第4話
いや、別にいらないですよと断り続けはしたものの、親父さんのゴリ押しはかわせず。結局その時計を借りることになった。
生涯二個しか作らない時計を俺なんかが受け取れませんよ、っていうかこの時計誰のなんですかと、もっともらしい理由もつけたが、俺のだし最近使ってないから遠慮するなと言われて終わり。
しょうがないので一週間ほど腕にはめて過ごしてみたが、とりあえず、ちょっと変わった時計なのはたしかだと理解した。
特に退屈な授業、物理や数学のときは、授業が終わるころにはもう30分ほどズレていた。13時40分に始まって、14時30分、授業終了のチャイムが鳴ったとき、この時計はちょうど15時。何もしていないのにズレた。
親父さんの言ってた話が本当なら、つまり俺は、早く終われ早く終われとばかり考えていたせいで、50分の授業を80分に感じていたことになる。
面白いことに、授業が終わって休憩時間になると、何を調整したわけでもないのに元の正確な時刻を指している。
魔法というほど魔法っぽくはない。今の時代の科学力なら、その気になれば普通に作れる程度のものな気がすると、素人目にはそう見えるが、まあ、たしかに変わった時計だ。
これとは逆のパターンで、ある日の夜、宿題が出ていたのを20時に思い出し、しかしやる気が起きなかったので22時から始めようと思い携帯のアラームをセット。
そして漫画を読んだりゲームをしたりだらだら過ごしていたらすぐにアラームが鳴った。えっ、もう2時間も経ったのかよと思って携帯を見ると22時。
しかしこの腕時計を見ると、まだ21時10分かそこらだった……なんてこともあった。俺の感覚ではまだそのくらいだったのに、時間とは冷酷に過ぎていくものである……
……いや、それだけだ。本当に。
体感時間というあやふやなものを、具体的な数字にして知れたのは、興味深いといえばそうかもしれない。
が、これをどう役に立てろと?
俺がこの時計を観察している間にも、上野と時枝の仲は進んでいた。
「あれ、硲今日も学食か? 最近どうした、いつも弁当だったの」
(バカ、ちょっとは気遣え!)
「うぐッ」
(ほら、時枝ちゃんが最近上野と仲良いから……)
「あ……! っと、……すまん、硲。あー、水飲むか? 俺の飲んでいいぞ?」
「……いや、別に喉乾いてないから」
肘打ちまでしてもらって悪いが、全部聞こえています。ええ。
……いつからかな、時枝が俺のぶんまで弁当作って持って来てくれるようになったの。
さすがにタダ飯は悪いですよと時枝の親に直接言っても、なーに将来のお婿さんへの先行投資みたいなもんだからと茶化されたのはいつだったかな。
……いつ終わったのかは明確に思い出せるんだけどな、三日前。
今は9月で、10月の中旬には文化祭がある。で、軽音部の上野はそこでライブを開くことになっているので、最近は放課後のみならず昼休みも音楽室で練習している。外をぶらぶら歩いているとその音が聞こえてきたりする。
……で、それに時枝も付き合うようになったのが、三日前……。
付き合うといっても見ているだけのようだが、昼休みのみならず放課後も付き合っているので、最近俺は時枝と一緒に帰らなくなった。
……弁当……上野に持っていったり、とか、してんの……かな……?
そんな状況だったからだろうか、とりあえず何かをしなければならないような気がしていたある日のこと。
ちょっとした思いつきだった。
「吉本さん吉本さん、クラス委員長の吉本さん。ここにイカした腕時計があるんですけど、ちょっと着けてみる気になりません?」
「硲くん、今から時計屋の営業修行積んでも上野くんには勝てないと思うよ」
「いや、そういうのじゃなくて」
その日の一限は物理だった。時計で確認するまでもなく、俺にとってはつまんねー授業。早く終われと念じ続けるだけの時間になるだろう。
でも、真面目一辺倒のこの人にとってはどうなんだろう?
そう不意に思い立ったので、授業が始まるちょっと前、三つ編み眼鏡の委員長にこの体感時計(俺命名)を着けてもらった。この授業の間だけ、という条件で。
そして50分が過ぎ――
「では、今日の授業はここまで」
「えッ!? まだ20分しか……あ、ああ? あれ? ご、ごめんなさい」
「おぉー……」
普段クールな委員長の目がまん丸くなる瞬間を見た。
「……硲くん、やっぱ君時計屋にはなれないと思う。なにこの時計」
「ごめんなさーい。いや、にしても途中で気づくかと思ってた。教室の時計と比べてズレてんのわかりそうなもんだけど」
「授業に集中しすぎてました」
「すごいねそれ」
そこまで勉強に集中できるとは、ちょっと理解できない世界だ……。大学、いいとこ狙ってんのかな?
……あ、ちなみにその日も学食だったし帰りは一人だった。
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