第23話 男。訪問者。

 多分俺は、ここに1ヶ月以上いる。


 日にちの感覚がだんだんと無くなってきた。

 現実と夢の区別もつかなくなってきている。


 夢だと思っていたら現実だったり。


 現実だと思っていたら夢から覚めたり。


 美貴、道夫。考えているのは、いつも2人のことだけだ。

 食事が来ても機械的に口元に運んで食べているだけ。

 味は、と聞かれても全く覚えていない。


 ヒゲも剃っていないし、髪もとかしてない。

 鏡を見てないからわからないが、多分凄い格好だろう。


 だが、かまうものか、もはや俺は魂を抜かれた、生きる屍だ。

 誰か来た。


 また弁護士だろう。


「なんだ、なんだ、その格好は。

 もうちょっとシャキッとしたらどうだい。シャキッと」


 ふと見上げると知宏だった。警察が家に来ると教えてくれた友達だ。


「なんだ、お前か」

「なんだはないだろう。色々と情報を持って来てやったのによ」

「本当か。どんな情報だ」


 ここでは、ほとんど情報らしきものは得られなかった。


「まずはだ、奥さんと息子の事が知りたいだろう。

 2人とも元気だそうだ。

 それと、もう1人共犯者がいる。お前は知らないだろうが、お前の奥さんのお母さんだそうだ」

「え、美貴のお母さん。なんでまた彼女が共犯者になるんだ」

「その彼女は、お前の奥さんに教えてはならない情報を教え、なおかつハッカーの技法も教えた。さらに,こちらの地区に侵入するのを補助したらしい」

「そうか、そんな裏事情があったのか。美貴はそこまで言わなかった。多分俺に心配させまいとして内緒にしていたんだな」


 美貴は、苦しんだだろうな。

 俺や息子、それに母さんを巻き込んだと思っている。

 最後に別れた時も俺に謝っていた。

 謝らなくてもいいのに。


「それと、お前が気になっている判決なんだが、奥さんと息子さん、それと奥さんのお母さんは間違いなく追放になるらしい」

「俺も追放にならないのか」

「それが微妙でね。

 弁護士協会の話しでは、お前が追放になる確率は5割もないらしい。

 最終的にはシステムが決めるんでね。お前も追放されて一緒になりたいんだろ。

 はは、顔に書いてあるよ。こればっかりはどうにもなりそうにない。

 でもまだ決まったわけじゃない。可能性は残っている。

 元気出せよ。

 それに、もう少し身綺麗にしたらどうだ。その顔で、奥さんと息子に会えないだろう」

「ああ、忠告ありがとう」

「おやー。やけにおとなしいな。

 悩み抜いた顔になってるぞ、元気だしなよ。

 そういえば、お前を裏切った隆のその後のことは知っているか」

「いや、全く。今となっては興味がない」

「ま、そうだろうな。

 一応耳に入れといてやるよ。彼はお前を裏切った後、俺達同級生に正義のために通報したとほざいたんだ。彼は俺たち一般市民と交流できるポジションにいたからな。

 でも俺たちは、お前を裏切った奴を信用できない。

 そうだろう、友達を裏切る奴を誰が信用する。今彼は、誰も友達がいなくなり奥さんとひっそりと暮らしているそうだ。ま、因果応報の法則かな」


 そうだったんだ。

 彼も被害者の1人か。俺が秘密を漏らさなかったら、彼は普通に暮らせたのに。


「彼にも悪い事をしたよ。俺が何も言わなければこんな問題起きなかったのに」

「お前なー。人がよすぎるぞ。

 あいつのせいでお前達家族がこんな目にあっているのに。

 それとも何か、本当の家族ができるとこうも変わるものなのか」

「俺にもわからないが、以前よりは人の気持ちがわかり、大切にするようになった。

 いずれにしても彼は、自分のやった事に対して罰を受けている。

 これから彼は一生悔やむだろう。

 ある意味、これは重い罰だ」

「そうだな。今の彼の状態は精神的にきついな。

 それも一生涯だろ。人を裏切るのは一瞬だけど、その罰は一生涯か。

 かー、これは思っていたよりキツイな」


 そういえば、隆が俺たちを裏切った動機が未だにわからない。

 まあいいか、過去の話だ。

 これからの事、家族の事を考えなければ。俺も追放される可能性が残っているのならば、その後の為に体力をつけないといけないな。

 もし、美貴と道夫、それと美貴の母さんに会えるかもしれないのならば、少しは身綺麗にしないとな。


「それとだな、お前は興味がないかもしれないが、お前達家族が有名人になっているのを知っているか」

「犯罪者、だからか」

「それがだな、お前達家族に同情的な人達が多くてよ。 毎日のニュースでは、お前達の事を話さない日がないくらいだ。

 もしお前の立場になったらどうする、とかは序の口で、このシステム自体の賛否も今や大きな話題になっている。お前達親子が導火線に火を付けたってことさ。俺はいい兆候だと思うんだがな」

「システムは強固な防御システムを兼ね備えている。生身の人間が止めようと思っても止められない。軍人型のアンドロイドが一斉に襲ってくるだろう。唯一可能性があるとすれば、システムを止めることだ。

 だが、止めると食糧生産を始め、全てを人力でやる必要が出てくる。俺もその事に関して考えたが答えが出てない。このままだと、第2、第3の美貴がいずれ現れる。それに、少し言いずらいが、今の家族システムでは本来の家族愛が理解できないだろう。今回の件で身にしみて思ったよ」

「家族愛か。

 それは俺にはわからないな。ま、俺のオヤジには感謝しているぐらいかな。

 少し、お前が羨ましいよ。本当の人間の奥さんに、血の繋がった息子か。俺も欲しいよ」


 彼の言い草に、俺は久しぶりに笑った。以前よりは気分がいい気がした。





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