毘沙門堂

4-6 出家

 晴政は何とかして我が娘を笑顔にさせようと、いろいろな話をした。かつての戦の功績や、侍女がしくじって面白かったこと。信直に嫁いでいく以前を思い出しながら、父は娘に語り掛けた。


 娘は頷くだけして、笑顔を見せない。最後に父は、二か月前に生まれたばかりの我が子の話をした。初めての男子でたいそう嬉しかったこと……娘にとっては、惨さしか残らない。


 話のネタは尽きた。いや……一つ残っている。

晴政は、あろうことか一番訊いてはならないことを問うた。



 “わしと、信直。どちらが好きか。”



 翠はまじまじと顔を見る。無表情だったその顔は、次第に憎しみを露わにした。


 父を睨む。


 そして、はっきりと言った。



 「信直様です。」



 娘は袖で顔を覆い、その場から逃げ去った。襖は開いたまま。……晴政は、椀に残っている酒を、少しずつ、少しずつ呑む。体はガタガタと揺るえ、顔は赤くなる。


 必死に抑えようとする。しかし、そのような理性が働く男ならば、これまでの所業をしただろうか。


 大声で怒鳴ろうとした。口を大きく開けた。


 だが、睡魔が晴政を襲う。そのまま前のめりに眠り込んだ。膳に載ってある食べ物は辺りに落ち、無様な頽落を呈した。





 翠は後ろに髪を束ねる。侍女に頼み、小刀でそれを切り落とした。


 一瞬、その小刀で手首を切ってやろうかと思った。ほんの一瞬。



 

 白い布で体を覆い、赤子を手に抱える。その足で、尼寺に登った。


 恨みの世界から遠ざかろうと思ったが故である。



 

 一方、糠部の地で流行り病は続く。

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