第28話 男。追放先。
船は予定通り朝早く出航した。
乗っている船員はやはりアンドロイドだけだった。
今度も自由に歩けた。
もちろん立ち入り禁止の場所もあったが、この船はどうやら沿岸警備隊の船らしい。
機関砲が前後に見えたからだ。軍艦にしては小さいし、まさか漁船でもない。
この船でも船旅は快適だったので、正直何でもかまわないが、時間が経つに従って不安は募っている。もし人間が行く先に住んでいるとしたら、システムと敵対関係にあるのは間違いなさそうだ。
この船でも近づいて、攻撃されないのだろうか。
逆に、もし攻撃されないのであれば何故だ。
このような軽装備で近づいても大丈夫とわかっているから、この船を選んだはずだ。
んー、システムと行く先の関係はどんな繋がりが。突然騒がしくなった。
思考が中断され、何だろうと思って見ると美貴と道夫だった。
近づいて見ると、道夫が何かを見つけては、はしゃいでいる。
美貴も少し興奮気味だ。
「ママ、どうしたんだい。
道夫がえらく、はしゃいでいるけど」
そういえば、家族が再開して道夫の前では自然とお互いを、パパママと呼ぶようになった。
「それが、よく分からないのよ。海の上を飛んでいるものがあって、それを見て道夫がはしゃいでいるんだけど。鳥だったらずっと空を飛ぶはずだし、魚は飛ぶはずないし。あ、ほらまた」
美貴の指し示す方向には何かが確かに飛んでいる。
かなり飛んだと思うと海中に消える。
これは見ていて飽きないな。
道夫にとっては、いないいないばあを見ている感じなのだろう。
それは消えては現れ、また消える。徐々にだが船がそれに近づいている。
魚に似ているが、翼がある。何だろう。
段々と近づく。
「パパ、あれ、魚よ」
「ママ、魚は飛ばないだろう。
鳥が海中に潜って魚を捕っているんだよ。ペンギンがそうで、海中で小魚を捕まえているんだよ」
「あら、パパ、視力が少し悪いんじゃないですか」
「おいおい、俺はそんなには悪くないよ。1.0ぐらいだよ」
「私の勝ち。1.5の視力を持っています。
間違いなく魚よ。
道夫、あれはお魚ちゃんですよ」
「本当か、信じられない」
俺が言った途端、偶然にもその群れは行く先の角度を変え船に近づいてきた。
まじかに見て俺はびっくりした。
魚だ。
魚の胸ビレが翼のように伸びており、鳥のように飛んでいる。
美貴の言ったことが当たっていた。
「ママ、今回は俺の完敗だ。次は勝つぞ」
「もうパパったら。勝ち負けの問題ではないでしょう。でも、これで一勝先行ね」
2人は笑った。
けど、切り返しの早い美貴に俺は少しだけ羨ましいと感じた。
そういえばあの時も少しだけ羨ましいと感じた。当然だけど男は子供を産めない。あの感動は実際に産んで見ないとわからないと思った。
俺もあの時は感動したけれど、当事者でないと経験できない。
半日以上苦しんで、そしてついにそれまで自分の肉体の一部だった子供が生まれ出る。
羨ましいか。
待てよ、隆の件だけど、もしかして。俺らに対して羨ましかったんではないだろうか。
そうだ。きっとそうだ。
俺らが持っていて彼が持っていなかったものは子供だ。彼がいくら努力しても得られないもの。
子供が生まれる前までは、俺と彼は同じものを持っていた。
地位と名誉、それに裕福さ。
「ママ、隆の裏切りの原因が解ったよ」
「え、本当に。それで何だったんですか」
「嫉妬心さ。俺たちが持っていて彼が持っていないものがあって、それに対しての嫉妬心が暴発し裏切った」
「彼が持っていなくて、私達が持っているもの。彼は地位と名誉を持っていたし、綺麗な奥様もいる。想像がつかないわ」
「子供さ」
そう言うと美貴は少しだけ体をこわばらせて、道夫を強く抱いた。
「ママ、安心していいよ。ここまでは、さすがの隆も追っかけてはこないさ」
「そうですよね。彼の行動が今までは読めなかったので、つい。いくら何でもここまでは」
「ま、そう言う事だな。
血の繋がった子供のいない彼に、俺たちは自慢話をしていたよな。彼にしてみれば、持ちたくても持てないものを親友の俺が自慢話をしてた訳だ。
そりゃ嫉妬するさ」
「彼に対して悪いことをしていたんですね、私達。気がついてあげれば良かった」
「ママは優しいね。
そこがママのいい所なんだけどさ。
でも裏切りは良くないよ。たとえ嫉妬したとしても。
もし今度会えるとしたら一発殴ってやる」
「殴って、後は仲直りでしょ。違う?」
「参った。そう考えていたんだ。これで2敗目だ」
「うふふ、殴る時は少しだけ手加減してあげてね」
「ああ、分かってるさ」
俺は美貴の肩を抱いて、広い海を親子3人でしばらく見ていた。
船出して3日目の昼ごろ、船が向かう先の遠くに、山の頂がかすかに見え始めた。
その山が徐々に大きくなっていき、ふもとまでもはっきりと確認できるくらいになった。
俺たちは興奮した。
新しい土地がよりはっきりと、視界に入ってきたからだ。
近づくにつれ、港も見えだした。
家族みんなで同じ場所を見た。
港には溢れんばかりの人がいた。
右側は砂の海岸になっていて、子供達が泳いでいるのが見える。
左側は石垣になっており、港には入れない人達が大勢いるのが確認できる。
「あなた見て、あんなに小さな子供もいるわ」
「ああ、そうだな。よかった、人が住んでいる」
「ええ、ええ、本当に良かった」
船がゆっくりと桟橋に接岸していくにつれ、人々の顔もはっきりとわかるようになった。
多くの人が笑顔で手を振っている。
こちらも手を振って応えた。
船に振動が走った。
接岸したんだ。
しばらくすると船から降りるための装置が近づいて来た。
「目的地に着いた、降りろ」
船員が降りる場所まで案内してくれた。
さっき見えた降りるための装置が船に接触していた。
それは木から出来ており、今にも壊れそうな感じがした。
勾配で高い場所にある船の降り口から、低い桟橋まで続いていた。
一歩一歩確かめながら降りていった。
桟橋に家族全員が降りると大きな歓声で迎えてくれた。
1人の老人が前に出て自己紹介してくれた。
「初めまして、高橋です。
この地区の代表を務めています。
ここでは何ですから、あそこに見える建物の中で話しましょう」
そう言うと彼は、俺たちを建物まで案内してくれた。
途中、人々の歓迎の声が止むことなく聞こえた。
ここの人たちは俺たちを歓迎している。
そう思うと、今まで悩んでいた事が嘘のように吹き飛んだ。
ただ気になるのは、人々の歓迎を受けながら聞こえてくる「これで助かる」だった。
建物に着いた。
これも木造で出来た建物だけど、かなり大きくて古い。
中に入ると少し涼しかった。
外は水泳ができるほど暑かったけれど、ここは快適に思えた。
海が見える部屋に案内され、そこには大きな木のテーブルと木の椅子があった。
ここはどれも木で作られており、不思議と心に馴染む。今までは金属やプラスチックなどの素材が多く、木で作られたのはほとんどなかった。
高橋と名乗る人が椅子を家族全員に進めてくれた。彼が反対側に座り、彼に付き添ってきた2人が彼の両脇に座った。
「さて、最初に自己紹介をしますかね。私の右に座っているのがメインプログラマーの佐藤君、左に座っているのが事務の責任者の田中君です」
紹介された2人は辞儀をした。
メインプログラマーの彼がシステムを攻撃していた人だと確信した。
すぐにでも色々と聞きたかったけれど、自己紹介をしなければ。今度はこちらの番だ。
「初めまして。私の名前は智、妻の美貴、息子の道夫。そして美貴の母親の清美です」
言い終わるとこちらもお辞儀をした。
「さて、あなた方はシステムから追放された方達ですね」
俺は素直に応えた。
「はい、そうです。話せば長くなるんですが、俺たちはシステムの法を破ったので追放となりました」
「そうですか、やはり。それで、奥様はプログラマーではありませんか」
俺は驚いた。
何で知っている。美貴の方を見ると少し震えていた。彼が続けて話した。
「奥様の事は予言されているのです。いつの日か子供を連れた女性が追放され、この地に来ると。
それがあなたであり、人々の歓迎もそれがあるからなのです」
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