偽一揆 永禄十二年(1569)正月

初めての策謀

1-1 幕開け

 夜遅く、闇深い。西から海風が荒れ野へ吹き付ける。そのような場所であるのに、賑わっている一角がある。


……ここは津軽、高山稲荷。


 祈祷師や的屋が集い、市場に負けぬほどの人を呼びよせている。はぐれ者も多く、必然と“他国者”の寄り添う場になった。


 特にここは港町の鯵ヶ沢にも近く、他の神社仏閣よりも人が集まる。鳥居の数は京の伏見稲荷にも負けない。屋台の後ろ側には小さな石の祠が数多あり、それら一つ一つに決して報われることのない人々の思いが詰まっている。



 とある小屋で、為信は密かに他国者と語らう。ござに胡坐をかく。髭をきれいに剃ってあるその顔は、若々しい様を際立たせていた。

 しかも、彼はまだ二十歳すら超えていない。当然そうであろうが、何かをなしえたこともない。大きな自信もない。


 「面松斎殿……こたびのことは、不幸であった。」


 対座するのは面松斎、他国者である。


 「いえいえ……我らに気をかけていただいているだけで十分でございます。」


 出身は上州沼田という。こちらにたどり着いてからは、占いの真似ごとをして暮らしている。


 「して……面松斎。」


 少しおどおどしいこと。


 「以前より相談しているので存じているだろう……。家中での私の立場を。」


 為信は認められていない。義父が死んで家督を継いだのはいいものの、あくまで期限付き。十年も経ったら、義父の幼い実子に譲らなくてはならない。婿養子とは肩身の狭いもの。

 そのような経緯もあって、実権は家来衆が握っている。自分は単なるお飾りだ。


 面松斎は応えた。


 「ええ、存じております。在来の民、他国者を分け隔てなく接してくださる殿でございます。何なりと相談にお乗りしますよ。」




 為信、最初の戦。それは面松斎を説得すること。

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