囁き
27時
囁き
「先輩、なんか面白い話してくださいよ」
私には想いを寄せる人がいる。大学の先輩だ。まだ告白はしていないが。
勇気を出して遊びに誘い、今日は遊園地でデート…の筈だったのだが、生憎の土砂降り。デートは中止になってしまった。そして先輩の部屋に呼ばれた私は、何をするでもなく暇をもて余していた。
二人に会話はなく、静寂に包まれていた。
心地の良い静けさではあったが、しかし流石に何も話さないと云うのも気が引けたので、彼に言葉を投げてみたのだ。
目線を宙に泳がせながらグラスを傾けていた先輩は、暫し沈黙し、そしてこう捲し立てる。
「突然面白い話をしろと申されましても、あっしは生来面白味の無い人間でしてぇ、気の利いた小ばなしの一つも咄嗟に思い浮かばんのですわ。」
……私の大好きな先輩は、この一瞬でおかしくなってしまったのかしら。
彼は更に続ける。
「その点あんたは粋な性合いとお見受けする。どうかこのどうしようも無いあっしに洒落たはなしを教えちゃくれませんか。」
……さてはコイツ酔っぱらっているな。頭が回らなくて私の要望に応えるのが面倒なのか、それとも気分が良くなって私をからかおうとしているのか。どちらにせよ、下手くそな咄家口調で話題を振り返してきた彼に少し苛ついた私は
「まぁ、その、はなしを教えるのは一向に構わねえが、タダってのもなんだか癪だ。」
と返した。先輩にひと泡吹かせてやろうと思ったのだ。
「いえ、タダで教えて貰おうとするほど、あっしも意地汚くなりませんよ。しかしね、あっしは今懐が寂しくて。出来れば銭以外のモンで払わせてくれるとありがたいんだが…。」
「何もおめえから銭を取ろうだなんてアタシも思っちゃいないさ。」
「じゃあ、あっしはどうしたら良いんで?」
「簡単な事さ。アタシの耳元で、その…あ、愛の言葉を、囁いてくれりゃいいのよ。」
何を言ってるんだ私は、と自分でも恥ずかしくなった。
「それだけでいいんですかい?」
「あぁ、構わんさ。でも、只言うだけじゃ駄目だよ?しっかりと心を込めて囁くんだ。」
「へぇ、承知しやした。それじゃあ、失礼して……」
――可愛いよ、キミを愛してる。――
「…ちょいと、放心なさってるが大丈夫ですかい?」
「あ、あぁ、大丈夫よ、大丈夫。」
「それで、どんなはなしを教えて貰えるんで?」
「いや、授業はこれで終いだ。」
「何を言ってんですかい?まだなんにも教えて貰っちゃあいませんよ。」
「煩いね、良いんだよこれで。アタシが面白い話をしろと言ったら、アンタはアタシの耳元で甘い言葉を囁いときゃいいのさ。」
「あんたが何を言ってんだか、あっしには全然理解出来ないんですがね。」
「流石に解りなよ。全くアンタは朴念仁だね。」
「……もしや、あんたってばあっしの事が…」
「その先口にしたらひっぱたくからね?もうこの話はお仕舞いだよ!」
やってしまった…勢いに任せてへまをやらかしたと思った。また沈黙が訪れ、少しして先輩は言った。
「なぁ、お前俺に面白い話してほしくないか?」
「…先輩がしたいなら、してもいいですよ」
私は彼の肩に身を寄せた。耳元で聴こえる囁きに
「私もです。」と一言。
囁き 27時 @ylgek
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