第21話 男。牢獄

 あれから何日経ったのだろうか。


 多分、二週は過ぎている。

 一晩中、眠られない日々が続いている。


 夜が怖い。


 寝ると美貴と道夫の夢を見る。

 助けてと涙を流しながら俺にすがるが、助けることができない俺がいる。


 夢から覚めると、俺は家族を助けられなかったこの現実に対して、涙を流している。

 どれだけの涙を流したろうか。

 もう家族に会えないのだろうか。


 担当の警察官に、家族と会いたいと切願しても、規則だからダメだと言う。

 せめて美貴と道夫が一緒にいるかと聞いても、管轄外だから知らないと言う。

 今日も向こうから警察官がやって来た。


「おはよう、智くん」


 ん。何か雰囲気が違う。

 誰だ。


「ま、返事をもらえないのは仕方ないか。

 自己紹介をさせてもらうよ。法律では、犯罪者に対して弁護士を付けることが義務付けられている。そして、君の弁護士が私だ。それでと。色々とこの件に関して調べた結果、君を助けられる方法が見つかった。君は奥さんが、妊娠を告白されて初めて彼女が人間だと知った。間違いないね」

「ああ」

「よかった。それを聞きたかったんだよ」

「どう言う意味だ」

「告白されてからの君は、子供という人質を常にとられていた。今回の一連の出来事も仕方なく行った。そこで」


 彼はカバンの中から一通の書類を取り出し、俺に見せた。


「これは離婚届だ。この書類によって君は、身の潔白を証明できる。普通は2人のサインが必要なんだが。特例があって、ま、これが少しややこしいんだが。相手が修理不可能な状態 であれば、1人のサインでも離婚が成立できる。今回のケースではこれを利用するんだが、いかんせん、奥さんは人間だ。で、この問題の箇所の修理不可能の言葉を拡大解釈してだな、結婚届のサインをした時、すでに正常な神経でなかった、別の言葉に置き換えると、修理不可能ということができる。つまり、彼女は君を騙して結婚届にサインさせたので、この離婚届を出せば君は晴れて自由の身だ」


 頭が混乱した。


 俺が助かる?


 いや、俺のことよりも美貴と道夫のことだ。


「ちょっと待ってください。俺の身はどうでもいい。妻と息子はどうなるんですか」

「それがだね。君も少しは知っていると思うが、システムに対しての罪は法律では追放と明記されてあって、今回のケースがそれに当たる。子供はシステム外で生まれたから、母親と一緒になるのは間違いないね。近年では稀なケースだ」


 美貴と道夫が追放。


 そして俺だけが助かる。

 もう家族と会えないのか。

 何か手がないのか。


「俺も追放の罰を受けたい。弁護士さん、どうすればいい」

「え、君は何を言っているんだね。この書類にサインをするだけで元の生活に戻れるというのに」

「俺はどうしても家族と一緒に居たいんだ。たとえ追放されようが、これから1人で生きていくより、はるかにマシだ」

「んー、君の言っている事が理解できない。家族だって。元の生活に戻れば新しい奥さんを迎え、養子として君の子供もできる。何が不満なんだね。私には分からない」

「弁護士さんが分からなくても、俺はそうしたいんだ。教えてくれ。どうしたら俺は追放される」

「今日はどうやら君は、正常な精神状態ではないようだ。また来るとしよう」

「待ってくれ。俺の話を聞いてくれ」


 彼は後ろも振り向かず去って行った。


 美貴と道夫が追放される。

 俺はどうしたらいい。

 今回もまた家族を救えなかった。


 涙がまた流れ落ちてきた。


 彼が言っていた。俺だけ助かって、また新しい家族を作れと。


 出来るはずないじゃないか。

 俺の家族は美貴と道夫しかいないんだ。

 2人が追放されて、俺だけ偽りの家族の中で暮らすことはもはやできない。離婚届には絶対にサインをしない。これから一生涯。家族と一緒になれなくても、結婚をしている証を捨てたくはない。


 彼はたぶん、本当の家族を知らないからあんな事が言えるのだろう。思えば彼も可哀想な人なのかもしれない。アンドロイドの奧さんと養子を本当の家族だと信じている。それが、偽りの家族だと彼は認識できないんだ。


 そもそも、誰がこんな理不尽な法律を作ったんだ。

 始まりは世界的な食料危機、戦争。それは知っている。

 人類存亡の危機がこの醜いシステムを作り上げた。


 壊してやりたい。


「待てよ、もしかしたら」


 外部からのハッカーによる攻撃は、もしかしたらシステムの破壊。


 可能性は高い。


 システム内に住んでいれば矛盾を感じない。

 安全で便利で、しかも食料は有り余るほどある。


 美貴だけが例外中の例外だ。


 美貴が罪を犯したから俺は本当の愛を知った。彼女がいなかったら俺の子供も生まれなかった。彼女のおかげで俺は本当の家族愛を知る事が出来た。


 彼らはシステムを破壊し、人間本来の家族関係を取り戻そうとしているのでは。


 だが、パレメーターが十分の1に書き換えられたのが理解できない。

 家族関係を破壊したければ、システムを破壊するはずだ。


 なぜ彼らは最初にパレメーターだけを変えた。


 分からない。


 分からない事だらけだ。


 唯一分かっているのは、彼らはさらに攻撃をしてシステムに対して何らかのパレメーターの変更、あるいは破壊を目論んんでいるという事実だけだ。


「あー、こんなことはどうでもいい。頭から消えろ」


 もう俺はプログラマーではない。

 今は家族の事だけを思い、いかにして、俺も追放させるかを考えないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る