第25話 男。判決。
弁護士が何度も離婚届けにサインするように、しつこく言ってきたが、俺は断固として拒否した。
美貴と結婚した証である結婚届けを否定する事は、俺の最後の心の命綱を切ることに等しい。
何度も説明したのに、あの弁護士は理解してくれない。
邪推かもしれないが、弁護士は弁護によって加害者の罪が少なくなると、評価が上がると聞いたことがある。
端的に言えば、俺が離婚届にサインすると、罪が軽くなって彼の評価が上がる事になる。
なんとも理不尽な世界だ。
彼のために俺は自分の信念を曲げる気は毛頭ない。本当の家族愛を知らない彼の為にだけにサインしたくない。
だってそうだろう。
サインすると、偽の家族構成を俺が認めた事になる。
まっぴらごめんだ。
「おい、出ろ。これから裁判が始まる」
いつもの警察官ではない。
裁判。
ついに運命の時が来たのか。
彼によって手錠がはめられ、俺は彼の後をついて行った。
そこは広い部屋で、すでに人が大勢いた。
フラッシュライトの荒らしが俺を襲った。
最初、何事なのかと思ったがすぐに理解した。
ジャーナリスト達だ。
知宏の助言で、あれから身綺麗にしていた。もしかしたら、美貴が見るかもしれないと思ったからだ。だから俺は、家族に会いに行くような穏やかな顔をした。さらに、俺が全て判っていて美貴の計画に協力したと印象ずける為だ。
恩赦など欲しくない。
システムを批判し、美貴と同じ追放の罰を受けたい。
「被告人は座って」
壇上の上には裁判官らしき人物が座っていた。おそらくアンドロイドだ。
話には聞いたことがある。
システムと直結している極めて珍しい存在だと。
「これから智君の審議を始める。最初に検察官」
検察官が出て来て話し始めた。
「彼の罪状は刑法第3条システム破壊罪。この罪は・・・」
俺には理解できない法律用語を長々と話していた。
判った範囲内では、俺の罪はシステムの理念を破壊し、実際にシステムに侵入して、個人情報を改ざんした。それは社会的に受け入れがたい行為であると。
その通りだと俺は、心の中で思っていた。
しかし、一つだけ間違っている事がある。
システムそのものを、唯一間違いのない存在だと言っていた事だ。
ま、検察官が体制側でシステムを否定しないのは当たり前か。
「次に弁護人」
俺の弁護人が出て来た。
ここ、1週間ほど会ってない。
俺が頑固だから諦めたのか、それとも彼の家族構成を否定するから、彼も真実に気づき悩み始めたのか。
まあ、彼の場合、後者の確率は少ないな。
出世の為に俺の罪を軽くしたいが本音だろう。
「えー、彼は奥さんが人間とは知らずに結婚しました。奥さんが妊娠して彼に隠し通せないとわかると、彼女は初めてこの段階で秘密を打ち明けました。すでに彼と彼女の子供がお腹におり、彼は言い換えるならば、彼女に人質を取られた形になりました。仕方なく彼は彼女の指示に従い」
おいおい、全く違う。
ここで俺は手を上げた。
「異議あり。全く事実と異なります」
場内が騒ついた。
「静粛に。
智君、君は弁護士の言っているのは事実ではないと言いたいのかね」
「はい、そのとおりです」
弁護士がこちらを睨みつけ。
「裁判長。彼は錯乱しております。
彼の子供が現在も人質を取られた状態と同じ状況であ」
裁判官が弁護士の言葉を遮った。
「智君よりも君の方が、はるかに精神的に混乱しておる。私には人の精神状態がわかるのでな。
さて智君、話の続きをすることを許可する」
「ありがとうございます。
まず最初に結婚の事ですが、数ある花嫁候補の中から彼女を選びました。
選んだのはアンドロイドらしからぬ振る舞いがあったからなのです。具体的言えば、最初彼女を見た時に目をそらしたんです。普通だったら考えられない事です。
さらに彼女は感情を表現しており、俺にとっては非常に魅力的な相手でした。
その感情は、相手がアンドロイドでも人間でも関係ありません。
結婚式の夜のディナーの時には、俺は彼女を愛していました。
これは紛れも無い事実です」
少し場内が騒いでいたが、気にせずに話し続けた。
「次に美貴が妊娠して俺に隠せなくなると、彼女はこれまでの事を全て話してくれました。
そのあと、俺はこう言いました。
なんで早く気づかなかったんだろうと。
彼女は勘違いして、私を警察に突き出してくれと言いました。これ以上俺に迷惑をかけたくない為でした。
いやいや違うんだよと、俺は彼女に言いました。
俺の言っている意味は、美貴が1人で悩まずにすんだろう。俺たちの赤ちゃんか。わくわくするな、と。
つまり、弁護士さんの言っていた子供を人質云々カンヌンではなく、全くの真逆で、俺の子供ができた事を喜び、なんて表現すればいいんだろう。
そうだ、古典での言葉だけれど、愛の結晶が生まれた事によって、2人の関係がより深まり、この時から子供を含んだ家族愛が芽生えた」
俺が話すごとに場内では、さらにざわめきが大きくなっていった。
「静粛に。傍聴席、静粛に。智君続きを」
「ありがとうございます。
その後俺は、俺の家族を守る為に法律を犯しました。
判っていて法律を犯したのです。
検察官の言っている事は全て事実です。
しかし、ただ1点だけ彼が間違った主張があります。
それはシステムを万全の、そう、あたかも神であるかのように扱っている事です」
また傍聴席が騒ぎ始めた。
「静粛に。傍聴席、静かに聞けないのか。
智君を見習いたまえ。彼は騒がずに、静かに話してるではないか。
最後まで聞いてあげようではないか」
場内ではクスクスと小声で笑い声が聞こえた。
「静かになったようだ。続きを」
「ありがとうございます。
俺は、その時からシステムの矛盾を感じるようになった。
昔は男女の人間同士が結婚して、子供を授かるは当たり前で、人類が進化するそれよりも遥か昔からオスとメスの異性が結びつき子孫を増やしていったのは事実であり、みじかな犬でも同じ事が言えます。
1匹のオスの犬と、1匹のメスの犬が出会い家族を作り、子供を産み育てる。
なぜ自然にいる動植物がそうしているのに 人間だけが例外なのでしょうか?
異性の相手はアンドロイド、子供は人間だけれども養子で血が繋がっていない。
時には養子は必要かもしれませんが、人口子宮で赤ちゃんを育てるのは論外です。
出産を経験して、もちろん俺ではないですが」
場内ではあちこちで、クスクスと小声で笑っている。
「美貴の出産の補助をして感じたのは、まさに自然の偉大さでした。
半日以上の陣痛の苦しみの先にあったのは感動そのものでした。
出産直後、息をしていない赤ちゃんが大きな声で、オギャー、オギャーと泣いたのです。
あの小さな体で、よくこれだけの声が出ると驚きました。
すぐに生まれたての赤ちゃんの体を拭き、美貴に渡すと、たちまちオッパイを吸い始めたのです。
親子ともにあんなに苦しんだのに。
感動しました。
調べてわかったのですが、生まれたての赤ちゃんがすぐにオッパイを吸うのは母子関係を築く上で非常に重要な過程。
おっぱいをあげるとホルモンの関係上、後産が楽になり、さらに別のホルモンでおっぱいの出も良くなる。
また、お互いの肌を接触さす事により、親子の繋がりがより親密になります。
その効果により、母子ともに精神が安定する。
おっぱい自体も人口のミルクでは再現できない貴重な栄養素はもちろんの事、母親が持っている免疫をも赤ちゃんに与えることができるのです。
人口子宮で生まれた赤ちゃんでは全く考えられない事であり、生まれてまもない子にすぐに母親のオッパイをあげるのは、まさに人間の中にあるDNAのなせる、本来人間が持っている自然の技なのです。以上の事を考え導き出された結論は、出産に関してシステムは、根本から間違った方法を選んで俺に強要しようとした。
システムこそが根本の原因であると思います。
以上です」
また場内は騒がしくなっていった。
「静粛に。静粛に。
1時間後に判決を言い渡す。
以上」
その後俺は別室で待たされた。
言いたい事は言った。あとは待つだけだ。
あっという間に1時間が過ぎた。時間が来て戻ると場内はシーンと静まり返っていた。
「判決を言い渡す。
追放。以上、閉廷」
場内は割れんばかりの騒ぎになっていた。
ふと弁護士さんの方を見ると、うな垂れていたのが見えた。
少し、彼に気の毒なことをしたと思った。
でも、それよりも遥かに歓喜の方が俺の心を支配していた。
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