第24話 女。母さん。

 道夫は日増しに歩く歩数を増やしていき、今では10歩以上歩けるようになった。

 言葉もいくつか話せるようになって、ママ、マンマ、ネンネ、オッパ、そしてパパ。

 ママはもちろん私のことで、マンマはご飯のこと。ネンネは眠い時に言っており、オッパは、おっぱいが欲しい時に言う。パパは、もちろん智のことで、道夫は、未だにしっかりぱぱのことを覚えているみたいだ。高い高いはもちろんのこと、腕にぶら下がる、ぱぱのお馬さんに乗るなど、子供が喜びそうな事は智が率先して遊んでくれていた。


 道夫は人が来るたびに笑顔になってパパと言うけど、その度に違う人が来るので私の陰に隠れる事を繰り返していた。

 それを見ると可哀想になった。

 また人が来た。

 今日は道夫はパパと言わなかった。

 さすがに来ないと諦めたのか、何も言わず、私の陰に隠れた。


「あなたに面会。1時間だけだけどね。」


 後からついて来た人は母さんだった。

 鉄格子のドアを開けてもらい、母さんが入って来た。


「久しぶりだね美貴、思っていたより元気そうで安心したよ」

「母さん」


 私は思わず母さんに駆け寄り、彼女の胸の中で泣いた。

 心の中で我慢していた、あるものが弾けたのだろう、ただひたすら泣いていた。

 ふと気がつくと道夫が横に立って私の服を引っ張っていた。


「美貴と呼ばしてもらうよ。

 素敵な名前じゃないか。

 それに道夫だね、初めましておばあちゃんだよ。

 ほんと嬉しいね、この日が来るのを楽しみにしていたんだよ」

「母さん、ごめんなさい。

 母さんまで迷惑をかけて」

「何言ってるんだい、私は嬉しいんだよ。

 美貴の子供ができて。この子を見ずに、この後の人生を暮らす事は考えられなかったんだ。

 ま、私のわがまま。

 美貴が気にすることなんてこれっぽっちもないよ」

「私、多くの人に迷惑をかけている」

「そうでもないよ。

 美貴は詳しくは知らないだろうけどさ、あなたに賛成してる人達の多さ。

 あなたに刺激されて、女に生まれたからには自分の子どを産みたいと思う人が増えている。

 この大きな流れは誰も止められないよ。いずれ近い将来、何らかの大きな変化となって、この社会が変わって行く気がするんだよね」

「弁護士さんが少し教えてくれました。

 そのことに関して、どう思ったらいいのかわからなくて。

 私はただ、自分の赤ちゃんが欲しかっただけだった。

 社会を変えたいとは考えたことなかったのに、こんなに大騒ぎになってしまって」

「美貴は単なるきっかけだね。

 女が本来持っている母性本能は、自分で産んで育てる。それを気づかせただけ。

 元々は、このシステム自体がおかしいんだよ」

「自分の赤ちゃんを産むのは大変だったけど、あの感動を多くの人に知って体験してもらいたいと思っている。

 でも、そのための代償は大きい。

 生まれた子供も同じように追放は正直言って辛い」

「多くの人達がシステムを変えようと頑張っているんだけどね」

「そうだ、母さんに報告があったんだけど、忘れてたわ」

「え、なんだい。なんだか嬉しそうな顔だね。想像もつかないね」

「うふふ、2人目。

 できちゃったみたいなの」

「本当かい。

 それは、それは、おめでとう。

 智さんは知っているのかい」

「ううん、まだ。

 智と別れて1ヶ月以上たっている。

 私は追放になるけど。

 もし、智も追放になったら、その時に言うつもり。でないと智を苦しめるので言えない。伝言で伝える事は出来ると思うんだけど」

「そうだね、その通りだと思うよ。今伝えて、もしこの先会えなかったら彼は余計に苦しむ。んー、その通りだと母さんも思うよ」

「ありがとう、母さん。お腹の赤ちゃんに関して迷ってたんだ私。

 智に言うべきか、それとも黙っておくか」

「でも、問題は追放先に何があるかだね。誰も知らないんだから話にもならないよ」

「それに関して色々と考えたの。少なくとも人間は住んでいる。智の仕事はハッカーの攻撃に対する防御。彼が言っていたのは、この攻撃は機械的でなく、生身の人間がやっていると。それと、少なくともある程度の科学力がある。

 つまり、何もない荒野に置き去りにされる事はなさそう」

「母さんもだいたい同じ意見だね。

 ただ、彼らの真意がよく分からないんだよ。

 なんでわざわざシステムに対して攻撃をしてくるんだい。システムが止まったら、ここに住んでいる全員がたちまち食糧難になる。システムが社会全体の管理をしているからね。

 彼らはそれを知ってやっているのか、あるいは遊び」

「遊びはないと思うの。

 智が言うには、向こうは必死でやっていると」

「余計に分からないね。でも、もうじきそこに行くわけだから、知りたくなくても知るわけかね」


 道夫は相変わらず私の服を 握ったままだ。道夫から見ると母さんは、おばあちゃんになるけど、今の段階の発音ではおばあちゃんは上手く言えないだろう。

 バーバと教えれば言えるかしれないわ。


「道夫、この人は私の母さんで、あなたのバーバですよ。バーバ。言えるかな。 バーバ」

「ばーば」

「お利口ね。そうよバーバよ」

「バーバ、バーバ」

「おやま、私のことバーバだって。

 なんとも嬉しいね。

 こんなに嬉しいのは久しぶりだよ。

 他の言葉も話せるのかい」

「少しだけ。ママ、パパ、オッパ、マンマ、ネンネかなぁ」

「そうかい。ママ、パパの次にバーバ。

 家族の絆を感じるね、いいね」

「母さんの喜ぶ顔、久しぶりに見た。

 作戦成功」

「あ、この子ったら、孫をダシにしたね」


 久しぶりに笑った。

 母さんありがとう。

 やっぱり母さんは母さんだよ。



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