第30話 女。生存率5割。
私は小さな震えを抑えられなかった。
私の事を何処まで知っているのだろうか。
嫌な記憶が脳裏をかすめた。
「少し奥さんを怖がらせたかしれませんな。言い方が悪かった。田中君、例の議事録を」
高橋さんの言葉で震えを抑え、次の言葉を待った。
理由をどうしても聞きたかった。
「話せば長い話になるのですが、そうですね、何から話せばいいでしょうか。システムが出来た経過はご存知ですかな。そこから確認しながら続きを話しましょう」
「俺達が教えられてきたシステムが出来た経過を簡単に言えば、食糧難によって人類滅亡の危機に対して男女を分け、22歳になったら異性のアンドロイドを与え、人口をコントロールする目的で作られたと教えられました」
道夫が眠くなったのか、抱っこして欲しがっている。
子供用の椅子から下ろし、私の膝の上で抱きかかえるようにした。
これなら、眠くなったらこのまま眠るだろう。
話は始まったばかりで、道夫が眠ってくれた方が都合がいい。
「それはそれで正解なんだが、少し欠けている。当時、システムを支持する人達がほとんどだったが、中には猛反発する人達もいた。激論が続いたそうだ。お、ちょうどいい。田中君が議事録を持ってきてくれた」
田中さんが持ってきたものは、紙の媒体で書かれた議事録。
コンピュータを使っていたのだから、それに記憶させればいいと最初思った。
でも考えたら、書き換えられる可能性があるし、最悪データが消える。
そう考えると将来に渡って記録を残すには紙に書くのが最善の方法かなと思った。
「これは当時の議事録で、最後まで意見の統一が出来なかったみたいだ。最後までシステムを反対した人達から、ある提案がなされた。文明によって生み出される汚染が食糧難の一つの要因だったので、汚染を生み出さない文明で、なおかつ隔離された場所に住まわして欲しいと。それがこの場所だな」
それは合理的な考え方かもしれない。
しかしその反面、生活が昔に戻るので、すべての物は人が作らなくてはならなくなる。
ここでの子育ては苦労しそう。で
も家族がいるから、たぶん耐えられる。
「さて、異性のアンドロイドの件だが、システムを支持する人達の間でも意見が分かれた。アンドロイド支持派と自然派。自然派は人間同士の結婚を基本とした社会体制。しかし、自然派の欠点は人口が増え過ぎる傾向があること。それに、目の前には飢えで苦しんでいる大勢の人達がいたので、当時は強制的に人口を極端に少なくする必要に迫られていた」
これで少しは安心した。
私と同じ意見の人達が大勢いた。
私の行動は、異常な行動ではないかと常に心の底で思っていた。
賛同者があるとはいえ、行動に移したのは私一人だったから。
「結果としてアンドロイド派の意見が通った。しかし、いずれは女性の本能に目覚め子供が欲しいと願う人が現れる。そして、プログラマーを学び、その高度な技でシステムの網の目をくぐり抜け、子供を授けるであろうと予測した人がいた。その人の名は高橋清。彼は数量分析経済学者でシステムの骨組みを作った人物。彼の分析は当時非常に評価されており、彼がそれまで予測した事、全が当たっていた」
よかったー。
そういう事だったんだ。
でもそれって、ここに住んでいる人みんな知っているよね。
あまり目立つのが好きではないのだけど、どうしよう。
「アンドロイド派でも一つの懸念があった。数百年後に汚染された環境も元の自然に戻り、人口が減って食糧が増産されたら、このままシステムを続けていいのかと。全ての問題が解決された暁には自然派に戻してもいいのではと」
という事は、男地区と女地区の境をなくす事を意味している。
混乱するだろうな。
「長い長い協議の末、先ほど述べた子供を産んだ母親の仮説が解決を導いてくれました。彼女達ならば、システムの深層に入って、あらかじめ書かれた二つのコードを開いてくれるだろうと」
えーと。一つ目のコードが解放されたから、二つ目のコードはなんだろう。
何かのパラメーターを書き換えるんだろうか。
それとも。
「一つ目のコードは、かなり前に書き換えられました。100年以上も前の話になりますが。それはご存知ですかな」
「ええ、知っています。俺はシステムを管理する上級スタッフでしたから」
「なんと、旦那様もプログラマーなのですか」
「はいそうです。もう1人います。美貴のお母さんもそうで、美貴にハッカーとしてのテクニックを教えたのが彼女です。おそらく、この3人の中では美貴とお母さんが同じレベルで俺よりも上だと思います」
智は私と同じレベルだよ。
プログラムを組むのは彼の方が断然早い。それに、智が言い忘れていることがある。お互いの欠点を補えば鬼に金棒なのに。
「そうですか。それは朗報です。1回目のコードを変えた日数が2年以上の歳月を要したと記録にあります。3人だと少しは早まりそうですかな」
「それは、はっきり言ってやってみないとわからない部分もあるので、今ここで、いい返事が出来ないです」
「それは失礼を。少しばかり気が焦っていまして」
「気が焦っているとは、なんでしょうか。気になりなす」
「流行り病なのです。残念ながら先ほどお話しした汚染を生み出さない文明は医療分野にまで及び、近代的な医療はここにはないのです。ペニシリンはありますが、それ以上の薬がなく、不定期に起こる流行り病を防ぎきれてないのです。ここの平均寿命は45歳を少し超える程度なのです。また、大怪我をされた方は薬がないため、多くの方が亡くなるのです」
45歳って高橋さんは言ったよね。
たしか、病気にかかると、体力のない子供と年をとった人達が危ない。
それって道夫と母さん。
今度は私が質問した。
「流行病はもしかして、幼い子供達とお年を召した方が主に亡くなるのでしょうか」
「その通りです。奥さん。ここでは子だくさんが当たり前なのですが、5,6歳になるまでには半数の子供達が亡くなります。悲しい事です。人々はここでの生活には一応満足しているのですが、医療に関しては近代的な治療を受けたいと思っています」
「ここに来る途中で、これで助かると言う言葉を何回か聞きましたが、2回目のコードを解放したその暁には、システムが持っている医療を受けられることが出来るからなのでしょうか」
「正にその通り。ここに住んでいるほとんどの家族が、高度な医療を受けられないために身内が亡くなっているのです」
それって、どう考えたらいいのか分からない。
そんな現実が目の前にあるなんて。
「先ほど述べたシステムの骨組みを作った高橋は、いずれこの地に住んでいる半数の人達がシステムに移住したいとの予測をしました。その為にはシステムに住んでいる方の人口を減らす必要性があったのです」
人口子宮の赤ちゃん達はこの先どうなるんだろうか。
まさか人口子宮を止めて天国に行ってください、はあまりにもかわいそう。
彼らだって生きる権利があるはず。
「それで人口が十分の1になっ理由がわかりました。
それでもし、システムが人間側のコントロール下に入ったとして、人口子宮で現在育っている胎児はどうなるのでしょうか」
「勿論、尊い命ですから人口子宮で出産させ、養子として引き取るのが最善の方法だと考えています。幸いかどうかわかりませんが、生まれた子供たちを全て亡くされた高齢の親御さんたちが大勢いるのです。その方達は養子でも子供が欲しいと切願しています」
凄く理論的でバランスの取れた考え方。
これを昔の人が予測していたなんて信じられない。システムを作った高橋さんの肩書きはたしか数量分析の経済学者。
どんな学問なのだろうか?
「さて、アンドロイドに関しての話もしなければなりませんな。結婚した異性のアンドロイドは法で保護されており、人間と同等な権利を持っていますが、それが問題になりそうなのです。男女の区画を取り外すと当然の行動として人間の異性を求める動きが必ず起きます。その時にアンドロイドをどのように取り扱うか。言い換えれば、システム内の法律体系を大幅に変える必要性が出てくるのです」
これは適任者がいるわ。
この人を置いて他の人は考えられない。
彼女だったら間違いなく私達の意見に賛同してくれ、具体的な行動に移してくれるはず。
それに法律の専門家ですからね。
姉御肌だしね。ウフフ。
「私の担当だった弁護士の方は今回の件に関して、私達の行動に対して賛成をしてくれています。肝の座った方で、法廷で私の弁護で堂々と人間同士の結婚の必要性を説いていました。法律用語を多用していたので、全て私には理解できなかったのですが。彼女はそれは必要なことで、大衆の啓蒙だと言っていました」
「それは心強い。その方とあらかじめ連絡を取って頂くとありがたいです。来たるべき日のためにシステム内の法律を、ある程度固めておく必要性があると考えていたのです。連絡は可能でしょうか」
「それは問題ないと思いますが、こちらのコンピューターの性能がわからないのではっきりとしたことは言えませんが。疑問なのですが、コンピュータの部品は何処から調達しているのでしょうか。高度な技術が必要な物なので」
「それもあらかじめ予測されていて、当時としては最新のコンピュータが、予備を含めて多くあります。厳重に管理されており、当分困ることはないそうです。それと、こちらのコンピュータとシステムのコンピュータを同じレベルにする為に、システム内のコンピュータは当時のレベルに固定されています。」
これで、ほとんどの疑問が解決されたわ。
あとは実行あるのみ。
道夫の為。母さんの為。そしてここに住んでいる人の為。さらにはシステムに住んでいる人の為。
人って誰かの役に立ちたいと思うんだけど、私って本当に恵まれているわ。
こんなに、やり甲斐のある事ってある。
母さんも智もやる気があるみたい。
ようし頑張るぞう。
「それで安心しました。できる限り俺たちも協力したいと思います」
「みなさん着いたばかりでお疲れでしょう。大まかな話はこれで終わりで、後日細かな話をするとしましょう。今宵はみなさんの歓迎会を開きますので、是非お越しください。みなさんが泊まる所は小高い丘の一軒家になっています。きっと気に入ってくれるでしょう」
「色々と気を使っていただいて有難うございます。歓迎会は参加させていただきます。それでは後ほど」
会議が終わって家に案内をしてもらった。
それは新築みたいにきれいで、南の窓からは海が遠くまで見えた。
ドアには紙も使用されており、軽くできていた。
台所は薪で煮炊きをし、洗濯は共同。
トイレは別棟で、糞尿は後でまとめて田畑に撒いて肥料にすると言っていた。
居間の中央部には囲炉裏と呼ばれる所があり、そこでも煮炊きが出来て、暖炉代わりにもなる。
家族の団らんにはには、もってこいの場所だわ。
今まで住んでいた家とまるで正反対。
ここでの生活がとても楽しみになってきた。
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