第11話
翌日より、ミンチョー社ゴキブリ対策課の面々は、チャベナー殲滅のための兵器製造にとりかかかりました。
その兵器は、一見すると表面に美しいオナガゴキブリの姿が描かれている以外には何の変哲も無いただの箱のようでした。しかしその内部構造はゴキブリンガルとは比較にならないほど複雑であり、ミンチョー社の強者達の筋肉をもってしても、製造には一週間を要しました。
この一週間のうちに、一人目の社員は彼女が二股をかけていることを知りました。しかもこの彼女は、女友達との雑談で「筋肉がかっこいいのはある程度までで、それ以上になるとキモいよね」などと言っていたことまで分かりました(なお、これらの情報を提供してくれたのはその女友達でした)。
これに大きなショックを受け、もう三次元は懲り懲りだ、どうせ次の彼女にも浮気されるんだと嘆いた一人目の社員は、ちょうどそのタイミングで二人目の社員から無言で渡された恋愛シミュレーションゲームにのめり込み、すっかり二次元を愛する男となりました。
同じ一週間のうちに、二人目の社員はずっとのめり込んでいた恋愛シミュレーションゲームで、漸くデートとキスのその先に進むことができました。その先で彼を待ち構えていたのは、ずっと愛し続けてきた二次元の彼女の正体は幻覚作用のある粘液で自らを美少女のように見せかける巨大肉食ナメクジ(緑地に蛍光ピンクのまだら模様です)であり、彼は男性器をそのナメクジに喰いちぎられて死ぬという展開で、しかもこれがトゥルーエンドでした。
これに大きなショックを受け、もう二次元は懲り懲りだ、どうせ次のゲームでも彼女の正体は巨大ナメクジなんだと嘆き、無言で一人目の社員にそれまでやっていたゲームを押しつけた二人目の社員の肩を、誰かがぽん、と叩きました。
振り向くとそこには、三人目の社員が観世音菩薩のような微笑みを湛えながら立っているではありませんか。
そして、二人目の社員は、真実の愛を知りました。今では彼も、デスクトップの壁紙に描かれた一本の線分を、愛おしげに見つめ続けています。
やはりこの一週間のうちに、三人目の社員のデスクトップにも変化が現れました。今やそこに描かれているのは、線分ですらなく、一つの点です。しかしこれはけっして彼がもう一次元は懲り懲りだ、などと考えたからではありませんでした。
彼は既に、知っていたのです。この点は以前の線分と同じ彼女であり、また彼自身でもあり、そして、この宇宙そのものでもある、ということを。
そんな風にして一週間が過ぎ、チャベナー殲滅用兵器はついに完成の日を迎えたのです。
兵器の試験運用は、課長の自宅にて行われることとなりました。何故なら、この家には他に類を見ないほど大量のチャベナーが巣食っていたからです。そればかりか、床からはシイタケとタケが生えてきてきのこたけのこ戦争を繰り広げ、壁はカビだらけ、天丼には蜘蛛の巣が覆っていて、戸棚の裏はねずみの卵でいっぱいでした。
この家にも、かつてはきれいな時があったのです。しかし課長がいつもその豊富なアフロの中に、職場で実験用に使っていたチャベナーをうっかり十匹ほど忍ばせて帰宅してしまうこともあって、課長夫人(二人目)のストレスは溜まる一方でした。そしてある日、ついに夫人は課長をボウガンで撃つのですが、課長は「やめておけ。この距離なら筋肉の方が速い」という余計な一言とともに、小指と薬指で摘んで止めてしまったのです。夫人はこれに激怒、『うちにはカンガルーなんていない』と大きく書かれたTシャツを颯爽と着るが早いか、荷物をまとめてオーストリアにある実家へと帰ってしまいました。
課長は、どうせボウガンの矢程度では自分の筋肉は貫けないのだからおとなしく当たってやるべきだった、と後悔しましたが、もはや後の祭りです。
それ以来、この家は荒れる一方でした。
課長は、持って来たチャベナー殲滅用兵器の蓋を開け、台所の真ん中に置きます。この一週間ずっと、課長のアフロに乗って兵器の製造方法についてあれやこれやと口出しをしてきたエマーソンをはじめとするオナガゴキブリ達は、今は一匹もそこにはいません。高い知性と優美なしっぽを持っているといえど、オナガゴキブリもまたゴキブリ。近くで強力無比な対ゴキブリ兵器を使用されて、その巻き添えを食うわけにはいかないのです。
課長の強靭な筋肉が唸りを上げ、このただの空き箱のような兵器の横に取り付けられたぜんまいを巻き始めました。そう、この兵器はぜんまい仕掛けなのです。余談ですが、荒れ果てた課長の家には、もちろんゼンマイも生えていました。
めいっぱい巻かれたぜんまいが元に戻ろうと回り始めるとともに、箱の中から不思議な音楽が流れ始めました。しかし、それだけです。殺虫ガスが吹き出るわけでも、箱が変形して手足が生え、チャベナー達を襲い出すわけでもありません。
「これがいったいなんだと……」
課長のその言葉は、唐突に途切れました。
チャベナー達が……床、壁、天丼にはりつき、蠢いていたチャベナー達が、箱へと向かっていっせいに進み始めたではありませんか! そして、次々に蓋の開いた箱の内側へと飛び込んでいきます。
箱の内部を覗き込んだ課長達を、二度目の衝撃が襲いました。箱の底へと着地したチャベナー達が、みるみるうちに溶けて無くなっていくのです。
「馬鹿な……いったい何が起こっているのだ……」
課長が呻きました。
「うわわわぁぁぁ! ゴ、ゴキブリが溶けてるぅぅぅぅっ! なんじゃこりゃああああああああああああああああああああ!」
一人目の社員が叫びました。
「「騒ぐことではない」」
二人目と三人目の社員は、厳かに告げました。
それを耳にして、あとの二人はショックから立ち直り、冷静さを取り戻しました。
「そうだ、これはあくまでもテストだ。重要なのは、この先だ」
課長は、チャベナーがすっかり消え、きのこたけのこカビと蜘蛛だけが残ったきれいな自宅を見回しながら、そう呟きました。
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