第38話 男。美貴のアイデア。
美貴の提案に俺は驚いていた。
流行り病が収まり仕事が再開されると、美貴の要請により会議が開かれていた。
彼女の提案に他のメンバーも驚きの声をあげていた。
今までの常識を打ち破るアイデアだ。
予備のコンピュータと現在使用しているコンピュータを同時に使用して攻撃をする。
なるほど、それだと向こうのコンピュータは負荷がかかりすぎ、防御能力が著しく低下する。理にかなった戦法だ。
お母さんが亡くなって以来、落ち込んでいた美貴。
生まれてからずっと一緒に暮らしていたお母さんが亡くなったんだ。俺が悲しむよりは100倍悲しんだろう。
恥ずかしいが、俺は涙が出なかった。
一緒に暮らした年月は少しだけだ。すごく優しい人だった。
そりゃー、多少は悲しんだけれど。美貴は自分のせいでお母さんが亡くなったと信じている。
俺はそれは違うよ、こちらに来たのはお母さんが選んだんだと言っても、聞き入れてくれない。
自責の念と悲しみ。
彼女は凄く落ち込んでいた。
しかし、仕事が始まると打って変わって大変身した。
落ち込んでいた彼女を微塵も感じないどころか、やる気満々で積極的でしかも理論的に会議をこなしていった。
「だから、予備の備品を使うのよ。全ての備品を使って同時攻撃ね」
「ですが、電力がたぶん足りないと思うのですが」
「それも 発電装置の予備を使うのよ。予備の備品は使うものでしょう。倉庫に置いとくだけが備品の役割ではないわ」
数人が笑った。美貴も少しだけ笑っていた。
お母さんが亡くなってから初めて見る笑顔だ。
彼女はやはり悲しい顔よりも、こちらの方が似合う。
それにしても、どこからこのアイデアを思い付いたんだろうか。
俺では到底考えつかない。
そういえば、一昨日台所で、「これだわ」と言っていた。
何事かと彼女に聞いてみても、まだ内緒と言っていた。
もしかして、台所にヒントがあったのか?
「それではこの意見に賛成の方挙手をお願いします」
みんな賛成した。
これで成功すると俺は確信した。
向こうで防御していたので判る。
誰もこんな方法で攻撃を想定して防御はしない。と言うか、美貴以外には考えもつかないアイデアだ。
「質問なんですが、これらのコンピュータを一度に操作出来ないのですがどうするのですか」
「あらかじめプログラムを組んで、それらのコンピュータに入れておきます。ある程度のレベルの学生さんは扱えるので、この人達にこれらのコンピュータの操作をしてもらいます。学生さんにこの操作方法を教え、合図と同時に全部のコンピュータが一斉攻撃を開始します。これで間違いなく向こうの最深部に到達できるはずです」
その対策も考えていたんだ。
俺はただ美貴に関心をするしかなかった。
「それと、代表者の高橋さんに連絡をして、備品を使わしてもらう許可と解放された後の法律の整備をお願いしたいの。えーと、彼は今日はどこにいるかご存知の方います」
「彼なら会議をしているよ。今回の流行り病に関しての事だといっていたよ。それ以上は知らないですけど」
「ありがとう。それでは私と智で高橋さんに会ってきます。智、いいよね」
「もちろん。お供させていただきますよ。子供連れですが」
俺が言ったら、みんなが笑った。
ま、俺は人の笑いを取ってリラックスさせますか。
美貴は細かな対策まで煮詰めている。
これが本来の彼女の能力なのだろう。俺などは足元にも及ばない。
俺は今回は、子守と笑いに専念するかな。
「それで、重要な話とはなんでしょうか」
「予備の備品を使う許可と、およそ1ヶ月後に起こす、第二のコードの解放に伴う社会混乱を無くす法整備をお願いしたいのです」
「今なんと言いましたか。第二のコードが解放されるんですか」
「はい、そうです。予備も含めた全てのコンピュータで、総攻撃をします。第二のコードが解放されたその後、向こうの混乱が大きいのですが、こちらもそれに対しての法整備をする必要性があります。向こうとこちらとで、人の行き来ができますから」
「それは素晴らしいことです。その為に予備の備品が必要ならば是非使ってください。法律に関しましては明後日に、集団の代表者による全体会議があるのです。そこで、この件に関して話し合ってきましょう。いやー。本当にありがとうございます。流行り病で今回の多くの方が亡くなり、希望が無くなりかけていた所に光明の光が見えてきました。みなさん喜びますよ」
会議室から出て帰途に着くと疲れたのか、道夫はぐっすりと俺の腕の中で眠っている。
この子の為にも頑張らないとな。
「しかし驚いたよなー。ママのアイデアと行動力には」
「もう。茶化さないでよパパ」
「マジでいってるんだよ。お母さんが亡くなってから落ち込んでいたなと思っていたら、いきなりこれだもんな。びっくりしたよ」
「これ以上の悲劇は起こしたくないの。もう家族がなくなるのはいや。だから一生懸命考えて、行動に移しているだけよ。でも、近くにパパがいてくれるから私頑張れる。ありがとうパパ」
「え、いやー、そう言われると照れるよな」
俺は美貴の方に手を伸ばして、彼女の手を握った。
柔らかくて、暖かくて、優しい手だった。
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