第18話 女。 陣痛と喜び

 夜中にふと目が覚めた。


 何かがいつもと違う。


 今まで経験したことのない痛み。智を起こさなくては。


「智起きて。どうやら陣痛が始まったみたいなの」

「え、本当か。俺は何をすればいい」

「以前話した通りに、出産の準備をお願いします。痛い」


 これは間違いなく陣痛の痛み。


 いよいよだ。

 まず始めにやる事は。


 そうだ、陣痛の間隔を測る事だ。

 スマホ機能の中で時計を呼び出してと、まだ間隔が長いわ。


 この間隔だとすぐには生まれそうにない。

 人によってはすごく短時間で出産を終わる人もいるみたい。

 私もそうなるといいんだけど。


 明け方になった頃、少しづつ痛みが増していった。

 間隔も早くなって来た。

 もうすぐ、もうすぐ赤ちゃんに会えるんだわ。


「思っていたよりも痛い」


 智はこっちを見ている。


 どうしていいか分からず、ウロウロしている。

 そうだ、彼に手伝ってもらおう。


「智。背中をさすってくれる。少しは痛みが和らぐみたい」

「もちろんだよ。

 そういえば、背中をさすると痛みが和らぐって美貴が言っていたな。今思い出したよ」

「ありがとう智。

 少し楽になった。

 陣痛の間隔を測ったら、生まれるのはまだまだみたい」

「今度は俺が間隔を測るよ」


 思わず私は反対の仕草をした。

 なぜ私は反対したのだろう。


 そうか。


「間隔を測るのは出産の痛みをそらす為。

 間隔がだんだんと短くなって行くごとに、赤ちゃんと対面する時間が近づいくる。もうすぐ赤ちゃんに対面する喜びが痛みを和らげてくれる。

 智。ありがとう、気を使ってもらって」

「そうか、そうだよな。

 俺は出産に立ち会うのは初めてなんで、わからない事だらけだよ」

「私だってそうよ。

 今はただ、私の心に眠っていた女の本能に耳を傾け、出産に意識を集中している」

「そうか。

 では俺は、俺の心に眠っていた男の本能に従うか」

「ウフフ。それは今でなくてもいいわ」


  もう智ったら。

 彼が私を少し笑わしてくれたので、肩の力が抜ける気がした。


 そういえば、お産は昔女の人なら誰もが経験する事。

 色々心配もあるけれど、生まれてくる赤ちゃんの事だけ考えよう。

 それに愛する彼もいるし。


 あ、これは。


「どうやら破水したみたい。

 それに、間隔がすごく短くなっている」


 痛みが極限にちかい。


 こんな痛みは生まれて初めて。

 でも、でも、この痛みがないと赤ちゃんに会えない。


 もう少しだ。


 そうだ、呼吸法を忘れていたわ。陣痛に合わせて。


「フ。フ。フ。フ」

「痛い。

 智、手を握って」


 呼吸法で少しは楽になったけど、ますます痛みが増してくる。

 彼の手が私を勇気付けてくれる。


 智ありがとう。


「赤ちゃんの頭が少し見えた。

 美貴がんばれ」

「本当に。もう少しね。

 もう少しで会えるのね」


 この時、私の考えていたのは赤ちゃんのことだけだった。


「頭が完全に出たよ。

 両手で赤ちゃんの頭をしっかり持ってと。

 これでいいよな」

「よし、美貴、力んで」

「んーー」


 力んだら、急に違う感覚になった。


「オンギャー、オンギャー」


 生まれたんだ、


 私達の赤ちゃん。

 智が赤ちゃんを拭いてくれている。


 男の子。それとも女の子。


 健康に生まれた?


 すぐに聞きたかったけど、疲れすぎて声にならない。


「生まれたよ。

 五体満足で健康な俺たちの男の赤ちゃんだ」

「本当に、ありがとう智、ありがとう」

「いや。

 俺の方こそありがとう。

 こんなに感動したのは生まれて初めてさ」


 智は生まれたばかりの赤ちゃんを、私にそっと手渡してくれた。

 赤ちゃんは暖かくて、陶磁器のように滑らかで、そして、とても柔らかかった。

 集めた知識の中で、生まれた子をすぐに母親に抱かせ、おっぱいをあげるとホルモンの関係で後産が楽になる。

 そして、おっぱいの出も良くなり、親子の繋がりがより親密になる。

 さらに、赤ちゃんの精神が安定すると知った。


 おっぱいをあげるたった1つの行動が、こんなにも奇跡を産んでくれる。


 人口子宮では考えられない事だ。

 でも、おっぱいを吸われるとくすぐったい。

 しばらくすると赤ちゃんは眠った。


 疲れたんだね。

 よく頑張ったね。

 私も疲れた。


「智、そろそろ産湯の準備をお願い。

 私、体力がほとんど残ってない」

「ああ、わかっているさ、任しときなよ」


 智は素早く産湯の用意をしてくれた。

 起こさないように気を使ったけど赤ちゃんは目を覚ました。


 でも、よほど疲れていたのか、産湯の中でまた眠った。

 もしかしたら、羊水の中と同じ感覚だから、安心して眠ったのかな?


 寝顔を見ると幸せな気分になってきた。

 そして強く思った。


 産んでよかったと。


「よく眠っているな」

「ええ、本当に」

「美貴、お疲れ。少し休んだら」

「そうよね。休んでおかないと。

 この子にいつ起こされるか分からないもの。

 子育ては体力よ」


 自分で言って少しおかしかった。


 体力の言葉に力が入っていたから。赤ちゃんは1日のほとんどを寝ているが、お腹が空くと夜中でも起きると学んだ。


 これからも体力勝負だ。


 でも、本当に疲れたわ。

 赤ちゃんの隣で添い寝をして休もう。


 可愛い寝顔。


 私、本当に赤ちゃんを産んだんだ。


















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