第3話
「軍師エマーソンよ。では、お前はいかなる手を打てば良いというのか?」
それまで、一言も発することなく、少し離れたところから成り行きを見守っていた一匹のオナガゴキブリが、重々しい声でそう尋ねました。
マダガスカルオオゴキブリを思わせる巨躯――それは、オナガゴキブリ達を率いる現職大統領、ウィルソンでした。
なお、オナガゴキブリ社会における大統領の任期は一カ月と短いものでしたが、再任は何度でも可能でした。
ウィルソン大統領は、既に再任されること5度目であり、その巨体から発せられるゴキブリオーラは、並みのオナガゴキブリであれば向かい合っただけでしっぽを巻いてしまうほどのものでした。
しかし、そんなウィルソン大統領に対し、エマーソンはいっさい臆することなく、自らの意見を述べました。
「人間と、手を組むのです」
「バカな、人間と手を組むだと……?!」
「人間なんて、チャベナーの親戚みたいなものじゃないか」
「見た目も大して変わらないしな。どっちもしっぽが無いし」
一度は静まり返ったオナガゴキブリ達は、エマーソンのその言葉を聞いて、再びざわつき始めました。
「静かに」
そんなオナガゴキブリ達を、ウィルソン大統領はわずか一言で黙らせました。
エマーソンですら、彼らにそうさせるためには、激しくしっぽを打ちつけて見せる必要がありました。それを、しっぽをぴくりとも動かさずに、ただの一言で成し遂げたのですから、さすがは現職大統領のゴキブリオーラと言って然るべきでしょう。
「続けよ、エマーソン」
格の違いを見せつけられ、内心ではくるくるとしっぽを巻いていたエマーソンでしたが、表面上は平静を装うことに成功していました。しっぽも、ピンと立ったままです。
「確かに、人間はしっぽも無く、外見上はチャベナーとあまり違いませんが、彼らはチャベナーどもを激しく憎んでいます。私が思うに、これは同族嫌悪のようなものでしょう。人間達は、チャベナーを見ることによって、チャベナー同様にしっぽの無い自らの醜さ、みすぼらしさ、ズボラさを思い出させられてしまうため、奴らを憎まずにはいられないのです。しかし、今、重要な点はそこではありません。確かに見た目の上ではチャベナーと大差無い人間達ですが、彼らには、チャベナーには無い大きな特徴があります。それは、手先の器用さです。人間達は、その器用な手先を使って、様々な道具を作ったり、使ったりすることができるのです」
「それがどう重要になってくるのだ?」
「考えてもみてください。なぜ我々は、これほど高い知性を持つにも関わらず、どこの馬の骨とも知れない有象無象のチャベナーどもにここまで追い詰められているのか。それは、手足の構造上、道具を作ったり使ったりすることができない我々には、この高い知性を活かす手段が乏しいからです。逆に人間は、知性こそチャベナーをわずかに上回る程度でしかないものの、器用な手指を持っています。つまり、我々と人間が手を組むことで互いの欠点を補い合うことができるのです」
「おおお!」
未だかつて無かった考え方に、オナガゴキブリ達の間から歓声が上がりました。
「そうか!我々がこんなに高い知性を持つのに、こんな苦境に追い込まれていたのは、ひとえにこの手足のせいだったのか」
「それに気づくとは、さすがはエマーソン!」
「これでもう、我々は勝ったも同然だ」
「エマーソン、君はまさにイセエビだ!」
オナガゴキブリ達は、エマーソンに最大級の賛辞を送り、しっぽを左右に振って喜びを露わにしました。
「大統領閣下!このように、皆も賛同してくれております。すぐにでも人間と……」
エマーソンが、この機を逃さず、いっきに自分の構想を実現に持ち込もうとした、その時でした。
「待ってくれ、エマーソン!」
それまで隅っこの方でおろおろしていた一匹のオナガゴキブリが、意を決したように声をあげたのです。
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