石川高信、病没 元亀一年(1570)春

鉄砲との出会い

3-1 戦の後

 田子信直は、南部家の跡取りとなった。九戸実親の働きは一歩及ばず、たいそう悔しがる。信直は為信を信頼し、大いに褒めたたえた。ただしこれは二人だけの話である。本当は為信が首を打ち取ったのだとバレてはいけない。“いつの日か恩を返す。”と約束するしかできなかった。


 ただし、為信の家来である兼平と森岡は知っていた。その様を遠くから見てしまったからである。……こうなれば、森岡も認めざるを得ない。いつしか大浦の家中に知れわたり、秘話として心に留め置かれた。


 小笠原は見事に手柄を立てたので、大浦家に正式に仕えることになった。これまでのあばら屋ではなく、もうすこし造りのしっかりした屋敷を与えようとしたが、小笠原は断る。なんでも、これまでの屋敷の方が身の丈に合っているという。謙遜なのか、放浪のうちに身についた貧乏性か。


 大浦城に軍は引き返す。為信の気は久々に緩んだ。やっとで己の意思が家来に伝わるようになってきたことに、手ごたえを感じ始めていた。少しばかり気が晴れやかだ。


 ……面松斎はどうしているだろう。いまだ、占いの真似ごとでもしているのだろうか。


 昔は愚痴を聞かせたものだ。今も続く悩みは……頭によぎるのは妻の事。決して仲睦まじくとはいえない。どう接すればいいかわからぬ。……面松斎なら、何と言おう。


 ……しかし、高山稲荷にも行き辛い。万次と鉢合わせてみろ、不測の事態を生みかねん。


 理右衛門殿に頼むか……そう何度もな……ああ、小笠原ならどうだ。同じ他国者だろうし。



 秋の頃合いである。為信は小笠原の住まうあばら屋に出向いた。真昼ぐらいだったろうか、彼は戸を叩いた。戸は少しだけ開き、小笠原とは違う顔が見えた。科尻は訝しそうに “どちらさまでしょう” と訊いた。為信はもちろん、“大浦為信だ。”と答える。当然、科尻は仰天した。


 「すいません。いまだ殿と会ったことなく、顔を存じ上げませぬ。」


 慌てて、机に無造作に置く紙をしまい出した。

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