第17話 男。 俺、父親になりました。

 夜中、寝ていると美貴に起こされた。


「智。

どうやら陣痛が始まったみたいなの」

「え、本当か?

俺は何をすればいい」

「以前話した通りに、出産の準備をお願いします。

痛い!!」


 出産に関する情報を、できる限り今まで集めてきた。しかし、実際に産むのは美貴だ。出産時に痛みが伴うの知ったけど、まじかに見ると想像以上の苦痛のようだ。俺は出産準備に取りかかった。昔は産婆という経験豊富な年配の女性が出産に立ち会って妊婦に助言し、産むのを補助したみたいだ。


「思っていたよりも痛い」


 美貴はそう言うと苦痛の声をあげた。俺は、俺は何もそれ以上できなかった。


「智。背中をさすってくれる。少しは痛みが和らぐみたい」

「もちろんだよ。そういえば、背中をさすると痛みが和らぐって美貴が言っていたな。今思い出したよ」

「ありがとう智。少し楽になった。陣痛の間隔を測ったら生まれるのは、まだまだみたい」

「今度は俺が間隔を測るよ」


 そう言う美貴は反対の仕草をした。なぜだ、俺は役に立ちたいと思っているのに。


「間隔を測るのは出産の痛みを和らげる為。間隔がだんだんと短くなって行くごとに、赤ちゃんと対面する時間が近ずいて来る。もうすぐ赤ちゃんに対面する喜びが痛みを和らげてくれる。

 智。ありがとう、気を使ってもらって」

「そうか、そうだよな。なにせ俺は出産に立ち会うのは初めてなんで、分からない事だらけだよ」

「私だってそうよ。今はただ、私の心に眠っていた女の本能に耳を傾け、出産に意識を集中している」

「そうか、俺は、俺の心に眠っていた男の本能に従うか」

「ウフフ。それは今でなくてもいいわ」


 美貴の顔に笑顔が戻った。そうか、産むのは美貴で、ほとんど何もしてやれない。けれど、精神面で支えてあげればいいんだ。少しだけどコツが分かった気がした。


「どうやら破水したみたい。それに、間隔がすごく短くなっている」


 頭でわかっていても俺は右往左往している。もうすぐ生まれる。俺たちの子が。楽しみだけど、痛みのために美貴の顔が苦痛に歪んでいる。見るに忍びない。

 だけど、これが出産の産みの苦しみであり、俺は美貴を見守りつづけた。


「フ。フ。フ。フ」

「痛い。智、手を握って」


 美貴の呼吸がさらに早くなってきた。右手を差し伸べ手を握った。彼女はそれに答えるように握り返してきた。すごい力だ。あ、赤ちゃんの頭が少し見えた。


「赤ちゃんの頭が少し見えた。美貴がんばれ」

「本当に。もう少しね。もう少しで会えるのね」


 出産シーンを動画で何回も見て学習したけど、見るのと体験するのとでは大違いだ。美貴は言葉で痛みを訴えるけど、その感情の中には喜びの感情の方が多く伝わって来ている。俺は生まれてこの方、経験したことのない感動を感じている。


「頭が完全に出たよ。両手で赤ちゃんの頭をしっかり持ってと。これでいいよな」

「よし、美貴、力んで」

「んーー」


 赤ちゃんはついに生まれた。息をしていないと思ったら突然。


「オギャー、オギャー」


 赤ちゃんは大声で泣きだした。よかった。無事生まれた。赤ちゃんの身体を拭きながら、学習した通りに赤ちゃんの体を調べた。よかった五体満足で。


「生まれたよ。五体満足で健康な俺たちの男の赤ちゃんだ」

「本当に。ありがとう智、ありがとう」

「いや。俺の方こそありがとう。こんなにも感動したのは生まれて初めてさ」


 そう言うと俺は、生まれた赤ちゃんを美貴に手渡たした。手渡足された彼女はすぐにおっぱいをあげる動作に入った。驚くことに、生まれたばかりの赤ちゃんがおっぱいを飲み始めた。俺は驚きの目で2人を見つめていた。しばらくすると赤ちゃんはスヤスヤと眠り始めた。


「智、そろそろ産湯の準備をお願い。私、体力がほとんど残ってない」

「ああ、わかっているさ、任しときなよ」


 俺は早速、産湯の準備をした。終わると美貴が起きて来て、2人で生まれたての赤ちゃんを産湯で身体を洗った。赤ちゃんは目を覚ましたけど、そのあとはよほど疲れたのかスヤスヤと眠っている。そりゃそうだよな。産む方の美貴も大変だったけど、生まれてくる方も大変だよな。あんな小さな体で、よく頑張ったよ。


「よく眠っているな」

「ええ、本当に」

「美貴、お疲れ。少し休んだら」

「そうよね。休んでおかないと。いつこの子に起こされるか分からないもの」


 産後初めて美貴が笑った。笑ったと思ったら、つかれた顔になり、彼女は赤ちゃんの横で添い寝をした。赤ちゃんの寝顔を見ると安心したのか、すぐに彼女の寝息が聞こえてきた。よほど疲れていたんだな。2人の寝顔を見ていると幸せな気分になった。俺は父親になったんだ。


















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