第6話

 数で圧倒的に勝るチャバネゴキブリ勢力に対抗すべく、オナガゴキブリ達は人間と手を組むことを決めましたが、しかし問題はどのようにして人間とコミュニケーションをとるかです。


 長年にわたり人間の住居に隠れ潜んで生活していたオナガゴキブリ達の方は、既に人語を理解するに至っていました。なにしろオナガゴキブリの知能はとても高いのです。

 しかしその一方で、スズムシのように羽をこすり合わせて出す音としっぽを振るジェスチャーを組み合わせたオナガゴキブリの言語を理解している人間などいませんでした。

 まったく、人間にも困ったものです。


 仕方がないので、オナガゴキブリ達は、意思疎通の手段を人間の側に合わせてあげることにしました。なにしろオナガゴキブリは、知能が高いだけでなく器も大きいのです。

 とはいえ、オナガゴキブリには、人間の言葉を発するのに適した発声器官がありません。また、オナガゴキブリたちの貧弱な手では、ペンを握って文字を書くことも困難でした。

 そこでエマーソンは、人間が使っているパソコンというものを利用することにしました。パソコンのキーボードであれば、力強いしっぽで打つことで、オナガゴキブリ達にも文字を入力することが可能です。

 パソコンはまさに、オナガゴキブリ達のために作られた機械と言っても過言ではありませんでした。


 さて、人間との異種間コミュニケーションにパソコンを利用することにしたオナガゴキブリ達でしたが、ここで一悶着が生じました。

 オナガゴキブリ達の大半は、優美なしっぽを持つ自分達が姿を現せば、人間達はこぞってパソコンを明け渡してくれるに違いない、だから堂々と人前に出ていき、人間達の目の前でキーボードを打って見せるべきだ、と主張しました。


 ここでも異論を唱えたのは、ヨハンセンです。

「ゴキブリがわらわらと出てきてパソコンに触ろうとした時、人間がどう思うかを想像してみてくれ」

 そう問いかけるヨハンセンに、オナガゴキブリ一同は不思議なものでも見るような目を向けました。

「それはもちろん、ありがたやありがたやと思うんじゃないのか」

 ヨハンセンは頭を抱えました。

「なんで我々がこれまで、人目につかないよう隠れ潜んできたと思ってるんだ?」

「じゃあヨハンセン、お前はなんで天使が人前に姿を現さないと思ってるんだ?」

「我々オナガゴキブリの場合も、それと同じだよ」

「理解したか、このかき揚げめ」

「Do you under stand, the "KAKIAGE"?」

「「「The "KAKIAGE"!」」」

 ヨハンセンは、しっぽを抱えました。これは、オナガゴキブリが本当に困った時にする動作で、しっぽを腹側に曲げたそのポーズを取った彼らは、ますますエビっぽく見えました。


 恐らく、昔のオナガゴキブリ達は、人間に見つかった時にどういう目にあわされるかを身をもって知っており、故に人目を避けて隠れ潜まねばならぬと子供達に教えたのでしょう。しかし世代を経るにつれて、何故隠れ潜む必要があるのかという理由の方は忘れ去られ、実際の行動指針のみが慣習として残ってしまったのです。


 ここでオナガゴキブリ達が多数決を取っていれば、ヨハンセンの意見は間違いなく無視されていたことでしょう。しかしながら、作戦を指揮するエマーソンは、己がライバルと認めたヨハンセンの見解を荒唐無稽と一蹴することはできませんでした。


「皆の気持ちもよく分かるが、我々が人間の知性を過大評価している可能性もある。人間達が我々の想像以上に愚かで、我々の姿を見るなり熱湯をかけたり、かやくをかけたり、食べようとしたりしてくる危険性だって無いとは言い切れない」

「そんな……! 我々にそんなカップ焼きそばみたいな仕打ちを?!」

「人間というのは、どこまで愚かなんだ!」

「焼いてもいないものをカップ焼きそばと呼んでいるだけのことはある」

 ざわめくオナガゴキブリ一同に向かって、エマーソンは言葉を続けました。

「だからこそ、ここでは慎重にいきたい」


 こうして、深夜のうちにこっそりオナガゴキブリからのメッセージをパソコンに残しておくという方針が決定されました。

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