第31話 男。ハッカーの正体。

 歓迎会に来て、もうすぐ1時間になろうとしている。

 でも、1時間の感覚はここの人達にはない。

 日が登れば起きて仕事をし、夕方になれば家に帰って夕飯の支度をする。

 要するに自然に寄り添って生きている。

 俺だけはシステムで買った腕時計をしているので、正確な時間が分かる。

 しかし、ここでは全く必要ない。取り外してもいいんだが、時間が気になり今は付けている。

 いずれ外すかもしれないが。


 美貴はママ友が早速出来たみたいで、そちらの方に行っている。

 道夫はお腹がいっぱいになったら寝てしまったので、おかあさんが家に連れて帰っている。

 木で出来たベビーカーで、軽量で折りたたみ式を早速使わせて頂いている。


 ここでは以前と違ってポイント制で物は買えない。

 食料は基本的には配給制。

 欲しいものがあるときは予約を入れれば、順番が来ればもらえる。

 いらない物がある時は、リサイクルする為の場所があり、そこに置く。

 リサイクルにある物は基本的には自由に持って帰っていいことになっている。

 ベビーカーは、そこに丁度いいのがあった。

 ここの人達は平等で、全ての物を分けている。

 細かな事はまだ判らないが、住みやすいと感じた。


 ここの地区は漁業とコンピュータが割り当てられており、その他の地区は数百に及んでいるらしい。

 例えば和紙の担当の地区とか、陶器を作っている地区などだ。


 向こうから誰か来た。佐藤君だ。先程の会議では挨拶しかしていない。

 もっと深く掘り下げて今後の事を話し合いたかった所だ。


「今晩は。佐藤君でしたよね」

「はい、そうです。智さん。ご家族の方は」

「美貴は、ママ友を早くも作ってそちらに。お母さんと息子は家に帰っています。息子が、お眠の時間なので」

「そうですか、それでは時間がありますね」

「ええ、大丈夫です。こちらからも色々と聞きたかったんですよ」

「それでは智さんからどうぞ。質問はなんでしょうか」

「まず聞きたいのは、システムに攻撃をしていたのは君達だよね」

「はい、そうです。後3人担当者がいまして、協力して攻撃していました」

「やっぱりそうか。俺はその攻撃を防御していた側だったんだけど、君達の攻撃はかなり強力だ。どうやってその技術を学んだのか知りたくてね」


 彼は、少し考えてから話し始めた。慎重な性格みたいだ。


「この地区では五歳になると、プログラマーとしての教育を始めます。その中で優秀な子供達を選んで特別授業します。さらに、その中で最終試験に合格した人だけが私達のメンバーに加わります」

「そんなに幼い時から始めるんですね。えーと、たしかそのような教育方法は早期英才教育と呼ばれますよね」

「はい、正にその通りです。その言葉知っているんですね」

「学校の歴史の先生が教えてくれました。その先生が言うには、それをすると子供の能力が飛躍的に伸び、十代の頃には大人顔負けの能力を身に付けることが出来ると。具体的には、脳内のシナプスに多くの刺激を与えると、その部分が強化され伝達能力が上がる。この場合だとプログラマーの能力ですね。しかし、向こうではそれを実行していなかった」

「そうですか。智さんがこちらに来られ、向こうの戦力が減ったので、有利に戦えます」

「ま、それは多少は思うけど。向こうの手の内は全て俺は知っているので、やり易いのは間違いないな。ところで、ここの意思決定機関どのような仕組みなんだい」


 彼は今度もまた、少し考えてから話し始めた。


「地区の代表は、代々その家系の中から選ばれます。例えばこの地区は高橋家の長男がする事になっています。地区の代表者は毎年度、全ての地区の代表者を一堂に会して行われる会議に参加します。そこは多数決で全てが決まります」

「高橋さんはもしかして、システムを作った人の子孫なのかい」

「そうなんですよ。その人がこちらに住んで子孫を残しているのは、ここの人はみんな知っています」

「不思議だな。何でこちらに来たんだろう」

「それが、長い話になるんですが、祖先の高橋さんは、のちに奥様になる方と激論を戦わせたそうです。高橋さんは、もちろんシステム推進派。一方の奥様は、のちに、この地に住まわせて欲しいと言ったリーダーでした。どう考えてもこの二人が愛し合うとは誰も思わなかったのが急展開しました。高橋さんが奥様の主張していたこの地に来て、奥様にプロポーズしたのです。最初、奥様は冗談だと思ったらしく相手にしなかったみたいでした。しかし、何度もプロポーズをする高橋さんの熱意に負けて、ついにプロポーズを承諾したのです。その後は子宝に恵まれて、高橋家は今まで代々続いているんです」

「そうか。それは興味深いな。システムを作った子孫がこの地に住んでいるとは」


 世の中は不思議な事だらけだ。昨日の俺は、システムの世界だけしか知らなかった。


「最初の続きですが、私が所属するプログラマーの集団では、ほとんど多数決で決めています。同数の場合に限っては責任者である私の判断が優先されます」

「えーと。明日から俺らは働くんだけど、どのような形になるんですか」

「すでにあなた達の実力は実証済みですので、3人ともメンバーになります。明日は責任者を選出します。メンバーだけの話し合いで決めます。もしダメな場合は、投票をします。同数の場合、私の判断が」

「優先されるだね」


 二人は笑った。彼とならいい仕事が出来るだろう。

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