第2話
それから、十数年後。
信じられないが、私はとある赤ん坊に乗り移ってしまったらしい。あの自称神を名乗る不届き者の仕業だろうか。わからない。
ただ、事故に巻き込まれたことだけはハッキリと覚えている。恐らく、あれで死んだのだろう。ここは、死後の世界なのか何なのか。よくわからないが、私のいた世界とは異なるということだ。
鏡を見る。そこには年端も行かない少女の姿がそこにはあった。自身のことだが。
まさか、女になることがあろうとは。自分の体をまじまじと見つめ直す。
金髪で、赤い目で。ロングヘアー。華奢で。胸はあまりない。
ぺたぺたと自分の体を触る。女とはいえ、自分の体には性的興奮を覚えないのだな。しらなかったよ。知りたくもなかったがね。
生前の私は男だった。それも、40代後半の。まさか、一から人生をやり直すハメになろうとは、思いもよるまい。政治家として、これからがスタートだったというのに。
まあ、死んでしまったものは仕方あるまい。もう一度、政治家を目指そうと思ったが……女が政治家になることはこの世界では難しいようだ。
それと、実権を軍が持っている事が多いと聞く。ならば、軍隊に入ることが最善だろう。軍の幹部となって、取り仕切るのも悪くはない。
私は騎士団の士官候補生達が通う聖天騎士団士官アカデミーへと入学した。
どうやら、私の二回目の親は貴族の出らしい。没落したようだが。領内の不作や戦争など、借金が膨らみ、領土を手放すこととなり、没落。
没落したとはいえ、貴族は貴族。このような学校に入ることは簡単のようだ。目指すところは、お家再興と軍内での確固たる地位。それだけだ。
「あら、サリス・クレージュ上等兵。こんなところで、ぼーっと突っ立って。何を物思いに耽っているのかしら?」
「……エクレア・ミスティーユ伍長。いえ、少し外の空気を吸いたかっただけです」
「まあ、そうでしたの。てっきり、アカデミーのしごきに耐えられなくなって逃げ出すのかと思いましたわ。おーっほほほ」
このアマ……今すぐにでも首根っこを捕まえて怒鳴りつけたいところだが、この女は私よりも、階級が上。それだけではない。こいつの父親は軍の参謀次官だ。下手なことは出来まい。この女はそれを知って、私にちょっかいをかけてくるのだ。タチが悪い。
まあ、このようなことは政治家時代にもよくあったことだ。派閥争いや、権力闘争は、いつの時代もあるものだな。
私の家が没落貴族であることを知ってるからこその仕打ち。陰湿な嫌がらせ。しかし、そんなことでめげる私ではない。全ては出世の為。
ここは、くっと我慢をしなければならないのだ。
「ミスティーユ伍長は、ジョークがお上手のようで」
「冗談が本当のことにならぬよう、精進なさいませ。おーっほっほっほ!」
「……」
そういって、エクレア・ミスティーユ伍長は立ち去った。
口うるさい女だ。虫酸が走る。
「おはよう、サリス上等兵」
「……ルシィ上等兵か」
入れ替わりに現れたのは、クラスメイトのルシィ・アルクーダ上等兵だった。
「どうかした? 何か考え事かい? 僕でよければ、相談に乗るけど」
「いや、大したことじゃない。行こうか」
ルシィ・アルクーダ上等兵は、銀髪のサイドテールで、華奢な体をしている男性だ。男なのに、女みたいな顔立ちと体格をしている。男でも女みたいな奴はいるものだなと、自身の肉体を思い起こして、感慨深いものだと。
このアカデミーは、士官候補生が通う学校だけあって、最初から上等兵の階級が与えられていた。家柄やコネ等によってはさらに上の階級を与えられていることもあるようだ。
先程のエクレア・ミスティーユ伍長のように。学校卒業時には、少尉の階級を与えられる。これまた、アカデミーの成績やコネ等によって異なるようだが。
最低でも少尉にはなれるということだ。その前に、少尉候補生として実習や訓練を受けてからの模様だが。まあ、そんな先の話は取り敢えず置いておこうか。
「今日は実技訓練がある日だったね」
「そうだな」
「僕、実技は苦手なんだよねぇ……」
見てわかる。そのなりではな。女みたいな華奢な体でよく軍隊に入ろうと思ったものだ。私も人のことは言えないが。しかし、そういえば。こいつの習っている科は……たしか。
「お前は、魔法科だろ? それほど体力はいらないはずだが」
「そうでもないよ。戦場を駆け回るわけだし、一定の体力は当然求められるよ。それに、近接戦闘もあるしね。君は普通科だっけ?」
「そうだ」
「でも、君って魔力適正もA評価だったよね?」
「あぁ……だから、特別クラス入りしている。魔法の訓練も受けているぞ」
「そうなんだ、凄いね」
ルシィ・アルクーダとクラスが違うのに、どうしてこうしてよく話すことがあるのかといえば、ここは全寮制の学校で隣の部屋に住んでいるからである。普通なら、女子と男子で分けるべきだろうと考えるが、軍に入る以上、男も女もないということらしい。
随分と時代錯誤というか。まあ、私のいるこの世界はそもそも古臭い世界なのだが。
この世界には、魔法と呼ばれる不思議な現象がある。利便性が高く、戦場から日常まで幅広く使われている。不思議な世界だ。
魔法の力は空を飛んだり、傷を癒やしたり、相手を傷つけたり。様々だ。
その分、科学の発展は遅れ気味のようだ。しかし、魔法と科学を合わせているからか、私がいた世界よりもむしろ進んでいる技術もある。
「それじゃ、僕はこれで。今日の実技訓練、頑張ってね」
「ああ」
ルシィ・アルクーダと別れた私は、集合場所へと足を運ぶ。
教官がまだ到着していないからか、ざわざわと話し声が各地で聞こえてくる。一際、目立っていたのは、エクレア・ミスティーユ率いる取り巻き達だった。
「さすがです、エクレア様!」
「そうでしょう、そうでしょう。おーっほっほっほ!」
……これだから、お嬢様は。と、ぼやきたくもなるが、そもそもこの学校自体、お嬢様とボンボン息子以外ほとんど来ない場所であることを思い出した。
やがて、教官が現れると、皆一斉に黙り始めた。この辺はさすが軍学校といったところか。こんな学生でもそこそこ統率は取れてるって……ただの整列に過ぎないけどな。
教官の顔を見ると、いつもと少しだけ様子が違う気がした。
「こほん。まず、初めに。本日の実技訓練は中止とする」
何? 中止?
突然の中止にがやがやと騒ぎ出す生徒達。それを教官は静止させた。
「静かに! その代わり、貴様らには任務が与えられることとなった! 町に現れた盗賊共の始末だ! 生け捕りにし、盗賊団のアジトを聞き出せ!」
盗賊狩りをしろってことか? 何故、警察や騎士団は動かない? まさか、盗賊狩りを試験代わりにしようっていうのか。やれやれだな。
案の定、どよめきは大きくなっていた。そりゃそうだろう。実技どころか、実戦投入だからな。盗賊風情とはいえ……身の危険はある。
「これから、班を決める! A班……○○、○○……」
教官の口から班決めが行われて行く。
「次にD班。エクレア・ミスティーユ伍長、ルシア・ルーミス上等兵、ケリー・バロドス上等兵、アレク・シュナイダー上等兵、最後に……」
「サリス・クレージュ上等兵! 以上だ!」
あのタカピー女と同じ班とは……何の因果か。まあ、いい。相手が誰であろうとそつなくこなすまで。
「まさか、貴方と同じ班になるとは思ってもおりませんでしたわ! しかし、今は緊急事態。私情を挟むわけには参りませんわね」
緊急事態ね……アカデミーの生徒に任せるような事件が、それほど急を要するものとは思えないが。
「ルシア・ルーミスです。よろしくお願いします」
「俺は、ケリー・バロドス。よろしくな!」
「アレク・シュナイダーだ。よろしく頼む」
「私はサリス・クレージュだ。よろしく」
「D班の班長は私(わたくし)が努めますわ。おーっほっほ。皆様方、きちんと私の指示には従って下さいませ」
「「了解」」
クソむかつく腹立たしい女でも、上官は上官。班長の言うことは聞かねばなるまい。規律は絶対なのだから。
そうして、私たちの盗賊狩りがスタートした。
さて、どう料理してやろうか。
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