第8話 終わりと始まりと

──お父様、大丈夫よ。私、行きます。だって、きっとあの人は私の…───



 調律の光が徐々に弱まり、そして風景が一変する。

 エクスたちは再び、ラ・ベルの屋敷がある街並みに立っていた。調律前と同じく活気に満ち、人々の往来も多い。しかし、今日はさらに特別、華やかにそして皆がみな幸せそうな顔をしている。


「なんだかこれから何かあるみたいな賑わい方だね」


 エクスがきょろきょろと辺りを見回すと、丁度通りかかった男が一行に気付き足を止めた。


「ん?他所者か?今からお祝いだよ!結婚式だよ!こんなめでたいことはねぇからみんな幸せを分けてもらおうと二人を出迎えるのさ」


 男はそう言うとにかっと笑って腕に抱えていた籠から一輪の薔薇を差し出した。


「二人の愛の証を持つと幸せになれるんだそうだ」


 男は大量の薔薇をこれから街の人に配るという。


「二人…薔薇…もしかして?」


 薔薇を受けとるや、街の一角がわぁと沸き立つ。拍手や歓声、花弁が舞う。


「あ!もう来ちまった!急げ急げ!」


 そう言って男は足早に人混みに消えていった。男の消えた方向ではさらに歓声が大きくなり、人混みが増すが、時折その中心を歩く二人が見えた。小柄な女性は純白のドレスに身を包み、密に編まれたレースのヴェールを被り顔は見えない。男性もこちらには顔を向けておらず誰かとは分からないが、一行はこれが、この想区ものがたりのエンドであるのは想像できた。


「でもあの二人じゃないのよね」

「…それでもハッピーエンドだよ」


 呟くレイナの肩をファムが優しく叩く。


「結局、あの森で記憶を操作してた意味ってなんだったんだ?」

「一つはラ・ベルを野獣に会わせないため。もう一つは苦しみを無くすため、じゃないか?」


 タオが理解しがたいと頭を掻くと、何か思う節があるらしく珍しくエイダが応える。


「苦しみ?」

「愛とは時に苦しいモノだからな。思うに、最終的には二人の幸せを祝福する仙女だから、お互いにお互いを傷付け合う恐れのある二人からその根源たる感情を消し去って傷つけ合うのを避けていたのでは、と。しかし、本人も言ってたが自分にも芽生えた感情を優先したか、自分自身の気持ちも消したかったか…」

「………まったく分からねぇ。後、お嬢とシェインがおかしくなったのもよくわからねぇ」

「…………それは触れてはいけない問題だ」


 ふぅとエイダは溜め息を吐いた。


「さあ、ここから出るわよ。…霧が出るわ」


 一行は幸せな色に満ちる街を背に歩き出した。

 草原に出るとどこからともなく霧が漂い、一行を包み込む。


「エクスさん、その薔薇どうするんですか?」


 男に渡された二人の愛の証である赤い薔薇。捨てるのも出来ず持っているが正直どうしたものか、エクスは唸った。その時、薔薇が芳しく香る。


──あの人には、私しかいないんだから──


──あの人を、一人にしてはいけないわ──


──さあ、目を覚まして!今から私はあなたの妻になります!そして誓いますわ、生涯、あなた以外私の夫はありません──


 どこからかその声が聴こえたかと思うと、エクスの持つ薔薇の花弁が全て散り、そして霧の彼方に消えた。


 あの花嫁が、あの時のラ・ベルではないはずなのに。

 その声は、今度こそ愛する人を愛し、自分自身が愛されるために強く願うようだった。



──何度も繰り返すこの世界で、同じ運命の中にあってもそれぞれ違うアナタを、ワタシは愛しています──




忘却の霧 完


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忘却の霧 Jami @harujami

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