第22話 女。家族の絆。

 智と別れてから25日が経っていた。


 道夫は相変わらず元気だ。

 でも大きな変化があって、ついに道夫は歩いた。

 ここに来て直ぐは、相変わらず足を出した途端転げていた。数日後には転んでもすぐに起き上がって、同じように足を出して転ぶかなと思っていたら、2歩歩いて転んだ。その後、気を良くしたのか歩いては転ぶを繰り返し、今では5、6歩けるようになった。


 智が見たら喜ぶだろうなと思うと、涙が流れた。

 ここに来て涙を流さない日はなかった。

 彼がいない寂しさはもちろんだけど、智の心の中を考えると、涙を流さずにいられなかった。


 きっと彼は苦しんでいる。

 私達と離れた事の悲しさ、友達に裏切られた悲しさ、家族と2度と会えない悲しさ。


 ふと人の気配がした。

 女性が格子の反対側に立っている。いつもの警察官ではない。


「初めまして。

 私はあなたの弁護士。法律で、犯罪者には弁護士がつくことが保証されている。

 それが私ね」

「初めまして。よろしくお願いします」

「以外と冷静だね。驚いたよ。

 もっと取り乱しているかと思っていたのよね」

「すでに覚悟を決めていますから」

「それなら、これから私が言う事はわかると」

「はい、親子共々追放ですね」

「あなた、かなり頭が切れるのね。その通りよ」


 予想通りだった。息子の事が気になったけど、システム以外の過程で生まれたから、システム内に置けないのは予測できていた。

 ショックだったけど、息子と離れるよりは、はるかにいい。


「色々と法律の抜け道を探したんだけれどね。

 ダメだった。

 貴女の役に立てなくて悪かったわ」

「いえ、私達の為に努力してくださってありがとうございます。

 あのー、1つだけお聞きしていいですか」

「なんだい」

「智さんの事ですが、ご存知ですか。

 警察官の方にお聞きしても、管轄外だから分からない、としか言ってもらえなくて」

「ああ、彼ね。

 元気みたいだよ。

 それと、彼が助かる方法があるんだけど、彼がなかなかサインしなくてね」

「なんのサインですか」

「離婚届のサインだね。

 簡単に説明するとだね。結婚届の時、あなたは彼を騙して彼にサインさせた。

 妊娠がわかった時点で、すでに子供が人質になっているので彼は何もできなかった。

 唯一、彼の身の潔白を証明するのが離婚届ってわけね。

 でも彼、断固として拒否してるんですって。彼の弁護士は、なぜだかわからず頭を悩ましているけど、私には理解できるよ。養子だけど、私にも子供がいてね。それに、本当に血が繋がった親子だったら、もっと強く思うんだろうね」


 智だけ助かる手段があるのに、彼はそれをしない。

 私も同じ立場だったら同じことをするだろう。家族が離れ離れになった今は、せめて関係だけでも家族でいたいと。


 たった一枚の紙だけど、私達家族にとっては最後の絆だ。


「そういえば、全く知らないだろうけれど、今やあなたは有名人だよ」

「え、私がですか。犯罪者だからですか」

「いやいや、全く違うよ。

 命を賭けて子供を産んだ事がさ。貴女の意見に賛同する女性が沢山いてね。貴女を許してやれと署名活動をしているよ。

 私もサインしたけどね。

 しかし、法律は残酷だ。多くの人が嘆願しても法律は変えられない。誰もが知っているように法律はシステムそのもの。あらゆる判決は人間ではなくシステムが行なっている。軽犯罪なら臭い飯をしばらく食べれば釈放される。

 しかし、今回の件はシステムの根幹に関わる犯罪だから、間違いなく追放される。追放先は誰にもわからない。システムがアンドロイドを使って執行しているからね。客観的にみると、私達は言い換えればシステムの奴隷状態になってしまっている。

 悲しい事だね。貴女を助けられなくて、本当に残念だ」

「色々とありがとうございました」

「いや、私の仕事だからね。

 あっとそうだ、肝心なことを言い忘れるとこだった」

「まだ何かあるのですか」

「貴女のお母さんの件なんだよ」

「え、私の母さんは今回の件に関しては全く関係ありませんと、何回も言いましたが」

「あなたは言ってないけど、あなたのお母さんが全て白状したよ」

「なぜ母さんが。

 母さんはどうなるんですか」

「これも、色々と法律の抜け道を探したんだけどね。共謀罪で追放になりそうなんだよ」

「え、母さんもですか。

 そんな」

「もう少し努力してみるけどね。

 でも、どうやら彼女自身が、貴女と一緒に追放して欲しいみたいなんだよ。

 だから自ら自白したみたいなんだ。私も少しは彼女の気持ちがわかる気がする。

 だってそうだろう、家族と一緒に居たいじゃないか。

 おっと、もう時間だね。

 子供かわいいね。また来るよ」


 そう言うと、弁護士は去って行った。

 皆んなに迷惑をかけている。彼女にも、母さんにも。


 母さん。


 どうして母さんは自白したんだろう。彼女がさっき言っていたのは、家族と一緒にいたいから自白したと。

 分からないこともないけど、この先どうなるか分からないのに。

 母さんごめんね。


 涙がまた流れた。


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