第30話 女。2人目。
「車に乗って」
いよいよ智と会える日が来た。この日をどれだけ待ちわびただろうか。道夫にパパに今日会えるのよと、朝から何回も言い聞かせた。私が興奮しているのが伝わったのか、あるいは写真を何度も見せ、パパに会えると言ったのかはわからないが、道夫がはしゃいでいる。智に再会できるだけでも嬉しいのに、道夫もパパに会える嬉しさを体で表現している姿を見ると嬉しさが2倍になる。それに私のお腹の中には2人目の赤ちゃんが順調に育っている。今回はつわりもほとんどなく、以前苦しんでいたのが嘘のようだ。2人目だから慣れたのかなー、と1人で分析している。あるいは今度は女の子。そう言えば妊娠に関する資料を読んで、男の子と女の子ではつわりの現れ方が違うとも書かれていたのがあったけれど、医学的な統計に基づいたものではなかったので少し疑わしい。でも、今回のつわりの現れ方が以前と違うので、女の子の期待を少し持っている。男の子も可愛いいけれど、女の子も欲しい。私って、贅沢な要求をしているのかな。多くの女性が子供を産めないのに、私だけ子供を産んで育てている。
子供の事を考えている内に大きな建物が見えて来た。どうやらそこに向かっているらしい。潮風の匂いがする。大きな扉が開いた向こうには人影。車が近づくとその人影は智だった。少しだけ痩せたみたいだったけれど、元気そうだ。私は、車を降りる前から涙が流れ始めた。道夫を抱いて車の外に出た。智が駆け足で近づいて来て、私と道夫を抱きしめてくれた。しばらくして智を見ると、涙を流していた。嬉し涙だ。抱いていた道夫を見ると、パパの顔をじっと見ていた。もしかして。
「パーパ、パーパ」
やったね。作戦成功。かぞくの再会には最高の演出。智の顔は喜びで溢れており、今度は道夫だけを抱いて持ち上げた。
「高い高い、高い高い」
智は何度も高い高いをして、その都度道夫は喜んではしゃいでいる。久しぶりに見る光景。嬉しさのあまり、また私の涙が流れ出した。しばらくすると智は、道夫を抱いて母さんの方を振り向いた。
「母です。母さん、こちらが私の旦那様の智です」
「初めまして。美貴が色々とお世話になっています」
「初めまして。智です。いえ、こちらこそおせ」
突然、後ろから声をかけられた。ここの案内係で、この施設の注意事項と明日の朝出航すると聞かされた。なぜかわからないが、智がクスクスと笑っている。
「そういう訳で、出航は明日の朝だ。ここではなんだから、食堂に行かないか。食事は多分、まだだろ」
「ええ、あなた。お腹がペッコペコ。お母さんは」
「私もだね。長旅で、お水しかもらえなかったから」
「そうゆうことなら行きますかね。あ、そうだ。ここのランチはまずいけど」
あ、このセリフ、どっかで聞いたことがある。そうか。私は智が言うのを手で止めて。
「フライドチキンは美味しい。でしょう」
智の笑い声を聞いたのは久しぶりだった。私も思わず笑ってしまった。彼の笑っている顔も素敵だなと、ちょっとだけ思った。またまた彼の新しい側面を発見。
「正解。さすがだな」
「いえいえ、あなたには負けますわ。裁判での発言を読ましてもらったのよ」
「えー、あの時の。あの時は真剣だったからな。ない知恵絞って言ったんだぜ、それに」
「ほらほら2人とも。早く食堂に行ってフライドチキンを注文しましょう。私はお腹が空いて倒れそうだよ」
母さんがわざと大げさに言って私達を笑わせてくれた。それに、ここでの立ち話より、ランチを食べながらの方が余程健康的。それに、お腹が空いては戦はできぬ、あれ。これって違う意味だったけ。もう少しで言いそうになった。私も少し精神が高揚しているみたい。とにかく、お腹が空いていたのでちょうどよかった。フライドチキンなどを注文して席に着いた。智が道夫を下ろすと、道夫は探検を始めた。彼にとっては歩けるようになっての初めての広い部屋。余程嬉しいのか止まることなく歩き回っている。智が食い入るように道夫を見ている。それはびっくりするよね。最後に別れた時にはつかまり立ちしか出来なかったのが、今や我が物顔で行きたい所にいっている。
「これは驚いた。しばらく見ないうちに成長したもんだなぁ。言葉の方はどうなんだ、美貴」
「かなり増えたわよ。バーバも言えるしね。母さん」
「そうなんだよ。孫に言われるとつい微笑んでしまうね」
「俺も同じ感じですね。子供の成長が今の俺の生きがいの1つである事は間違いない」
「同意見だね。孫会いたさに、ここまで来てしまったから」
「そうだ。智に報告があったんだ。なんだと思う」
「え、俺に報告。なんの。全く想像がつかない」
「あなたが原因よ」
私は思わず夫婦の夜のお勤めを思い出した。
「ますますわからない。降参だ。降参。早く教えてくれよ」
うふふ。智に会った時に、最も言いたかったセリフをこれから言うけど、彼がなんてリアクションするのか楽しみ。
「お腹の中にはあなたのせいで、2人目の赤ちゃんがいまーす」
智の目がまん丸になっている。すごく驚いたみたい。そう思っていると、智は私を抱きしめキスをしてくれた。優しくて甘いキスだった。彼の深い愛情を感じた。
「美貴よくやったな」
「あら、言ったでしょう。あなたのせいだって」
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