第29話 女。予言されていた来訪
船旅は、道夫にとっては興奮の連続みたい。
今は、イルカが船の周りを泳いでおり、彼らが水面に顔を出す度に道夫は喜んでいる。
道夫は暴れるとまでいかないけれど、今にも私の腕を無理やり振り払って、そこにいるイルカと遊びたがっている。
今の彼を抱いているのは一苦労。
イルカの群れは一定の方向に突然向きを変えた。
その先に何があるのか見て見ると、何かが飛んでいるのが見える。
道夫も同じ方を静かに見ている。
何が飛んでいるのだろうか。
鳥の群れをイルカが襲うはずもないし、と思っていると道夫がまた騒ぎ始めた。
それは飛んだり、潜ったりを繰り返していた。
かなりの飛行距離を飛んでいるので最初は鳥の群れだと思った。
「ママ、どうしたんだい。道夫がえらくはしゃいでいるけど」
私達が騒いでいたので、考え事をしていた智が何事かと聞いた。
「それが、よくわからないのよ。海の上を飛んでいるものがあって、それを見て道夫がはしゃいでいるんだけど。鳥だったらずっと空を飛ぶはずだし、魚は飛ぶはずないし。あ、ほらまた」
私は智に、何かが飛んでいる方を指し示した。
繰り返し、繰り返し飛んでいる。
逃げるかのように。
さっきのイルカと関係があるのかもしれない。
群れがこちらに向かって来る。
魚の群れだ。
間違いないけど、翼が生えた魚がいるとは驚きだった。
智には見えたかな。
「パパ、あれ、魚よ」
「ママ、魚は飛ばないだろう。鳥が海中に潜って魚を捕っているんだよ。ペンギンがそうで、海中で小魚を捕まえているんだよ」
「あら、パパ、視力が少し悪いんじゃないですか」
「おいおい、俺はそんなには悪くないよ。1.0ぐらいだよ」
「私の勝ちー。1.5の視力を持っています。間違いなく魚よ。道夫、あれはお魚ちゃんですよ」
「本当か、信じられない」
私の方が視力がいいんだ、知らなかった。
それにしても魚達、多分イルカに追われて飛んで逃げているんだね。
うまい逃げ方だと思った。
空に逃げると、イルカは捕食できないわね。
私は感心しながら見ていた。
「ママ、今回は俺の完敗だ。次は勝つぞ」
「もうパパったら。勝ち負けの問題ではないでしょう。でも、これで一勝先行ね」
家族で過ごす時間を、のんびりと過ごせばいいのに、智は私達に気を使っている
。優しいパパ。
この先、何があろうともこの人について行こうと思った。
道夫を見ると、彼は遠くへと去っていく魚達をずっと見ていた。
狭い牢屋暮らしで退屈していたのは知っていたけれど、どうにもできなかった。
それが、こんなに広い海に出られて道夫は何を考えているんだろうか。
さっきまではしゃいでいたのは嘘のようで、身動き一つなく魚の群れが視界から消えるまで見つめていた。
「ママ、隆の裏切りの原因が解ったよ」
「え、本当に。それで何だったんですか」
「嫉妬心さ。俺たちが持っていて彼が持っていないものがあって、それに対しての嫉妬心が暴発し裏切った」
「彼が持っていなくて、私達が持っているもの。彼は地位と名誉を持っていたし、綺麗な奥様もいる。想像がつかないわ」
「子供さ」
反射的に道夫を強く抱きしめていた。
2度と家族が分かれるのは嫌だと。
「ママ、安心していいよ。ここまではさすがの隆も追っかけてはこないさ」
「そうですよね。彼の行動が今までは読めなかったので、つい。いくら何でもここまでは」
「ま、そう言う事だな。血の繋がった子供のいない彼に、俺たちは自慢話をしていたよな。彼にしてみれば、持ちたくても持てないものを親友の俺が自慢話をしてた訳だ。そりゃ嫉妬するさ」
「彼に対して悪いことをしていたんですね、私達。気づいてあげれば良かった」
「ママは優しいね。そこがママのいいとこなんだけどさ。でも裏切りは良くないよ。たとえ嫉妬したとしても。もし今度会えるとしたら一発殴ってやる」
「殴って、後は仲直りでしょ。違う」
「参った。そう考えていたんだ。これで2敗目だ」
「うふふ、殴る時は少しだけ手加減してあげてね」
「ああ、分かっているさ」
隆さんに会える日は来るんだろうかと考えた。
それはないよね。
もう一度システムの管理する中に入らなければならない。
少しだけ身震いした。
3日目のお昼頃、目的地に着こうとしているのが確認できた。
港が見える。
それに子供達もいる。道夫と同じくらいの子供も。
海辺でお母さんと一緒に海に入ってはしゃいでいるのが見えた。
心の底から嬉しかった。
道夫の友達ができるかもしれない。
ここに来て、目の前で見るまでは夢にも考えなかった光景だ。
「あなた見て、あんなに小さな子供もいるわ」
「ああ、そうだな。よかった、人が住んでいる」
「ええ、ええ、本当に良かった」
少しだけ涙が流れた。
よかった。
これで家族が別れて暮らすこともない。人々
がこんなにも歓迎しているんだもの。大勢の人が手を振っている。
智がそれに答えて手を振り始めた。
彼の顔を見上げると嬉しそうに微笑んでいる。
突然船が揺れた。
一瞬何かにぶつかったと思ったけれど接岸したんだ。
船に乗るのは初めてだったので、ちょっとだけびっくり。
「目的地に着いた、降りろ」
船から降りる装置に乗ると少しだけ怖かった。所々傷んでいるからで、もしかしたら落っこちるかもと不安があった。
この先の不安がここから始まった。
システム内にいる時は、全て正常に機能しており、何かあると修理アンドロイドがすぐにでもなおしてくれる。
ここではアンドロイドがいないと思った。
そうすると、全て人間の手でやらなくてはならなくなる。
私にできるだろうか?
そう考えているうちに気がついたら、すぐそこが桟橋だった。
白髪の威厳のある老人がゆっくりと私達に近づいて来た。
「初めまして、高橋です。この地区の代表を務めています。ここでは何ですから、あそこに見える建物の中で話しましょう」
高橋と名乗る老人が私達を案内してくれている。
途中に子供を背負ったお母さん達が洗濯をしているのが見えた。
全て手洗いで行なっており、足で踏みつけて大きな洗濯物を洗っている人もいる。
見ていて重労働だと思った。
男の人がいなかったので洗濯は女の仕事だとすぐにわかった。
私にできるだろうか不安になってきた。
今まで私がやってきた洗濯は、専用の機械に洗濯物をなんでも入れ、数時間後にはキッチリと種類別に分けてあって折り畳んで出来上がっている。
アイロンも全て自動。
掃除も専用の小さな機械がある。
床掃除は小さな機械だけれど、とても便利。
ゴミを吸い取って拭き掃除、最後には指定をすればワックスがけもしてくれる。
しばらく歩くと大きな建物が目に入ってきた。
そこに老人が向かっている。
予想通り古い建物で、金属類はほとんど見当たらなかった。
入口のドアも木で出来ており、細かな彫刻がしてあった。
建物の中に入るとひんやりとした風が吹いている。外は暑かったのでたすかった。
特に道夫は汗っかきで、よく汗疹ができるので汗を掻かなくて済む。
海の見える大きな部屋に通された。
会議用のテーブルと椅子が置いてあって全て木で出来ており、これも彫刻がしてあった。
私達に椅子を勧めるので座った。道夫には可愛らしい子供用の椅子がすでにそこに置いてあった。
誰かが先にきて準備をしていたんだ。
座ると、冷たい飲み物を持って2人の女性が入ってきて配っていった。
喉が少しだけ乾いていたので飲み物を少しだけ飲んだ。
少し甘みのあるフルーツ系の味がした。
とっても美味しかったので、道夫にも飲ませると彼も気に入ったのか、ちょこちょこ飲んでいる。
「さて、最初に自己紹介をしますかね。私の右に座っているのがメインプログラマーの佐藤君、左に座っているのが事務の責任者の田中君です」
メインプログラマーの佐藤君は興味津々でこちらを見ている。
私達3人がプログラマーだと知ったら彼はどう反応するんだろうと思った。
あれ、特に私を見ている。
何故?
「初めまして。私の名前は智、妻の美貴、息子の道夫。そして美貴の母親の清美です」
智、緊張している。いつもの彼とは少し違う。
「さて、あなた方はシステムから追放された方達ですね」
智がそうですと答えた。
この方達は船で来る人は、みんな追放されたと知っているんだ。
「はい、そうです。話せば長くなるんですが、俺たちはシステムの法を破ったので追放となりました」
「そうですか、やはり。それで、奥様はプログラマーではありませんか」
え、私の事。
なんでそこまで知っているの。
私は怖くなった。
知るはずもない事を知っているから。
「奥様の事は予言されているのです。いつの日か子供を連れた女性が追放され、この地に来ると。それがあなたであり、人々の歓迎もそれがあるからなのです」
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