

「悪いが、そういうこった」

「開き直んな!」


 ヤックは舌打ちすると、ベッドに横たわる男を改めて睨んだ。


「こっちが筒抜けって言ったな、ギルドはもうすぐ来るんだな?」

「場所はとっくに知られている。時間は大分経ってるし、今頃十分な準備をもって、ここを包囲しているはずだ」

「みたいじゃな」


 私は窓の外をカーテンの隙間から覗いた。走り回る荒くれ者の中に混ざって、通行人らしき男がこちらに向かってくる。よく見ると別の方角からも、似たような足取りの男が見えた。


「なぁ、魔法ギルドってことは、やはり魔法使いが来るのか?」

「……そういう事なんじゃないか? 魔法使いなんて見た事も無いけどよ」

「そうか……魔法使いってのは、てっきり杖を突いて、マントを着てるもんじゃと思ってたが……」


 家の前に集まってくる人間は、姿も装備もバラバラだった。ドレスを着た貴婦人や、破れたズボンを履く少年、中にはタキシードを窮屈そうに着た、筋肉の塊みたいな大男までいる。


 一見してとりとめのない集団ではあるが、彼らの目付きや足取りはいたって冷静であり、統率の取れた動きは戦慄すら感じさせた。


「そろそろ時間みたいだな。おい、お前の鎧もらうぞ。嫌とは言わせねえ」


 ヤックは物奥を漁りだし、男はそれを黙って見過ごした。


「どうする? 頑張って川でも泳いでみようか?」

「最悪の時にな。ワシはキオを信じる」


 私は立て掛けていた槍を手に取った。


「そうね、ならもう少しあがいてみますか」


 メラが兜を被る。それぞれ顔を見合わせると、私はドアを開けた。


■■■■■□□□□□


「自分から出てくるとは……いい心掛けだ」


 扉から現われた私たちに対し、誰かがそう呟いた。ギルドの使者と思われる連中は、路地に面したこの家を綺麗に覆い囲っていた。


「おいおい、これじゃ場所を知らせてる様なもんだろ」

「安心しろ。周りで馬鹿騒ぎしてる連中は、別の場所へ誘導してある。邪魔はさせない」


 リーダー格らしき男が一歩前に出る。彼の淡々とした受け答えに、私は鳥肌が立つ思いがした。環境を自在に操作する組織力もそうだが、小細工や援軍に頼らないのは、自分たちの腕に絶対の自信がある証拠だ。


「しかし、カジノの後始末にしては、ちょっと大人気ないんじゃないの?」

「事情があってな。少し大掛かりになってもいいから、とにかく連れてこいと命令を受けている」

「そうかい。だったら話は早い」


 メラは突如両手を上げ、前へ一歩出た。この世界にも通じるであろう『降伏』のポーズに、私たちはもちろん、敵も動揺を隠せない。


「メラ!?」

「ここで戦う気はない、どうせ逃げられないしな。向こうが会いたいって言うなら、喜んで行くさ」


 堪らずヤックが怒鳴り込む。


「バカ野郎! 自分から敵の本拠地に乗り込む気か!?」

「オレたちを追い回すヤツが、どういう素性か知りたい。それに……」


 メラは男たちを睨んだ。


「その辺のチンピラとは格が違う。分の悪い戦いは避けたい」

「なるほど……一理あるな」


 私は槍を地面に放り投げると、同じく両手を上げた。


「ワシも走ったり隠れたりするのは疲れたからの」

「じいさんもかよ!? さっきまでやる気あっただろ!」

「……さて、君はどうする?」


 男に問い詰められると、ヤックは溜息交じりに剣を鞘に戻し、両手を上げた。


「……言っとくけどよ、俺たちが暴れてたら、そっちは何人か死んでたぜ」

「だろうな。他に言う事は?」

「ねえよチキショウ」


 そして私たちは男の誘導の下、人目に気付かれない様に移動を始めた。

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