俺は彼女からチョコをもらえるのか?
《伝説の幽霊作家倶楽部会員》とみふぅ
第1話
今日は2月14日。君達は今日が何の日か知っているかな?
今までなら『ふんどしの日』とか『煮干しの日』なんて言って現実逃避してきたが、今の俺は堂々と言える。
そう!今日は聖バレンタインデー!起源はローマ!聖ウァレンティヌス(バレンタイン)の命日にして祭日!
かつて非リアだった俺……斎藤
だって彼女できたから!しかもできたて!部活の後輩!まだ手なんて出してません!
ついにチョコ0の更新記録から離脱できるぜぇぇ!!
……え?母親のチョコ?部活仲間のチョコ?ノンノン!あんなの記録には入りません!
だって母親のは家族ゆえの当たり前、ルーチン!
部活仲間のは『仲間意識が生み出す情』。でももらうけどね当然!
というわけで俺はいつにも増して授業にもしゅうちゅ━━。
「斎藤、先生の話聞いてるか?」
すみません、調子ぶっこきました。興奮して集中するどころかそわそわしております。周りの奇異の視線が痛い……。
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「……それで?チョコをもらえることが嬉しすぎて内容入らなかったと?馬鹿じゃねえの」
昼休み。昼飯を食いながら、目の前で旧知の仲である男子が毒を吐く。
「磯山……お前と俺の仲じゃないか。分かるだろう、友よ」
「分かんねぇよ。できたてほやほや新米カップルのお前と
「それは昨日の敵は今日の友的な感じで、明日になったら解決」
「しねぇ」
「ですよねー……」
こいつとは幼い頃からの付き合いだが、目付きが悪いのもあって、初見だとあまり人が寄り付かない。いいやつなんだけどなぁ。
「……磯山先輩」
そんなことを思っていると、横からぶっきらぼうな感じで声を掛けられた。
磯山と共に声の方向へ顔を向けると、そこには小柄な少女がいた。
高校生とは思えない程、身長は小さめで、容貌も幼い。だがそんなことはとっくに知っているからどうでもいい。彼女こそ俺のガールフレンド
「ん?美歌どうした、こんなところに。彼氏にチョコでも渡しにきたのか」
磯山と美歌は親同士の近所の付き合いでそこそこにお互いを理解している。彼氏の前で下の名で呼ぶくらいはまあ……許そう。
だが次の言葉に俺も磯山も凍った。
「……いえ、磯山先輩にです」
「……へ?」
そう言うと、美歌は懐から出したチョコを磯山に渡し、俺を一瞥するとそそくさと教室を出ていった。
「……」
「……」
俺達の間に嵐の前の静けさのごとく、静寂が訪れる。
「……磯山」
「……なんだ、隆」
「あの世で俺に詫び続けろイソステッドォ!!」
「待て!これは孔明の罠だ!」
「んなわけあるかぁ!なんで彼氏より先にもらってるんだお前はぁぁぁぁ!」
「知らねぇよ!美歌本人に聞けよ!てかさっきまで立場逆だったじゃねぇか!」
「非リアはなぁ!チョコなんてもらわねぇんだよ!もらった地点でリア充と変わらねぇんだよ!」
「だから俺に言うなって!追いかけてこいよ!あと首絞まるからHA☆NA☆SE!」
こうして俺は昼休みの残り時間、我が友にして怨敵イソヌンティウスを置いて、美歌を探すため太陽が沈むより速く校内を駆け回った。
当然先生に見つかり叱られたが無視した。
美歌を見つけること数度。しかし捕まえることはできなかった。
美歌はその小柄な肉体と、飛び抜けた身体能力を駆使し、ときに女子の群れに隠れ、ときに不意打ちからの逃亡、ときに先生を言いくるめ事前に配置し、走ってた俺を待ち伏せで先生に捕まえさせるという、なんともどっかの蛇みたいな名前の侵入者も驚くスニーキングミッションばりの動きで華麗に逃げおおせていた。
彼女は捕まらず、先生に説教されボロボロの俺に、磯山は「……まあ、これ食えよ」と、自分がもらったチョコを一欠片くれた。憎い。悔しい。でもうまくて嬉しいぞ、友よ。
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「はぁ……なんか今日は……うん、散々だ」
放課後、俺は力なくトボトボと靴を履き替える。
部活に参加したものの、結局美歌のことが忘れられず、失敗ばかりで怒られた。美歌も参加していたものの、部活中は話をするような時間は当然なかった。
ちなみにチョコは部活仲間でもらえた。もちろん義理な。
気を使ったのか、普段一緒に下校する磯山は「俺、先に帰ってるな」とそそくさと消えた。なんか言葉がぎこちなかったのはきっと気遣ってくれてだろう。
俺、美歌に嫌われたのかな。それとも俺、なんか美歌を怒らせるようなことしたかな……。
まったく思い当たらず、校門を出ようとすると。
「……先輩」
俯いていた顔を前に向けると、校門にもたれかかるように、美歌が立っていた。首にはマフラーを巻いている。
「……美歌、どうして」
「……先輩、少し付き合ってくれません?」
「え……お、おい美歌!?」
美歌はそう言うと俺の手を引っ張って、走り出した。
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「はぁっ……はぁっ、み、美歌?」
美歌に引っ張られつれてこられたのは、近所の公園。
「……美歌?」
背を向け続ける美歌は「すーはー……すーはー……よし」と小さく呟くと、ゆっくりとこちらに向き直った。
「えっと……先輩。今日はすみませんでした」
そう言って、美歌はぺこりと頭を下げる。
「……俺のこと、嫌いになったか?」
「いえ、違います!嫌いになんて……」
「だったらどうして逃げたりしたんだ?」
俺の言葉に、美歌は少し間を置くとぽつりぽつりと話し出した。
「先輩と付き合いだしてから……毎日がとっても楽しくて、心がふわふわして、暖かくて……だからこそ、今日は先輩のために頑張ろう!と思ってたんですけど……」
そう言うと、美歌は体をもじもじとしながら恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「いざ渡そうと思ったら、なんだか恥ずかしくて……周りに見られるのも嫌で……だから、先輩のだけは誰にも見られていないところで渡したいなと」
「じゃあ……磯山のは?」
「あれは当然義理チョコです。ちゃんとカードも添付してます」
「……そっか」
なんだか遠回りなことをするなとは思ったが、口には出すまい。先生に怒られたりしたけど、文句を言う権利など俺にはないだろうし。
付き合いだして数ヶ月なんだ。これから少しずつ周りに見せつけられる様に仲良くなっていけばいい。
「そんな風に言われたら、許すに決まってるじゃん」
「先輩……ありがとうございます。ところで先輩、少しの間、目を瞑ってもらえませんか?」
「?ああ、分かった」
チョコをもらうだけなのになんでだろう?とは思ったが、素直に目を閉じる。
「少し……屈んでもらえます?」
俺が屈むのに合わせて、がさごそと音がすると━━。
ちゅっ。
口元に何か固いものが押し当てられた。口を開くと、それは舌の上へとするすると流れるように侵入し、口内に甘さが広がる。
そっと瞳を開けると。
美歌がチョコの端を口にくわえて、俺の口に入れる様に押し込んでいた。
「!?せ、先輩、目を開けないでください!」
美加の顔が茹でた様に真っ赤になる。
「え!?あ、ごめんその……気になっちゃって」
「……先輩、いじわるです」
「だからごめんって……でもなんで?」
「……先輩、付き合いだしてから1度も私に『キス』とかお願いしなかったでしょ?」
「ん、まあ……そうだな」
付き合いだしてすぐに手を出すのはなんか違うと思ったから、もっとお互いを知ってからそういうことをしようと思ってたからなぁ……え、ヘタレ?うるせぇよ。
「私も直接するのはさすがに恥ずかしくて……でも先輩には今日のこともそうですが、お世話になってるのでその……『間接キス』くらいはいいかなって……」
やばい、美歌だけでなく俺の頬まで赤く染まってるのが分かるレベルで体が熱い。美歌なんか瞳が潤んで、色っぽく吐息吐いてる……。
「えっと……こんなしょうがない私ですが、これからもよろしくお願いします……隆、君」
「あ、ああ……俺のほうこそ……」
「……とまあ、無事に解決してコングラチュレーションだな、爆ぜろリア充!」
「「!!?」」
突然の闖入者に、俺も美歌も声の方へと視線を向ける。
植えられた木の影から出てきたのは━━。
「磯山!?」
「磯山先輩!?」
「おう!磯山だぜ?」
俺の友にして美歌から先にチョコもらいやがったチクショー、磯山が現れた。
「なんでお前がここに……先に帰ったんじゃあ」
「いや、帰ったんだけどさ。こいつが気になって」
そう言うと、磯山が手に握った小さな紙飛行機を投げてくるので、受けとり中を開いてみる。
それは美歌が贈ったチョコと共に入っていたもので、内容としては、これが義理チョコであることと、今日は一人で帰ってもらえるようお願いする文が書き込まれていた。
「わざわざそんなお願いするってことは、二人になったときに渡すんだろうなぁと思ってな。気になって帰ったように見せかけて、隠れて付いてきたぜ」
つまりこいつは美歌のお願い通りに気を回して、俺を一人で帰らせようとしてたわけか。さすがは俺の友。
だが━━。
「……ということは磯山先輩。もしかしてさっきのを見て……?」
「さっきの?俺は美歌がチョコをくわえて、隆に『間接キス』したことなんてぜーんぜん見てないぜ?」
「き……き……」
磯山の棒読みな台詞に、美歌は……。
「きゅ~…………」
珍妙な声を上げて仰向けにぶっ倒れた。
「美歌!?おい、美歌!」
「じゃあ俺は帰るから……彼氏さん、任せたぜ?」
気絶する姿も愛らしい彼女、美歌を介抱しながら。
ニヤニヤとした顔で帰ろうとする我が友にして非リアのこいつをとりあえず明日ぶん殴ろうと思った。
俺は彼女からチョコをもらえるのか? 《伝説の幽霊作家倶楽部会員》とみふぅ @aksara
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