第21話 男。警察犬。

 ん、何かの音が聞こえる。機械的な音だ。目覚ましの音。そうだ思い出した。俺は2人を起こさないように寝袋を出た。ネットショッピングの骨董品コーナーで見つけた太陽光発電機付きの腕時計が俺の腕に付けている。スマホがあった時は必要なかった。もしもの時のために色々探していたらこれに行き着いた。当時は最新の機種だったらしく、色々な機能が備わっている。主な機能は高度計、気圧計、GPS、耐震ショック、防水、目覚ましなどだ。

 外は少し明るくなっていた。予定通り夜明け前だ。気圧計を見た。今日も晴れそうだ。地面を見たが、雨が昨夜降った跡がない。少し、ため息をついた。なぜなら、雨が俺達の匂いを消してくれる。警察犬が一番厄介な存在になると予想していたからだ。移動は簡単なのだが、追いかける方も見つけやすい。


「美貴、起きてくれ」


 それだけ言うと俺は朝食の準備に取り掛かった。あったかい食べ物を取らないと気力と体力が出せない。フリーズドライされたスープの元に水を足して、携帯コンロで温めた。あとはパンとチーズ。味はともかくとして、お腹いっぱいになった。最後に熱いコーヒーを飲みながら美貴と話した。


「足の方は大丈夫かい?」

「あれから悪化してないから大丈夫だと思うの」

「そうか。心配していたんだよ。道夫の方は」

「この子はいつも通り。元気すぎるくらい。まだつかまり立ちだけど、今にも歩きそう」

「パパがもっとしっかりしていたらな、道夫」

「ぱーぱ」

「え、今、道夫がパパって言った?」

「ええ、間違いないわ。はっきりと聞こえたわよ。パパ」


 道夫が笑いながらパパと言った。俺のことパパと。嬉しさのあまり締まりのない顔になっているのが自分でもわかった。待てよ、ママは。


「ママって言ったことはあるの。もしかして」

「それが、分からないの。お腹が空いた時ママと言ったけど。私のことか、それとも食べ物のマンマか。もしかして、同じと思っているかも。私のおっぱいから飲んでいるからね。坊や」

「そうか。でも嬉しいもんだな、子供からパパと呼ばれるのは」

「ほんと、そうね。あなたの顔、緩みっぱなしよ」


 ゆっくりと会話を楽しみたいけれど追われている身だ、早く出発しないと。


「会話の続きは、次のご飯の時だな」

「あ、逃げるのね」

「もちろん、逃げますよ」


 和やかな雰囲気はすぐになくなり、俺たちは出発した。警察犬の追跡から逃げるにはどうすればいいか、最初の頃は分からなかった。手探りで調べていくうちに、古い小説などで警察犬に追われるシーンを読んで色々とわかった。雨が降るのが最も有効だが、期待できない。今日も多分晴れるからだ。あとは、川を利用するしかない。渡れるぐらいの川を横切るのではなく、川の中を歩きながら川上か、川下に移動すると犬は追跡が困難になる。時間がかかるが、一直線に移動する方が最も捕まりやすい。小説からの情報だけど、理論的だ。


「美貴、大丈夫か、この辺り滑りやすいぞ」

「この、ヌルッとしたのはコケですか。ゆっくりしか歩けない」

「川の中だから多分コケだろうけど、思っていたより厄介だな」

「でも、これで追跡が難しくなりますよ、あなた」

「ああ、そうだと思うよ」


 確信はなかった。なんたって向こうはプロだ。俺達の知らない追跡方法でこちらに向かっているかもしれない。心は焦っているがどうにもならない。俺は重い荷物を背負っているし。美貴も一歳近い道夫を背負っている。古い言葉だが運を天に任せるしかない。


「美貴、何か吠えているのが聞こえるか。何かの遠吠えが、かすかに」

「あ、私にも聞こえます。もしかしたら警察犬?」

「ああ、間違いなさそうだ」

「川がこの近くにない。どうしたらいいんだろ」

「あなた、この辺りを2人別々に歩いて、私達の匂いを拡散させ、後は静かに潜むしか手がないのではないでしょうか。幸い、大きな岩陰で3人の身は隠せそうです」

「このまま行くよりも、その方がいいようだ。俺はこっちを行く、美貴はあっちだ。後でここで待ち合わせだ」

「はい、あなた」


 美貴の返事を確認すると俺は荷物をここに置き、できる限り遠くに行って、走り回った。息を切らしながらさっきの待ち合わせだ場所にたどり着いた。すでに美貴はそこで待っていた。2人は無言で身を隠せる岩陰に移動し、入り口を枯れ枝でカモフラージュした。しばらくすると、犬が近づいてくるのが音でわかった。2人は覚悟を決めていた。もはや逃げられない事を。


「智、今まで本当にありがとう。私のわがままから、あなたを巻き込んで犯罪者にしてしまった。本当にすみませんでした」

「美貴、やめてくれよ。俺は感謝の気持ちしか持ってないよ。アンドロイドと結婚したら決まり切った空虚な生活しかなかったのを、こんなにも素晴らしい人生に変えてくれた。本当の愛を教えてくれたのは美貴だし。それに、俺の血の繋がった子どもを産んでくれた。感謝の気持ちしかないよ。し。外で音がする」


「おかしいな。この辺りなんだが」

「この辺りを、でたらめに歩いていた事は確かだ」

「おい、あそこの岩陰、怪しくないか」

「そうだな、確認してみるか」


 俺たちは、ついに捕まった。









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