10-9 慈雨

 家来らには到底理解できなかった。それは黒い筆の跡がありありと散りばめられ、雨が横なぶりに降っているようにも見える。ただしこれと地獄、どう関わるのか。


 和尚は肩の間から分け入り、じっくりとそれを見つめる。そこに人間や鬼といった形はなく、ただただ同じ模様が続くだけ。



 “……涙ですな”



 為信は頷いた。



 “これほど、優しい世界はありませぬ”



 己は死んだら地獄行き。そう為信は思っている。大勢の人を殺め、誑かした。これからもそうだろう。本心とは違うと分けていたが……最近では同じ人格だと思えてくる。二つの何かがまじりあい、一つになった。


 和尚は言った。


 “神仏を頼りなされ”




 為信は首を振る。


 “これが、己の定めだ”


 いまさら、曲げるわけにはいかぬ。






……その夜、為信は沼田と集う。ふと、昔の名で呼ぶ。


“面松斎”



 沼田は“懐かしい響きですな” と少しだけ笑う。


 「して、次にどのような手を打ちますか。」




 急に現実へと戻された。為信は答える。


「田舎館の千徳分家を討ち、浪岡も併合する。」


 沼田は腕組みをして、唸りながら悩む。


 「田舎館はいいとして浪岡となりますと……安東をどうなさいます。」


 安東氏と浪岡北畠氏は婚姻関係がある。浪岡を攻めることはすなわち、安東との手切れを意味する。為信も考え込んだが……今夜は深く想うことが難しい。手を大きくたたき、沼田にとあるお願いした。



 ”ひとつ、昔の様に占ってみないか”

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