4-7 罠

 中秋の薄暗い空の日。南部鶴千代はわずか三ヶ月でこの世を去った。亡くなる間際には“晴継”の名が贈られ、父晴政の意を受けて南部家第二十五代当主の座も授けられた。たった二日間の家督である。

 流行り病にかかったらしく一旦は熱も治まったが、体の至る所に細かな吹き出物が生じた。熱も再び出始めたころには喚く力もなくなり、誰もが最後だと悟った。


 晴政は呆然と立ち尽くす。この子のために、すべてを捧げてきた。何ゆえに天は奪うのだと。


 ……ふと、思い出す。民の間でされていた噂を。



 “疫病は、妻を奪われた信直の祟り”



 九戸政実、傍らで座していた。晴政とその側室の彩子に、決断を促したのだ。



 “信直を、討ちましょう”



 晴政は晴継の葬儀にかこつけて、信直を三戸に呼ぶことにした。田子にいる信直の元に知らせが届く。

信直は書状を読み終えると、下の方にそのまま投げた。


 「行かざるを得まい。皆の者、支度をせよ。」


 本当は行きたくない。今は娘婿ではなく、義父でもない。一家来にすぎぬ。そうさせたのは晴政自身だし、このたびのことは因果応報のようにも思えた。してはいけないが、笑みがこぼれてくる。家来らもそれを止める者はいない。


 そのようなときに、北信愛の家来と名乗る者が参上した。このことは内密にしてほしいという。



 “南部晴政公、田子信直を寝所の毘沙門堂にて討ち取る計あり。”


 信直は驚かない。すでに何があっても動じない。一応、晴政がそこまでに至った訳を問うた。


 「はい。娘の翠様に見放され、赤子の晴継様も去ってしまった。そうさせたのは信直の呪いだから、奴を葬り去るとの由でございます。」


 ……聞き捨てならぬ言葉があった。

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