3.時間の価値

第8話


 嫌がらせのような夢を見た。

 自分の夢だから、誰から誰への嫌がらせかって全部自分なのだが。本当に、嫌がらせのような夢だった。



「……え、行かないの?」

「いや、今年はクラスの連中と一緒に行く約束してんだよ」

「わたしもクラスの連中だけど」

「そりゃまあ、同じクラスだけど……」

 中学のときの夏休みのこと。夏祭りの日、ちょうど家を出ようとしていたところにインターホンが鳴り、誰かと思えば浴衣姿の時枝が玄関先に立っていた。

 夏祭りは時枝と回るようにしていた。小学生のころからずっとそうだった。

 でも、それは別に二人ではっきりそう約束していたわけではなくて。なんとなく毎年そうしてるからというだけの理由しかなかったわけで。

 だから、今年はクラスの友達から誘われたからそっちと一緒に回ることにした、とは事前に言っていたはずなのだが……。

「……行かないの?」

「行かないけど」

「なんで?」

「なんでって、いや」


 なんと言えばいいのだろう、時枝は変なところで頑固なやつだった。

 時計の針というもののは、常に規則正しく回る。昨日と今日、去年と今年で針の動く速度に差が出るようでは話にならない。そんな時計に囲まれて育ったからか知らないが、時枝は決められたことはキッチリと守るタチだった。

 で、その『決められたこと』の中には、時枝が自分で勝手に決めた、いわば自分ルールも含まれている。

 手に持っていた扇子で口元を隠し、無表情のまま時枝はしばらく黙っていた。が、一度強くうなずくと再び口を開く。

「ダメだよ、それ」

「は?」

「いつも通り、わたしと行かなきゃダメ」

「いや、なんで」

「わたしが決めた」俺は? 俺の意思はどこに?

 しばらく抗議してみたものの、こうなった時枝を曲げるのはとても難しい。嫌というほど知っている。仕方なく俺は友達の家に連絡を入れて、ごめんちょっと行けなくなったと謝って、それから時枝と一緒に家を出た。

「……いやさ、俺にも付き合いってもんがあるんだけど。わかる?」

「わかるよ」

「じゃあ……」

「でも、わたしとの付き合いもあるでしょ?」

 雑踏の中、りんご飴をくわえた時枝と、しばらくの間見つめ合う。ムカつくほど涼しげな表情が、ムカつくほどかわいいと思った。

 今でも覚えている。俺はたしか、そこで何か反論をしようとした。したはずなのだが。

 文句を言ってやろうと口を開いた瞬間、時枝はそれまで食べていたりんご飴を俺の口の中に突っ込んだ。

 間抜けな表情のまま何も言えなくなってしまった俺の顔を見て、時枝は遠慮もなしに吹き出した。ツボに入ったようでしばらく笑いは止まらなかった。

「あ、の、な、あ……!」

 だから俺は、口にすっぽりと嵌まったリンゴ飴をどうにか外すと、握り拳を固めてちょっと凄んでみせたのだが――

「なに?」

 時枝はけろりとした顔で俺を見つめ返し、しばらく目と目を合わせて見つめ合った後、うふふ、と幸せそうに笑った。

 結局俺は何も言えない。腹いせに、リンゴ飴を豪快に丸かじりして、噛み砕いてやろうとして――

「あ、待って。やっぱりそれ返して」

「は?」

 ……時枝は、本当にマイペースなやつだった。


 よく覚えていた。

 本来一緒に行くはずだったクラスの友人たちが、このときの一部始終を偶然にも目撃していたらしく。夏休み明け早々『テメー来れねえんじゃなかったのかよ!』『ひとりだけで青春しやがって!』と一人一発ずつぶん殴られたところまで、完璧に覚えていた。約束を破ったのはこちらなのでとにかく俺は謝り倒したが、あまりにも熱の入った拳に最終的に俺も逆ギレして乱闘になったことまでキッチリ記憶している。

 それでも結局はみんな『まあ、時枝ちゃんならしょうがないか……』と言って引き下がっていったところまで覚えているし。

 なんだかんだと、俺は時枝のそういうところが嫌じゃなかったってことまで。はっきりと、覚えている。



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