第4話

 一ヶ月の謹慎生活が終わり、やっと授業に出られるようになった私だったが、あの一件で一躍有名人になってしまったらしい。魔女だの、殺人鬼だの、悪魔だの、試験官狩りのサリスだのと、色々と噂されていた。

 おかげで、クラス内の視線は以前にも増して、痛々しいものとなっていた。なんだろうねぇ、このゴミでも見るかのような視線は。悪いのは、半人前の攻撃も防げない間抜けな試験官だろうに。

「あら、『人殺しのサリス』さん? 良心の呵責に耐えきれなくなったら、いつでもおやめになってよろしくてよっ!」

 このアマだけは、相変わらずだった。思わず、お前もぶち殺してやろうかと言いたくなったが、ぐっと堪えた。

「いずれ戦場に出ることになれば、あんなものは日常茶飯事です。今のうちにその感覚に慣れておくのも、悪くないでしょう」

「……」

「……」

 さすがに連中も押し黙った。私が試験官をぶち殺したことに対し、なんとも思っていないことが確認されたからだろう。そう、次にこいつらの脳裏をよぎったのは、ただ一つ。

 下手なことを言えば、今度は自分が殺されるかもしれない、だ。私の実力は今や折り紙つき。一流の魔導兵を殺せるほどに力があるとは思っていなかったが。

 ちなみに、あいつらは盗賊の姿をした試験官たちに翻弄されっぱなしだったようだ。

 つまるところ、この時点で私の実力が抜きに出ていることは間違いない。

『堪能しているようだね』

「!」

 今の声。あいつだ。神を名乗るふざけたクズ野郎。

『まだ信じないのかね、神の存在を』

 ふざけるな。信じるものか、そんなもの。

『やれやれ……では、今の君の境遇を少し変えてやろう』

 なんだと。余計なことをするな!

 瞬間、急にバタバタと足音が廊下の方から聞こえて来た。

「た、大変だ! サリス・クレージュ上等兵はいるか!」

「私ですが……」

「ああ! 君がこの間、殺害した試験官のことだがね……実は、本物の盗賊だったんだ! 紛れ込んでいたんだよ! あの中に! それを君が倒したんだ! しかも、盗賊団のボスだったんだよ!」

「は、はぁ……?」

 周りがどよめく。なんだ、これは。あまりにも、都合がよすぎる。お前の仕業か!

『これで信じて貰えたかね』

 くそがっ! 余計なことを……お前は神などではない。バケモノだ! 悪魔の声だ! これ以上、私に干渉するなっ!

『……』

『まだ、信じぬか。仕方あるまい……お前には、さらなる試練を与えてやろう。お前はこれから、『自殺』することが出来なくなる』

 自殺だと? はっ、すると思っているのか。

『ふふふ……私はお前に力を与えた。お前はこれから、世界が注目していく……世界中の人間がお前に期待する……お前は戦い続けることとなる。永遠に。そして、お前は我に救いを求めることだろう……その日を楽しみにしているぞ。はははは……』

 クズが! 失せろっ!

「はぁ……はっ」

「ど、どうした。クラージュ上等兵! 大丈夫か!」

「……気にしないで下さい。それで、どうなったんですか」

「あ、ああ……勲章が授けられることとなった。詳しい日程はまた後日話すよ。それじゃ」

 そういって、教師は去っていった。なんてことだ。普通ならば、素直に喜ぶべきところだが、あのクズの働きかけであるならば、話は別だ。バケモノめ。私は貴様の思い通りになど、なるものか!



 後日。私はクロス・メダルという勲章を授与した。戦功章らしいが、盗賊の親玉を倒した程度で貰えるような代物なのだろうかという疑問はある。まあ、貰えるものは貰っておけばいいか。

 さらに、異例の処置として階級を曹長に引き上げるとのこと。学生の身である為、少尉の階級は卒業後にすぐさま執り行わられるらしい。

 まさに、手のひら返しとはこのことだろう。勲章を身に着けてアカデミーに帰った私に対して、歓迎ムード一色で染まっていた。教員と一部の生徒が私を待ち構えており、盛大な拍手と花束を受け取った。

「おめでとう! サリス・クレージュ曹長!」

「どうも……ありがとうございます」

 まったくもって、喜べない! 虫酸が走る! なんだこの手のひら返しは! 人を腫れ物扱いにしておきながら、勲章を受け取った途端にこれか! これが、軍の、アカデミーのやり方か!

 政治といい、軍といい、腐敗してるな。まあ、それをどうこうするつもりは私にはない。この際、利用出来るものは利用する。そうさ、あのバケモノでさえ私は利用する。

 それから。

 私が廊下を歩くと、生徒たちが足を止めて、勲章を確認し、敬礼する。

「サリス・クレージュ曹長! おはようございます!」

「あぁ……おはよう」

「クレージュ曹長! クッキーを焼いてきたのですが、いかがですか!」

「あぁ……貰っとく」

 私はぶっきらぼうに、クッキーの袋を手に取る。

「クレージュ曹長!」

「あぁ……」

「クレージュ曹長!」

 あぁ、あぁ、あぁ! もう! うざいっ!! うざいうざいうざいうざいっ!

 少しは静かにしてくれ! たまには一人にさせてくれっ! 私に構わないでくれぇ!

「ぜぇ……ぜぇ」

「すっかり、人気者だね。サリス曹長」

「ん……あぁ、ルシィ上等兵か。正直、うんざりだよ。勲章一つでここまで心変わりするものかね?」

「んー。どうなんだろね? 僕も凄いとは思うけど……勲章なんて貰った事ある人、ここには一人もいないからじゃないかな?」

「なるほど。それで、すっかり英雄扱いというわけか」

「はは、そうかもね。それにしても、学生の身で曹長なんて凄いじゃないか。出世コース間違い無しだね」

「ははは、そうだろう。そうだろう。このまま一気に駆け上って見せるぞ」

「羨ましい限りだよ。僕も頑張らないとなぁ」

「ルシィ上等兵は、別に没落貴族の出でもないし、そのままで十分だろ」

「うーん、僕は兄さんがいるから。あまり期待されていないんだ。だからせめて、軍で偉くなって貢献出来たらなって思うんだけど」

「その志は立派だよ、ルシィ君」

「はは、ありがとう。サリス曹長」

「サリスで構わんよ」

「ありがとう、サリスちゃん」

「ちゃんはやめろっ!」



 さて、すっかり待遇が変わってしまった私だが。それをよしとしない奴がいた。そう、エクレア・ミスティーユ伍長だ。私が曹長になったこともそうだが、人気者になったことが超気に入らないようだ。

「あら、サリス・クレージュ曹長? いい御身分ですわね。朝から、重役出勤ですこと」

「生徒たちにもみくちゃにされて遅れたんだよ。仕方なかろう、ミスティーユ伍長」

「班長がそのようなことでは、困りますわね。士気に関わりますわ」

 そう。あの時の班決めのまま、実技訓練などが行われるようになっていたのだ。しかも、私が曹長に格上げしたせいか、班長になってしまった。

 さぞ、エクレアの奴は腸が煮えくり返る気持ちでいるだろうな。私の知ったことではないが。

 さて、本日は合同演習の日らしい。それぞれの科と合同で、総合火力演習を行うらしい。消防訓練もあるとか。ということは、魔法科の連中とも当たるわけだ。

 奴らの魔法と私の魔法。どちらが火力が上なのか、気になっていたところだからな。それに、魔法科といえば、ルシィがいるな。あいつの実力も見れるいい機会だ。

「諸君! 今回は、山岳地域における山岳戦の訓練を行う! 重要なのは、部隊配置。そして機動展開だ! 知っての通り、山は高度が高い! 高山病や、天候の移り変わりに、非常に気を配らなければならない! 気を抜けば、命取りになる! いいか! 死にたくなれけば、きちんとした団体行動を取れ! 以上!」

 教官どのも、いつにもまして厳しいお言葉を発しておられる。正直、私は眠い。ここ最近の出来事のせいか、ストレスで寝不足なのだ。ふわぁああ……。

「そこ! あくびをするな! サリス・クレージュ曹長! お前が率先して、先頭に立たなければならない見本なのだぞ!」

 ぎくぅ! っと、した。いつのまに、お手本にされてるんだよ、私は。参ったな、ほんとに。

「本当に大丈夫なんですの、貴方」

「あぁ……少し、眠いだけだ。ふぁああ……」

「山を甘く見ては、命取りですわよ。サリス・クレージュ曹長」

「わかっているよ、エクレア伍長……うーん」

 いかんな。マジ、眠い。眠すぎ。ヤバイな、これ。気圧のせいか余計に眠い。ふわーっとする。まさに、寝たら死ぬぞ! の状況だ。いや、冗談抜きに。こんな気候の激しいところで寝たら、マジで危ない。置き去りにされたら、終わりだぞ。

「よし、行くぞ。こちらD班、只今より出発する。目標地点は、サラマ山、五合目。現在時刻は、1100。時計合わせ。出発します!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

没落貴族が目指す、軍内部での確固たる地位のあり方について くろね @kurone666

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ