第33話 男。システムの成り立ち。

 老人が続けて話し始めた。


「少し奥さんを怖がらせたかしれませんな。言い方が悪かった。田中君、例の議事録を」


 そういうと、田中と名乗る人が奥の部屋に行った。


「話せば長い話になるのですが、そうですね、何から話せばいいでしょうか。システムが出来た経過はご存知ですかな。そこから確認しながら続きを話しましょう」

「俺達が教えられてきたシステムが出来た経過を簡単に言えば、食糧難によって人類滅亡の危機に対して男女を分け、22歳になったら異性のアンドロイドを与え、人口をコントロールする目的で作られたと教えられました」


 老人は、そうだろうと頭を少し下げた。


「それはそれで正解なんだが、少しかけている。当時、システムを支持する人達がほとんどだったが、中には猛反発する人達もいた。激論が続いたそうだ。お、ちょうどいい。田中君が議事録を持ってきてくれた」


 彼が持ってきたのは、10センチぐらいの厚みがある紙で出来た議事録だった。スマホやタブレットに慣れていた俺は驚いた。紙は歴史で学んだけれど、実際にこの目で見たのは初めてだ。


「これは当時の議事録で、最後まで意見の統一が出来なかったみたいだ。最後にシステムを反対した人達から、ある提案がなされた。文明によって生み出される汚染が食糧難の一つの要因だったので、汚染を生み出さない文明で、なおかつ隔離された場所に住まわして欲しいと。それがこの場所だな」


 俺は、天地がひっくり返るほど驚いた。今まで信じていた事は、世の中の半分でしかなかった事になる訳だ。だとすると、システムの法を犯した者がこちらに来るのは納得がいく。さらに、ここの文明は近代化されてない。そうか、そういう事か。


「さて、異性のアンドロイドの件だが、システムを支持する人達の間でも意見が分かれた。アンドロイド支持派と自然派。自然派は人間同士の結婚を基本とする社会体制。しかし、自然派の欠点は人口が増え過ぎる傾向があること。それに、目の前には飢えで苦しんでいる大勢の人達がいたので、当時は強制的に人口を極端に少なくする必要に迫られていた」


 自然派の人達もいたんだなと俺は安心した。その人達はおそらく、俺たちに同意してくれるだろう。俺達が特別な考え方だと、少しだけ萎縮していたからだ。


「結果としてアンドロイド派の意見が通った。しかし、いずれは女性の本能に目覚め、子供が欲しいと願う人が現れる。そして、プログラマーを学び、その高度な技でシステムの網の目をくぐり抜け、子供を授けるであろうと予測した人がいた。その人の名は高橋清。彼は数量分析経済学者でシステムの骨組みを作った人物。彼の分析は当時非常に評価されており、彼がそれまで予測した事、全が当たっていた」


 だから美貴がプログラマーだと事前に分かったんだ。


「アンドロイド派でも一つの懸念があった。数百年後に汚染された環境も元の自然に戻り、人口が減って食糧が増産されたら、このままシステムを続けていいのかと。全ての問題が解決された暁には自然派に戻してもいいのではと」


 という事は、今がその時期に当たる訳か。え、自然派に戻す。どういう意味だ。システムを止めるという事か。


「長い長い協議の末、先ほど述べた子供を産んだ母親の仮説が解決を導いてくれました。彼女達ならば、システムの深層に入って、あらかじめ書かれた二つのコードを開いてくれるだろうと」


 彼女達、もう一組いるのか。それに、システムの深層だって。俺達が入れなかったパラメーターの箇所か。


「一つ目のコードは、かなり前に書き換えられました。100年以上も前の話になりますが。それはご存知ですかな」

「ええ、知っています。俺はシステムを管理する上級スタッフでしたから」

「なんと、旦那様もプログラマーなのですか」

「はいそうです。もう1人います。美貴のお母さんもそうで、美貴にハッカーとしてのテクニックを教えたのが彼女です。おそらく、この3人の中では美貴とお母さんが同じレベルで俺よりも上だと思います」


 美貴とお母さんを見ると、2人とも手を振って違うよと意思表示している。防御は俺の方が上だと思うのだが、ハッカーとしての経験が2人に比べると少ない。これは客観的事実だから正確に相手に伝えておかなければならないと思ったからだ。


「そうですか。それは朗報です。1回目のコードを変えた日数が2年以上の歳月を要したと記録にあります。3人だと少しは早まりそうですかな」

「それは、はっきり言ってやってみないとわからない部分もあるので、今ここで、いい返事が出来ないです」

「それは失礼を。少しばかり気が焦っていまして」

「気が焦っているとは、なんでしょうか。気になりなす」

「流行病なのです。残念ながら先ほどお話しした汚染を生み出さない文明は医療分野にまで及び、近代的な医療はここにはないのです。ペニシリンはありますが、それ以上の薬がなく、不定期的に起こる病気を防ぎきれてないのです。ここの平均寿命は45歳を少し超える程度なのです。また、大怪我をされた方は薬がないため、多くの方が亡くなるのです」


 美貴が今度質問した。


「流行病はもしかして、幼い子供達とお年を召した方が主に亡くなるのでしょうか」

「その通りです。奥さん。ここでは子だくさんが当たり前なのですが、5,6歳になるまでには半数の子供達が亡くなります。悲しい事です。人々はここでの生活には満足しているのですが、医療に関しては近代的な治療を受けたいと思っています」

「ここに来る途中で、これで助かると言う言葉を何回か聞きましたが、2回目のコードを解放したその暁には、システムが持っている医療を受けられることが出来るからなのでしょうか」

「正にその通り。ここに住んでいるほとんどの家族が、医療を受けられないために身内が亡くなっているのです」


 これは思っていた以上にきつい現実だ。システムから解放されたはいいが、道夫とお母さんには直接的な脅威が存在しているのか。これは誰が考えても焦るよな。


「先ほど述べたシステムの骨組みを作った高橋は、いずれこの地に住んでいる半数の人達がシステムに移住したいと予測しました。その為にはシステムに住んでいる方の人口を減らす必要性があったのです」


 だからシステム内の出生率を下げたんだ。美貴が続けて質問した。


「それで人口が十分の1になっ理由がわかりました。それでもし、システムが人間側のコントロール下に入ったとして、人口子宮で現在育っている胎児はどうなるのでしょうか」

「勿論、尊い命ですから人口子宮で出産させ、養子として引き取るのが最善の方法だと考えています。幸いかどうかわかりませんが、生まれた子供たちを全て亡くされた親御さんたちが大勢いるのです。その方達は養子でも子供が欲しいと切願しています」


 移住目的と養子の両方を両立させる為にパラメーターを変えたのか。人口子宮で生まれる赤ちゃんが多すぎると、引き取り手が不足する可能性があるからな。それにしてもシステムの骨組みを作った高橋という人物は相当頭が切れる。こんな先の未来を予測して当たっている。


「さて、アンドロイドに関しての話もしなければなりませんな。結婚した異性のアンドロイドは法で保護されており、人間と同等な権利を持っていますが、それが問題になりそうなのです。男女の区画を取り外すと当然の行動として人間の異性を求める動きが必ず起きます。その時にアンドロイドをどのように取り扱うか。言い換えれば、システム内の法律体系を大幅に変える必要性が出てくるのです」


 美貴がすかさず、それに対しての返答した。法律の専門家は美貴の担当だった弁護士が適任だろう。彼女から弁護士について詳しく聞いている。その弁護士は公正で理論的に物事を進められ、なおかつ積極的だ。美貴が母親以外では、彼女を非常に高く評価していた。


「私の担当だった弁護士の方は今回の件に関して、私達の行動に対して賛成をしてくれています。肝の座った方で、法廷で私の弁護で堂々と人間同士の結婚の必要性を説いていました。法律用語を多用していたので、全て私には理解できなかったのですが。彼女はそれは必要なことで、大衆の啓蒙だと言っていました」

「それは心強い。その方とあらかじめ連絡を取って頂くとありがたいです。来たるべき日のためにシステム内の法律を、ある程度固めておく必要性があると考えていたのです。連絡は可能でしょうか」

「それは問題ないと思いますが、こちらのコンピューターの性能がわからないのではっきりとしたことは言えません。疑問なのですが、コンピュータの部品は何処から調達しているのでしょうか。高度な技術が必要な物なので」

「それもあらかじめ予測されていて、当時としては最新のコンピュータが、予備を含めて多くあります。厳重に管理されており、当分困ることはないそうです。それと、こちらのコンピュータとシステムのコンピュータを同じレベルにする為に、システム内のコンピュータは当時のレベルに固定されています。」


 何から何まで計算されていたんだな。俺は感心すると同時に積極的に参加したいと思った。いや、思うのではなくて参加しなければならないと感じている。道夫と美貴の母さんの為、それに、俺たちに期待してくれている人達のために。美貴とお母さんの方を見ると、やる気で目が輝いている。


「それで安心しました。できる限り俺たちも協力したいと思います」

「みなさん着いたばかりでお疲れでしょう。大まかな話はこれで終わりで、後日、細かな話をするとしましょう。今宵はみなさんの歓迎会を開きますので、是非お越しください。みなさんが泊まる所は小高い丘の一軒家になっています。きっと気に入ってくれるでしょう」

「色々と気を使っていただいて有難うございます。歓迎会は参加させていただきます。それでは後ほど」


 俺たちは軽く会釈をすると、向こうも同じように会釈で返してくれた。それから俺たちは、これから泊まる家に案内してもらった。案内の人によるとそこはプログラマーの人達の家で、ちょうど空きがあった事を話してくれた。そこは、思っていた以上に好条件の場所に建てられており、新築同然の家だった。













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