4章 『再起』 Never Die

 人は必ず敗れる。どんなに武術に長けた猛者や英知を積み重ねた天才でも、生涯無敗の人間は存在しない。いつか戦いに敗れ、屈辱から立ち上がらなければならない。


 負けるというのは、想像するよりも重く、そして呆気の無いものだ。自信も誇りも簡単に奪い去り、戦士を骨抜きにしてしまう。それに耐えられず逃げ出す者は、既に戦士ではない。


 故に、真の戦士は死なない。どんな苦況にも目を反らさず、歯を食い縛って立ち上がるだろう。更なる力を手に入れ、自分を破った者に一矢を報いるまで。


 人は必ず敗れる。どんなに武術に長けた猛者や英知を積み重ねた天才でも、生涯無敗の人間は存在しない。いつか戦いに敗れ、屈辱から立ち上がらなければならない。


■■■■■□□□□□


「国王様、北の洞窟で落盤事故が確認されました」


 真夜中、王の寝室に一人の騎士が入るなり、そう告げた。


「ドイか、ご苦労。どうやら『最後の魔法』がちゃんと発動出来たみたいだな」

「生存者の確認はいかがいたしましょうか?」

「必要ない」


 国王は、懐から首飾りを取り出してみせた。国王はこれを部屋で見つけた後、準備していた爆弾を次々と洞窟に転移させた。あらかじめ大臣と打ち合わせしていた、侵入者を確実に葬り去る罠である。


「これは、ヤツが肌身離さず付けていた転移石だ。洞窟内を自在に移動出来る転移術も、これ無しでは発動できん。仮に生きていたとしても虫の息、万が一復讐心なんて芽生えようにも、洞窟を切り抜けここまでは辿り着けないだろう」


 もっとも、大臣は国王に心酔しており、裏切る可能性は限りなく低かった。しかし、国家機密なんてものは共有する人間は少ないに越したことはない。そういう意味で今回の大臣の死は、国王にとっては理想的なタイミングでもあった。


「しかし、死んでしまっては研究が……」

「研究報告は十分挙がっている。あとはこちらで引き継ぐ」

「……分かりません。どうしてそこまで魔法に拘るのか」


 国王は水を一杯飲むと、窓の外を眺めた。


「これから先、我々が戦おうとする相手はとても強力でな……先代が掲げてきた『剣の力』だけでは、到底勝てそうにないのだ」

「敵は魔族ですか? 総数では人間の敵ではないと存じますが……」

「魔族も手強いがそれ以上の敵がいる、相手は神だ」

「神?」

「この世界の創造主にして、我々をここに閉じ込めた張本人だ」

「……その神を倒して、どうなさるおつもりですか?」

「神の世界を乗っ取る」


 国王はそう言い切り、水を飲み干した。


「信じられんか?」

「いえ、ただ突飛な話なので……それに、私は見た事のないものは信じられません」

「どちらでも構わん。いずれ戦争は起きる。人間と魔族、そして神が入り乱れた世界大戦がな。その時は……」


 国王が首飾りと拳銃を取り出す。


「人間の英知と魔族の魔力で、我が国は頂点に立つ」

「その時は……必ずやお役に立ってみせます」


 ドイはそう告げると、一礼して部屋を去った。


 窓の外からは、激しい雨音が聞こえる。とめどなく降る大雨がファスト王国を、城下町を、洞窟を容赦なく打ち付けていた。


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「じいちゃん! メラさん!」


 洞窟に辿り着いたキオは、炎の息を松明代わりに進んでいたが、その巨体ゆえに途中で立往生になっていた。


(まいったぞ、ぼくの体じゃここから先には進めない)


 かといって、祖父を目の前に回れ右というわけにもいかない。前にも後ろにも進めず、小学生の頭はそこで思考を停止していた。


「やっぱり、こんな事だろうと思ったよ」


 弱々しい声に振り返ると、そこにはあの見張りの兵士が立っていた。


「ナインダさん!」

「けしかけた後に気付いて、慌てて追ってきた。案の定、その体じゃここまでの様だね」

「あんだけ吹っ飛んだのに……傷は平気なの?」

「大人は頑丈に出来ているんだ。君が心配する事はない……っ」


 そう言いながら、ナインダは苦痛で顔を歪めた。明らかにキオの攻撃による後遺症だった。


「ナインダさん!」

「あまり時間がない。とにかく二人は助けだす。連れて帰ったら……」

「城で休むんだね」

「逆だ、あの国から離れるんだ」


 ナインダの答えに、キオは耳を疑った。


「どういうこと?」

「町も危険だ。衛兵に見つかったら殺されるぞ」

「殺される……そんな」


 ナインダは真剣な眼差しで訴えかける。キオは単語として知ってるはずの「殺す」という言葉に込められた重みに戸惑った。


「国王様は勇者と竜を歓迎しない、だから洞窟で殺そうとした。君は竜だから分断されたんだろうが、標的からは外されてはいない」

「どうして? ぼくたち悪い事をした?」

「逆だ。国王様が悪い事をしようとしているんだ」


 言いながらナインダは洞窟の奥に向かって歩き出した。


「だから君は逃げるんだ。逃げて逃げて、戦えるまで休んで、いつか国王様を倒すんだ」

「国王を倒す!?」


 言った後でナインダは頭を抑えた。明らかな国家反逆罪だ、誰かに聞かれたら極刑も免れない。しかしナインダは喋りを止めなかった。


「国王様は、一度敵対した相手に容赦しない。こうして攻撃までくわえている以上、戦いは始まっているんだよ」

「でも、人間でしょ? 悪いモンスターとかじゃなくて……」

「世の中には、君が想像も出来ない程の悪党だっている。それを見抜けなかったら、やられるのは君だぞ」

「王様って、悪い人なの?」


 ナインダが歩みを止めると、うつむいて肩を震わせていた。


「……私だって信じたくはないが、国王様はまるで人を駒の様に扱う。あの血の通ってないような乾いた感覚……あれは『正義』なんかじゃない。それだけは間違いないんだ」


 そしてナインダは走り始めた。


■■■■■□□□□□


「ぐっ……」


 洞窟の最深部に辿り着いたナインダは、岩と瓦礫の山に怯んでいた。何が起きたのかは分からないが、他に道が無い以上、二人はこの先にいるとしか考えられない。


(立ち止まるんじゃない。あの子に約束したじゃないか、必ず助けだすと!)


 意を決して手を突き出す。残り体力を振り絞り、岩や瓦礫を懸命に取り払うと、やがて中から鎧を着こんだゴウトが姿を表した。


「ゴウト殿!」


 呼び掛けるが返事がない。見れば鎧は随分傷ついており、手に握られていたあの巨大な剣は刀身の半分を失っていた。


(死んでいるのか? しかし肉体は残っている、一体何が……)


 戸惑いつつもゴウトの体を背負おうとする、しかし手に握られた剣が重く体が持ち上がらない。剣の重さに驚愕しつつ、どうにかゴウトの手から剣を離すと、やっとのことでゴウトを背負うことができた。


 (軽い……剣よりも軽いなんて、この年老いた体の、どこにあんな腕力が?)


 とにかく兵士は走った。キオの元に辿り着き、ゴウトを背中から降ろす。


「じいちゃん!」

「……あとはメラ様だ。もう少し待っててくれ」


 ナインダはそう言い残すと、またも洞窟の奥へ消えていく。


「じいちゃん……目を覚ましてよ……」


 キオはゴウトに向かって呼び続ける。しかしゴウトは目を覚まさない。やがてゴウトの体から、薄く骸骨のマークが浮かび上がる。


(ドクロのマーク……じいちゃんは死んじゃったの?)


 ゲームで見慣れた死を意味するマークが、キオの不安を掻き立てる。だが、同時にある希望が芽生えつつあった。


(もしかして、復活させる手段があるのかも)


 しばらくして、ナインダがメラを背負って戻ってくる。


「……キオ。二人とも見つけたが、もう……」

「ねぇナインダさん、変な事を聞いちゃうけど、バカにしないで、怒らずに答えてほしい」

「……私に答えられる事なら」

「じゃあ……」


 キオは一呼吸を置いて、ややぎこちなく質問を投げた。


「知っていたら教えてください。死んだ人を生き返らせる方法を」

「キオ……」


 ナインダは辛そうに答えた。


「君も本当は知っているだろう。死者はね、どうやっても生き返らないんだよ」


 その言葉に、キオは急に声を荒げる。


「でも、じいちゃんは戦闘で死んだんだよ! 物語はまだ最初だし、ぼくはまだ生きている!」


 ナインダは、やや困惑した顔でキオを見つめる。言っている事は理解出来ないが、本心である事は伝わる。


「むちゃくちゃ言ってるのは分かってる……信じてくれるか分からないけど、ぼくとじいちゃんは違う世界から来たんだ」


 キオは倒れたメラを見る。


「もしかしたら、メラさんもそうかもしれない。他にもそういう人がいるかもしれない」

「他の世界って、違う国や大陸ってことかい? もしかして神話にあるような天界や魔界とか……」

「そういうのじゃないよ。その世界はね、お腹が減ったら何かを食べなきゃ死んじゃうし、魔法なんて存在しないんだ」

「存在しない……」

「それで剣や魔法、ドラゴンに王様が出てくる世界に憧れて、そういう物語を作るんだ。こういう世界、もしかしたら死んだ人が生き返られる世界を……」


 キオが話を止めると、ナインダは語りだした。


「……キオ、前に私には子供がいるって話したね」

「うん」


 ナインダの表情が険しくなる。やがて彼は重い口を開いた。


「私はね、その子供を見たことがないし、名前も知らない。この手で抱いたこともないんだ」


 キオは絶句した。自分はとんでもない事を言わせてしまった、そう直感した。


「確かに子供はいる。そういう記憶があるし、だからこそ君の世話を任された。それを踏まえて言い直そう……」


(ダメだよ……それ以上は……)


 予感がした。ナインダはきっと聞きたくない事を、そして言いたくなかった事を言うだろう。しかしそれを止める事はできない、祖父を蘇らせるには彼の言葉を聞くしかない。


 それを望んだのは自分なのだから。


「私たちの様な、名もない人間は死んでも生き返らないが、君たちみたいな選ばれし者なら、復活を許されるかもしれない」


 キオは完全に黙った。祖父を助けるはずの手段を聞いたはずなのに、ちっとも嬉しさを感じなかったからだ。


「……何なの、その『選ばれし者』って」

「うまく言えないが、君たちや国王様は私と違う。多分君たちが何かをすれば世界は変わるんだろうが、たとえ私が死んだって、この世界は何も変わらないだろう」

「そんな事は……」

「分かっちゃうんだよ。何故だが分からないけど、自分が取るに足らない存在だって。そもそも記録に残そうにも、自分の名前すら無いんだからね」

「だってナインダさんは……」

「ナインダ……君のくれた名前だ、大事にするよ」


 兵士はそう言うと、寂しげに微笑んだ。キオはそれを見て、どうしようもなく悲しい気持ちになった。


「一兵士が喋り過ぎたようだな。その竜を引き渡せ」


 声に振り向くと、そこには真っ赤な鎧を着た騎士達がいた。


「あの人たちは?」

「聖騎士団、赤い鎧は処刑部隊だ……全て国王様の計画通りってわけか」


 ナインダが剣を抜き、前に出る。


「何のつもりだ?」

「……彼らが一体何をしましたか? 森を巣食う怪物を退治した英雄ではないですか!」

「お前は知らなくていい。任務の邪魔をする気なら、容赦はしないぞ」


 騎士たちが一斉に身構える。剣を取り出すかと思いきや、彼らは拳銃の様なものを取り出した。


「戦うしかないか……微力だが全力を尽くそう。君は二人を連れて突破するんだ」

「ナインダさん、無理だよ……ぼくの事はいいから」

「子供が格好付けるんじゃない。いいから、大人の言う事を聞きなさい」


 ナインダは銃を見ても、躊躇せず近づいていく。どうやら武器とは認識出来ていない様だった。


「ナインダさん、逃げて!」

「何だそれは? ふざけているのか! 騎士ならば正々堂々と剣を構えろ!」


 ナインダの問いに答えるように、ドイと呼ばれた男が発砲した。銃弾はナインダの足元に着弾したが、ナインダは攻撃の正体が分からなかった。ゆえに彼は錯乱し、剣を振り上げがむしゃらに突進する。


「団長、どうしますか?」

「仕方ない、撃て」


 ドイの号令で他の騎士が次々と発砲する。銃弾はナインダの剣を砕き、皮の鎧を貫く。キオが駆け寄るのと同時に、ナインダは倒れた。


「ナインダさん!」

「何も出来ず、すまない……」


 すぐさまナインダの体が消滅する。キオはそこで、さっき彼の話した事を思い出す。


(ナインダさん、死んじゃった……ぼくを助けにきたばかりに……もう生き返らないんだ)


 彼は「選ばれし者」ではなかった。蘇生すら許されない凡庸な魂は、別れを惜しむ間もなく消滅する。その場には肉体はおろか、彼の装備品すら残らなかった。


「さて、君もおとなしく付いてきてくれ。我々とて無闇に戦う気はない」


 それが当たり前であるかのように、死体の消滅に気も留めないドイが、そのままキオに銃を向けた。口調こそ丁寧だが、威圧的な態度と抑える気のない敵意、何より人一人殺しても平然とする彼らに、キオは怒りを覚える。


「……ぼくをどうするの?」

「殺しはしない」

「殺しはしない?」


(じいちゃんとメラさんを、ナインダさんまで殺しておいて、僕だけ殺さないって?)


 男の答えに、キオは息を吸い込んだ。


「ウソつき!」


 キオは叫ぶのと同時に、火の息を吹く。洞窟内は一瞬にして灼熱に包まれた。


 渦巻く炎はドイを捉える。火炎は騎士を包み込み、周囲の者は唖然としてそれを見ていた。


(どうだ!?)


 キオが火を止めた瞬間、炎の中からドイが飛び出した。素早い身のこなしで、キオの頭目がけて剣を振り下ろす。竜の硬い皮膚と鋭い刃先がぶつかり、小さな火花を散らした。


「これが竜か、噂には聞いているがさすがに硬いな」


 そう呟くドイの片手には、青いひし形のような物体が見えた。よく見ると表面には滴り落ちる雫が見える。


「でっかい……氷?」

「魔導『永久結晶』。この氷を溶かす方法は皆無だ。竜の炎とて例外ではない」


(つまり氷の盾? 炎が効かないってこと!?)


「総員! 弾数は限られている! 目・鼻・口を狙え!」


 ドイの号令で、騎士達の一斉射撃が始まる。キオは翼で必死に防御しながら、自分の生命値を確認した。さっきのドイからの一撃が、予想以上に体力を奪っている。


(この銃も一発一発は大したことないけど、何十発も受けたらヤバイ!)


 キオが向きを変えると、ドイが真正面へと回る。炎は全て受け切る気なのだろう。


(だったら!)


 火の息を吹く。ドイが永久結晶を構え、炎で全てを遮った瞬間、キオは尻尾を横に払った。


「ぐあっ!」


 炎を警戒し過ぎたのか、竜の馬力を忘れていたのか、衝撃を受け止め損ねたドイは、後方の騎士を何人か巻き込みながら吹っ飛んだ。その隙にキオは、ゴウトとメラを両腕で抱え翼を開く。


「団長!」

「私に構うな……それより瀕死にすれば動きが鈍る、攻撃を続けろ!」


 騎士たちの銃撃にも怯まず、キオは懸命に翼をはためかす。狭い洞窟内をがむしゃらに飛び、天井や壁にぶつかってはスーパーボールの様に跳ね回る。


(外にさえ出られれば!)


 生命値がどんどん減って、飛ぶ速度も徐々に遅くなるが、やがて銃声が遠退き、出口が見えてくる。


(逃げ切れる!)


 雨音が聞こえる。外の暗雲を目がけて、キオは翼を懸命に開く。そして外へ出た瞬間、キオの体は急に重くなり、地面に叩きつけられた。


「銃だか何だか知らないが、あんだけいて竜一匹倒せないのかよ。処刑集団『赤の部隊』もだらしないねえ」


 心臓の音がけたたましく鳴り響き、気付けば生命値が残り僅かになっている。キオが何とか顔を上げると、そこには弓を構えた騎士が立っていた。


■■■■■□□□□□


(ちきしょう! 体が動かない!)


 キオは体を見る。一本の矢が右足に突き刺さり、その傷が行動不能にまで追い込んでいた。何とか体を起こそうとするが、微動だにしない。


(こうなったら火を……)


「おっと、暴れるなら次は目玉を狙うぞ。竜の体が全部硬いと思ったら大間違いだ」


 息を吸い込んだ瞬間、騎士は弓を構えたまま告げる。それを聞くとキオは、とうとう観念して倒れた。


「ヤックか、本隊から離れたと思ったら……」

「良い判断だろ? ドイ」


 ヤックと呼ばれた弓を持つ騎士は、ドイを見ると弓を下ろした。


 ドイを先頭に、洞窟の入り口から騎士達がぞろぞろと現れる。無力化したと判断してか、ドイはキオの顔にどんどん近づいてくる。


「瀕死も瀕死だな。間違って殺したらどうする気だ?」

「その時は、『竜殺し』でも名乗りますかね。冒険者に転身するのも悪くない」

「あまりふざけると、黒の鎧を着てもらうぞ」


 そう言ってドイは、地面に倒れたメラの死体を担ぎあげた。


「……鎧も空いたことだしな」

「はいはい……それより、早く城に戻ろうぜ」

「そうだな。総員、竜を引っ張るぞ!」


 ドイの命令で、騎士たちがキオの体をロープで縛りあげ、大きな台車に乗せると、待機させていたロバと結ぶ。そして出発しようとした時、騎士の一人が呟いた。


「黒い竜……?」


 それを聞いて騎士たちが空を見上げる。暗雲を切り裂く様に、真っ黒な竜が姿を現わす。動揺する騎士たちを横目に、ヤックはドイに話し掛けた。


「奴らの仲間かもな。どうする?」

「任務継続中だ。敵なら排除するのみ」

「本当に怖いもの知らずだな……俺たちはいいが、危なくなったら部下だけでも逃がせよ」

「言われなくても」


 ドイは剣を引き抜き、空の黒い竜を指した。


「総員、迎撃用意! 少しでも近付いてきたら攻撃開始だ!」


 ドイの号令が雨音を突き抜け、辺り一帯に響き渡る。騎士たちは疲労を堪え、再び武器を取り出した。


 黒い竜が火を吹き、キオを拘束するロープを焼き切る。ロバは恐怖のあまり、散り散りに逃げていった。


「ちきしょう! 二回も竜と遭うなんて、聞いてないぞ!」


 騎士たちが拳銃で応戦するが、まるで効き目が感じられない。


「銃か。悪くないが粗末な物を使っているな、都会ならもっと良いものがあると聞くぞ?」


 竜の上から男の声が聞こえる。男は剣を空に向けると、剣先目がけて落雷が発生した。


「剣で雷を受け止めた!?」

「さあ、耐えてみせろ」


 男はそのまま剣を騎士たちに向けると、剣先から雷が射出される。電撃はまるで意思を持つかの如く鎧から鎧に飛び移り、一瞬にして騎士たちが次々と感電して倒れる中、ドイとヤックがかろうじて踏み止まった。


「……っ」

「ほう、あの電撃で気絶しないとは、さすがは大将格といったところか」


 そう言いながら男は、ゴウトとメラを抱き抱え、竜に飛び乗る。そして竜が自分よりは一回り小さいキオを掴み上げ、空へはばたこうとしていた。


「聖騎士団よ、帰ったら国王に伝えておけ、あまり大人気の無い事はするなと」

「待てよテメエ……」


 ヤックが弱々しくも弓を構えるが、体が痺れて狙いが定まらない。見当違いの方向を飛んでいく矢を尻目に、竜は空高く舞い上がった。


 その後、竜は城から離れ高山へ降りる。そこで男はゴウトたちを降ろし、三人に光り輝く粉の様なものを振り掛けた。


「……ん?」

「おや、竜は生きていたか。安心しろ、仲間もじきに目を覚ます」


 意識のままならないキオに向かって、男は一方的に話し掛ける。


「それと忘れ物だ。直せばまた使えるだろう、大切に使ってやれ」


 男は欠けた大剣を取り出すと、地面に突き刺した。


「お兄ちゃん……誰?」


 キオが微かな声で尋ねる。


「『魔王』」


 男はそう答えると、竜に乗って飛び去った。


■■■■■□□□□□


「お父さん!」


 香の声で意識が戻った。やけに体が重く感じる。さっきまでの身軽な感覚が消え失せ、すっかり見慣れた、愛すべきみすぼらしい肉体がそこにあった。


 目を開くと、そこは学の部屋だった。香と、香の夫である勝治かつじ、それに白衣に身をつつんだ男が心配そうに私を覗き込む。


「ここは……帰ってきたのか?」

「ボケてるのかしら……覚えてないの? 夕食が終わっても降りて来ないから、見に行ったら気絶してたのよ。救急車呼んだけど……何があったの?」

「そうじゃな……夢を見ていた。学は?」

「まだ起きないわ」


 私は体を起こして学を見る。ベッドに寝かされてはいるものの、まるで時間が止まったように、両目を見開いたまま静止している。その異様な姿に私は絶句した。


「学は?」

「お父さんも同じで、微動だにしてなかったのよ。息をしてるとかしてないとかそんな感じじゃなくて、体もマネキンみたいに固まって、救命士さんもどうしていいか……」


 安堵する香と裏腹に、私は目覚めない学を見て焦心した。


(学は、まだあの世界にいるのか? やはりあれは夢では無かったのか?)


「それにしても不気味だな、電源抜いても動き続けるゲームなんて。TVも消せないし」


 勝治の言葉を聞いて、私はTV画面を見る。小さな画面内で一匹の竜が立ち上がろうとしていた。


(間違いない。学はあの世界に残っているんだ……どうすれば、どうすれば戻れる?)


 私は部屋を見渡す。学の机の上で、あの水晶玉が微かに光っていた。


「香、すまんがあの水晶玉を取ってくれんか?」

「え? あのおもちゃの水晶玉? どうして……」

「早く!」


 香は不思議に思いながら水晶玉を取り、私に手渡す。両手で掴むと、水晶玉が語りかけてきた。


【ゴウトよ、あなたは復活を望みますか?】


(復活?)


【この平和な世界を離れ、再び戦いに身を投ずるという事。その覚悟が残っているなら、強い心をもって、復活の呪文『コンティニュー』を唱えるのです】


 学が向こうに残っている。それに純子だってどうなったのか分からない。答えはとうに出ていた。


 私は水晶玉を両手で掴み、香に向かって言った。


「……学が待ってるんでな、すまんが晩飯は無くていい。行ってくる」


 香にはその言葉の意味が理解出来なかった。だが、これからやろうとする事を直感し、反射的に止めに入ろうとする。


「ちょっと何する気? お父さん!」

「こんてにう!」


 発音がうまく出来なかったが意思は伝わったようだ。その言葉を最後に、私は再び気絶した。途切れ途切れの意識の中、香が慌てて駆け寄るのが分かる。


「お父さん!」

「香、ゲーム画面が……」


 勝治は異変に気付き、TV画面を指差す。倒れていた戦士が剣を拾うと、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。

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