相対性恋愛理論
胆座無人
1.昔の約束
第1話
俺の幼馴染は時計屋の娘だ。
しかも苗字が時枝なんだから、いろいろ完璧だなあと思う。
ちなみに、俺の苗字は硲(はざま)なんて妙なものだったので、「間」と読み替えれば二人で「時間」だな、なんてことも考えた。だからなんだとは言わないでほしい。
いつ出会って何がきっかけで友達になったかの記憶はまったくなくて、気付くと仲良くなっていた。それが何より幼馴染の証明、『なった』んじゃなくてそこに『いた』。
ただ近くにいたというだけだから、とりたてて美しい思い出や劇的な過去があるわけではない。大きくなったら結婚するとか、そういう約束はしていない。
……いや、似たような約束なら、したかな?
そういえば、ひとつだけあった。
貴重な甘酸っぱい記憶として、しっかりと脳裏に刻まれた思い出を俺はひとつだけ持っている。
俺『たち』はひとつ持っている、と、そう書くことができないのは……最近、ちょっと嵐が来たので……。
小学校も低学年のころの話だが、あるとき俺はこっそり忍び込んだ父の部屋で腕時計を見つけた。
なんとなく大人な雰囲気を醸し出す腕時計は妙にかっこよく見え、俺は細い手首にその時計を巻いてしばらく遊んだ……
……が、すぐさま親に見つかって時計は取り上げられてしまった。時計が欲しいなら買ってやらんでもないけど、これはお前には高過ぎる、危なっかしすぎる、と。
なんてことのない話だが、当時は妙にショックだった。子供用のちゃちい時計に興味はなく、欲しいのはメタリックな大人の時計だったのだ。
とぼとぼと家を出た俺は、夕日でオレンジ色に染まった公園でブランコを漕いでいた。
そしてその隣のブランコには、例に漏れず時枝が座っていたのである。
「俺も、ああいうかっこいい時計欲しい」
別に、時枝に言ったわけじゃなかった。
けど、当時から時枝はのんびりマイペースな性格で、ひとり頭の中で黙々とよくわからない論理を組み立てるやつだった。
「じゃあ、私が作ってあげる」
「おまえが?」
「うん。硲が着ける、かっこいい時計」
「いつ作ってくれんの?」
「いつかなあ……でも、いつか。わたしが大人になったら、そのとき作る」
「じゃあ、約束な」
「うん、約束ね」
そこからは定番の指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲ますに繋がる流れ。
以上、俺の美しい思い出。……なんということもない話だろうか? でも、なぜか妙に覚えている。
そのあと、時枝の親父さんからこんな話を聞いたのも、記憶の定着に一役買った。
「誰かに時計を贈るってことが、どういう意味か知ってるか?」
「……わかんない」
「『あなたと同じ時を過ごしたい』ってことだ。はは、おまえにはまだ難しいか?」
「うーん……わかんない」
「だろうな、だがまあわかるようになったら聞かせてやろう。俺がどうやって母さんをモノにしたか! そのプロポーズの言葉と贈り物についてみっちりと」
「お父さん、硲本気でウザそうな顔してる」
「えっ」
「……」
わかんないとは言ったものの。内心わからないフリをして、実際はなんとなくわかっていた。
じゃあ、俺に時計を作ってくれると言った時枝の言葉は、どんな意味を持つのかな、ってのも、なんとなく……考えてた。ませたガキだったと思う。
とはいえ。
とはいえ、今はもう高校生。今更小学生のときの話を掘り返そうってのもなんだし、そもそも幼き日の口約束なんか、マジで信じてたわけじゃない。
わけじゃないけど。わけじゃないけど。
「前から聞こうと思ってたんだけど、硲って時枝ちゃんと付き合ってる?」
「どう見える?」
「友達どまり」
「……うん、付き合ってない」
「そっか、よかった」
「……よかった?」
「俺、時枝ちゃんに告白しようと思ってたから」
――――これは、さすがに、焦る。
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