2.魔法の時計

第2話


 現状を少し整理しよう。

 上野というクラスメイトがいる。軽音楽部の部長でギターでボーカル。歌も演奏もかなりうまく、なんなら運動神経も良い。

 成績もよく、性格もよく、人当たりよく、見目麗しく……要するに金太郎飴のような男だ。どこを切ってもきらめいている、青春の金太郎飴構造。

 で、その上野は、なんだったか……たしか父親か祖父にもらったという腕時計をいつも着けているのだが、ある日教室で突然に、その時計が止まったことがあった。

 わりに古い時計だったらしいので、いつかこうなるのは覚悟していたとのことだったが、運の良いことに(俺にとっては、悪いことに)上野と俺と、そして時枝は同じクラスだったので……

「そのくらいなら、私直せると思うけど」

 こうなった。

 上野は俺と時枝が幼馴染だということは知っていたが、時枝の家が時計屋だというのはこのとき初めて知ったようだ。

 が、そのくせ「私の家」ではなく「私」が直すという点を耳ざとく聞き分けた。

 明日直して持ってくるからという時枝の制止を振り切って、せっかくだから俺も見たいと、時計の修理ってどんなのか見たいと、上野はその日部活をサボった。

 さて――高校生になった時枝は、随分と手先が器用になった。

 時計職人の父の下でこつこつと修行を積んできたからか、その腕は今や止まった腕時計を一人で直す域に達している。

 俺も何度か作業の現場を見せてもらったことがあるけど、まあ、その、なんというか。

 普段はどこかのほほんとしている時枝が、髪を後ろでまとめて、片目にレンズを装着して、袖をまくって黙々と、傍から見ててもひしひしと伝わってくるほどの集中力をもって作業に取り組む様は――その、こう、……趣があった。それから俺の時枝を見る目がちょっと変わったくらい。

 ――――なので。

 傍から見ていてはっきりとわかったし、無理もないことだとは思った。

 時枝はそれほど教室で目立つタイプの女子ではない。

 規則正しく動く時計の針に囲まれて育ったのだから、もっとこうカッチリした人間になってもよさそうなものだと思うが、どうも昔からマイペースなやつで、友達も多くは作ろうとしない。仲の良い数人と話せればそれでいいというスタンスらしい。

 だからまあ、つまるところ、ギャップだ。

 時枝時計店を訪れた上野は、そんな目立たない時枝が見せた意外な集中力を、普段見ることのない意外な姿を、意外な瞳の輝きを見て――

 時枝に惚れてしまったのだ。

 いや、ほんと、一発で。


 断っておくが、俺と上野は友達だ。

 これが時枝じゃなくて別の女子なら普通に応援したし、というか俺の応援なんかなくてもこいつならその子を落とすだろうって思った。

 それが時枝だから大問題だ。

「やっぱ時計屋ってオシャレだよねえ。時計にも最近の流行りとかあんのかな? 今オススメの時計とかそーいうのある?」

「流行り……というか、うーん。上野くんに似合いそうな時計なら、いくつか思いつくかな」

「え、俺ピンポイントで? 似合いそうな? 時計? わー嬉しい! ありがとう!」

「……」

 おまけに、上野は仕掛けが早い。

 あの一件で、というより時枝時計店に立ち寄ったことで、上野は時計に興味を持った(という設定)らしく、あれ以来ちょいちょいこの家を訪れる。

『硲って時枝ちゃんと付き合ってる?』――この台詞はいつ聞いたものだったろう。一週間も経ってないはずだが。

 アプローチ開始から一週間足らずで、いくら時計に興味があるという名目を立てているとはいえ、たった一週間で家に入り浸るような仲になっているのはどういうことだ。

 おまけに、時枝も上野の来訪をわりと楽しんでいる節がある。あの笑顔を見ていればわかる。あれは結構マジで楽しくなってきている感じの顔だ。

 いや、でも、しょうがないかなとは思うのだ。一応は。

 傍から見てても上野は爽やかだ。改めてイケメンだなあと思うし、愛想の良い笑顔、そりゃ話してて楽しいだろうと思わされるオーラが上野には確かにあった。

 昔から見ているが、時枝時計店はわりといつでもオシャレな店だ。オレンジ色の照明はシックな雰囲気を醸し出していて、壁には古風な木の掛け時計がずらりと、しかし狭苦しさは感じさせない程度の間隔で並んでいる。

 掃除の行き届いたショーケースはきっちり透明感があり、その奥に収められているのは金色銀色色とりどりの、高そうで、そしてかっこいい腕時計。

 対照的な魅力を放つそんな時計たちに囲まれて、楽しそうに話す二人の姿は……まあ、絵になるものだった。

 たぶん、時枝の隣にいるのが俺だと、こうはならないんだろうな……。

 半分くらいは冷やかしのつもりで俺もついてきていたのだが、まるで輝きを放つかのようなこの場の空気に耐えきれず、今では店の奥、つまり時枝家の居住空間に引っ込んできてしまっていた。

 いいんだ、売り場だけじゃなくこの奥まで入ることを許されているのは、紛れもない俺の幼馴染特権だから……。

 ……時枝に彼氏ができたら、あんまり軽々しく入ってくるなとか言われるようになるんだろうか……?

「はあ……」

「悩んでいるようだな、少年」

「……なにしてんすか親父さん」

 肩を落として座り込んでいると、いつの間にか時枝の親父さんが横にいた。

 うんうんと大きく二度うなずくと、強い力で俺の背を叩く。

「ついにライバル登場か。とうとう、おまえにも時枝家の秘密を教えるときが来たようだな」

「……なんすか時枝家の秘密って」

「まあ、いいからちょっと来い」

 この親父さんはいつも強引だが、今日は俺に余裕がないからかいつもより余計そう感じた。


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