第19話 男。裏切り。
真夜中、俺のスマホが鳴った。まだ夜中の2時だ。誰からだ。相手は友達の知宏だった
「もしもし、どうした知宏」
「それは俺が聞きたいよ。お前何やらかしたんだ」
「え、それってどういう意味だ。」
「隆が ニコニコしながら警察の本庁に1時間前に来て、俺の上司と会っている。先ほどお前に対して逮捕命令が出されたんだよ。後3時間程でそちらにパトカーが行って、お前を逮捕するそうだ。で、何やらかしたんだ」
バレた。隆が裏切った。
「それならいずれ分かる事だ、はっきり言うよ。俺と人間の妻との間に赤ちゃんが生まれたんだ」
「人間の妻。赤ちゃん。本当かよ」
「本当だ」
「よく分からねえけど、お前親父になったのか」
「そうだ。おっと、時間がない。情報ありがとうよ」
「おー。じゃな。元気でいろよ。捕まるなよ」
最悪の事態になった。想定していた内で最悪の事態だ。えーと。落ち着けよ智。やる事はまず美貴を起こして。
「美貴起きてくれ」
「え、今何時」
「隆が裏切って、後3時間後に警察がここに来る。以前から練っていた逃走の準備だ」
「わかったわ。坊やは」
「寝ている。俺は出発の準備をするよ」
「私はみんなのスマホを外すのね。簡単なことよ」
機転の早い美貴には助かる。起きたと思ったらすぐに行動に移ってくれた。これは、赤ちゃんの世話をしている習慣からか出来る事だな。とにかく、俺もすぐに行動にうつしてと。
「美貴、俺のスマホも外してくれ」
「ちょっと待ってね。ハイ終わり。少し痛かった?」
「少しだけな。これってちょっとした感動ものだな。小さい頃から外したかったのに簡単に外れたよ。よし行こう」
「はい、あなた」
俺たち家族は徒歩で山に向かった。月明かりがあったので、山への道ははっきりと見えた。計画では、途中の川に3人のスマホを沈まない容器に入れて流す事にしていた。
「これでよしと。時間がかなり稼げるだろう」
「あなた見て。私達の家の周りに、車があんなに沢山」
「危なかったな。パトカーだよ。知宏に感謝しないとな。よし、こっちだ。道夫は大丈夫か」
「 坊やはぐっすりと眠っているわ」
「親孝行な息子だよな」
「本当に」
息子を見ると、何が何でもやらねばと勇気が湧いてくる。美貴の為、息子の為、そして俺の為にも。そして俺は地位も名誉も捨てて逃走している。山の向こうには、はっきり言って何があるか分からない。情報が全くないのだ。しかし、捕まって追放されるよりも俺たちはこちらを選んだ。
「美貴、ここで少し休もう。6時間以上歩きっぱなしだ」
「はい。坊やにおっぱいをあげないと。それと私たちには朝ごはんですね」
「そうなんだよ。こんなに歩くとお腹が空いて。お腹がぐーぐー泣いてるよ」
「ウフフ。私も似たようなものよ」
美貴は道夫におっぱいをあげながら黙々と食べている。よほどお腹が空いたのだろう。当然だなと思うよ。こんなに歩いて、しかも子供に栄養を与えなくてはならない。
「少し足が痛いわ。あ、靴ずれしてる」
「ちょっと見せてくれ。血が出ている。これで少しなのか」
「そのう、痛いです。でも、手当すれば全く問題なく歩けますよ」
「ばかだなー。そこまで我慢するなよ」
「ごめんなさい」
美貴は靴ずれを起こして、すごく痛いのに歩いて。しかも、あの小さな体で一歳近い子供を抱いて歩いてきた。そういえば、古典に、母は強し、と言う言葉があったな。まさにこれが当てはまるな。
「智 、そろそろ行きませんか」
「止めても行きたいんだろ。もう少し美貴の体を休ませたかったけど。ま、俺たちは追われている身だからな。しかたないか。靴ずれは大丈夫だよな?」
「正直に言って痛いのですが。この子を産んだ時の痛みに比べれば十分の1でしかないですよ」
「そうだよな。あの時の美貴は凄かったもんな」
「もう、あなたったら」
家を出てから初めて2人は笑った。道夫はキョトンとして、俺を見ている。いきなり俺は、彼の顔に近づき、俺の顔を隠した。そして。
「いない、いない、ばー」
一瞬 道夫はびっくりしたが、その後は笑っている。もはや迷っている暇はない、出発しないと。
「よし、では行きますか、奥様。こんなに晴れて、絶好の散歩日和ですよ」
「はい、旦那様。本当に天気も良く。ちょとした散歩にはいいですね」
2人は笑った。それにしても、美貴の精神の強さに、今更ながら驚かされている。
「痛、まただ。また小枝で引っ掻いた。あーあ、今度は血が出ている」
「智、大丈夫なの」
「暗くなってきて、前がよく見えないんだよな。そろそろ寝るところを確保しないとな」
「そうね。あそこに、大きな岩があるからその下はどうかしら」
「行ってみるか」
そこは雨風を防ぐには絶好の場所だった。岩の下にテントを張った。食事を取って寝る準備をした。
「智、隆が裏切ったのは何故なのかしら。あんなに協力的だったのに」
「そうなんだよ。訳、分からないよな」
「何が原因で彼を変容させたのか知りたいけれど、今は睡眠が必要みたい」
「もう寝るか。明日も早く起きないといけないし。おやすみ、美貴」
「おやすみなさい、あなた」
俺たち2人は、そう会話を交わしたら、すぐに寝ていた。
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