6-3 人質

……二人を待つ間、一日千秋の思いが続く。無事に戻れるか、信直様から一筆頂くことができるか。大浦家の運命がかかっている。


 そんなとき兼平は話があると、為信の書室へ参上した。……彼の素性を明らかにすると、兼平氏は遠く大浦の分家より発する。名は盛純と言い、今年で四十五になった。年頃の娘と元服済みの息子がいる。

 娘の名を久子というが、郡代の政信に側室として差し出すよう提案してきた。兼平は言う。


 「もちろん一旦は殿の養女になさり、そのうえで石川家に嫁がせます。」


 為信は怪訝な表情だ。兼平に問う。


 「養女と申しても、一応は年下だが……さほど変わらぬだろう。」


 兼平は、落ち着いた様子で答えた。


「お家の為です。」


 ……すなわち、人質だ。これで石川家は安心するだろうし、政信に可愛がられたらなおよい。子も生まれれば、石川と大浦の関係は強固なものとなる。


 ただし為信の気は引ける。はたして、そこまでやらせていいのだろうか。家来にいらぬ負担を押し付けているような気もする。兼平は察したのか、次のように言った。


「……家来は、お家の為に尽くすもの。存分にお使いください。」


 為信は“これが戦国の世なのだな” と、改めて感じた。すこしだけ他人事のような感も受けるが、それはまだ厳しい世界を知らないだけか。

 いや、“厳しい” だけなら知っている。すでに数多の出来事を経験してきた。だが、為信に待ち受ける運命。それは過酷で悲惨、自らの手も汚す。




 ……それから十日以上が経ち、鵠沼と科尻はみごと役目を果たした。無事に八戸へたどり着き、信直と面会、一筆をいただき大浦城へ帰参。次に政信へ書状は渡され、兄の申す言葉に弟は従いざるを得なかった。大光寺は……いまだ疑っていたが、口をつぐむ。


 そこへ、養女久子の縁談を持ち掛ける。大光寺はそれならとたいそう喜び、一周忌の法要は無事に行われることとなった。


 落着したところで気が緩んだか、為信は悪い風邪を引く。

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