第9話 ゲームを閉じろ

 鬼島中学の2点目は後半18分、予告していた通りに衛田の左足から生まれた。今度も基点になったのは暁平のロングフィードだ。

 後半は追いつこうと前がかりになる姫ヶ瀬FCと、それを引き気味になって受ける鬼島中学という構図がより鮮明になっていた。

 暁平が自陣で相手のパスミスを逃さずカットしたとき、すぐに走りだしていたのは前線の三人、畠山と五味、それに衛田だった。そのなかでもっとも競り合いに強い畠山の頭を目掛けて、暁平は低弾道の速いフィードを送る。

 期待に応えて畠山は相手ディフェンダーとの空中戦に競り勝ち、手前にボールを落とす。見事なポストプレーだった。受けた五味は一瞬たりとも周囲を確認することなく、スルーパスをワンタッチで蹴った。

 姫ヶ瀬FCの手薄だった守備網を切り裂くように斜めに走りこんできたのは衛田だ。ディフェンダーを置き去りにしてキーパー友近と一対一になった彼は、飛びだしてきた友近を落ち着いてかわし、そのまま無人のゴールへとボールを流しこんだ。

 個々の強みを存分に生かしたカウンターがあっけなく決まり、これで2―0。試合展開からいけばこれでほぼ勝負あったと思える得点だったが、暁平にそんな油断はない。

 みんなが衛田のゴールを祝福している間に、ベンチにいる顧問の貝原へ選手の交代をするよう頼みにきていた。

 控えのメンバーたちも、いつ自分の出番がやってきても大丈夫なようにすでにひと通りのアップはすませている。補欠に甘んじているとはいえ、彼らの意識の高さは決してスタメンの連中に劣るものではない。


「先生、サッキーを入れてくれ」


 サッキーこと佐木川は暁平と同じくセンターバックのポジションであり、要や五味の代の鬼島少年少女蹴球団ディフェンス陣を統率していた、上背もあって非常にクレバーなプレイヤーだ。


「わかった。誰と代える? 畠山、はまだ下げられんな」


「前線に基点がほしいしね。衛田くんがいいだろ。本人はいやがるだろうけど、まだ体力的には他のメンバーに見劣りするし」


 一年間のブランクのつけを衛田はまだ完全には払い切れていない。ほんのわずかな不安材料であっても、敗北につながりかねない芽は早めに摘んでおかなければ。

 暁平の提案に貝原は大きく頷いた。


「よし、それでいこう」


 衛田OUT、佐木川INによって選手の並びはいくらかスライドする。暁平とコンビを組むセンターバックのポジションに佐木川が入り、そこにいた政信は左サイドバックへ移動、押し出されるようにして要が一列前に上がる。攻撃力には素晴らしいものがある要だが、守備力ではまだ政信に歯が立たないためだ。

 流動的にポジションを動いていた三人のセンターハーフは、役割を固定させて井上と安永を守備専任のような形に。少し上がりめとなった筧、それに要と五味で二列目を作り、畠山は1トップのまま。4―2―3―1として攻守のバランスをとりながらも、選手の配置は明らかにディフェンスを主眼としていた。

 戦況は将棋でいうところの「詰め」に入ってきている。後半30分のタイムアップまで暁平はより確実に逃げ切るつもりだった。

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