第7話

 世界最強の害虫駆除企業、ミンチョー社の朝は早い。


 誤解の無いようにもう一度言っておきましょう。ミンチョー社は世界最大ではなく、世界最強なのです。社員数や売上だけで言うならば、ミンチョー社を上回る企業はいくらでもあります。

 ではどのあたりが最強なのかと言いますと、その最強ぶりを示す真に驚くべきエピソードがあるのですが、この余白はそれを書くには狭すぎます。


 そんな最強のミンチョー社の朝は、最強の挨拶から始まります。各部署の正面に飾られた、幅5メートル、高さ2メートルの社長肖像画(幅の方が長いのは、社長が涅槃仏のポーズをとっている絵だからです)に向かって土下座を50回繰り返すのです。

 それもただの土下座ではありません。膝や腰を曲げ、脛を床につけて行うごく普通の土下座などという軟弱な朝の挨拶は、最強たるミンチョー社ではけっして認められないのです。

 ミンチョー社に相応しい最強の土下座――それは、脚も腰も真っ直ぐに伸ばし、掌と爪先だけを床につけ、そのままの姿勢で肘を曲げることで体ごと頭を下げるというものです。


 素人目には、それは腕立て伏せのように映るかもしれません。

 しかし、これは最強土下座です。けっして腕立て伏せなどではないのです。


 今朝もミンチョー社には、最強土下座の掛け声が響きわたります。

 まずは各部署の長が声をあげ、他の者達がそれに続くのです。掛け声一回につき、最強土下座も一回です。


「社長に感謝!」

「「「社長に感謝!」」」


「社長に捧ぐ!」

「「「社長に捧ぐ!」」」


「この筋肉を!」

「「「この筋肉を!」」」


「筋肉筋肉!」

「「「筋肉筋肉!」」」


「社長に筋肉!」

「「「社長に筋肉!」」」


 これを十回繰り返すのです。

 そんな社員達を見守る社長の肖像画のお腹は、まるで布袋様のようでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る